転移した先が滅びかけ!?〜万能クラフトと解析眼で異世界再生スローライフ~

「解析眼――」

 アリューケの町へと向かう山道に入る手前。今夜はここで野宿することになった。
 ここならあの巨大ゴーレムのスキル妨害も来ないだろう。少なくとも十数キロ離れているんだし。

「よしきた」

【解析結果:壊れた魔導ゴーレムの頭部。壊れている】
 
 うん。知ってる。
 このツッコミ、前にもやったよな。

 「解析できたの? どう?」

 月が出て、人の姿に戻ったレイアが傍へと寄る。

「こいつら、魔導ゴーレムって言うらしい。で、壊れてる」
「見りゃわかんだよ!」
「俺だってわかってるよ! ――あ」

 続きがあった。
 修理素材……。

「修理出来る!」
「なにぃっ」
「出来るの!?」
「けど素材がここにはないから、今は無理だ」

 だが問題ない。これなら町へ戻ればいくらでもある。

「素材って何? 探すの、私も手伝うわ」
「素材はミスリルだ。大丈夫だよレ――」
「ミスリルですって!? そんな……そんなの手に入らないわ」

 レイアは項垂れ、絞り出すような声で話す。

「どこに鉱脈があるのかも知られていないし、ミスリルは王族や最高司祭しか手に出来ないものよ。そんなもの、どうやって手に入れればいいの」
「いや、いっぱいあるよ」
「……え?」

 一拍間を開けて、レイアがキョトンとした表情で俺を見る。
 
「お、あれだろ? ゴミみたいに捨てられてたヤツ」
「そうそう。アッパーおじさんも見たことあるのか」
「……え?」
「大丈夫、レイア。アリューケの町に、いくらでも落ちてるから」

 更に間があって、それから彼女は叫んだ。

「ええええぇぇぇーっ! お、落ちてるのぉ!?」

 うん、まぁ気持ちはわかるよ。
 ミスリルって言えば、ファンタジー世界の好物としては、希少なものって設定が多いんだし。
 それがゴミのようにまとめて置かれてるんだ。なんか異様な光景だったよ。

「頭しかないけど、修理すれば何かわかることがあるかもしれない」
「だな。材料も町へ戻りゃたーんとあるしことだしよ」
「ンクゥゥ。オイ、ラ、ネムネム」

 俺の膝の上で既に眠っていたユタが、まるで「うるさい」と抗議するように目を開けた。

「そうだな。休もうか」
「じゃあ私が火の番をするわね。おじさんと志導くんは先に休んで」
「いや、俺が先にっ」

 と言ったことろで、アパーおじさんが顔をにゅっと出してきた。
 
「順番なんか関係ねーぜ。ほれ寝な」
「わ、わかったよ。じゃあ次は俺が番をするから、ちゃんと起こすんだぞレイア」
「二番はわしだ。お前ぇは三番」

 はぁっと溜息を吐いて「わかった」とだけ返事をする。
 ユタを抱きかかえてハンモックで横になると、自分が思っているよりアッサリと瞼が重くなった。
 今日はいろいろあったな。
 いや、今日も、か。

 一歩前進したかと思えば後退し、また前進。一歩じゃなく、半歩すら進めてないけど。
 それでも、進んでいるはずだ。




「起こしてくれっていったのに」
「起こしたじゃねーか」

 朝日が昇ってから起こしたって、それ火の番にならないだろ!
 
「私も、火の番を引き受けて一時間もしないうちにおじさんが起きちゃって、交代させられたのよ」
「ほとんどアッパーおじさんが番をしてたってことか。俺たち、お互い助け合うべきだと思うんだが」
「そうね。志導くんの意見に賛成よ」
「クアッ」

 町へ向かって山道を歩きながら、アッパーおじさんに抗議の声を上げた。

「おいおい、お前ぇら勘違いしてねえか? わしをお前ぇら人間と同じ感覚で見んじゃねえ」
「うっ。それってどういう意味だよ」
「あのな、そのおチビはチビだから睡眠時間が必要だが――おい、痛ぇよ」

 チビ、と言われてユタがおじさんの足に噛みついている。
 でも歯はまったく食い込んではない。めちゃくちゃ頑丈だな。
 そのユタを抱き上げ、アッパーおじさんの話を聞いた。

