次の日、講義室の席に着いた俺は、ぼんやり天井を見ていた。
「能勢ーおはよっ!」
「…。」
「能勢!?」
「…あ、平賀。おはよ」
「おはよ!どしたの朝からぼーっとして。寝不足?」
「いや、実はさ…」
…いや、言えねぇよ。昨日柚原さんとキスしたとか、帰るまで後ろから抱きしめられながらサブスク動画観てたとか、さすがに言えねぇって!
「…やっぱ何でもない」
いまの世の中、LGBT認識も広がって、男同士のカップルも増えたし、BL?って言うんだっけ、BL漫画やドラマも人気になってきているらしい。
…それでも同性愛への理解はまだ低い。誰もが羨む完璧な柚原さんが、わざわざそんな道を選ぶ理由が分からない。
「おはよー」
眠そうな顔した須藤が俺たちの元へ来た。
「めちゃ眠そうじゃん!」
「昨日帰ってゲームしてたら徹夜になってさ。…ねみぃ、まだ寝る時間あるかな」
須藤はスマホの待受で時間を確認しようとする。
「え!?待受それ!?」
平賀が驚いのでスマホ画面を見てみると、高見さんが撮ってくれた女装した俺とのツーショットが待受にされていた。
「は!?何でだよ!!」
「良い写真だろ?それに自分に彼女がいるって思えるし」
「悲しい錯覚してんじゃねぇよ。恥ずかしくねーのかよ」
「別に」
「変な誤解されたらどーするんだよ…」
「構いませーん。じゃあ、一眠りするわ」
こいつの悪ふざけも時々度を越すんだよなぁ。
午後、図書室で次の講義までの時間潰しをしていた。近くに座っている女子たちの会話が小さく聞こえてくる。
「ほんとあの色気は反則だよね」
「うんうん。ワンナイトでいいから柚原くんに抱かれたーい」
…!?
今の俺は、柚原というワードに敏感になっている。
「あんた彼氏いるじゃん」
「それはそれだよ。人生で1回ぐらいイケメンに抱かれたいじゃん」
「まぁねー。私は抱かれるなら和久井くんかな。いつもシャイな人の夜の顔ってそそらない?」
…女子って意外と下ネタ好きだよな。
「てゆーか、あの噂ほんとなのかな?」
「あー、色んな子と遊ぶために彼女作らないってやつ?」
…え?
「でも柚原くんなら女遊び激しくても許せちゃうよねー」
「わかる」
「ねー。…そろそろトイレ行こうかな」
「私もー」
女子2人は図書室を出て行った。
「…。」
人気者でも悪い噂の1つや2つあると思うし、俺だってすぐ女子をお待ち帰りする人だって勝手に思ってた。
だけど…柚原さんのことちゃんと知らねーくせに好き勝手言われるのは、なんか嫌だな。
週明け月曜日の朝、須藤たちとパソコンルームに移動中、講義室の前に人だかりができてきた。人の隙間からギリギリ中の様子が見え、一眼レフを持ったカメラマンらしき男性と増田先輩の姿があった。
「あれ、何してんの?」
須藤の質問に平賀が答える。
「大学のホームページやパンフ用の撮影だってさ。毎年ミスコンとミスターに選ばれた4人がモデルするらしいよー」
「へぇ。増田先輩だから、ギャラリーも男が多かったわけか」
そう言いながら歩き進める須藤。
「あれ、須藤見なくていいの?」
「え、何で?」
「美人な先輩を見まくれるチャンスじゃん?」
「すげー綺麗だと思うけど、追ってまで見なくてもいいかなー」
「ふーん」
須藤の後ろで素っ気ない返事をした平賀は、なんだか嬉しそうに見えた。
グランプリってことは、柚原さんや乙倉さんも参加してるんだよな?
パソコンルームを出て数分後、スマホを忘れたことに気付いた。
「悪りぃ…っ」
「どうせまたスマホ置き忘れでしょー?」
平賀は呆れている。
「ご名答!取ってくるから先戻ってて」
「はいはい」
パソコンルームに戻ると中から話し声が聞こえ、静かに中を覗くと柚原さんと増田先輩がいた。壁に向かって並んで座っていて、俺の存在には気が付いていない。
後ろ姿だけでも絵になるほどお似合いの2人は、仲睦まじく話している。
ー撮影の合間かな?
