土曜日、須藤、水森と一緒に平賀の家に遊びに行く。
待ち合わせ場所には水森が着いていた。
「よっ」
「お疲れ」
「あちぃな。待ち合わせ現地にすればよかった」
「同感。そういえば、増田先輩との板挟みは落ち着いた?」
「まぁ、ひとまず落ち着いた…かな」
「そっか、良かったね」
「なぁ、水森って乙倉さんと個人的に連絡とか取り合ってたりする?」
「え?そもそも連絡先知らないけど」
「あ、そっか」
「お待たせー!」
須藤が手を振りやって来た。
「お邪魔しまーす」
買ってきた飲み物やスナック菓子を平賀に渡し、当たり前のようにそれぞれ定位置に座る。
「なんか新しいクッションあるじゃん」
「この前ゲーセンで取れたのよ」
「ごめん、トイレ借りていい?」
「どうぞー。あ、このお菓子好きー」
「私が選んだの」
「さっすが楓」
テレビゲームをしながら、他愛ない話をする俺たち。
「夏休みさ、夏合宿とは別にどっかプチ旅行行きたくない?」
平賀の問いかけに賛同し、それぞれ好き勝手希望を言い始める。
「ナイトプールとかどうよ!?」
「違う県の花火大会行こうよ!」
「避暑地で優雅に過ごすのもありじゃね?」
「せっかくなら海沿いとかドライブしたい!」
「え、平賀免許持ってたっけ?」
「持ってるわ!ていうか、能勢は柚原先輩と夏休みどうするの?」
「あー語学留学行くらしくて、夏休みはほぼ会えない」
「えぇっ!?」
「英語学科だからねぇ」
「だから去年と変わらず、バイトと遊びに全力って感じ」
「寂しくなったらいつでもウチにおいで?あ、でも異性の家に2人きりは相手が私でも、柚原先輩心配しちゃうか!」
「いや、たぶん平賀には嫉妬しねーよ」
「なんかそれ複雑なんですけど!信頼されてるのか、ライバルにすらなれないのか」
「残念だったな、平賀。能勢の心の傷は、俺が癒してやるよ」
「傷ついてねーわ!」
水曜日のサークル終わりは、柚原さんの家に帰った。
「おかえりー」
「ただいま」
リビングに入るなり、柚原さんは俺を抱きしめた。
「ちょっ…俺いま汗臭いんで離れてください」
「やだー。だって今日で半年だよ?」
…そう、今日は付き合って半年記念日。
「だとしてもベタベタしてるんで」
「じゃあ、ご飯の前にお風呂にする?」
「はい」
柚原さんに後ろから包まれる形で湯船に浸かっている俺たち。もちろん、一緒に風呂に入ることに慣れたわけではない。
「ねぇ、付き合って半年だしさ、そろそろ敬語やめない?」
「いやぁ、まだちょっと…」
「なんか距離ある感じが嫌なんだもーん」
「敬語ですけど、心の距離はくっついてるんで大丈夫です!」
「そんなこと言っても無駄でーす。じゃあせめて、さん付けはやめてほしいし、下の名前で呼んでよ」
ハードルの高いお願いの後に、妥協案を言ってくるのは柚原さんの得意技。
「分かりました…」
「はい、呼んで」
ニコニコ顔でお願いされ、顔が赤くなっていくのを自覚しながらゆっくり口を開いた。
「…翠くん…」
さすがに呼び捨ては出来ねぇって…。
「…え、待って待って。君付け可愛すぎるんだけど!やばい、やばーい!」
興奮する柚原さんの声が浴室に響き渡る。
柚原さんの俺への愛は、落ち着くどころか日々加速している。みんなの憧れである柚原さんの好きを独占し続けている状態だ。
「ねぇ、もっかい言って?」
「……翠くん」
「葵ちゃんっ」
下の名前を呼び合うことを子供のように喜んでいる柚原さんは、めちゃくちゃ可愛い。
その可愛さに思わず振り返り、ハグをした。
「…これからもよろしくお願いします」
「うん、何年経っても仲良しでいようねぇ」
「もちろんです!」
テスト期間を終え、夏休みまであと数日。大学内のフリースペースに寄ると平賀が1人でいた。
「ひーらがっ!」
「わ、びっくりしたぁ」
「どしたの、ぼーっとして」
「ちょっと考え事」
「俺が相談乗ってやろうか?」
「……告白されたの」
「うぇ!?誰に!?」
「…薫さん…」
「たかみーさんか…」
「…驚かないんだね」
