次の日の平日は、学園祭の振替で休みだった。
朝起きると目に映った光景で一気に目が覚める。
!?!?
柚原さんの寝顔が目の前にあり、あまりの衝撃に勢いよく起き上がった。
は?え?どゆこと!?……何で俺、柚原さんとベットで寝てんの!?あれ、昨日柚原さん家に来て、菓子食いながら質問し合って…わぁーそのあとの記憶がねぇ…。
「ん…あ、おはよぉ」
まだとろんとした目の柚原さんは、朝から羨ましいほどかっこいい。
「…あ、おはよーございます。あの、俺何で…」
「あー昨日ね、俺がトイレに行って戻ってきたら葵ちゃん寝ちゃっててさ」
…俺は子供か!
「もう遅かったし、起こすの悪いと思ってそのまま寝せちゃった」
「そうだったんすね。ベットまで借りて、迷惑かけてすみません」
「全然。葵ちゃんの可愛い寝顔見れてラッキーだったし」
…一昨日から当たり前のように“可愛い”って言ってくるけど、女の姿じゃない俺にどんな気持ちで言ってんだろ…。
「今度お詫びに昼飯とか奢らせてください」
柚原さんの焼いてくれたトースターを食べ終え、再度お詫びの気持ちを伝えた。
「そんなのしなくていいよぉ。…あ、じゃあ今度デートしようよ」
「え、デート?」
「葵ちゃんさ、昨日の教え合いで俺のこと知った気になってるでしょ?」
「…まぁ、好きなものとか色々知れたって思ってます」
「昨日のは友達のこと知るみたいなもんだよ。…忘れてる?俺は葵ちゃんと付き合いんだよ?恋愛としての俺を知らずに答えなんて出せないよね」
恋愛として…。そもそも、俺の女装がタイプで付き合おうって言われたけど、柚原さんこそ俺の中身知らずに好きとか思えてんの!?
「いきなり男同士でデートするの恥ずかしかったら、女の子の格好でもいいよ。その方が周りの目気にしなくて済むだろうし」
…ほら、やっぱ見た目だけを求めてんじゃん。
玄関で見送られる俺は、ほんの少しだけモヤつく気持ちを隠してお礼を伝えた。
「色々ありがとうございました。…お邪魔しました」
「また遊びに来てねー」
「じゃあ、失礼します」
「…葵ちゃん…」
「…はい」
「好きになってもらえるように、全力で攻めて落としにいくね。だからちゃんと、俺のこと見定めて」
初めて見る真剣な表情で言われ、ドキッとしてしまった。
一昨日知り合ったばっかの俺にそんなこと言ってくんなよ…。
いつもは乗らない時間帯の電車は空いていて、席に座って外を眺めた。
攻めるって、落とすって、俺何されんだろ。あんなナチュラルに距離詰めてくる人だし、予想がつかない。
「つーか、どんな気持ちで見定めたらいいわけ…」
「能勢ー、おはよ」
翌朝、改札口を抜けた俺の横に須藤が来た。
「おはよー。同じ電車だったんだな」
「中人多くて気付かなかったわ。あ、日曜大丈夫だった?」
「え?」
「体調悪くて帰ったじゃん」
「あー…家帰って寝たら治った」
「そっか。あの後も大変だったんだぞ?いきなりnextとの写真撮影会が始まってさ」
「あはは。ぜってー平賀にその写真見せられるじゃん」
「あ、でもさ、柚原さんが知らん間に帰っちゃってて。乙倉さんたちに聞いたら飲み会を途中で抜けること多いらしい。あんま大勢でわちゃわちゃすんの好きじゃないのかもな」
…ちげぇよ。抜け出して女子をお持ち帰りすんだよ。それがモテ男の常習手段。
大学に着き、講義室に入ると予想通り平賀がスマホを持って近づいてきた。
「能勢ー!見てー!!」
「おはよー」
「おはよっ!ほら、nextに囲まれて写真撮ったんだよ!?やばくない!?」
「おぉ、すげぇじゃん。良かったな」
ま、俺はボーカルと添い寝しましたけどね。…なんて、大興奮の平賀に言えるわけもなく、見せられた写真をじっと見る。
