学園祭2日目の今日は、大注目のミスコンとミスターコンが午前中にステージで開催される。
サークルの女子メンバーたちは、朝からテンションが高く、ステージ前列を陣取るため気合いが入っていた。そんな女子たちを見送る俺と須藤は店番だ。
「お疲れ、交代するぞー」
昼前になり、2年の先輩と交代作業をしながら、軽く会話を交わした。
「ミスコン誰になったんすか?」
「英語学科の増田先輩」
「あー、あのめっちゃ綺麗な人か!」
「午後はミスコン、ミスターのグランプリと準グランプリの4人が構内歩き回るらしいぞ」
「へぇー。ミスターはnextの誰が選ばれたんですか?」
「そりゃあ、もちろん…」
「すみませーん」
会話の途中でお客が来たため、俺と須藤はテントから出て、腹ごしらえをしに他の模擬店へ向かった。
「ごめん、先にトイレ行ってきていい?」
「もちろん」
棟内に入って行った須藤を外で待っていた。
ーあ…。
少し先に実行委員会の学生と一緒に歩くグランプリたち4人の姿があった。どうやらミスターのグランプリは柚原さん、準グランプリは乙倉さんになったみたいだ。近くでは、写真サークルの人たちが4人をカメラに収めている。
俺だって昨日グランプリ取ったのに…。扱い全然ちげぇじゃん。つーか、柚原さんと増田先輩、美男美女ですげーお似合いだな。
そんなことを思いながらぼーっと見ていたら、柚原さんと目が合った。そのまま通り過ぎると思っていたが、柚原さんは乙倉さんに話しかけた後、こっちに駆け寄ってくる。
ーええええ!?
「葵ちゃん、お疲れー」
「あっ、お疲れ様です」
「昨日連絡できなくてごめんねー?」
「いえ、俺の方こそしなくてすいません」
「全然、気にしないで。今、1人?」
「友達のトイレ待ちっす。…あ、グランプリおめでとうございます」
「ありがと。葵ちゃんもグランプリだし、せっかくなら一緒に歩きたかったなぁ」
この人どんだけ俺の女装姿が好きなんだよ。
「そろそろ行かなきゃ。遅くなるけど夜連絡するね」
「あ、はい…」
男の姿でも俺に気付いたんだ…。
夜、大学近くの居酒屋でサークルメンバーとの打ち上げが行われた。
「学園祭お疲れ様でしたー!かんぱーい!」
「かんぱーい!!」
俺が所属するスポーツサークルは、毎週水曜に体育館でバレーやバスケ、バドミントンなどを週替わりで楽しむゆるい運動部だ。夏に4年生が卒業し、今は1年から3年の男女15名で活動中。みんな仲が良く、行事はもちろん、普段から飲み会やご飯会でよく集まっている。
「つーかさ、昨日の能勢ならミスコンでも上位になれたんじゃね?」
「それ俺も思った!」
酔い始めた先輩たちは、大きめの声で盛り上がっている。
「なぁ、能勢。俺がクリスマスまでに彼女出来なかったら、女装姿でデートしてくれよ」
「えー嫌っすよ。俺だって女の子とデートしたいっすもん」
「先輩、葵ちゃんは俺の彼女なんで、クリスマスは俺とデートですっ」
俺の横に座る須藤は肩を抱き寄せてきて、また悪ノリを始める。…まぁ、乗っておくか。
「あれ、あたしたちって昨日別れなかった?」
「何言ってんだよ。あんなの嘘に決まってんだろ?俺と葵ちゃんの愛は永遠だよ…」
コーラしか飲んでおらず、酔っていないはずの須藤は、場の雰囲気に合わせてゆっくりと顔を近づけてくる。
ーこいつ、キスしてくるつもりだな…。
先輩たちのスマホが向けられる中、目を閉じた瞬間…
「葵ちゃん」
