外はあいにくの雨で、日曜日のデートは柚原さん家でゆっくりすることになった。

 柚原さんに後ろからハグされる形でテレビを観ている俺は、ふと思い出し文句を言う。
「そういや、なんで女装OKしたんすかー。平賀たちがノリノリで準備してますよ…」
「葵ちゃんの女の子姿久しぶりに見たいなって思ったんだけど、だめだった?」
甘え口調で言えば許されると思って…。たまにはやり返してみるか。
「柚原さんは、いいんですか?」
「ん?」
「俺の可愛い女装姿を他の男に見られても…」
うわぁー、自分で言ったくせに恥ずかし…。
「いいよ?」
「え!?」
「だって、こんな可愛い子自慢したくなるじゃーん!」
ぎゅーっと抱きしめながら、左右に揺れ始める。
「しかも、みんなが見惚れた葵ちゃんを俺がお持ち帰りするんだし」
そう言って俺の体をくるっと動かし、向き合う形にした。
「それにさぁ…ちゅ」
不意にキスをされた。
「…っ!」
「他の男が知らない葵ちゃんの可愛い顔、いっぱい知ってるの俺だけだから…」
 再び唇が重なり、シャツの中に手が入ってきながらゆっくり押し倒される。

 俺の女装姿しか好きじゃないと思っていたのが懐かしいな。そんな勘違いが恥ずかしくなるほど、付き合ってからの柚原さんはそのままの俺をすげぇ大事にしてくれるし、毎日愛を伝えてくれる。



 数日後の夕方。バイト中に棚整理をしていると来店していた増田先輩に声をかけられた。
 「お疲れ様」
「あ、いらっしゃいませ」
「今日何時まで?」
「21時です」
「夜カフェに誘ったら、柚原くんに怒られるかしら?」
「そうっすね。かなーり嫉妬深いんで」
「ふふっ。……何でよりによって柚原くんの恋人なのかなぁ。他の人なら短期戦だったのに」
「…すいません」
「まぁ、のんびり頑張るわ。柚原くんに飽きたらすぐ教えてね」
「その前にもっと良い人現れますよ。じゃ、ゆっくり過ごしてください」
「ありがとう」

 家に帰る途中、柚原さんからの着信が鳴った。
「もしもし」
「もしもし。仕事お疲れ様」
「このタイミングで電話珍しいですね」
「うーん、なんか嫌な予感してさ。増田先輩来たりした?」
…エスパーなのか?
「来ました」
「やっぱりー。あの人絶対ご飯とか誘ってきたでしょ?」
え、俺らのやりとり見てた!?
「ちゃんと断ったんで、安心してください」
「さっすが葵ちゃん!」
「これからも普通に先輩後輩として仲良くするだけです」
「安心したぁ」
「つーか、俺の方がいつも大変なんですからね?」
「うん?」
「柚原さんを狙う女子がいっぱいで、いつもヒヤヒヤしてるんですよ?俺が言い寄られたのは、ほんと奇跡というか…この先ないと思うんで要らない心配しないでください」
「俺のはさ、ファンの延長みたいな感じじゃん。葵ちゃんは、自分に向けられてる好意に鈍感なんだよ。だから不意を突かれそうで心配なわけ」
水森みたいなこと言ってくるな…。
「とにかく、俺は揺らがないんで今後は増田先輩と仲良くしてくださいね!じゃ、家着いたんで切りますね」
「うん、分かった。ありがと。またねー」

 部屋に入り、ベッドに仰向けで寝転んだ。
「ふぅー…」
とりあえず増田先輩の件は、一件落着でいいんだよな?どうか何もなく平和に過ごせますように…。



 翌週水曜日の体育館には、1年生以外のサークルメンバーが集まっていた。そこに俺と平賀、水森が入っていく。
 「じゃーん!今日は、あざとポニーテール女子にしてみましたぁ!!」
平賀は自信満々で俺の女装を紹介した。須藤に借りた大きめのパーカーを着て、運動しやすくポニーテールにした俺を見て、みんなは盛り上がる。
「おぉ!久々に見たけどやっぱ可愛いな!」
「彼氏の服借りました感がたまんねぇわ!」
「心や楓もヘアメイクの腕上げたねぇ」
 スマホで好き勝手写真を撮ってくる先輩たち。
「どう?須藤」
平賀の問いかけに須藤は「あー…うん、やばいな」と口元を手で隠した。

