同窓会なんて、行くつもりなかったんだ。
 普段は六時間残業も当たり前。今日に限って三時間で仕事が終わって、その帰宅途中に奴らと出くわすなんて……運が悪かったとしか言いようがない。
 ウザ絡みしてくる鈴木や大宮、越後のことなんか無視すればよかった。
 そうすれば、あの事故に巻き込まれて死なずに済んだのに。

「ふざっけんな! お前らのせいで、こっちは巻き込まれて死んだんだぞっ」
「うっせーんだよ。死んだんだからもういいだろっ」

 遠くで鈴木の声が聞こえる。
 死んだ原因を作った張本人だってのに、まったく反省していないんだな。

「はいはーい、みなさん静粛にぃ。ここは輪廻転生課だよ。君たちにはポイントが与えられているから、サクっとスキルを取って転生してねぇ」

 やけに能天気な男の声が聞こえた。
 輪廻転生課って、まるで区役所のノリだな。
 辺りを見渡しても、真っ白で何も見えない。でも他の人の声は聞こえる。

「スキルは早い者勝ちぃ」

 え? ちょ、待って。早い者勝ち!?

「あ、風見美由紀さんはポイント全部使い切ったね。じゃ、転生しよっか」

 風見さん!?
 そっか……彼女もあの場にいたもんな。巻き添えを喰らって一緒に死んでしまうなんて、かわいそうに。
 いや、死んだのは俺も同じか。

「志導くん。志導くん、早くスキルを取らないと、良いもの無くなっちゃ――」
「風見さん? あっ」

 こんな時でも俺のことを気にかけてくれるなんて。何年経っても優しい人だ。
 そんな彼女が視界の先で一瞬だけ見えた。でも見えた途端、今度は光に包まれて消えてしまう。

「はい、一名様転生完了っと」
「転生? 風見さんは……そうか、消えたんじゃなく生まれ変わったのか」

 よかったと思う反面、もう彼女とは会えないんだなという消失感もある。
 高校三年間、時々言葉を交わしたり委員を手伝ったりする程度の仲だったけど、俺にとって数少ない優しい人だった。
 来世では幸せになって欲しい。

「おっ、君はあの親子を助けた人間だね」
「え? あの親子……あ、無事だったのか?」

 事故に巻き込まれる直前、男の子とその母親を歩道の植え込みに突き飛ばした。

「無事だよー。その時の子が医者になって、たくさんの患者を救ったんだ。善行連鎖ってやつでだね。君には三万ポイント贈呈!」
「そうか……よかった」

 文字通り、命を懸けての高ポイント獲得かぁ。
 まぁ二人が助かったんだから、それが一番だな。

「うんうん。だからさっさとスキル取っちゃってね。三万もあれば、転生を転移に変更することも出来るね」

 転移……転生じゃなく転移か。
 両親は典型的な毒親。罵声が飛ぶのなんて日常的で、BGMみたいなもんだった。そこに暴力が加わることだって。
 もう親ガチャなんてまっぴらごめんだ。

「なら転移にしてくれ」
「オッケー。じゃ、他のスキルはどうする?」
「うわっ。と、突然出てき……ん? なんかあんた、ずいぶんボロボロだな」

 突然真横から声がして、男が現れた。
 白い服に天使の輪っか。だけど疲れ切った表情を浮かべ、目の下には立派なクマまである。

「いやぁここ数百年、魔王が大暴れしちゃってさぁ。転生先の世界が激減してたんだよね。それが倒されたから、今度は転生ラッシュになっちゃって大忙しさ。トホホ」
「そ、そうなんだ。お疲れ様。休めるときは休んだ方が良いよ」
「うわっ。優しい! 今のであと十年は頑張れるよぉ」

 いや、頑張り過ぎだって。
 なんかこう、既視感あるなぁ。入社してしばらくは同僚とこんなやり取りしてたよな。
 ま、そのうち疲れ果てすぎて冗談を言えるような精神状態でもなくなったけど。

「はい、じゃあ残りはスキルだね。君は残り二万ポイントもあるし、選び放題!」
「選び放題……って、えぇっと……この『万能クラフト』ってどんなもの?」
「それ次の世界では超オススメ! 素材さえあれば何でも作れちゃう。家でも家具でも料理でも。武具だってね」
「何でも、かぁ。これまで自分のために何かを作るなんてことしたことなかったな。うん、いいかもしれない」

 そう言うと天使がニヤリと笑った。

「いいね。前向きな異世界転移! じゃ五千ポイント消費っと」
「前世っていうか、日本での人生に未練がないからってのもあるのかな。あ、身体能力強化とかどう?」
「そうだね! モンスターにも遭遇するだろうから、確実に逃げやすくなるぞ!」
「遭遇するの前提かよ……ま、取っとくか」

 転生から転移を選んで一万消費、スキル二つで一万。ってことで残りも一万だ。

「あとは――解析眼?」
「見た対象物の構造を自動分析! データは万能クラフトにアップロード出来るから、スキル相性も抜群なんだ!」
「ふ、ふぅーん……」
「あ、ちょっとその目、信用してないね? 万能スキルだけだと、どの素材が必要から自分で知ってなきゃいけないんだよ!」
「え、つまり解析眼があれば、俺が知らない素材も教えてくれるってこと?」

 その言葉に天使が頷く。

「異世界だしね、君が知らない未知の素材だってあるさ」
「あー、そうだよなぁ。うん、じゃあこれも頼む。残り五千だよな――この一番下の土地神様へのお供えって?」
「それねぇ、まぁ寄付みたいなものなんだよ」
「寄付?」
「うん。ほら、魔王が暴れて立って言ったでしょ? それで異世界の神様たちマジで信仰不足で、それって栄養失調状態なんだよね」

 異世界の神様も大変だなぁ。
 便利スキルが多すぎても、ヌルゲーになり過ぎてつまらなくなる。
 ならここはこれ一択だ。

「じゃ、残り五千はお供えしてよ。信仰不足が一番深刻な土地神様に」
「え、いいの!? 太っ腹ぁ。土地神様も泣いて喜ぶぞぉ」

 そう言うと、男は焦げた翼をパタパタさせて笑みを浮かべた。
 心なしか、少し翼が白くなっているような?

「あ、そうそう。神様からひとつだけ贈り物スキルが与えられているよ。これは全員に与えられているスキルだけど、それを発現させられるかどうかは君次第だ。頑張ってねー」
 
 え、贈り物スキル? それってどこで確認――と尋ねるよりも先に、視界が真っ白になる。
 足元がふわりと浮いた気がして、それから意識が遠のくような……。

 ――こっち。
 
 幼い女の子の声が聞こえた。
 声に呼ばれた気がして、意識が戻る。

「こっちって、どっち?」
「クアッ」

 突然視界が広がった。森、の中のようだ。
 そして俺の異世界人生、いきなり詰んだかもしれない。

「クックックック」

 なんで……なんで異世界なのに――

「クアァーッ!」
「うわあぁぁぁぁっ!」

 目の前には鋭い爪を持った、爬虫類に似た生き物がいる。
 こいつは……知ってるぞ。ゲームで見たことがある。
 でもなんで異世界なのに、恐竜が――ユタラプトルがいるんだよおおぉぉぉぉ!?