「せっかくゆっくり会えたのに、誰も連絡先聞いてなかったよな?」
「え、須藤知らないの?」
「なにが」
「nextとの連絡先交換は、暗黙の了解で禁止なんだよ。たとえ同じ軽音部でもね。連絡先を交換していいのは、next側から聞かれた時のみ」
「マジで?もうそれ芸能人じゃん」
そんなルールがあったなんて知らなかった。
「前にファンの子の間で、連絡先に関する揉め事があったらしいよ。みんなが気持ち良く応援するための約束事ってわけ」
「ふーん。…あ、平賀さ、来週の土曜暇?また女装手伝ってほしいんだけど」
「え、なに!?もしかして能勢、ハマったの!?新たな趣味開花しちゃった?」
「ちげーよ!その…友達が見たがってて…」
歯切れの悪い俺に平賀は一瞬不思議そうな顔をしたが「また時間教えて」と承諾してくれた。
急きょ3限目の講義が4限目に変更となり、須藤、平賀と大学内のカフェで時間を潰すことにした。
「あ、スマホ忘れた」
「能勢ってよくスマホ起き忘れるよねー」
「どこに置いたかはちゃんと覚えてっからいいんだよ」
「先行っとくぞ?」
「おー」
講義室で置き忘れていたスマホを見つけ、廊下に出た。
「…葵ちゃんみーっけ!」
「うわっ!」
突然、柚原さんが後ろから抱きついてきて、顔を覗き込んできた。
「お疲れ」
「…お疲れ様です。…あの、急に抱きついてくんのやめてもらっていいっすか?」
「え、なんでー?」
「驚くし、万が一女子に見られたら反感買いそうなんで」
「男同士だし、大丈夫じゃない?」
「nextはみんなのものって自覚してくださいよ」
「…。」
やっと腕を離した柚原さん。
「3限目は、講義じゃなかったっけ?」
「今日だけ4限に変更になったんすよ。柚原さん次ここ使うんですか?」
「ううん。葵ちゃんが向かっていってるの見えて来てみただけ。今日は午前中だけで帰れる日なんだけど、光と食堂で昼食べ終わって、帰ろうとしてた時に見かけたからギリギリセーフ」
「え、乙倉さん待たせてるんすか!?」
「部室で待ってると思う」
「早く行ってあげてくださいよ!」
「えーせっかく葵ちゃんと2人きりなのに、もうおしまい?」
甘えモード…。
「つーか、乙倉さんたちは、その…柚原さんが俺に告白したこと知ってんすか?」
「うん、nextの3人は知ってる。応援してくれてるよ」
「え!?そうなんですか!?」
モテる集団は何事にも寛大なんだな…。
「乙倉さんを俺が待たせてる気分になるんで、行ってください。俺も友達のとこ行くんで」
「葵ちゃんって、ほんとあっさりしてるとゆーか、男らしいとゆーか、冷たいとゆーか。まぁ、そんなとこも好きなんだけど!」
「…やめてください」
「ん?」
「だから……好きとか不意に言われると、なんか恥ずいんで…やめてほしい、です…」
「なにそれ…めっちゃ意識してくれてるじゃん」
柚原さんは嬉しそうに口角を上げた。そのまま俺のすぐ目の前に来て「土曜日、楽しみにしてて」と耳元で囁いた。
耳が熱くなるのは、気のせいだって思いたい。
「じゃ、お疲れー」
柚原さんが立ち去った後、その場にしゃがみ込んだ俺は大きくため息をついた。
「はぁー…」
カフェに入ると奥の方の席で須藤が手を上げた。椅子に座った俺に須藤が問いかける。
「遅かったけど、なんかあったか?」
「…いや、トイレ寄っただけ」
「そっか」
「能勢、飲み物買って来なよ」
「うん」
「俺が買ってくるわ。ワッフル買ってくるついでに。ココアでいいだろ?」
「おん、さんきゅ」
立ち上がり、レジへ行く須藤を平賀と見ていた。
「俺の彼氏優しー」
「奪える気しないんだけど」
「あはは、須藤は俺にゾッコンだからな」
