「グランプリに輝いたのは…経営学科1年、能勢 葵くんです!おめでとうございまーす!」
「…。」
大学生になって初めての学園祭。俺、能勢 葵(のせ あおい)が優勝したのは、スポーツサークルの先輩に強制的に参加させられた女装コンテスト。
拍手が鳴り止まない中、他の出場者とともにステージから降ると、高校からの仲で同じ学科、サークル仲間の須藤 司(すとう つかさ)が待っていた。
「お疲れ。そんでもっておめでとう!かわいいよ、葵ちゃん」
「うるせぇー。全然嬉しくねぇよ」
須藤と観客席へ向かうと応援してくれていたサークルの先輩や同級生が駆け寄ってきた。
「能勢ー!やったなー!!断トツでお前が1番だったぞ!」
「いやぁ、能勢に参加させて正解だったな。その顔と体型は女装の素質あると思ったんだよ」
先輩たちは興奮気味に好き勝手言っている。
「私たちのヘアメイクも完璧だったね」
「うんうん。コーディネートもこれにして大正解!」
同じ経営学科1年の平賀 心と心理学科1年の水森 楓は、俺の姿を見ながら満足そうに頷く。
「グランプリになったんだから、今日は最後までその格好でいろよ?」
須藤は肩を組んでくる。
「はいはい。どうせなら明日のミスターに選ばれたかった…」
そうぼやいた俺に平賀は冷静に言ってきた。
「無理に決まってんじゃん!ミスターのグランプリは、nextのメンバー内で接戦なのに、能勢が選ばれるわけないから」
ーあぁ、そうだった。
大学の軽音サークルには数十人の部員がいて、いくつかバンドが結成されている。その中で最も人気なのが【next】だ。2年生の4人からなるバンドは、1年の頃から注目され、今では大学内外問わず大勢のファンがいるらしい。
4月にあった大学主催の新入生歓迎会でライブを開催していたが、女子たちが前方を陣取っていたため、豆粒ほどの大きさになったメンバーを体育館後方から見ることしかできなかった。
「nextのライブ何時からだっけ?模擬店の店番と被らないといいけど」
「先輩たちが気を利かせて時間ずらしてくれてるから見に行けると思うよ」
平賀と水森が待ち遠しそうに話している。
「あ、控室にスマホ忘れた。ちょっと取ってくるわ」
「はいよー」
ステージ演目に出場する学生用控室である講義室のドアを開けると、誰も居なかった。
「あったあった」
机の上に置きっぱなしにしていたスマホを手にした時、誰かがドアを開けた。
ドアに立っていたのは、ゆるくパーマのかかった黒髪に、耳にはシルバーのピアス、お洒落な服を着て、色気を纏う学生。
ーあ、この人…。
nextのボーカル、柚原 翠(ゆすはら すい)だった。何度か構内で遠くから見かけたことはあるが、この距離で会うのは初めてだ。
色気えぐ…。しかも、なんかすげぇ良い匂いする。
「…お疲れ様です」
目が合い、挨拶をした俺に柚原さんはニコッと笑いかける。
「お疲れー。君、さっきの女装コンテストでグランプリ取ってたよね?」
「あ、そうです」
「可愛いね」
「…あざっす」
この可愛いの言い方、相当言い慣れてるな。こんなの平賀たちが言われたら失神すんじゃね?
「じゃあ、失礼します」
室内を出ようとすれ違った瞬間、ぐっと手首を掴まれた。
…ん?
「14時からステージでライブするから、良かったら見に来てよ」
「え…あ、はい、行けたら行きます」
「うん、待ってるね」
会釈をしてその場から移動した。
初対面の俺に対してあの距離感…そりゃあモテるわな。
外に出て、スマホを見ながら待っている須藤に駆け寄る。
「悪りぃ、お待たせ」
「ううん、俺もさっき来たとこ。行こっか、葵ちゃん」
「その悪ノリやめろ」
「あはは。せっかくだし、今日だけはカップルになろうぜ?こっち向かってくる姿、女子にしか見えなかったし」
はぁ…仕方ねぇな。
「ねぇ、司。あたし焼きそばが食べたいなぁ」
須藤の腕に抱きつき、上目遣いをしてみせた。
「…なんでも買ってあげるよ、マイハニー」
こいつ、ちょろいな…。
須藤と模擬店や展示を楽しんだ後、サークルの店番を先輩たちと交代した。
「可愛い服が汚れたらいけないから、葵ちゃんは今日はレジ係な」
須藤は調理係を買って出てくれた。
どうやら俺の彼氏は紳士のようだ。
「なんか急に人が減った気がすんだけど」
しばらくして、店の周りを見渡す俺に須藤は説明する。
「今からnextのライブだからだよ。今日の目玉イベントだからなー」
「あーなるほどな」
そういや、14時からライブつってたな。
nextは、さっき会ったボーカルの柚原 翠さん、ベースの乙倉 光さん、ギターの唐沢 湊さん、ドラムの和久井 一さんがメンバー。
歌や楽器が上手いのはもちろん、全員イケメンで、頭も良く、バンドマンはモテるを体現している、と平賀たちが言っていた。
「超やばかったー!もうカッコ良すぎて夢かと思ったし」
ライブ終わりの平賀は、大興奮のまま店番を交代しに来た。
「4人とも安定の素敵さだったから明日の投票迷うね!」
水森も上機嫌だ。
学園祭初日が無事終わり、明日も引き続き模擬店をするため、1年生で簡単な片付けをして帰ることに。
「俺、着替えてくるわ」
「俺たちもうお別れなんだね…。葵ちゃん、今日までありがとう。俺のこと忘れないで…」
俺の手を握りながら須藤はふざけてくる。
「半日しか付き合ってねーわっ!」
服を置いているサークルの部室に向かっていると前から柚原さんが1人で歩いて来た。
「あ、お疲れ様です」
「お疲れ。…ライブ来てほしかったなぁ」
拗ねたような言い方をされ、怒ってはいないと一安心する。
「あ、すみません。サークルの店番と時間被っちゃって…」
行ったところでまた豆粒の距離感でしか見られなかったと思うけど。
「着替えるの?」
「はい」
「ほんと可愛いよね」
「自分では思わないっすけど…」
「可愛いよ」
すげー可愛い連呼すんじゃん…。
「…ねぇ、俺と付き合わない?」
「……へ?」
俺を見る柚原さんは口角が上がっていて、本気なのか冗談なのか分からない。
「……冗談…ですよね?」
「ううん、本気だよ」
「いやいや、俺、男っすよ!?」
「うん、分かってるよ。だけど君の見た目、超タイプなんだもん」
え、俺の女装姿が好みってこと!?そんで、一目惚れしたってこと!?
