週明けの水曜日。2限目の講義を終えた俺と須藤は食堂でメニューを選んでいた。
「うーん、ミックスフライ定食もいいし、親子丼もいいな。能勢、決まった?」
「カツカレー」
「その決断力の早さ分けてほしいわ」
「須藤は意外と優柔不断だよな」
「慎重なだけ」
「ははっ、お前のそーゆーとこ好き」
「…どーも」

 須藤と向かい合って食べていたら「あおちゃん、お疲れ」と声をかけられた。
「あ、たかみーさん!お疲れ様です!」
 心理学科2年の高見さんは、学園祭の男装コンテストで優勝した人。背も高く、普段からボーイッシュな格好をしていて、髪も短いため、女子の隠れファンも多いらしい。初日のグランプリがきっかけで仲良くなった。
「ここ座っていい?」
「あ、はい。どうぞ!」
 高見さんは俺の隣に座り、一緒に来た高見さんの友達は、須藤の隣に座った。

 「学園祭で2人が並んで歩く姿がカップルにしか見えなくて、結構話題になってたよ?」
「ほんとっすか?あ、だからたかみーさんツーショット撮ってくれたのか!」
「そーそー、お似合いだったもん。あ、写真送れてなかったね。今、送っていい?」
「ありがとうございます」
「能勢、後で俺にも送って」
「りょー」
「普段からラブラブなんだね」
「いや、別に…」
「あ、気付いちゃいました?」
須藤がまたふざけ始める。
「俺の葵ちゃんはこう見えてシャイなんで、なかなか皆さんの前でイチャイチャできないんですよ」
「あはは、須藤くん面白ーい!」
「…。」
ドヤ顔でこっちを見てくる須藤がうざい。


 夕方、部室へ須藤と向かう。
「今日バレーだっけ?」
「え、バスケじゃね?」
「…どっちでもいいけど」

 着替えた俺たちが体育館内でストレッチをしていると「お邪魔しまーす!」と声が聞こえた。
ー!?
 入り口付近で挨拶をしたのは乙倉さんだった。隣には柚原さんたちnextの3人も立っていて、全員いつもよりラフで動きやすそうな服装をしている。

 「こんなに早く来てくれるなんて…nextはどこまで良い男なの!!」
ストレッチ途中の平賀や女子の先輩は立ち上がった。
「え、なに、何の話!?」
状況を読めていない俺に水森と須藤が説明してくれる。
「あ、能勢先に帰ったから聞いてないよね。先月の打ち上げの時、乙倉先輩たちにまたサークルに遊びに来てくださいって伝えたら、絶対行くねって約束してくれたの」
「すぐに有言実行したから平賀たちが感動してんだよ」
「なるほどなー」
しかも4人揃って来てくれたことが、余計好感度を上げている。どこまでも女子を沼らせるグループだ。

 「今日は男女混合チームで対戦するんだけど、nextが来てくれたおかげで3チーム作れるから…とりあえず男子、女子、nextでそれぞれグッチョッパして」
部長がみんなに指示を出した。

 「よろしくお願いしまーす!」
「お願いします」
俺は乙倉さんと同じチームになった。水森もいる。須藤は柚原さん、平賀は唐沢さん、和久井さんと一緒だ。
 「バレーって掛け声が大事ですよね!?俺、みなさんのこと何て呼べばいいですか?」
さすが乙倉さん。自然とみんなとの距離を縮めていく。

 「…水森さんは、楓ちゃんでいい?」
「もちろんです!」
「能勢くんは…能勢っち!」
「了解っす!」
乙倉さんのことは、試合中だけ特別に学年関係なしで“ひかるん”と呼ぶことになった。

 初戦は、俺のいるチームと須藤のいるチーム。相手コートに入った柚原さんから視線を感じる。
 須藤のサーブから試合が始まった。
「ひかるん!」
セッターをしている俺は、水森がレシーブしたボールを前衛にいる乙倉さんへトスをした。
「任せて!!」
乙倉さんのスパイクは、須藤のレシーブを見事に崩した。須藤は俺にしか分からない悔しい表情を見せる。
…乙倉さん、運動神経まで良いとか欠点ねーじゃん。