「柚原くんかっこいいのに彼女いないなんて、信じられないわね」
「そうですかね?俺は増田先輩に彼氏がいないことの方がびっくりですけど」
ーあ、増田先輩フリーなんだ。
「それ褒めてくれてる?」
「もちろん。めちゃくちゃ美人だと思いますし。高嶺の花過ぎなのかもね」
「近寄りがたいってこと?」
「うーん、あんな綺麗な人、俺なんか相手にされないって、最初から恋愛として見るのを諦めてる感じ?」
「そっかぁ。…柚原くんも私のことそう見てるの?」
ーあ、これは…。
運良くドア近くの席に置き忘れたスマホをそっと手に取り、急いでその場から離れた。
「…。」
…増田先輩の質問に柚原さんがどう答えるのか聞きたくなかった。それに、俺に言う“可愛い”と増田先輩に言う“綺麗”が全くの別物に聞こえて、なんだか苦しくなった。
…やっぱり柚原さんは、女子が好きなんだ…。
昼休みに大学内のコンビニで弁当を選んでいた。
「あ!能勢っちじゃん!」
乙倉さんと和久井さんが声をかけてくれた。
「あ、乙倉さん、和久井さん。お疲れ様です」
「お疲れ!」
「お疲れさま」
「能勢っち意外と食べるんだな」
ハンバーグ弁当とサンドイッチを手に持つ俺を見ての感想だ。
「そうっすね」
「育ち盛りだもんな!そういえば、来週のライブ来てくれるんだって?」
「はい、行かせていただきます」
「最近ユズが、いつも以上に張り切って練習してるわ」
「まじっすか」
乙倉さんたちは、柚原さんが俺に告白したの知ってるんだよな。
「誰と来んの?」
「須藤と行く予定です。あ、平賀たちも行くって言ってました」
「わー有り難ーい!誰が来てくれても嬉しいけど、知り合いが来てくれるともっと嬉しい。な!わっくん」
「うん!知ってる顔を見たら安心するし」
そんな風に思ってくれるんだ。
「俺もすげぇ楽しみです!」
週末3連休の初日は、地元の友達数人と野外でのラーメンフェスに来ている。
「おぉ!!めっちゃ種類あるじゃん!」
「どっから攻める!?オレ、味噌ラーメン食いたい!能勢は?」
「俺は塩ラーメンの気分だけど、味噌も好き!」
「せっかく人数いるし、色んな店の味シェアしようぜ!」
「だな」
それぞれ長い列に並び、好きなラーメンを持ちテーブルに集合した。
「うまそー!いっただきまーす」
「いただきます!…うまっ!!」
「やべ、美味すぎる。おい、食ってみ?」
店とは違い、太陽の下で食うラーメンは格別だ。
「能勢の大学、すげーモテるバンドがいんだろ?俺の彼女が学園祭で見てヤバかったって言っててさ」
「いるよ。1個上の先輩4人で、どの人も見た目も中身も完璧な感じ」
「へぇー。そのバンドSNSとかしてねーのかな?写真見たい」
「どうだっけなぁ…あ、大学のSNSにバンドの内2人は載ってるかも。学園祭でミスターコンに選ばれたから」
友達が検索した大学の公式SNSをみんなで確認する。
「あ!これか!」
グランプリたち4人の写真が載っていた。
「わーこれはレベチのイケメンだな。え、この人もしかしてボーカル?」
「正解」
「やっぱなー。雰囲気がセンターに立って歌ってます感出てるもん」
「つうか、この美人もやばくね?」
1人が画面上の増田先輩のことを指差した。
「それ思った!芸能人レベルじゃん。能勢の大学こんな段違いな美男美女揃ってるとかなんなの」
「…。」
やっぱ誰が見ても柚原さんや増田先輩って別格なんだな。
「俺、もう一杯買ってこよーっと」
「俺も行くー」
食べ終えた2人が席を離れた。
しばらくして戻ってきた1人が俺に伝えてくる。
「おい、能勢!さっきのイケメンボーカルいたぞ!サングラスかけてるカッコいいヤツいるなーって見てたら、まさかの写真の人でさ」
ーえっ、柚原さんがここに!?…誰と来てんだろ。
「オレも見たーい!どの辺にいたの?」
「向こうの席で食ってたよ。あの、赤い店の近く」
「能勢、一緒に行こうぜ。ラーメンおかわりのついでにさ!」
「えぇー1人で行ってこいよ」
「んなこと言うなって!ほらほらっ」
「はぁ…」
「サングラスかけてるって言ってたよな?んー…あっ!あれじゃね?」
友達の視線の先には確かに柚原さんがいた。
ーえっ…。
柚原さんの向かいには、ショートヘアにモードな服を着た雰囲気のある女子が座っている。見たことがないから、おそらく同じ大学の女子ではない。
「おぉ、彼女と来てんのか。よし、見れたから満足!ラーメン買いに行くぞ!」
「えっ、あ、うん」
平賀と水森の情報では、柚原さんに彼女はいないはずだけど…周りが知らないだけで、実はいましたパターン…?