いや、だって好きなの知ってたし。こんな早く告白するとは思わなかったけど。
「…まぁ、俺も似たようなもんだからさ。…返事したの?」
「ううん、少し待ってもらってる」
「あ、断ったわけじゃねぇんだ」
「薫さんのこと何も知らない状態ならすぐに断ったと思う。だけど、この数ヶ月で色々知って、中身も素敵な人って分かってるから」
「何で迷ってんの?女同士なこと?それとも…須藤のこと?」
「……須藤への気持ちだよ」
…そうだよなぁ、もう1年以上好きだもんな。
「正直さ、須藤と上手くいくと思わないの。もちろん、こっちから告白する気もないし、卒業まで片想いする気満々だったから。…告白される前からね、薫さんといる時間が楽しくて、ふとした優しさにドキッとすることもあって。だから告白された時に嬉しい気持ちがあって、すぐに断る選択にならなかった」
「…。」
「ただ…須藤への気持ちが消えてないのに、無くなってないのに付き合うのはダメなんじゃないかって…薫さんを須藤のこと忘れるために利用するみたいになるんじゃないかって…」
こんなに苦しそうな平賀の表情は初めて見た。
「俺も恋愛よく分かんねんだけどさ、白黒はっきりしなくて、うやむやな気持ちがあってもいいんじゃね?たかみーさんを好きな気持ちが曖昧なのは失礼だけど、そうじゃないなら最初くらい須藤への気持ちが残ってても大丈夫だろ。だってそんだけ一生懸命本気で好きだったわけだし、簡単に消えねーだろ」
「…ぐすっ」
平賀は突然涙を流し始めた。
「えっ!?なんでなんで!?」
「ゔぅー能勢ー、やっぱあんた良い奴ーっ!さすが柚原先輩に選ばれただけあるー」
「なんだよ、今さら俺の良さに気付いたのかよ。…相手を好きかどうか、付き合いたいかどうか、それだけを悩めって。俺が柚原さんと付き合うか悩んだ時に水森に言われたこと」
「さすが楓だね」
「心理学科は最強だぞ」
人を好きな気持ちは、単純なようで複雑で、複雑に見えてシンプルだ。だから片想いでも、両想いでも悩むんだ。
留学前最後のデートは、夏らしいことをたくさんすることにした。
「おぉ、人めっちゃいる!」
レジャープールは午前中にも関わらず、大勢の人で賑わっている。
数え切れない人がいるのに、水着姿の柚原さんがプールサイドに現れると、男女問わず多くの人が頬を染め騒つき始めた。
皆さん、柚原さんの本気はこっからだから。プールに入って水に滴れた色気を見た日には、もう頭ん中大混乱になんぞ?
…まぁ、俺も人のこと言えねぇけど。
「葵ちゃん、ウォータースライダー行こっ!」
人目も気にせず俺の手を握った柚原さんは、どっから見てもカッコよくて、自然と顔が緩む。
ウォータースライダーや流れるプールを目一杯楽しんでる俺らはずっと笑ってる。
プールを満喫した後は、まだ乾ききっていない髪のまま次の目的地へ。
「結構屋台出てますね」
「あ、射的とかもあるねー」
神社での夏祭りには、浴衣を着た人もたくさんいた。
ー来年は浴衣でデートもいいな。
夕方でも、外はまだ明るく暑い。
「かき氷食べようっと。翠くんは、かき氷いりますか?」
「葵ちゃんの少しもらってもいい?俺は冷やしパインにする」
「了解です」
それぞれ露店に並び、後で合流することにした。かき氷を手にした俺が合流地点に近づくと、女子に囲まれた柚原さんがいた。
女子たちは全員黒髪で、服装も若い。きっと高校生だろうな。
SNSを通して、高校生もnextの存在を知っているし、ライブにも参加することもある。next目当てでうちの大学に進学希望する子もいるらしい。
かき氷を食いながら、近くに行くべきか迷ってたら柚原さんと目が合った。
女子高生たちに断りを入れたであろう柚原さんは、冷やしパイン片手に駆け寄ってくる。
「何でそんなとこで見てんのー」
「女子高生怖いんで」
「だからって見守らず助けてよー」
「あはは、すいません」
夏祭りの後、誰もいない公園に着いた。俺の手には、さっきコンビニで買った手持ち花火がある。
「よし!やりますか!」