 前衛にきた柚原さんは、ネット越しに小さな声で話しかけてくる。
「俺だって下の名前で呼ばれたいんだけどー」
「…試合に集中してください」

 その後も、乙倉さんと柚原さんは遊びに来た人とは思えない活躍をし、接戦のまま1点差でこっちのマッチポイントを迎えた。サーブは俺の番だ。
ーあの隙間狙うか…。
 深呼吸をし、狙い通りのところへ打つとサービスエースになり、無事勝つことができた。
 先輩たちは「さすが能勢ーっ!」と駆け寄ってきて、俺の頭をくしゃくしゃしながら勝利を喜ぶ。

 「ねぇ、須藤くん」
「はい…?」
「能勢くんってモテるんだねー」
「えっ。いや、愛されキャラ?いじられキャラ?ですよ。モテるのは柚原さんたちですから」
「俺も頑張んなきゃー」
「…?」

 須藤のチーム対平賀のチームは、平賀チームの勝利。俺のチーム対平賀チームは、俺のチームが勝ち、あっという間に今日の活動は終了した。

 「いやー楽しかったー!」
「久しぶりにバレーしたけど、面白かったね」
乙倉さんと和久井さんの言葉に俺たちは嬉しくなる。そして、運動後とは思えないほど爽やかな4人に圧倒された。
「また参加しに来てもいいですかぁ?」
柚原さんからの問いかけに女子たちは「もちろんです!」と大きく頷く。

 nextの4人が体育館を出て行く姿をみんなで見送っていると、柚原さんと目が合い、口パクで「またね」と言われた。2人の関係が秘密みたいなやりとりにむず痒くなる。

 あの“またね”は、きっと土曜日のことだ。

 「はぁ、心臓が止まるかと思ったー!」
平賀はその場に座り込む。
「心、唐沢先輩と和久井先輩が両サイドに来た時、動きロボットだったもんね」
「いや、あんなイケメン2人に挟まれたら動けないから!楓だって、乙倉先輩に下の名前で呼ばれて浮かれてたじゃん」
「乙倉先輩に下の名前言われたら全女子が舞い上がるよ」
「俺らがいくらでも呼んでやるよ?な、能勢」
「おうよ。楓ちゃん、心ちゃん、今日もお疲れ様」
「心ちゃんと楓ちゃん、すごく良い名前だね」
「うぇーきもーい!」
「もうー、乙倉先輩の名前呼びに上書きしてこないでよ!」
「あはは。まぁ、その気持ち分からなくもない。俺も柚原さんが近くに来た時、ふわって良い匂いしてドキッとしたもん。司って呼んでくださいって言いかけたわ」
「ほらね!nextは男すら魅了するのよ!」
男も魅了する男…。



 土曜日の昼過ぎ、平賀が一人暮らしをするアパートで、俺は鏡の前に座っている。
「前回も思ったけど、いくらフリーサイズとはいえ、能勢に普通に着られるのが悔しい。スポーツしてるから筋肉あるはずなのに、ガタイ良くなんないの羨ましいんだけど」
俺にメイクを施す平賀は、自分の服を着た俺に不満を言ってくる。

 「よし、メイク完了!…この前は巻いたけど、今日はストレートにしようかな」
カツラを被せてくれた平賀は、最終確認をする。
「うんうん、完璧!楓なしでも何とか出来たわ。せっかくだし写真撮ろうよ!」
インカメラで平賀とツーショットを撮り、人生3度目の女装が無事完成。
 「ありがとな」
「いえいえ。その可愛さで、友達きゅんきゅんさせちゃってー」
「あいよー」

 柚原さんとの待ち合わせは、お互いの家の中間地点にある駅近くのベンチ。
「早く着いちゃったな」

 ベンチに座り、スマホを見ていると「おねぇさん、1人ですか?」と男の声がした。顔を上げると若い男が立っている。
 ーこれって…ナンパ?つーか、今声出したらさすがに男ってバレるよな?追っ払うならバレてもいいけど、女装してるって思われんのも嫌だし…。

 そんなことをぐだぐだ考えている時だ。
「お兄さん、その子俺の彼女なんで」
柚原さんが現れ、一言伝えると若い男は気まずそうに去っていった。
 「大丈夫だった?」
「はい」
「早く着いたなら連絡してよぉ。こんな可愛い子1人で待たせたくないからさ」
…あぁ、俺が本物の女子なら今、確実にズキュンってなってた。

「気を取り直して、デート始めよっか」
柚原さんはベンチに座ったままの俺に微笑み、手を差し出した。
 ただベンチから立つだけなのに、完全に女子扱いしてくんじゃん。まぁ、先輩の善意を受け取らないわけにはいかないか。
 柚原さんの手を取り立ち上がると、そのままぎゅっと手を握られる。
えっ…ー
「離したくなくなっちゃった。…だめ?」
…おいおい、嘘だろ。この人一体何個技持ってんの!?そんな甘えた顔されたら、男の俺でもきゅんっとかなっちゃうからーっ!

