光を求めてもがいた僕の夏休み

 隼が出て行った日、僕は一日何もしなかった。
 そして、今日も僕はぼーっとしたまま夜になった。
 暗闇に包まれた部屋は静まり返っていた。
 その静寂が空っぽな僕には丁度よかった。

 部屋のチャイムがなる。
 隼が来てくれたのかと一瞬思ったけど、そんな筈はない。
 隼は決めたら絶対に変えない。
 僕は動く気力もなくぼんやりと横たわっていた。

 ガチャっとゆっくり扉が開く音がした。

「お〜い。空いたままだぞ〜。入るぞ」

 シンジさんの声だ……。
 こっちに向かって歩く音がした。

「お前、大丈夫か?」

 僕はシンジさんの方を振り向くことも出来ずにじっとしていた。
 シンジさんが僕を覗き込む。

「大丈夫か……?」

 僕をそっと自分の方へ動かした。

「いつからそうしてんの?」

 月明かりでぼんやりとした灯りの中で、シンジさんの顔が涙で滲む。
 僕はそのまま何も言わずに震えていた。
 裸のままの僕にかかったタオルケットを肩まで上げてくれた。

「とりあえず、水だけでも飲め」

 そう言って、僕を起こして、水を飲ませてくれる。
 少しだけ飲んだ。

「飯食べよう」

 僕は微かに首を振った。そして、目を瞑った。
 シンジさんが僕を抱きしめる。

「一人でずっといるなんて、海らしくないな」

 僕は泣いたまま、何も言葉が出なかった。

「玄関開きっぱなしだったぞ」

 そうだ、隼は鍵を持ってないから、そのままだったんだ。
 僕は何も言えず、ぼんやりと遠くを見ていた。

「明日はちゃんと生きような」

 そう言って、シンジさんはタオルケットの上から僕を抱きしめてくれた。
 僕の瞳から涙が溢れ落ちた。それでも僕の心は何も感じないままだった。
 シンジさんの腕の中で、そのままゆっくりと眠りに沈んでいった。


「そろそろ起きろ〜」
 シンジさんが体を揺らす。

 眩しい。

 シンジさんがカーテンを開けたようだった。
 少し目を開けると真っ白い光が痛くてそれ以上、目が開けられない。

「さぁ、飯食べよう」
 テーブルの上にお粥が置いてある。

「ほら、とりあえず水飲め」

 ゆっくりと僕を起こした。いつぶりに座っただろう。
 僕は水を受け取り飲む。
 シンジさんが洋服を取って来てくれて、Tシャツを頭から被せてくれてた。

「ほら、食べよう」
 そう言って、シンジさんは僕をテーブルの前へと座らせた。
 久しぶりの食事をとる。体に染み渡る。お粥が涙で滲んでいる。

「しんどくても食事くらい取らないと」

「隼と別れてからずっとああしてたのか?」

 僕は微かに頷く。

「隼と昨日シーンのリハーサルだったんだけどさぁ」

「泣けないっすってずっと言ってたけど、ボロボロ泣いてたよ」

「海もさ、今の気持ちを絵にぶつけたらいいんじゃねぇの?」

「芸術ってそう言うもんだろ? お前はそれが出来るんだから、ちゃんとやれよ」
 
 隼と初めて会ったあの日を思い出した。

『ゲイで芸術家の寺嶋君。うん。覚えておこう』
 
『俺は、中々泣けね〜んだよなっ。役者なのになっ』

 ちゃんと自分の表現に変えたんだ。
 
 僕は翻弄されてばかりだ。全然、芸術家なんかじゃない。
 辛いだけで何にも活かせない。
 自分がなくて、本当にダメだ……。
 
「うわ〜ん!!」

 僕はどうしょうもなく切なくなって、声を上げて泣いた。

 シンジさんが僕の頭を撫でて、笑った。

 そして、僕が少し落ち着いた頃、シンジさんは帰っていった。
 久しぶりにシャワーを浴びた。
 あの日の隼を思い出して、バスタブに座ってまた泣いた。
 そして、ベッドに戻って、また眠った。