「モンスターってのはな、大抵は成長すると数日に一度ぐらいしか眠らねえんだよ。まぁうたた寝程度はするがな」
「そう、なのか?」

 とユタに視線を向けるが、首を傾げて「テヤンデェ」と意味不明な返事をしている。
 代わりに納得したのはレイアだ。

「あ……そう、かも。冒険者だったおじいちゃんが、そんなこと言ってた気がする。特に体の大きなモンスターは、一年以上眠らずにいることもあるって」
「だろぉ。まぁドラゴンなんかは、何年も寝続ける寝坊助もいるがな」

 その代わり、目覚めた後は何十年も起きたまんまだとか。
 極端すぎる……。

「おっ。懐かしの我が家が見えてきたぜぇ」
「懐かしのって、移住して数日じゃん」
「けっ。わかってねぇなぁ。情緒ってもんがあんだろ」

 情緒ねぇ。
 まぁ坂道から町が見えて、なんかほっとした気分にはなるけどさ。

 それはユタも同じなのか、ひとり駆け出しては振り返り、ピョンピョン跳ねている。
 きっと母親と一日以上離れたのは初めてだろうし、急にホームシックにでもなっかた?

 ユタに急かされ、思ったより早くアリューケの町に到着。
 まっすぐ向かった教会で、ニーナとアルパディカの奥さん五頭が出迎えてくれた。

「ただいまニーナ」
『おかえりですのっ』
「ニーナのお守り、助かったわ。ありがとう」
『どういたしましてなの、レイアお姉ちゃん』

 俺とレイアで交互にニーナの頭を撫でてやる。
 アッパーおじさんが奥さんたちと、軽い抱擁を交わしているのが見えた。
 
「クアッ。クアッ」

 ユタの声が響く。
 あ、れ? ユラがいない。

「ユラはどうしたんだ? 息子が帰って来たってのに。あ、もしかして狩り?」
「クッ。オイ、ラ、カーチャ手伝ウ」

 走りだろうとしたユタの前に、奥さんが一頭、その進路を塞いだ。

「ク?」
『あの、あのねユタ』

 声をかけたのはニーナだ。
 どうしたんだ? まさかユラの身に何かあったんじゃ!?

『ユラから伝言、あるですの』
「え、ユラの伝言?」

 枯葉が舞い、冷たい風が背中を通り過ぎる。
 ま、まさか……。

『ユタ、もうひとりでもちゃんと狩りが出来るようになったわね。少し早い気もするけど、あなたが巣立つときが来たの』

 巣立ち? じゃ、親離れの時期ってことなのか。
 ハッ。
 じゃあ、あの時の言葉……ちゃんと見ててくれっていうのは、自分の代わりにって意味だったのか!?

『これからも志導を守ってあげなさい。彼と一緒にいることで、あなたはもっと強くなれる』

 俺のミッション・トレーナーのことを言っているんだろうか?
 いや、それだけじゃないはずだ。
 誰かを守りたいという気持ちは、きっと本人を強くさせるはず。レイアのように。
 そういう気持ちを持てって意味もあるんだろうな。

 ニーナからの言葉を聞きながら、ユタの小さな体は小刻みに震えてる。
 傍に立ち、しゃがんでユタの肩を抱いてやった。

『いつかあなたが、この大地を自由に駆け巡る日が来ることを……母は遠くから見守っているわ――です』

 最後は自分の言葉で締めくくったニーナ。だけどその表情は悲しいものではなく、優しい笑みが浮かんでいた。

「ユタ。強くて優しい母ちゃんに誇れるよう、お前も立派な男にならなきゃな」

 そう声をかけると、ユタはギュッと目を閉じて頷いた。
 小さな体は、まだ震えたまま。
 まだ子供だもんな。母ちゃん、恋しいに決まってるさ。
 
 ユタが突然駆け出す。けどすぐに立ち止まって、天に向かって吠えた。

「クアッ、クアッ。クオオォォォォォォォォォーン」

 その声はどこか寂しそうに聞こえながらも、ユタの決意も感じられる。
 ユラ、聞こえてるよな?
 大丈夫。お前の息子だもん、強くなるさ。
 
 俺も傍で見守ってるから、安心してくれ。