聞き覚えのある声がした。
この声…
「えっ!?柚原先輩!?きゃーっ!!」
平賀の叫び声が店内に響き渡る。
店の入り口にいたのは柚原さんだった。その後ろから乙倉さんたちも入ってきて、まさかのnext登場に女子たちは大興奮。
「お久しぶりです。打ち上げですか?」
乙倉さんが3年の部長に尋ねた。
そういや部長が前に、乙倉さんは高校の後輩だって言ってた気がする。
「日曜なのに店予約するの忘れてて、どこの店も多くて困ってたんですー。良かったらご一緒してもいいですか?」
そう柚原さんにお願いされ、戸惑っている男子たちをガン無視し、女子たちは「どーぞ!」「ぜひ!」とnextをテーブルに招き入れた。
「俺、ここにしよーっと」
柚原さんが俺と須藤の間に座ってきた。乙倉さんは部長の横、唐沢さんと和久井さんは同じ薬学科2年の先輩の側に座った。女子たちは目をキラキラさせつつ、ソワソワしている。
何故ここに?という顔で須藤が柚原さんの背中側から俺を見てくる。柚原さんに謎の告白をされたことは、まだ誰にも言っていない。
「葵ちゃん、何飲んでるの?」
「ジンジャーエールです」
「じゃあ、俺もそれにするー」
「…。」
柚原さんたちに飲み物が運ばれてきて、改めて乾杯をする。
「お疲れ様でしたー!そして、グランプリ、準グランプリおめでとうー!!かんぱーい!」
女子たちは、またとない機会を無駄にしないため、少し緊張しながらもnextのメンバーへ話しかけていた。いつもは大人で落ち着いている3年の先輩も、憧れの男たちを前にすれば浮かれる少女のようだ。
「昨日のライブ最高でした!演出も選曲も良すぎて!」
「ありがとうございまーす。皆んなに喜んでもらうためにライブしてるから、そう言ってもらえてすっげぇ嬉しい」
乙倉さんに笑顔で言われ、女子たちはノックアウト寸前。
「来月もライブハウスで演奏するから、皆さん良かった見に来てくださいっ!」
4人の中で乙倉さんが1番コミュ力が高くて、ライブでも率先して盛り上げる役目って平賀が言ってたな。
「和久井さんのドラムかっこよかったです!」
「あ、ありがとう」
照れている和久井さんは、水森の言っていたとおりシャイなようだ。でも、みんなの話をニコニコ聞いていて、優しい人なんだろうなと思う。
「あんな大勢の前で演奏するの緊張しないんですか?」
「んー、もう慣れたかな」
next唯一の彼女持ちである唐沢さんは、クールで大人っぽい人だと聞いた。
「どうやったらあんな良い声出せるんですか?もう耳が幸せで…!」
「ほんとにー?ありがとぉ。みんなの耳をもっと幸せにするために、次のライブも頑張っちゃうねー」
俺が言ったらドン引かれそうな言葉も、柚原さんレベルのイケメンなら許されるみたいだ。
学園祭の打ち上げというより、nextを囲むファンの会みたいな時間が流れること約1時間。
「…!」
突然柚原さんに膝をポンポンされ、テーブルの下でスマホ画面を見せられた。そこにはメッセージが打ち込まれている。
『2人で抜け出さない?』
…え?
驚き、柚原さんを見るとニコッと笑いかけられる。
えっとぉ…これはどうすりゃいんだ!?
「俺、お手洗い行ってくる」
柚原さんは立ち上がり席を離れた。
「なぁ、匂いからして俺と次元が違うんだけど」
須藤がコソコソと話しかけてきた。
「そだな…」
多分柚原さんは、トイレに行ったまま抜け出すつもりだ。うーん、どうすっかなぁ。…よし!