「しかもさ、完全に私がnextしか興味ないと思ってるよねー」
「うんうん。まさか自分のこと好きなんて、これっぽっちも思ってねーよ、あいつ」
そう、平賀は須藤が好きだ。nextはあくまで推しで、本命は須藤って話。これは俺と水森しか知らない秘密。
「どうやったら振り向いてもらえるんだろー。学科もサークルも同じだと、卒業まで気まずくなるの避けたいから、一か八かで告るとか無理だしなぁ。てかさ、須藤の好みとか好きだった子とか知らないわけ!?」
「えー、あいつ高校の時彼女いたっけなぁ…?」
思い出そうとしていた時に、須藤がココアとワッフルの乗ったプレート持ち、戻って来た。
10月最終日。うちの大学の学長は、イベント好きで有名らしい。そんな学長を楽しませようとしてなのか、毎年ハロウィンはコスプレ姿で講義を受ける学生がほとんどだと先輩から聞いた。
今年も例外ではなく、俺たち1年生含む多くの学生が朝からコスプレを楽しんでいる。
「あ、ウォーリー発見!これで3人目」
2限目の前に自販機で飲み物を買っていると、見知らぬ先輩が俺に向かってそう言った。
今日はスポーツサークル全員で【ウォーリーを探せ】のコスプレをしている。それを知っている一部の学生が、15人全員を見つけることを目標にしているようだ。
昼休みになると大学中の女子は、nextの4人を探しに駆け回る。すでに見た人の情報では、今年の4人は警察官や医者などのお仕事シリーズになりきっているらしい。
食堂でウォーリーの姿で昼飯を食っている俺と須藤は、視線の先に現れたシスター姿の増田先輩に言葉を失った。
「…やっべ。綺麗過ぎんだろ」
「それな」
「俺の葵ちゃんも、増田先輩には敵わないな」
「あたりめーだわ」
「あはは。そういや、今日バイトだっけ?」
「うん」
「夜みんなでこのまま街に繰り出すって話出てんだけど、能勢は無理だな」
「無理ー。また写メ送って。バイト終わりにそれ見て元気出すから」
「りょーかい」
全ての講義を受け、須藤たちと別れた俺は普段着に着替えるため部室に向かう。途中、警察の格好をした柚原さんが現れた。
「あ!」
俺に気付いた柚原さんはスタスタと近づいて来る。
「あ、柚原さん」
「やっと見つけた…」
「お疲れ様で…っ」
ぎゅっ…、いきなりハグをされ、柚原さんの香りに包まれた。
ーえ…。
「もぉ…俺のウォーリー難易度高すぎ」
思ったよりも長いハグに戸惑う。
「そろそろ離してください…」
「えーやだー。俺、警察だもん。怪しい人は捕まえないと」
「俺のどこが怪しいんすか!」
「あはは。連れて帰らなきゃー」
この人の飄々とした部分にまだ慣れない。本気なのか冗談なのか…。
「何で俺がウォーリーだって知ってたんすか?」
「朝、平賀さんと水森さんがウォーリー姿で歩いてて、声かけたら今日はみんなでウォーリーになってるって聞いて。一日中赤白ボーダーの人探してたんだけど、葵ちゃんだけがいなくてさ」
「あはっ、柚原さんもウォーリーを探せしてたんすね!」
カチャ…、突然かけていた丸メガネを外された。
「やっぱりさー、メガネない方が可愛いって」
「…。」
会うたびに可愛いって言われてる気がする。
「これからバイト?」
「そうっす。柚原さんは練習ですよね?」
「うん」
「頑張ってください」
「ありがとー。葵ちゃんもバイト頑張って」
「ありがとうございます。じゃ、失礼します」
「ばいばーい」
部室で赤白ボーダーの服を脱ぐ俺は、柚原さんの匂いを思い出す。
多分、香水だけじゃなくて、柔軟剤とか部屋に置いてたルームフレグランスとか色んな匂いが混ざった香りなんだよなぁ…。
「そろそろ覚えちゃいそうだな…」
朝起きると目に映った光景で一気に目が覚める。
!?!?