今年の夏は一緒に花火大会に行けない。だから2人でゆっくり手持ち花火をするって決めた。
鮮やかな花火の光は、一気に夏らしさを連れてくる。
「わぁ!これすげぇカラフル!」
「あはは!見て、これグラデーションになってる」
あっという間に残りは線香花火だけになった。
「勝負します?」
「いいねぇ、しよしよ」
パチパチと切ない音が俺たちを包み込む。
別に遠距離になるわけじゃねーし、たった2ヶ月くらいの我慢。だけど、寂しくないと言えば嘘になるし、会いたいのが本音だ。
「…。」
こんな気持ちになるくらい好きなんだと改めて気付く。
「葵ちゃん、これ」
花火をし終えた柚原さんが何か手渡したきた。俺の手のひらには鍵がある。
「え、鍵…?」
「ウチの合鍵」
「…えっ!?」
「俺がいない間もたまには家に来ててよ。泊まってくれてもいいし。俺のベッドに葵ちゃんの匂いマーキングしといて」
「…いいんですか?」
「もちろん。ていうか、夏休み終わっても持っててよ。その方が便利だしね」
「ありがとうございます。…すげぇ嬉しいです!」
人生初の合鍵は、花火よりもキラキラ輝いて見えた。
2日後、空港に柚原さんと乙倉さんを見送りに来た。唐沢さん、和久井さんも一緒だ。
「葵ちゃん、毎日メッセージ送るからね」
「ありがとうございます」
「湊、わっくん!葵ちゃんのこと守っててよ!」
「はいはい」
「うん、任せて。だから安心して行って来てね」
お別れのハグをした時、耳元で柚原さんがある事を言った。
「えっ…」
「じゃあ、また連絡するね!行ってきまーす」
乙倉さんとともに笑顔で行ってしまった。
ー「帰って来たら、同棲の話させて?」
確かにそう言ったよな…?
待ち合わせ場所には水森が着いていた。
「よっ」
「お疲れ」
「あちぃな。待ち合わせ現地にすればよかった」
「同感。そういえば、増田先輩との板挟みは落ち着いた?」
「まぁ、ひとまず落ち着いた…かな」
「そっか、良かったね」
「なぁ、水森って乙倉さんと個人的に連絡とか取り合ってたりする?」
「え?そもそも連絡先知らないけど」
「あ、そっか」
「お待たせー!」
須藤が手を振りやって来た。
「お邪魔しまーす」
買ってきた飲み物やスナック菓子を平賀に渡し、当たり前のようにそれぞれ定位置に座る。
「なんか新しいクッションあるじゃん」
「この前ゲーセンで取れたのよ」
「ごめん、トイレ借りていい?」
「どうぞー。あ、このお菓子好きー」
「私が選んだの」
「さっすが楓」
テレビゲームをしながら、他愛ない話をする俺たち。
「夏休みさ、夏合宿とは別にどっかプチ旅行行きたくない?」
平賀の問いかけに賛同し、それぞれ好き勝手希望を言い始める。
「ナイトプールとかどうよ!?」
「違う県の花火大会行こうよ!」
「避暑地で優雅に過ごすのもありじゃね?」
「せっかくなら海沿いとかドライブしたい!」
「え、平賀免許持ってたっけ?」
「持ってるわ!ていうか、能勢は柚原先輩と夏休みどうするの?」
「あー語学留学行くらしくて、夏休みはほぼ会えない」
「えぇっ!?」
「英語学科だからねぇ」
「だから去年と変わらず、バイトと遊びに全力って感じ」
「寂しくなったらいつでもウチにおいで?あ、でも異性の家に2人きりは相手が私でも、柚原先輩心配しちゃうか!」
「いや、たぶん平賀には嫉妬しねーよ」
「なんかそれ複雑なんですけど!信頼されてるのか、ライバルにすらなれないのか」
「残念だったな、平賀。能勢の心の傷は、俺が癒してやるよ」
「傷ついてねーわ!」
水曜日のサークル終わりは、柚原さんの家に帰った。
「おかえりー」
「ただいま」
リビングに入るなり、柚原さんは俺を抱きしめた。
「ちょっ…俺いま汗臭いんで離れてください」
「やだー。だって今日で半年だよ?」
…そう、今日は付き合って半年記念日。
「だとしてもベタベタしてるんで」
「じゃあ、ご飯の前にお風呂にする?」
「はい」
柚原さんに後ろから包まれる形で湯船に浸かっている俺たち。もちろん、一緒に風呂に入ることに慣れたわけではない。