つーか、俺の女装好みとか言ってたくせに全然違うタイプの彼女連れてんじゃん。しかも、彼女いるのに俺にキスしたのかよ…。
味噌ラーメンの列に並ぶ俺の頭ん中は、さっき見た光景のことでいっぱいだ。nextのファンの子たちに囲まれているのを見るのは平気だったのに…。
「あ、能勢くん」
パッと声の方を向くと唐沢さんがいた。
「わぁ、びっくりした」
「1人?」
「いえ、友達と来てます。唐沢さんは…」
「俺は、翠と彼女と来てる」
え、彼女…?
「彼女さんも一緒なんすね」
「うん、向こうで翠と食べてる」
あ、さっきの人は唐沢さんの彼女だったんだ。良かったぁ…って、なんで俺今、安心したんだ。
「翠、呼んでこようか?」
「えっ。いえ、3人の楽しい時間邪魔しちゃ悪いんで」
「全然邪魔にならないし、翠は喜ぶと思うけど」
唐沢さんはスマホで電話をかけ始めた。
「うん、そーそー。じゃ。……翠、来るって」
「えぇ、大丈夫ですか?」
「問題ないだろ。俺は彼女のとこ戻るから。また大学で」
「あ、はい。お疲れ様です」
唐沢さんが去って行き、まだ列の半分あたりにいる俺は変にドキドキしている。今から柚原さんが…。
「葵ちゃんっ」
ニコニコ顔の柚原さんが現れた。笑顔を見せられて、さっきまで勝手に誤解していたことを申し訳なく思う。
「こんちわ」
「会えるなんてびっくりだねー。1杯目?」
「いえ、これから2杯目です」
「そうなんだ。一緒に並んでてもいい?」
「俺はいいですけど、唐沢さんたちほっといて大丈夫すか?」
「カップルが2人きりになっても困らないし、俺はまだ戻りたくないもん」
「…。」
不意に駄々っ子モードで甘いことを言ってくる。それにまんまと照れてしまう。
「柚原さんは買わなくていいんですか?」
「俺もう3杯食べたから大丈夫」
「そんなに食ったんすね!」
「せっかく来たなら色々食べたいじゃん」
やっと味噌ラーメンを買うことができ、柚原さんとの時間が終わると思っていたら「こっち行こ」と柚原さんが近くの立ち食いスペースに歩き出す。
「葵ちゃんが戻る前にさ、一口ちょーだいっ」
あ、そういうことか。
割り箸を割り、手渡そうとすると柚原さんは口角を上げた。
ー嫌な予感がする…。
「食べさせてよ」
は!?こんな大勢の人の中で!?
薄いブルーのサングラス越しに俺をじっと見ている柚原さんは何の迷いもない。
「ふぅーふぅー…」
俺の息で冷ましてよかったのか?なんて今さら思いつつ、柚原さんの口へ麺を運んだ。
「んー、美味しい!俺もこれにすればよかったー」
「あはは、それは次回っすね!」
「うん。次ラーメンフェスがあったら一緒に行こーね、葵ちゃん」
「…はい」
「麺が伸びちゃう前に戻らないとね。じゃあ、ありがとう」
「失礼します」
「能勢、おせーぞ」
「悪りぃ悪りぃ。すげー行列でさ」
友達が待つ席に戻った俺は平然を装っているが、内心は“あーん”した時の柚原さんの口元が無駄にエロくて、ドキッとした気持ちが抜けなくて困っている。
あの人のバグってる距離感は、普段からなのか、俺を落としにきてるからなのか…。
「能勢ーおはよっ!」
「…。」
「能勢!?」
「…あ、平賀。おはよ」
「おはよ!どしたの朝からぼーっとして。寝不足?」
「いや、実はさ…」
…いや、言えねぇよ。昨日柚原さんとキスしたとか、帰るまで後ろから抱きしめられながらサブスク動画観てたとか、さすがに言えねぇって!