柚原さんの寝顔が目の前にあり、あまりの衝撃に勢いよく起き上がった。
は?え?どゆこと!?……何で俺、柚原さんとベットで寝てんの!?あれ、昨日柚原さん家に来て、菓子食いながら質問し合って…わぁーそのあとの記憶がねぇ…。
「ん…あ、おはよぉ」
まだとろんとした目の柚原さんは、朝から羨ましいほどかっこいい。
「…あ、おはよーございます。あの、俺何で…」
「あー昨日ね、俺がトイレに行って戻ってきたら葵ちゃん寝ちゃっててさ」
…俺は子供か!
「もう遅かったし、起こすの悪いと思ってそのまま寝せちゃった」
「そうだったんすね。ベットまで借りて、迷惑かけてすみません」
「全然。葵ちゃんの可愛い寝顔見れてラッキーだったし」
…一昨日から当たり前のように“可愛い”って言ってくるけど、女の姿じゃない俺にどんな気持ちで言ってんだろ…。
「今度お詫びに昼飯とか奢らせてください」
柚原さんの焼いてくれたトースターを食べ終え、再度お詫びの気持ちを伝えた。
「そんなのしなくていいよぉ。…あ、じゃあ今度デートしようよ」
「え、デート?」
「葵ちゃんさ、昨日の教え合いで俺のこと知った気になってるでしょ?」
「…まぁ、好きなものとか色々知れたって思ってます」
「昨日のは友達のこと知るみたいなもんだよ。…忘れてる?俺は葵ちゃんと付き合いんだよ?恋愛としての俺を知らずに答えなんて出せないよね」
恋愛として…。そもそも、俺の女装がタイプで付き合おうって言われたけど、柚原さんこそ俺の中身知らずに好きとか思えてんの!?
「いきなり男同士でデートするの恥ずかしかったら、女の子の格好でもいいよ。その方が周りの目気にしなくて済むだろうし」
…ほら、やっぱ見た目だけを求めてんじゃん。
玄関で見送られる俺は、ほんの少しだけモヤつく気持ちを隠してお礼を伝えた。
「色々ありがとうございました。…お邪魔しました」
「また遊びに来てねー」
「じゃあ、失礼します」
「…葵ちゃん…」
「…はい」
「好きになってもらえるように、全力で攻めて落としにいくね。だからちゃんと、俺のこと見定めて」
初めて見る真剣な表情で言われ、ドキッとしてしまった。
一昨日知り合ったばっかの俺にそんなこと言ってくんなよ…。
いつもは乗らない時間帯の電車は空いていて、席に座って外を眺めた。
攻めるって、落とすって、俺何されんだろ。あんなナチュラルに距離詰めてくる人だし、予想がつかない。
「つーか、どんな気持ちで見定めたらいいわけ…」
「能勢ー、おはよ」
翌朝、改札口を抜けた俺の横に須藤が来た。
「おはよー。同じ電車だったんだな」
「中人多くて気付かなかったわ。あ、日曜大丈夫だった?」
「え?」
「体調悪くて帰ったじゃん」
「あー…家帰って寝たら治った」
「そっか。あの後も大変だったんだぞ?いきなりnextとの写真撮影会が始まってさ」
「あはは。ぜってー平賀にその写真見せられるじゃん」
「あ、でもさ、柚原さんが知らん間に帰っちゃってて。乙倉さんたちに聞いたら飲み会を途中で抜けること多いらしい。あんま大勢でわちゃわちゃすんの好きじゃないのかもな」
…ちげぇよ。抜け出して女子をお持ち帰りすんだよ。それがモテ男の常習手段。
大学に着き、講義室に入ると予想通り平賀がスマホを持って近づいてきた。
「能勢ー!見てー!!」
「おはよー」
「おはよっ!ほら、nextに囲まれて写真撮ったんだよ!?やばくない!?」
「おぉ、すげぇじゃん。良かったな」
ま、俺はボーカルと添い寝しましたけどね。…なんて、大興奮の平賀に言えるわけもなく、見せられた写真をじっと見る。
「せっかくゆっくり会えたのに、誰も連絡先聞いてなかったよな?」