 手を繋いだまま歩く俺たちの姿は、カップルに見えてもおかしくない。
「メイクとか自分でしたの?」
「いえ、女友達がしてくれました」
「サークルの?」
「そうっす」
「その子メイク上手いんだねぇ。葵ちゃんの良さをすっごく引き出してくれてる」
「ほんとですか?褒められたって伝えときます」
「髪も今日は巻いてないんだねー。ストレートも似合ってる」
ほんと次から次へと褒め言葉が出てきてすげぇな。同じ男として感心してしまう。

 「おぉ、人多いねー」
沢山の露店が立ち並び、多くの人で賑わうイベント会場。メインステージではダンスやマジックショー、抽選会など様々な演目が行われるらしい。

「何食べよっかー」
露店に向かい歩く俺たちの手は、ずっと繋がれたままだ。もし俺が女装してなくても、こんな風に繋いだのかな…。
「お昼食べて来たよね?」
「はい」
「じゃあ、甘いものにしようか。甘いの好きだよね?」
「はい、いいっすね!」

 ロングチュロスを買った柚原さんは、自分で持ったまま俺に食べさせようとする。
「いや、自分で食べますって」
「俺も食べるんだし、葵ちゃん持つ必要ないよー。ほら、あーん」
…ぱくっ、照れながら一口。
「うま」
 俺が食べた後、何の躊躇いもなく柚原さんもチュロスを口にした。…間接キスとか考えてんの俺だけ?
「うん、おいしい。はい」
また差し出してくる。
 あ、これ交互に食べ合う感じか。…手繋いで、1本のチュロス食べ歩きして、こんなカップルみたいなこと平気でしてくるの何なの…。

 ステージのダンスショーを観終わった後、周りをキョロキョロ見た。
ートイレ行きてぇけど、この格好だとどうすりゃいいんだろ…。学園祭の時と同じで男子トイレに行けば大丈夫か?
 そんなことを考えながら歩いていると、柚原さんが「あ、ここにある」と立ち止まった。
「…どうしたんですか?」
「ほら」
柚原さんが指差す先には、多目的トイレがあった。
「俺ここで待ってるから、行っておいで」
「…ありがとうございます」
迷ってたのバレてたのかな…。めっちゃ良い解決策をさらっと提案してくる感じ…出来る男だな。

 夜になり、イベント終了30分前に場内アナウンスが流れ始めた。
「本日のラストを飾るのは、約7,000発の花火ショーです!」
ーあ、花火あるんだ。夏じゃねーのに花火見れるのなんか良いな。
 「葵ちゃんと花火見たかったんだよねー。だからこのイベント誘ったの」
「…ありがとうございます」
「向こうで座って見よっか」

 人混みから少し離れた場所にあったベンチで、花火が打ち上がるのを見ている俺と柚原さん。
「綺麗だねー」
「そうっすね」
肩や二の腕がぴったりと密着している状態で、半分花火どころじゃない。花火の音で自分の心臓の音がかき消されるのが唯一の救いだ。

 次の連発が打ち上がる合間に柚原さんは、俺の手を握り、顔を見ながら言ってきた。
「花火と葵ちゃんの組み合わせ最高すぎ。めちゃくちゃ可愛い。…やばいなぁ、もっと好きになる」
「…。」
自分の頬が赤くなっていくのが分かって、メイクをしてくれた時の平賀の言葉が頭に浮かんだ。

 「このチークって、付ける意味あんの?」
「ありまくりだよ!チークなしとありとじゃ顔の印象全然変わるから」
「へぇー」
「友達と遊ぶの夜まで?」
「うん、一応その予定」
「じゃあ、ちょっと濃いめにチークいれとこうかな」
「なんで?」
「暗い外でも可愛いって思ってもらえるように!あと…照れ隠しにも使えるから」

 平賀、俺いまチークにむちゃくちゃ感謝してる。