「ねぇ、付き合って半年だしさ、そろそろ敬語やめない?」
「いやぁ、まだちょっと…」
「なんか距離ある感じが嫌なんだもーん」
「敬語ですけど、心の距離はくっついてるんで大丈夫です!」
「そんなこと言っても無駄でーす。じゃあせめて、さん付けはやめてほしいし、下の名前で呼んでよ」
ハードルの高いお願いの後に、妥協案を言ってくるのは柚原さんの得意技。
「分かりました…」
「はい、呼んで」
ニコニコ顔でお願いされ、顔が赤くなっていくのを自覚しながらゆっくり口を開いた。
「…翠くん…」
さすがに呼び捨ては出来ねぇって…。
「…え、待って待って。君付け可愛すぎるんだけど!やばい、やばーい!」
興奮する柚原さんの声が浴室に響き渡る。
柚原さんの俺への愛は、落ち着くどころか日々加速している。みんなの憧れである柚原さんの好きを独占し続けている状態だ。
「ねぇ、もっかい言って?」
「……翠くん」
「葵ちゃんっ」
下の名前を呼び合うことを子供のように喜んでいる柚原さんは、めちゃくちゃ可愛い。
その可愛さに思わず振り返り、ハグをした。
「…これからもよろしくお願いします」
「うん、何年経っても仲良しでいようねぇ」
「もちろんです!」
テスト期間を終え、夏休みまであと数日。大学内のフリースペースに寄ると平賀が1人でいた。
「ひーらがっ!」
「わ、びっくりしたぁ」
「どしたの、ぼーっとして」
「ちょっと考え事」
「俺が相談乗ってやろうか?」
「……告白されたの」
「うぇ!?誰に!?」
「…薫さん…」
「たかみーさんか…」
「…驚かないんだね」
いや、だって好きなの知ってたし。こんな早く告白するとは思わなかったけど。
「…まぁ、俺も似たようなもんだからさ。…返事したの?」
「ううん、少し待ってもらってる」
「あ、断ったわけじゃねぇんだ」
「薫さんのこと何も知らない状態ならすぐに断ったと思う。だけど、この数ヶ月で色々知って、中身も素敵な人って分かってるから」
「何で迷ってんの?女同士なこと?それとも…須藤のこと?」
「……須藤への気持ちだよ」
…そうだよなぁ、もう1年以上好きだもんな。
「正直さ、須藤と上手くいくと思わないの。もちろん、こっちから告白する気もないし、卒業まで片想いする気満々だったから。…告白される前からね、薫さんといる時間が楽しくて、ふとした優しさにドキッとすることもあって。だから告白された時に嬉しい気持ちがあって、すぐに断る選択にならなかった」
「…。」
「ただ…須藤への気持ちが消えてないのに、無くなってないのに付き合うのはダメなんじゃないかって…薫さんを須藤のこと忘れるために利用するみたいになるんじゃないかって…」
こんなに苦しそうな平賀の表情は初めて見た。
「俺も恋愛よく分かんねんだけどさ、白黒はっきりしなくて、うやむやな気持ちがあってもいいんじゃね?たかみーさんを好きな気持ちが曖昧なのは失礼だけど、そうじゃないなら最初くらい須藤への気持ちが残ってても大丈夫だろ。だってそんだけ一生懸命本気で好きだったわけだし、簡単に消えねーだろ」
「…ぐすっ」
平賀は突然涙を流し始めた。
「えっ!?なんでなんで!?」
「ゔぅー能勢ー、やっぱあんた良い奴ーっ!さすが柚原先輩に選ばれただけあるー」
「なんだよ、今さら俺の良さに気付いたのかよ。…相手を好きかどうか、付き合いたいかどうか、それだけを悩めって。俺が柚原さんと付き合うか悩んだ時に水森に言われたこと」
「さすが楓だね」
「心理学科は最強だぞ」
人を好きな気持ちは、単純なようで複雑で、複雑に見えてシンプルだ。だから片想いでも、両想いでも悩むんだ。
留学前最後のデートは、夏らしいことをたくさんすることにした。
「おぉ、人めっちゃいる!」
レジャープールは午前中にも関わらず、大勢の人で賑わっている。
数え切れない人がいるのに、水着姿の柚原さんがプールサイドに現れると、男女問わず多くの人が頬を染め騒つき始めた。
皆さん、柚原さんの本気はこっからだから。プールに入って水に滴れた色気を見た日には、もう頭ん中大混乱になんぞ?