「…やっぱ何でもない」
いまの世の中、LGBT認識も広がって、男同士のカップルも増えたし、BL?って言うんだっけ、BL漫画やドラマも人気になってきているらしい。
…それでも同性愛への理解はまだ低い。誰もが羨む完璧な柚原さんが、わざわざそんな道を選ぶ理由が分からない。
「おはよー」
眠そうな顔した須藤が俺たちの元へ来た。
「めちゃ眠そうじゃん!」
「昨日帰ってゲームしてたら徹夜になってさ。…ねみぃ、まだ寝る時間あるかな」
須藤はスマホの待受で時間を確認しようとする。
「え!?待受それ!?」
平賀が驚いのでスマホ画面を見てみると、高見さんが撮ってくれた女装した俺とのツーショットが待受にされていた。
「は!?何でだよ!!」
「良い写真だろ?それに自分に彼女がいるって思えるし」
「悲しい錯覚してんじゃねぇよ。恥ずかしくねーのかよ」
「別に」
「変な誤解されたらどーするんだよ…」
「構いませーん。じゃあ、一眠りするわ」
こいつの悪ふざけも時々度を越すんだよなぁ。
午後、図書室で次の講義までの時間潰しをしていた。近くに座っている女子たちの会話が小さく聞こえてくる。
「ほんとあの色気は反則だよね」
「うんうん。ワンナイトでいいから柚原くんに抱かれたーい」
…!?
今の俺は、柚原というワードに敏感になっている。
「あんた彼氏いるじゃん」
「それはそれだよ。人生で1回ぐらいイケメンに抱かれたいじゃん」
「まぁねー。私は抱かれるなら和久井くんかな。いつもシャイな人の夜の顔ってそそらない?」
…女子って意外と下ネタ好きだよな。
「てゆーか、あの噂ほんとなのかな?」
「あー、色んな子と遊ぶために彼女作らないってやつ?」
…え?
「でも柚原くんなら女遊び激しくても許せちゃうよねー」
「わかる」
「ねー。…そろそろトイレ行こうかな」
「私もー」
女子2人は図書室を出て行った。
「…。」
人気者でも悪い噂の1つや2つあると思うし、俺だってすぐ女子をお待ち帰りする人だって勝手に思ってた。
だけど…柚原さんのことちゃんと知らねーくせに好き勝手言われるのは、なんか嫌だな。
週明け月曜日の朝、須藤たちとパソコンルームに移動中、講義室の前に人だかりができてきた。人の隙間からギリギリ中の様子が見え、一眼レフを持ったカメラマンらしき男性と増田先輩の姿があった。
「あれ、何してんの?」
須藤の質問に平賀が答える。
「大学のホームページやパンフ用の撮影だってさ。毎年ミスコンとミスターに選ばれた4人がモデルするらしいよー」
「へぇ。増田先輩だから、ギャラリーも男が多かったわけか」
そう言いながら歩き進める須藤。
「あれ、須藤見なくていいの?」
「え、何で?」
「美人な先輩を見まくれるチャンスじゃん?」
「すげー綺麗だと思うけど、追ってまで見なくてもいいかなー」
「ふーん」
須藤の後ろで素っ気ない返事をした平賀は、なんだか嬉しそうに見えた。
グランプリってことは、柚原さんや乙倉さんも参加してるんだよな?
パソコンルームを出て数分後、スマホを忘れたことに気付いた。
「悪りぃ…っ」
「どうせまたスマホ置き忘れでしょー?」
平賀は呆れている。
「ご名答!取ってくるから先戻ってて」
「はいはい」
パソコンルームに戻ると中から話し声が聞こえ、静かに中を覗くと柚原さんと増田先輩がいた。壁に向かって並んで座っていて、俺の存在には気が付いていない。
後ろ姿だけでも絵になるほどお似合いの2人は、仲睦まじく話している。
ー撮影の合間かな?
