一人の女子が、俺たちのテーブルを回り込むみたいに近づいてきた。
その動きがもう、明らかに狙ってる感じなんだよ。歩幅も、笑顔の角度も、視線の流し方も、全部「私は気づいてるよ、あなたの魅力に」みたいなオーラを放ってる。

その目は……なんていうか、獲物を見つけたヒョウ。
いや、正直ちょっと怖い。目ざといってレベルじゃなくて、ほぼサーモグラフィー搭載してる。

ターゲットはもちろん隣の成瀬くんだ。
そりゃそうだよな。美術館に展示されててもおかしくない顔面で、声は低音で、座ってるだけで場の空気を整えるイケメンなんて、狙われないほうがおかしい。

「成瀬くん、おかわり何頼む?」

はい来た、声のトーン甘々モード。
語尾がとろけてる。絶対わざとだ。営業スマイルでもあんな柔らかい声出ないって。

しかも俺のグラス……空なのに、完全に視界に入れてない感じのスルー。
ほんとに存在認識されてるのか不安になるレベル。

いや、俺も飲みたいけど……?
透明人間かな?
もしかして今だけ俺、不可視化のスキル発動してる?

いや、発動してないよ。してたら成瀬くんだって俺のほう見ないし。

もぞもぞしていたら、横からふっと低い声が落ちてきた。

「相沢くんは何飲みたい?」

……は?
ちょっと待って。今、俺に聞いた?
俺?
この空気で?

「あ、えっ、あ、うん。じゃあ……これで」

もはや口が勝手に動いてメニューを指さした。
視線合わせるだけで心臓がギャン鳴りするんだよ。
やめてくれ、その目でまっすぐ聞かれると脳がショートする。

「それか。じゃあ俺も同じやつで」

さらっと言う。何その自然な合わせ方。
俺の選んだやつをそのまま追随する成瀬くん。
一切の迷いなし。まるで「相沢くんが飲むなら、それでいいよ」って言ってるみたいな距離感。

無理……尊死……

——その瞬間、落ちた。
惚れた。
いやもう秒で惚れた。
あれは反則だろ。あの目線、あの声、あの距離、あの一言。
人間ってそんな簡単に恋に落ちていいんだっけ?

イケメン……!
ノンケでも落ちるわこんなん。
落ちるよ。落ちたよ。俺は今まさに落下中だよ。
むしろ抱かれたい……いや抱かれてもいい……いやむしろ抱かれて……?

ちょっと待て自分。落ち着け。深呼吸しろ。
……落ち着くわけがない。

おかわりを聞いてきた女子はちょっと不満そうに眉を寄せていたけど、そんなの俺にはどうでもよかった。
「なんで相沢くんのほう向くの?」って顔してたけど、知らん。
世界は今、俺と成瀬くんの間だけで成立してる。

視界の中心には、成瀬くんの横顔しかない。
光の当たり方がどんなでも絵になるの何?
神様の設定ミス?

俺の心の平穏、終了のお知らせ。
はい終了。
相沢棗、ご臨終です。
成瀬くん、破壊力高すぎ。