「すみません!急に体調が悪くなって…俺、帰ります!」
「えっ、大丈夫か!?」
「え、能勢、まじ?」
「マジマジ!後でこれで払っといて!」
「体調悪りぃなら家まで送るぞ?」
「いや、そこまでは大丈夫!」
須藤に札を手渡し、心配してくれているみんなに心を痛めつつ、足早に店を出た。
店を出てスマホを確認すると、近くのコンビニで待ってて、と連絡が入っていた。
コンビニの店内で適当に商品を見ていたら「お待たせ」と耳元で声がした。
「うわぁっ!」
「あはは。葵ちゃん、びっくりしすぎー。よく抜け出せたね」
「ギリギリっす。柚原さんこそ、バレなかったんすか?」
「ちょうど他のお客さんたちが帰るタイミングで、その中に紛れてみた」
話しながら柚原さんはカゴを手に持った。
「まだお腹空いてんだよね。葵ちゃんは空いてる?」
「いや、そんなには…」
「じゃあ、デザートとかお菓子の方がいっか」
柚原さんはカゴへ適当にスナック菓子やスイーツを入れ、レジで支払いを済ませた。
「夜の温度、今ぐらいがちょうどいいよねー」
コンビニから出た柚原さんは、何の説明もなくどこかへ向かい歩き始める。
ーどこ行ってんだろ…。
「着いたよー」
「えっ…」
10分ほどして足を止めたのは、アパートの前。
「ここって…」
「俺の家」
……えぇ!?
「今日はどの店行っても、同じ大学の人に会う確率高そうじゃん?誰にも邪魔されたくないし」
「いや、あの、急にお邪魔すんのは…」
「いいから入って入ってー」
半ば強引に手を引かれ、家の中へ足を踏み入れた。
もしかして、いつもこんな風に自然な流れで女子をお持ち帰りしてるんじゃ!?いや、別に俺はお待ち帰りされてねーけど。上級者のテクじゃん。モテ男怖ぇ…。
「飲み物入れるから、適当に座ってて」
「失礼します…」
部屋の中は、黒を基調にしたシックな空間で、真のモテる男は部屋まで完璧なのかと痛感する。
「はい、どーぞ」
ジュースの入ったコップさえお洒落だ。
「ありがとうございます」
「さ、お菓子食べよう」
「あの、半分払います」
「何言ってんのー。俺が勝手に買っただけだし、後輩に払わせるわけないじゃん。遠慮なく食べてよ」
「…ありがとうございます」
自分に起こっている状況を整理しても、頭の中で処理しきれない。柚原さんの家で2人きりで菓子パーティー。しかも、なんかすげぇこっち見てきてる…。
「ねぇ、髪触ってもいい?」
「へ?髪?」
「うん」
「いいっすけど…」
さらっ…、柚原さんの指が優しく俺の髪を撫でる。
うわ…なんか恥ずい。…やべ、顔が熱くなりそう。
「やっぱ柔らかーい。…うん、可愛い」
髪を触りながら俺の顔を見る柚原さんの表情がなんだか甘ったるく感じて、目を逸らしてしまった。
「…酔ってんすか…?」
「…俺、まだ19。だから今日ソフトドリンクしか飲んでないよ」
え、酔ってなくてこんなことしてんの?こうやって女子落としてんの?