「柚原くんかっこいいのに彼女いないなんて、信じられないわね」
「そうですかね?俺は増田先輩に彼氏がいないことの方がびっくりですけど」
ーあ、増田先輩フリーなんだ。
「それ褒めてくれてる?」
「もちろん。めちゃくちゃ美人だと思いますし。高嶺の花過ぎなのかもね」
「近寄りがたいってこと?」
「うーん、あんな綺麗な人、俺なんか相手にされないって、最初から恋愛として見るのを諦めてる感じ?」
「そっかぁ。…柚原くんも私のことそう見てるの?」
ーあ、これは…。
運良くドア近くの席に置き忘れたスマホをそっと手に取り、急いでその場から離れた。
「…。」
…増田先輩の質問に柚原さんがどう答えるのか聞きたくなかった。それに、俺に言う“可愛い”と増田先輩に言う“綺麗”が全くの別物に聞こえて、なんだか苦しくなった。
…やっぱり柚原さんは、女子が好きなんだ…。
昼休みに大学内のコンビニで弁当を選んでいた。
「あ!能勢っちじゃん!」
乙倉さんと和久井さんが声をかけてくれた。
「あ、乙倉さん、和久井さん。お疲れ様です」
「お疲れ!」
「お疲れさま」
「能勢っち意外と食べるんだな」
ハンバーグ弁当とサンドイッチを手に持つ俺を見ての感想だ。
「そうっすね」
「育ち盛りだもんな!そういえば、来週のライブ来てくれるんだって?」
「はい、行かせていただきます」
「最近ユズが、いつも以上に張り切って練習してるわ」
「まじっすか」
乙倉さんたちは、柚原さんが俺に告白したの知ってるんだよな。
「誰と来んの?」
「須藤と行く予定です。あ、平賀たちも行くって言ってました」
「わー有り難ーい!誰が来てくれても嬉しいけど、知り合いが来てくれるともっと嬉しい。な!わっくん」
「うん!知ってる顔を見たら安心するし」
そんな風に思ってくれるんだ。
「俺もすげぇ楽しみです!」
週末3連休の初日は、地元の友達数人と野外でのラーメンフェスに来ている。
「おぉ!!めっちゃ種類あるじゃん!」
「どっから攻める!?オレ、味噌ラーメン食いたい!能勢は?」
「俺は塩ラーメンの気分だけど、味噌も好き!」
「せっかく人数いるし、色んな店の味シェアしようぜ!」
「だな」
それぞれ長い列に並び、好きなラーメンを持ちテーブルに集合した。
「うまそー!いっただきまーす」
「いただきます!…うまっ!!」
「やべ、美味すぎる。おい、食ってみ?」
店とは違い、太陽の下で食うラーメンは格別だ。
「能勢の大学、すげーモテるバンドがいんだろ?俺の彼女が学園祭で見てヤバかったって言っててさ」
「いるよ。1個上の先輩4人で、どの人も見た目も中身も完璧な感じ」
「へぇー。そのバンドSNSとかしてねーのかな?写真見たい」
「どうだっけなぁ…あ、大学のSNSにバンドの内2人は載ってるかも。学園祭でミスターコンに選ばれたから」
友達が検索した大学の公式SNSをみんなで確認する。
「あ!これか!」
グランプリたち4人の写真が載っていた。
「わーこれはレベチのイケメンだな。え、この人もしかしてボーカル?」
「正解」
「やっぱなー。雰囲気がセンターに立って歌ってます感出てるもん」
「つうか、この美人もやばくね?」
1人が画面上の増田先輩のことを指差した。
「それ思った!芸能人レベルじゃん。能勢の大学こんな段違いな美男美女揃ってるとかなんなの」
「…。」
やっぱ誰が見ても柚原さんや増田先輩って別格なんだな。
「俺、もう一杯買ってこよーっと」
「俺も行くー」
食べ終えた2人が席を離れた。
しばらくして戻ってきた1人が俺に伝えてくる。
「おい、能勢!さっきのイケメンボーカルいたぞ!サングラスかけてるカッコいいヤツいるなーって見てたら、まさかの写真の人でさ」
ーえっ、柚原さんがここに!?…誰と来てんだろ。
「オレも見たーい!どの辺にいたの?」
「向こうの席で食ってたよ。あの、赤い店の近く」
「能勢、一緒に行こうぜ。ラーメンおかわりのついでにさ!」
「えぇー1人で行ってこいよ」
「んなこと言うなって!ほらほらっ」
「はぁ…」
「サングラスかけてるって言ってたよな?んー…あっ!あれじゃね?」
友達の視線の先には確かに柚原さんがいた。
ーえっ…。
柚原さんの向かいには、ショートヘアにモードな服を着た雰囲気のある女子が座っている。見たことがないから、おそらく同じ大学の女子ではない。
「おぉ、彼女と来てんのか。よし、見れたから満足!ラーメン買いに行くぞ!」
「えっ、あ、うん」
平賀と水森の情報では、柚原さんに彼女はいないはずだけど…周りが知らないだけで、実はいましたパターン…?