「え、須藤知らないの?」
「なにが」
「nextとの連絡先交換は、暗黙の了解で禁止なんだよ。たとえ同じ軽音部でもね。連絡先を交換していいのは、next側から聞かれた時のみ」
「マジで?もうそれ芸能人じゃん」
そんなルールがあったなんて知らなかった。
「前にファンの子の間で、連絡先に関する揉め事があったらしいよ。みんなが気持ち良く応援するための約束事ってわけ」
「ふーん。…あ、平賀さ、来週の土曜暇?また女装手伝ってほしいんだけど」
「え、なに!?もしかして能勢、ハマったの!?新たな趣味開花しちゃった?」
「ちげーよ!その…友達が見たがってて…」
歯切れの悪い俺に平賀は一瞬不思議そうな顔をしたが「また時間教えて」と承諾してくれた。
急きょ3限目の講義が4限目に変更となり、須藤、平賀と大学内のカフェで時間を潰すことにした。
「あ、スマホ忘れた」
「能勢ってよくスマホ起き忘れるよねー」
「どこに置いたかはちゃんと覚えてっからいいんだよ」
「先行っとくぞ?」
「おー」
講義室で置き忘れていたスマホを見つけ、廊下に出た。
「…葵ちゃんみーっけ!」
「うわっ!」
突然、柚原さんが後ろから抱きついてきて、顔を覗き込んできた。
「お疲れ」
「…お疲れ様です。…あの、急に抱きついてくんのやめてもらっていいっすか?」
「え、なんでー?」
「驚くし、万が一女子に見られたら反感買いそうなんで」
「男同士だし、大丈夫じゃない?」
「nextはみんなのものって自覚してくださいよ」
「…。」
やっと腕を離した柚原さん。
「3限目は、講義じゃなかったっけ?」
「今日だけ4限に変更になったんすよ。柚原さん次ここ使うんですか?」
「ううん。葵ちゃんが向かっていってるの見えて来てみただけ。今日は午前中だけで帰れる日なんだけど、光と食堂で昼食べ終わって、帰ろうとしてた時に見かけたからギリギリセーフ」
「え、乙倉さん待たせてるんすか!?」
「部室で待ってると思う」
「早く行ってあげてくださいよ!」
「えーせっかく葵ちゃんと2人きりなのに、もうおしまい?」
甘えモード…。
「つーか、乙倉さんたちは、その…柚原さんが俺に告白したこと知ってんすか?」
「うん、nextの3人は知ってる。応援してくれてるよ」
「え!?そうなんですか!?」
モテる集団は何事にも寛大なんだな…。
「乙倉さんを俺が待たせてる気分になるんで、行ってください。俺も友達のとこ行くんで」
「葵ちゃんって、ほんとあっさりしてるとゆーか、男らしいとゆーか、冷たいとゆーか。まぁ、そんなとこも好きなんだけど!」
「…やめてください」
「ん?」
「だから……好きとか不意に言われると、なんか恥ずいんで…やめてほしい、です…」
「なにそれ…めっちゃ意識してくれてるじゃん」
柚原さんは嬉しそうに口角を上げた。そのまま俺のすぐ目の前に来て「土曜日、楽しみにしてて」と耳元で囁いた。
耳が熱くなるのは、気のせいだって思いたい。
「じゃ、お疲れー」
柚原さんが立ち去った後、その場にしゃがみ込んだ俺は大きくため息をついた。
「はぁー…」
カフェに入ると奥の方の席で須藤が手を上げた。椅子に座った俺に須藤が問いかける。
「遅かったけど、なんかあったか?」
「…いや、トイレ寄っただけ」
「そっか」
「能勢、飲み物買って来なよ」
「うん」
「俺が買ってくるわ。ワッフル買ってくるついでに。ココアでいいだろ?」
「おん、さんきゅ」
立ち上がり、レジへ行く須藤を平賀と見ていた。
「俺の彼氏優しー」
「奪える気しないんだけど」
「あはは、須藤は俺にゾッコンだからな」