「あの、いや、いつもは普通に男の格好してるんで。この姿は今日だけっつーか…」
俺は何焦ってんだ。目の前の色男に圧倒されている場合じゃねえ。
「それに初対面でお互い何も知らねぇし…」
「たしかにそうだよねー。じゃあ、お互いを知るために連絡先教えてよ」
「えっ…」
言われるがまま連絡先を交換した。
「ていうか、俺のこと知ってる?」
「もちろん知ってますよ。nextのボーカル、柚原さんっすよね」
「そーそー。ちなみに英語学科ね」
「言うの遅くなっちゃったんすけど、経営学科1年の能勢です」
「能勢くんかぁ…下の名前は?」
「葵です」
「名前も可愛いね。何て呼んだらいい?」
「何でも大丈夫です、好きに呼んでください」
「じゃあ…葵ちゃんって呼ぼうかな!いい?」
まさかのちゃん付け…。何でもいいと言った手前嫌とは言えない…。
「はい…」
「ありがと。あとさ、最後にもう一つお願いがあるんだけど…」
「…なんですか?」
「一緒に写真撮ろ?」
おねだりするように可愛く首を傾げる柚原さんを前に断る選択肢は俺にはない。
「撮られることが多くて、あんまり自撮りしたことが無いんだよねぇ」
スマホのインカメラを自分たちに向けながら、柚原さんは角度を試行錯誤している。
「俺、撮りましょうか?」
つっても俺も自撮りは平賀たち女子に撮ってもらうこと多いからなぁ。
「あ!こうすればいいんだ」
柚原さんは突然後ろにいき、俺の肩に両腕を置き、囲むように体を密着させてきた。
ーえっ!?
まるでバックハグをされているような状況のまま、柚原さんはカメラを向ける。
息がかかりそうなほど顔が近い…。
「はい、撮るよー」
笑顔もピースもする余裕はなく、なんとも言えない表情をしていたと思うが、撮った写真を確認する柚原さんは「うん、良い感じ」と満足そうな表情を見せる。
「引き止めてごめんね。じゃあ、また写真送るねー。ばいばい、葵ちゃん」
「お疲れ様でした…」
たった5分ほどの出来事が濃すぎて、頭が追いつかない。
…え、全女子を虜にするモテ男に口説かれた?…いやいや、んなわけ。
「…とりあえず着替えるか」
夜は、須藤、平賀、水森とファミレスへ行った。
「はぁーまだライブの余韻が抜けないー!」
「そんな良かったの?」
質問した須藤に平賀は食い気味に語り始める。
「もうね、神なのよ!甘い歌声も、4人の容姿も、奏でる音楽も、全てが最高なの!同じ大学にいられることが幸せ過ぎる!」
「そんなにすげーなら、みんな彼女いるんじゃない?」
「それがさ!ギターの唐沢先輩以外は今彼女いないらしい!」
「ベースの乙倉先輩は、夏頃に1年付き合った彼女と別れたみたい」
水森が詳細を伝えてくる。
「過去の恋愛情報まで晒されてるとか、まじで芸能人みてーだな」
「柚原先輩と和久井先輩は、ずっといないみたいだけど、あの見た目とスペックでいないとか奇跡じゃない?」
「和久井先輩はシャイらしいからいなくても少し納得できるけど、柚原先輩はモテ過ぎて1人に絞れないのかな?それとも理想が高いとか?」
「あーあり得る!柚原先輩の隣歩くとか、その辺の女子じゃ無理だもん」
…理想が高い。
数時間前に柚原さんから告られたことがまた頭をよぎった。
俺の女装姿がタイプって言ってたけど、俺レベルならどこにでもいるし、むしろもっと良い女選べるだろ。
ー…やっぱ冗談だよな。