 「須藤、新しい待受用にツーショット撮ったら?」
「おい、水森。調子乗るようなこと言うなって」
「そうだな!最高の1枚を撮ろうぜ、葵ちゃん」
「あはは!能勢、しつこい元彼で大変だな!」
「ほんとっすよー」
 みんなにスマホを向けられ、完全に調子に乗った須藤は、俺を後ろから抱きしめ、顔を寄せたポーズをとる。
「近いって」
「俺の待受になんだから、普通じゃつまんないだろ?」

 「そろそろ1年来るかな」
1年生たちには、20分遅い集合時間を伝えていた。
「お疲れ様でーす!」
挨拶をしながら入って来た1年の6人は、須藤の横にいる俺を見て無言になり、静かにパニクっている。
「え…っと」
 須藤が俺の肩を抱き寄せ「この子は…ー」と言いかけた時だ。
「俺の彼女だよぉー」
入り口からnextの4人がやって来て、柚原さんが俺の元へ来る。
「葵ちゃん、お待たせ」
「…え!?能勢先輩!?」
やっと俺だと気付いた6人は驚き、その様子を先輩や平賀たちはドッキリが成功したと、満足そうに笑っている。
「あはは!すげーだろ!?能勢の女装はレベルが違うんだよ」
「去年の学園祭で、女装コンテストグランプリ取ってんだよ能勢は」
「えー!そうだったんすか!」
「須藤先輩が彼女連れて来たのかと思いましたよ」
「まぁ、能勢はかなり可愛いけど、柚原より須藤の横にいるほうがしっくりくるかもな」
「もぉー、皆さん俺の彼女を勝手に他の男にあげないでくださぁい」
柚原さんは、ぐいっと俺の体を引き寄せた。
「ドッキリも成功したみたいですし、今日はもう葵ちゃん連れて帰ってもいいですか?光たち置いてくんでー」
「えっ!?」
「ユズもう帰んのかよ」
「久しぶりに能勢くんの女装見れて嬉しいんでしょ」
「それもあるけど、これ以上他の奴に見せたくないんだろ」
「部長、俺…っ」
お願いだ、止めてくれ!
「能勢、お疲れ!」
「えぇーー…!」

 柚原さんは、女装姿のままの俺を足早に自分の家に連れて帰った。

 玄関のドアを閉め、靴も脱がないまま深いキスが始まった。
「んっ…、リップ付いちゃいますよ…」
「…舐めるから大丈夫…」
 俺を抱き上げ靴を脱がせ、そのまま寝室へ連れて行った。

 どさっ…、ベッドに寝転んだ俺に柚原さんは呟く。
「着るなら俺のパーカーにしてよ…」
嫉妬を含んだ言い方をし、パーカーを脱がせた。

 他の男に見られても平気って言ってたのに…。分かりやすくヤキモチ妬いて、俺をすげぇ求めてくるとこ…ほんと愛しいな。
「葵ちゃん…可愛い」
 女装じゃなくて、俺そのものに言っているのが伝わる。あぁ…すげぇ好き。



 次の日、柚原さんに玄関で見送られ、大学に1人歩いて行く。
 「おはよー」
「おはよう」
「須藤、パーカーありがと」
講義室で須藤にパーカーを返した。
「え、わざわざ洗濯してくれたの?さんきゅー」
 袋から取り出したパーカーをくんくん嗅ぎ始めた須藤。
「能勢の匂いじゃない…なんかすげー良い匂いするんだけど」
「あー、柚原さん家で洗濯したからかも」
「…何で能勢の彼氏の香りに包まれねーといけないんだよ」
「いやいや、良い匂いつってたじゃん。つーか、俺の匂い分かんのかよ」
「…これ、nextファンに高く売れそうだな」
「おい、絶対売るなよ」
「はいはい」