つーか、俺の女装好みとか言ってたくせに全然違うタイプの彼女連れてんじゃん。しかも、彼女いるのに俺にキスしたのかよ…。
味噌ラーメンの列に並ぶ俺の頭ん中は、さっき見た光景のことでいっぱいだ。nextのファンの子たちに囲まれているのを見るのは平気だったのに…。
「あ、能勢くん」
パッと声の方を向くと唐沢さんがいた。
「わぁ、びっくりした」
「1人?」
「いえ、友達と来てます。唐沢さんは…」
「俺は、翠と彼女と来てる」
え、彼女…?
「彼女さんも一緒なんすね」
「うん、向こうで翠と食べてる」
あ、さっきの人は唐沢さんの彼女だったんだ。良かったぁ…って、なんで俺今、安心したんだ。
「翠、呼んでこようか?」
「えっ。いえ、3人の楽しい時間邪魔しちゃ悪いんで」
「全然邪魔にならないし、翠は喜ぶと思うけど」
唐沢さんはスマホで電話をかけ始めた。
「うん、そーそー。じゃ。……翠、来るって」
「えぇ、大丈夫ですか?」
「問題ないだろ。俺は彼女のとこ戻るから。また大学で」
「あ、はい。お疲れ様です」
唐沢さんが去って行き、まだ列の半分あたりにいる俺は変にドキドキしている。今から柚原さんが…。
「葵ちゃんっ」
ニコニコ顔の柚原さんが現れた。笑顔を見せられて、さっきまで勝手に誤解していたことを申し訳なく思う。
「こんちわ」
「会えるなんてびっくりだねー。1杯目?」
「いえ、これから2杯目です」
「そうなんだ。一緒に並んでてもいい?」
「俺はいいですけど、唐沢さんたちほっといて大丈夫すか?」
「カップルが2人きりになっても困らないし、俺はまだ戻りたくないもん」
「…。」
不意に駄々っ子モードで甘いことを言ってくる。それにまんまと照れてしまう。
「柚原さんは買わなくていいんですか?」
「俺もう3杯食べたから大丈夫」
「そんなに食ったんすね!」
「せっかく来たなら色々食べたいじゃん」
やっと味噌ラーメンを買うことができ、柚原さんとの時間が終わると思っていたら「こっち行こ」と柚原さんが近くの立ち食いスペースに歩き出す。
「葵ちゃんが戻る前にさ、一口ちょーだいっ」
あ、そういうことか。
割り箸を割り、手渡そうとすると柚原さんは口角を上げた。
ー嫌な予感がする…。
「食べさせてよ」
は!?こんな大勢の人の中で!?
薄いブルーのサングラス越しに俺をじっと見ている柚原さんは何の迷いもない。
「ふぅーふぅー…」
俺の息で冷ましてよかったのか?なんて今さら思いつつ、柚原さんの口へ麺を運んだ。
「んー、美味しい!俺もこれにすればよかったー」
「あはは、それは次回っすね!」
「うん。次ラーメンフェスがあったら一緒に行こーね、葵ちゃん」
「…はい」
「麺が伸びちゃう前に戻らないとね。じゃあ、ありがとう」
「失礼します」
「能勢、おせーぞ」
「悪りぃ悪りぃ。すげー行列でさ」
友達が待つ席に戻った俺は平然を装っているが、内心は“あーん”した時の柚原さんの口元が無駄にエロくて、ドキッとした気持ちが抜けなくて困っている。
あの人のバグってる距離感は、普段からなのか、俺を落としにきてるからなのか…。