…まぁ、俺も人のこと言えねぇけど。
「葵ちゃん、ウォータースライダー行こっ!」
人目も気にせず俺の手を握った柚原さんは、どっから見てもカッコよくて、自然と顔が緩む。
ウォータースライダーや流れるプールを目一杯楽しんでる俺らはずっと笑ってる。
プールを満喫した後は、まだ乾ききっていない髪のまま次の目的地へ。
「結構屋台出てますね」
「あ、射的とかもあるねー」
神社での夏祭りには、浴衣を着た人もたくさんいた。
ー来年は浴衣でデートもいいな。
夕方でも、外はまだ明るく暑い。
「かき氷食べようっと。翠くんは、かき氷いりますか?」
「葵ちゃんの少しもらってもいい?俺は冷やしパインにする」
「了解です」
それぞれ露店に並び、後で合流することにした。かき氷を手にした俺が合流地点に近づくと、女子に囲まれた柚原さんがいた。
女子たちは全員黒髪で、服装も若い。きっと高校生だろうな。
SNSを通して、高校生もnextの存在を知っているし、ライブにも参加することもある。next目当てでうちの大学に進学希望する子もいるらしい。
かき氷を食いながら、近くに行くべきか迷ってたら柚原さんと目が合った。
女子高生たちに断りを入れたであろう柚原さんは、冷やしパイン片手に駆け寄ってくる。
「何でそんなとこで見てんのー」
「女子高生怖いんで」
「だからって見守らず助けてよー」
「あはは、すいません」
夏祭りの後、誰もいない公園に着いた。俺の手には、さっきコンビニで買った手持ち花火がある。
「よし!やりますか!」
今年の夏は一緒に花火大会に行けない。だから2人でゆっくり手持ち花火をするって決めた。
鮮やかな花火の光は、一気に夏らしさを連れてくる。
「わぁ!これすげぇカラフル!」
「あはは!見て、これグラデーションになってる」
あっという間に残りは線香花火だけになった。
「勝負します?」
「いいねぇ、しよしよ」
パチパチと切ない音が俺たちを包み込む。
別に遠距離になるわけじゃねーし、たった2ヶ月くらいの我慢。だけど、寂しくないと言えば嘘になるし、会いたいのが本音だ。
「…。」
こんな気持ちになるくらい好きなんだと改めて気付く。
「葵ちゃん、これ」
花火をし終えた柚原さんが何か手渡したきた。俺の手のひらには鍵がある。
「え、鍵…?」
「ウチの合鍵」
「…えっ!?」
「俺がいない間もたまには家に来ててよ。泊まってくれてもいいし。俺のベッドに葵ちゃんの匂いマーキングしといて」
「…いいんですか?」
「もちろん。ていうか、夏休み終わっても持っててよ。その方が便利だしね」
「ありがとうございます。…すげぇ嬉しいです!」
人生初の合鍵は、花火よりもキラキラ輝いて見えた。
2日後、空港に柚原さんと乙倉さんを見送りに来た。唐沢さん、和久井さんも一緒だ。
「葵ちゃん、毎日メッセージ送るからね」
「ありがとうございます」
「湊、わっくん!葵ちゃんのこと守っててよ!」
「はいはい」
「うん、任せて。だから安心して行って来てね」
お別れのハグをした時、耳元で柚原さんがある事を言った。
「えっ…」
「じゃあ、また連絡するね!行ってきまーす」
乙倉さんとともに笑顔で行ってしまった。
ー「帰って来たら、同棲の話させて?」
確かにそう言ったよな…?

