「お待たせー」
「お疲れ様です」
 大学の中庭で待ち合わせた俺と柚原さんは、校門に向かって歩き出す。

 「4ヶ月を迎えたけど、まだ1週間の気分」
「あはっ、付き合いたてじゃないっすか」
「それだけ新鮮な気持ちで付き合えてるってことー」

 付き合って4ヶ月記念の今日は、お互いバイトもなく、明日も休みのため柚原さん家に泊まることになっている。

 家に着く前にコンビニに寄ると、思ったよりも店内に人が多く、繋いでいた手をドア付近で離した。
「俺、飲み物見て来ますね」
「…。」

 柚原さん家で夜飯を食べ終えて、テレビを観ていたが、番組が終わったところで柚原さんはテレビを消した。そして俺の横にくっついてきて、頭をすりすりしてくる。

 特に抵抗もせず受け入れる俺に柚原さんが言う。
「今はいいんだ」
「え?」
「最近外でくっついたり、手繋いだりするの避けてるよね?」
あぁ…やっぱ気づくよな。
「いや…人の多い場所ではやめた方がいいのかなって…nextに変な噂立っても困るし…」
「…なんで今nextが出てくるの?」
そう聞いた柚原さんは、若干眉間に皺を寄せている。
「だって柚原さんには、nextとしての立場があるじゃないっすか」
「…葵ちゃんは、nextのボーカルだから俺を好きになったの?」
「それは絶対ないです」
「じゃあ、俺だけをみててよ」
「見てますよ!…だけど、nextが柚原さんの一部なことに変わりはなくて、俺のせいでnextの柚原さんがいなくなるのは嫌なんですよ」

 付き合っているからといって、柚原さんが自分のものだなんて思ってはいない。
「葵ちゃんさ、俺らがデビューでもすると思ってる?」
「え…。…スカウトされた話は聞きました…」
「周りは色々言ってるみたいだけど、デビューするつもりないよ。もちろん、スカウトは断ったから」
「え、なんで…こんなに才能溢れるバンドなのに」
「…どうしてバンドの名前がnextなのか教えたっけ?」
「え…いえ、聞いてないです」
「to the next stage. 次のステージへ、の意味から取ってるの。俺らはね、みんなそれぞれ叶えたい夢があって、卒業したらバンドは趣味として続けながら、新しいステージに進むつもり。もったいないって言われることもあるけど、自分たちの人生だからね。でさ、もし俺と葵ちゃんのことで、nextを応援してくれてる人たちが離れていっても構わないって思ってる。誰も聴いてくれなくなっても、4人で楽しむだけの話だし。…だからさ、俺は迷わず葵ちゃんを選ぶよ。誰が何と言おうが、堂々と葵ちゃんと居るよ」

…どうしよう、すげぇ嬉しい。

 「勝手に色々考えて、すみません」
「ううん。俺たちのことを気遣ってくれてのことだよね。そういう葵ちゃんの優しいとこも好き」
 ひょいっ、向かい合い座った状態で抱っこをされる。
「これでも不安だったんだからね?葵ちゃんに嫌われたのかなって。もう倦怠期きちゃったのかなって」
「そんなわけないじゃないですか。…好きすぎて、困ってんすから…」
「…え、なにそれ、可愛すぎる!!…あのさ、もう隠すのやめない?」
「えっ?」
「付き合ってること。普通に大学の行き帰り手繋いだり、関係を聞かれたらカップルって答えたり。わざわざ言いふらさなくていいけど、隠す必要ないかなって思うんだけど」
「…。」

 周りの目が怖くて、nextを守りたくて、この関係を隠し通すつもりでいたけど、そんな必要はもうないんだな。
 真剣に付き合ってくれているのに、悪いことみたいに隠すのは間違ってる。
「分かりました。ただ、公にするの少し待ってもらっていいっすか?先に須藤と平賀に伝えたいんで」



 「えぇーーーー!?!?」
きっと平賀は、人生で1番大きな声で叫んだと思う。
 週明けの昼休憩、平賀、水森、須藤、俺の4人だけの講義室で昼飯を食べ始めたタイミングで、柚原さんと付き合っていると伝えた。平賀は叫び、須藤は「え…」と固まり、箸から唐揚げを落とした。