「ていうか、昨日ごめんね?いきなり告白されてびっくりしちゃったよね」
「…そうっすね、かなりびっくりしました」
「あはは、正直でいいねー。…俺、葵ちゃんのこといっぱい知りたい。そんで、俺のこともたくさん知ってほしいな。だから今から質問し合いっこしない?」
「質問?」
「そう。俺、オムライスが好きなんだけど、葵ちゃんは好きなご飯なに?」
「…キムチ鍋です」
「辛いの好きなんだ!これからの季節に鍋いいよね。じゃあ、俺に質問して」
「…うーん、好きな色なんですか?俺は赤です」
「あはっ、その質問最高。んー紫かな」
「紫、似合いますね」
そうして2人きりの部屋で、お互いのことを教え合い、大学の女子たちが知らない柚原さんの情報を一晩で知ってしまった。
遥か遠い存在と思っていた柚原さんは、案外普通の男子大学生の一面も沢山あって、最初の緊張が嘘みたいにリラックスして話すことができた。
なんか安心したら眠くなってきた…
サークルの女子メンバーたちは、朝からテンションが高く、ステージ前列を陣取るため気合いが入っていた。そんな女子たちを見送る俺と須藤は店番だ。
「お疲れ、交代するぞー」
昼前になり、2年の先輩と交代作業をしながら、軽く会話を交わした。
「ミスコン誰になったんすか?」
「英語学科の増田先輩」
「あー、あのめっちゃ綺麗な人か!」
「午後はミスコン、ミスターのグランプリと準グランプリの4人が構内歩き回るらしいぞ」
「へぇー。ミスターはnextの誰が選ばれたんですか?」
「そりゃあ、もちろん…」
「すみませーん」
会話の途中でお客が来たため、俺と須藤はテントから出て、腹ごしらえをしに他の模擬店へ向かった。
「ごめん、先にトイレ行ってきていい?」
「もちろん」
棟内に入って行った須藤を外で待っていた。
ーあ…。
少し先に実行委員会の学生と一緒に歩くグランプリたち4人の姿があった。どうやらミスターのグランプリは柚原さん、準グランプリは乙倉さんになったみたいだ。近くでは、写真サークルの人たちが4人をカメラに収めている。
俺だって昨日グランプリ取ったのに…。扱い全然ちげぇじゃん。つーか、柚原さんと増田先輩、美男美女ですげーお似合いだな。
そんなことを思いながらぼーっと見ていたら、柚原さんと目が合った。そのまま通り過ぎると思っていたが、柚原さんは乙倉さんに話しかけた後、こっちに駆け寄ってくる。
ーええええ!?
「葵ちゃん、お疲れー」
「あっ、お疲れ様です」
「昨日連絡できなくてごめんねー?」
「いえ、俺の方こそしなくてすいません」
「全然、気にしないで。今、1人?」
「友達のトイレ待ちっす。…あ、グランプリおめでとうございます」
「ありがと。葵ちゃんもグランプリだし、せっかくなら一緒に歩きたかったなぁ」
この人どんだけ俺の女装姿が好きなんだよ。
「そろそろ行かなきゃ。遅くなるけど夜連絡するね」
「あ、はい…」
男の姿でも俺に気付いたんだ…。
夜、大学近くの居酒屋でサークルメンバーとの打ち上げが行われた。
「学園祭お疲れ様でしたー!かんぱーい!」
「かんぱーい!!」
俺が所属するスポーツサークルは、毎週水曜に体育館でバレーやバスケ、バドミントンなどを週替わりで楽しむゆるい運動部だ。夏に4年生が卒業し、今は1年から3年の男女15名で活動中。みんな仲が良く、行事はもちろん、普段から飲み会やご飯会でよく集まっている。
「つーかさ、昨日の能勢ならミスコンでも上位になれたんじゃね?」
「それ俺も思った!」
酔い始めた先輩たちは、大きめの声で盛り上がっている。
「なぁ、能勢。俺がクリスマスまでに彼女出来なかったら、女装姿でデートしてくれよ」
「えー嫌っすよ。俺だって女の子とデートしたいっすもん」
「先輩、葵ちゃんは俺の彼女なんで、クリスマスは俺とデートですっ」
俺の横に座る須藤は肩を抱き寄せてきて、また悪ノリを始める。…まぁ、乗っておくか。