「しかもさ、完全に私がnextしか興味ないと思ってるよねー」
「うんうん。まさか自分のこと好きなんて、これっぽっちも思ってねーよ、あいつ」
そう、平賀は須藤が好きだ。nextはあくまで推しで、本命は須藤って話。これは俺と水森しか知らない秘密。
「どうやったら振り向いてもらえるんだろー。学科もサークルも同じだと、卒業まで気まずくなるの避けたいから、一か八かで告るとか無理だしなぁ。てかさ、須藤の好みとか好きだった子とか知らないわけ!?」
「えー、あいつ高校の時彼女いたっけなぁ…?」
思い出そうとしていた時に、須藤がココアとワッフルの乗ったプレート持ち、戻って来た。
10月最終日。うちの大学の学長は、イベント好きで有名らしい。そんな学長を楽しませようとしてなのか、毎年ハロウィンはコスプレ姿で講義を受ける学生がほとんどだと先輩から聞いた。
今年も例外ではなく、俺たち1年生含む多くの学生が朝からコスプレを楽しんでいる。
「あ、ウォーリー発見!これで3人目」
2限目の前に自販機で飲み物を買っていると、見知らぬ先輩が俺に向かってそう言った。
今日はスポーツサークル全員で【ウォーリーを探せ】のコスプレをしている。それを知っている一部の学生が、15人全員を見つけることを目標にしているようだ。
昼休みになると大学中の女子は、nextの4人を探しに駆け回る。すでに見た人の情報では、今年の4人は警察官や医者などのお仕事シリーズになりきっているらしい。
食堂でウォーリーの姿で昼飯を食っている俺と須藤は、視線の先に現れたシスター姿の増田先輩に言葉を失った。
「…やっべ。綺麗過ぎんだろ」
「それな」
「俺の葵ちゃんも、増田先輩には敵わないな」
「あたりめーだわ」
「あはは。そういや、今日バイトだっけ?」
「うん」
「夜みんなでこのまま街に繰り出すって話出てんだけど、能勢は無理だな」
「無理ー。また写メ送って。バイト終わりにそれ見て元気出すから」
「りょーかい」
全ての講義を受け、須藤たちと別れた俺は普段着に着替えるため部室に向かう。途中、警察の格好をした柚原さんが現れた。
「あ!」
俺に気付いた柚原さんはスタスタと近づいて来る。
「あ、柚原さん」
「やっと見つけた…」
「お疲れ様で…っ」
ぎゅっ…、いきなりハグをされ、柚原さんの香りに包まれた。
ーえ…。
「もぉ…俺のウォーリー難易度高すぎ」
思ったよりも長いハグに戸惑う。
「そろそろ離してください…」
「えーやだー。俺、警察だもん。怪しい人は捕まえないと」
「俺のどこが怪しいんすか!」
「あはは。連れて帰らなきゃー」
この人の飄々とした部分にまだ慣れない。本気なのか冗談なのか…。
「何で俺がウォーリーだって知ってたんすか?」
「朝、平賀さんと水森さんがウォーリー姿で歩いてて、声かけたら今日はみんなでウォーリーになってるって聞いて。一日中赤白ボーダーの人探してたんだけど、葵ちゃんだけがいなくてさ」
「あはっ、柚原さんもウォーリーを探せしてたんすね!」
カチャ…、突然かけていた丸メガネを外された。
「やっぱりさー、メガネない方が可愛いって」
「…。」
会うたびに可愛いって言われてる気がする。
「これからバイト?」
「そうっす。柚原さんは練習ですよね?」
「うん」
「頑張ってください」
「ありがとー。葵ちゃんもバイト頑張って」
「ありがとうございます。じゃ、失礼します」
「ばいばーい」
部室で赤白ボーダーの服を脱ぐ俺は、柚原さんの匂いを思い出す。
多分、香水だけじゃなくて、柔軟剤とか部屋に置いてたルームフレグランスとか色んな匂いが混ざった香りなんだよなぁ…。
「そろそろ覚えちゃいそうだな…」