 夢を見た。
 あの日の夢だった。

「海はさぁ、光を見た時、体ってどんな反応してる?」
 隼がいた。

「胸の辺りから背中を辿って……腰のあたりがザワザワして……そして、胸からまた全身に広がってく感じ?」
「……お前ってやっぱり凄いよ」
「何が?」
「ちゃんと感じてる」

 そこから突然、僕の胸の奥から白い光が小さく光った。それは背骨を辿って腰でぐるぐると回った。
 そして、胸の辺りまで一直線に上がったかと思うと、僕の胸から黄金の光の粒がじんわりと広がって、そして、それは宇宙全体を包むように広がっていった。

 僕は驚いて見ていると、場所が切り替わり、真っ暗な海の風景が見えた。
 はやぶさが飛んできて、海の水面を蹴り上げて飛んでいった。
 その瞬間に水飛沫がプリズムのように広がって僕はそれをぼんやりと眺めた。
 そのプリズムは僕の胸の奥からじんわりと広がった光に照らされて、静かに輝いていた。
 
 目が覚める。
 僕は急いで、見たイメージをデッサンする。
 夢中になる。手が止まらない。全てが輝き始める。

 海、蹴り上げるはやぶさの足、水飛沫、白い光と黄金の光、そして、照らされて虹色に光るプリズム。一つ一つを描く。
 構図を決めて、キャンバスに向かう。
 あたりをつける。バケツに水を入れる。紙パレットの上に絵の具を並べていく。

 ちゃんと色が輝いていた。
 これだ! この色だ! 

 胸の奥の高鳴りが止まらない。
 時間がなくなったかのように、その色たちと戯れる。
 手がどんどん進んでいく。勝手に動く。最高に気持ちが良かった。
 
 悲しみも虚しさもみっともなさも、愛されたいと願った夜も、消えたいと叫んだ日も、全部が愛おしく思えた。
 
 影を見るのが怖かったけど、その影はただ教えてくれてたんだ。
 僕と言う、人間の輪郭を。
 ただ、教えてくれていただけだった。

 僕がちゃんと光らなかったから、その陰に侵食されそうで怖かっただけだったんだ。
 僕がちゃんと光れば、その影はただ、僕と言う存在の輪郭でしかない。

 誰かから光を貰おうとすると、その光がなくなった時に、一気に暗闇になる。
 だから、その影に怯えていただけだったんだ。

 隼はずっと教えてくれていた。僕の中にある光をずっと、伝えてくれてたんだ。

 白く塗り重ねた下地のキャンバスに向かって筆を入れる。
 その瞬間、窓から差し込んだ白い光が、部屋全体を照らした。

 僕は夢中でそのキャンバスに色を重ねていく。
 キラキラしている。
 僕がずっと見ていた色たち。
 そして、やっと気付けた光。怖かった影。
 
 全てを描く。
 
 筆先を走らせ伝わってくる微かな振動。
 微かに漂う、アクリル絵の具の匂い。
 バケツの中で筆を洗うときのバシャバシャと言う音。

 そのうち黄金の光が部屋を満たし始めた。

 一度絵を乾かす。ドライヤーで早く乾くように風を送る。
 歯ブラシを指で弾いて、光をばら撒くように絵の具を散らす。
 ドライヤーでまた乾かす。
 メディウムを少し混ぜて、光の部分にだけ薄く重ねた。

 何度もキャンバスに近寄り、そして離れて全体を見る。
 何度も往復しながら、全体を仕上げる。ドライヤーで乾かす。

「出来た! 間に合った……」

 まだ、乾き切ってはないけれど、とりあえず、少し寝よう。
 僕は落ちるように一時間だけ眠った。
 
 登校の準備をして、出来上がった絵をキャンバスバッグに入れて、玄関をでた。
 
 何日ぶりの外出だろう。
 いつも悲しく見えていた街並みがキラキラして見えた。
 その景色に感動して、また涙がたけど、それは今までの悲しい涙ではなかった。
 
 朝の風が少しだけ涼しい。
 季節が巡っていること感じて、少しだけ切なった。

 隼にちゃんと話そう。戻れるかわからないけど、ちゃんと自分の気持ちを伝えたい。
 そう思いながら僕は大学へと向かった。
 白い光の中を歩くたび、胸の奥の黄金の光が静かに広がっていった。