「あれ、あたしたちって昨日別れなかった?」
「何言ってんだよ。あんなの嘘に決まってんだろ?俺と葵ちゃんの愛は永遠だよ…」
コーラしか飲んでおらず、酔っていないはずの須藤は、場の雰囲気に合わせてゆっくりと顔を近づけてくる。
ーこいつ、キスしてくるつもりだな…。
先輩たちのスマホが向けられる中、目を閉じた瞬間…
「葵ちゃん」
聞き覚えのある声がした。
この声…
「えっ!?柚原先輩!?きゃーっ!!」
平賀の叫び声が店内に響き渡る。
店の入り口にいたのは柚原さんだった。その後ろから乙倉さんたちも入ってきて、まさかのnext登場に女子たちは大興奮。
「お久しぶりです。打ち上げですか?」
乙倉さんが3年の部長に尋ねた。
そういや部長が前に、乙倉さんは高校の後輩だって言ってた気がする。
「日曜なのに店予約するの忘れてて、どこの店も多くて困ってたんですー。良かったらご一緒してもいいですか?」
そう柚原さんにお願いされ、戸惑っている男子たちをガン無視し、女子たちは「どーぞ!」「ぜひ!」とnextをテーブルに招き入れた。
「俺、ここにしよーっと」
柚原さんが俺と須藤の間に座ってきた。乙倉さんは部長の横、唐沢さんと和久井さんは同じ薬学科2年の先輩の側に座った。女子たちは目をキラキラさせつつ、ソワソワしている。
何故ここに?という顔で須藤が柚原さんの背中側から俺を見てくる。柚原さんに謎の告白をされたことは、まだ誰にも言っていない。
「葵ちゃん、何飲んでるの?」
「ジンジャーエールです」
「じゃあ、俺もそれにするー」
「…。」
柚原さんたちに飲み物が運ばれてきて、改めて乾杯をする。
「お疲れ様でしたー!そして、グランプリ、準グランプリおめでとうー!!かんぱーい!」
女子たちは、またとない機会を無駄にしないため、少し緊張しながらもnextのメンバーへ話しかけていた。いつもは大人で落ち着いている3年の先輩も、憧れの男たちを前にすれば浮かれる少女のようだ。
「昨日のライブ最高でした!演出も選曲も良すぎて!」
「ありがとうございまーす。皆んなに喜んでもらうためにライブしてるから、そう言ってもらえてすっげぇ嬉しい」
乙倉さんに笑顔で言われ、女子たちはノックアウト寸前。
「来月もライブハウスで演奏するから、皆さん良かった見に来てくださいっ!」
4人の中で乙倉さんが1番コミュ力が高くて、ライブでも率先して盛り上げる役目って平賀が言ってたな。
「和久井さんのドラムかっこよかったです!」
「あ、ありがとう」
照れている和久井さんは、水森の言っていたとおりシャイなようだ。でも、みんなの話をニコニコ聞いていて、優しい人なんだろうなと思う。
「あんな大勢の前で演奏するの緊張しないんですか?」
「んー、もう慣れたかな」
next唯一の彼女持ちである唐沢さんは、クールで大人っぽい人だと聞いた。
「どうやったらあんな良い声出せるんですか?もう耳が幸せで…!」
「ほんとにー?ありがとぉ。みんなの耳をもっと幸せにするために、次のライブも頑張っちゃうねー」
俺が言ったらドン引かれそうな言葉も、柚原さんレベルのイケメンなら許されるみたいだ。
学園祭の打ち上げというより、nextを囲むファンの会みたいな時間が流れること約1時間。
「…!」
突然柚原さんに膝をポンポンされ、テーブルの下でスマホ画面を見せられた。そこにはメッセージが打ち込まれている。
『2人で抜け出さない?』
…え?
驚き、柚原さんを見るとニコッと笑いかけられる。
えっとぉ…これはどうすりゃいんだ!?
「俺、お手洗い行ってくる」
柚原さんは立ち上がり席を離れた。
「なぁ、匂いからして俺と次元が違うんだけど」
須藤がコソコソと話しかけてきた。
「そだな…」
多分柚原さんは、トイレに行ったまま抜け出すつもりだ。うーん、どうすっかなぁ。…よし!