 「冗談じゃないよね!?え、嘘…能勢が柚原先輩と!?付き合ってる!?え?夢…?」
平賀は完全にパニックに陥っている。
「心、落ち着いて。現実だよ」
唯一知っていた水森は、冷静に平賀を諭す。
「付き合ってるって…恋愛としてだよな?」
須藤は、いつもより落ち着いたテンションで聞いてきた。
「もちろん」
「えっと…手繋いだりキスしたりってことだよな?」
「…うん」
「…。」
黙った須藤を見て、言うべきじゃなかったと思ったのも束の間…
「俺という存在がありながら浮気するなんて…ひでーよ葵ちゃんっ…!俺との関係は遊びだったのかよ!」
「えっ…」
「二股するような子とはお別れだ。今日から友達に戻ろう…」
「…いやいや、ずっと友達だわっ!」
いつものふざけた須藤に戻り、受け入れてくれたんだと安心した。

 「推しの交際が発覚してショックだけど、能勢なら逆に許せる。見知らぬ女だったら2、3ヶ月のダメージだったわ。…ん?柚原先輩が能勢の彼氏ってことは、能勢の友達である私らはサークル以外でもnextと交流深めれるってことよね!?」
「まぁ、そうかもな」
「ふぅーっ!能勢でかした!」
「…。」
切り替えの早さは尊敬レベルだな。



 「お疲れ様でした、失礼します」
次の日、バイト先の従業員入り口から出ると、増田先輩に出会した。
「あ、能勢くん。今日はもう上がったの?」
「お疲れ様です。そうなんすよ、今日は朝からだったんで。増田先輩は今からっすか?」
「うん、すれ違いね」

 初めて店で顔を合わせた日から、俺の出勤日と増田先輩の入店がよく被るようになり、気兼ねなく話す仲になった。
 「葵ちゃん!」
そこへ迎えに来てくれた柚原さんがちょうど現れた。
「あ、増田先輩だ。こんにちは」
「こんにちは。柚原くんも今から利用するの?」
「いいえ。俺は葵ちゃんのお迎えです」
俺の肩を抱き寄せ、密着してくる。
「え…もしかして2人…」
「付き合ってますよ?」
柚原さんの言葉に目を見開いた増田先輩は、俺の方へ視線を移す。
「ほんとです…。黙っててすみません」
「そうなんだ。全然気付かなかったわ。…じゃあ、デート楽しんで」
「あ…ありがとうございます」
 予想外にすんなり受け入れられ、拍子抜けしてしまう。
「じゃあ、行こっか」
「あ、はい」

 「増田先輩、もっと驚くと思ったけど違いましたね」
「あの人肝すわってるからねぇ」
「…嬉しかったです」
「ん?」
「付き合ってるって人に堂々と言えるの」
「俺も嬉しかった。これからは人前でも葵ちゃんとイチャイチャラブラブし放題だぁ」
「いやいや、オープンになっても人前で過度なスキンシップはアウトですからね?」
「えぇー」
 そんなやりとりをしながら街中を歩く俺たちは、しっかりと手を繋いでいる。誰を見かけてもこの手を離さなくていいことがこんなに嬉しいなんて。



 今週、来週と水曜日が祝日と被り、サークル活動がないため、今日は大学終わりにみんなでボウリングに来た。
 「じゃあ男女混合5人ずつで、チーム戦な!」
「優勝チームのご褒美なんすか!?」
「そうだなぁ…最下位のチームがゴールデンウィーク明けに大学カフェでスイーツ奢る!ってのはどうよ!?」
「さんせーい!」
「ぜってー勝つ!!」

 最初に学年ごとに分けて組み合わせたため、俺や須藤たちは別のチームになった。
 久しぶりのボウリングは、めちゃくちゃ盛り上がって、すげぇ楽しかった。

 4チームともほぼレベルが同じで接戦になり、最後の投球者の争いで勝敗が決まりそうだ。
 どのチームも最後の投球者は、4年生。
「部長ー!ストライクお願いしますー!」
「副部長、スペアでもいいんで、とりあえず全倒しで!」
好き勝手言ってる後輩の声を無視して、一斉に1投目を投げた先輩たち。
ーガコォーンッ!!
「…きゃーーーっ!!」
「うぉーーーーっ!!」
 全員ストライクを出すというまさかの出来事が起き、見守っていた俺たちは大興奮。
 部長たちもテンションが上がり、4人で円陣を組み、ぐるぐる回っている。
…このメンバーでいると、すげぇ青春してるなって思う。

 優勝したのは俺のいたチーム、最下位は須藤のいたチームだ。
「スイーツよろしくな、司くん」
「はいはい、仰せのままに」

 こんな楽しい時間を過ごした後は、柚原さんに会いたくなる。今日はバイトだから会えないけど、後で電話だけしてみようかな。いや、明後日会うし、その時まで我慢するか。