 「ねー、能勢。nextって次いつライブするか分かる?」
同じ学科の女子2人が聞いてきた。
 俺と柚原さんが付き合っていることを隠さなくなって1ヶ月ちょい。その事実は光の速さで周囲に伝わり、今では大学内の生徒はほぼ知っている。
 柚原さんの相手が俺みたいな男だということにどう思われるかびびっていたが、女と付き合われるよりましという平賀的考えの女子が大半を占め、すんなり受け入れられた。
「いや、知らねーけど」
「そっか」

 去年は夏休み中に地域の夏フェスに参加したと聞いた。今年は柚原さんと過ごす初めての夏。
ー楽しみだなぁ。



 次の週、以前約束したカラオケデートに柚原さんと2人で来た。部屋に入るなり柚原さんは、上機嫌で曲選びを始める。

 「つーか、せめて大人数がよかったんですけど」
「葵ちゃんと初めてのカラオケは、2人きりが良かったんだもん」
「…じゃあ俺が先に歌ってもいいっすか?さすがに柚原さんの後だと歌えないんで」
「いいよー。何歌う?」
「最近水森が教えてくれて気に入った曲あるんで、それ歌ってみてもいいですか?」
「もちろん。水森さんって音楽好きなの?」
「そうっすね。俺の周りで1番音楽詳しくて、色んなジャンルの曲聴いてますよ」
「そうなんだ」

 1時間ほど歌い、腹ごしらえをすることにした。
 食べ始めてしばらくすると、柚原さんは手を止めて、俺の方へ軽く身体を向けた。
「葵ちゃん、ちょっと話があるんだけど…」
 いつもと違う柚原さんの雰囲気で、良い話じゃないと分かった。
「何ですか?」
「俺さ、夏休みの間語学の短期留学に行くんだよ」
「留学…」
「うん。だから夏休みは全然会えないし、連絡も時差の関係で取りにくくなると思う」

…そっか。英語学科だし、語学留学とかあるよな。
「ごめんね?せっかく2人で過ごす初めての夏休みだったのに」
「何で謝るんすか!夏の思い出は夏休み前に作ればいいし、これから何回だって夏を一緒に過ごせるんですからっ!」
「葵ちゃん…。もぉー好きっ!」
勢いよく俺に抱きついてきた。
「めちゃくちゃ好き、好き好き、大好きっ」
「どんだけ言うんすか」
「仕方ないじゃん。好きが止まんないんだから…ちゅ」
 唇は離れず、ソファに押し倒されそうになるが、必死に抵抗をした。
「…っ、だめですって!今日は歌いに来たんですから我慢してください」
「…はぁーい。食べ終わったら、なんか一緒に歌おうよ」
「いいっすよ」



 土曜日の夕方、バイト終わりに駅のホームで電車を待っていると「あおちゃん!」と声をかけられた。
 「たかみーさん!遊んだ帰りっすか?」
「うん。あおちゃんも?」
「いえ、バイト帰りです」
「それはお疲れ様だね」

 一緒に乗り込んだ車内で、高見さんは俺に尋ねてきた。
「心ちゃんって、彼氏とかいる?」
「え…。彼氏はいないですよ」
好きな人がいるのって言ってもいいのか?うーん…
「そっか。…柚原先輩と付き合ってるあおちゃんにだからこそ聞きたいんだけど…」
「なんすか?」
「心ちゃん、女でも付き合えるかな?」
「…え」
 俺を見る高見さんの表情から嘘でも冗談でもないことが分かった。
「…平賀のこと…好きなんですか?」
「うん」

 え、待って。一旦整理させて?高見さんは平賀が好きで、平賀は須藤が好きで、須藤は…あれ、須藤って好きな人いたっけ?