「すみません!急に体調が悪くなって…俺、帰ります!」
「えっ、大丈夫か!?」
「え、能勢、まじ?」
「マジマジ!後でこれで払っといて!」
「体調悪りぃなら家まで送るぞ?」
「いや、そこまでは大丈夫!」
須藤に札を手渡し、心配してくれているみんなに心を痛めつつ、足早に店を出た。
店を出てスマホを確認すると、近くのコンビニで待ってて、と連絡が入っていた。
コンビニの店内で適当に商品を見ていたら「お待たせ」と耳元で声がした。
「うわぁっ!」
「あはは。葵ちゃん、びっくりしすぎー。よく抜け出せたね」
「ギリギリっす。柚原さんこそ、バレなかったんすか?」
「ちょうど他のお客さんたちが帰るタイミングで、その中に紛れてみた」
話しながら柚原さんはカゴを手に持った。
「まだお腹空いてんだよね。葵ちゃんは空いてる?」
「いや、そんなには…」
「じゃあ、デザートとかお菓子の方がいっか」
柚原さんはカゴへ適当にスナック菓子やスイーツを入れ、レジで支払いを済ませた。
「夜の温度、今ぐらいがちょうどいいよねー」
コンビニから出た柚原さんは、何の説明もなくどこかへ向かい歩き始める。
ーどこ行ってんだろ…。
「着いたよー」
「えっ…」
10分ほどして足を止めたのは、アパートの前。
「ここって…」
「俺の家」
……えぇ!?
「今日はどの店行っても、同じ大学の人に会う確率高そうじゃん?誰にも邪魔されたくないし」
「いや、あの、急にお邪魔すんのは…」
「いいから入って入ってー」
半ば強引に手を引かれ、家の中へ足を踏み入れた。
もしかして、いつもこんな風に自然な流れで女子をお持ち帰りしてるんじゃ!?いや、別に俺はお待ち帰りされてねーけど。上級者のテクじゃん。モテ男怖ぇ…。
「飲み物入れるから、適当に座ってて」
「失礼します…」
部屋の中は、黒を基調にしたシックな空間で、真のモテる男は部屋まで完璧なのかと痛感する。
「はい、どーぞ」
ジュースの入ったコップさえお洒落だ。
「ありがとうございます」
「さ、お菓子食べよう」
「あの、半分払います」
「何言ってんのー。俺が勝手に買っただけだし、後輩に払わせるわけないじゃん。遠慮なく食べてよ」
「…ありがとうございます」
自分に起こっている状況を整理しても、頭の中で処理しきれない。柚原さんの家で2人きりで菓子パーティー。しかも、なんかすげぇこっち見てきてる…。
「ねぇ、髪触ってもいい?」
「へ?髪?」
「うん」
「いいっすけど…」
さらっ…、柚原さんの指が優しく俺の髪を撫でる。
うわ…なんか恥ずい。…やべ、顔が熱くなりそう。
「やっぱ柔らかーい。…うん、可愛い」
髪を触りながら俺の顔を見る柚原さんの表情がなんだか甘ったるく感じて、目を逸らしてしまった。
「…酔ってんすか…?」
「…俺、まだ19。だから今日ソフトドリンクしか飲んでないよ」
え、酔ってなくてこんなことしてんの?こうやって女子落としてんの?
「ていうか、昨日ごめんね?いきなり告白されてびっくりしちゃったよね」
「…そうっすね、かなりびっくりしました」
「あはは、正直でいいねー。…俺、葵ちゃんのこといっぱい知りたい。そんで、俺のこともたくさん知ってほしいな。だから今から質問し合いっこしない?」
「質問?」
「そう。俺、オムライスが好きなんだけど、葵ちゃんは好きなご飯なに?」
「…キムチ鍋です」
「辛いの好きなんだ!これからの季節に鍋いいよね。じゃあ、俺に質問して」
「…うーん、好きな色なんですか?俺は赤です」
「あはっ、その質問最高。んー紫かな」
「紫、似合いますね」
そうして2人きりの部屋で、お互いのことを教え合い、大学の女子たちが知らない柚原さんの情報を一晩で知ってしまった。
遥か遠い存在と思っていた柚原さんは、案外普通の男子大学生の一面も沢山あって、最初の緊張が嘘みたいにリラックスして話すことができた。
なんか安心したら眠くなってきた…

