僕が言い返すと、真宙さんは「たしかに」と言って、また笑った。僕にはまだ想像もついていない。自分がなにをして、どう生きていくのか。その道筋がなにも見えていなかった。好きなものはあるけれど、そんな仕事はお前はやらなくていいんだと言われたら、なにをするべきなのか、わからなくなる。もちろん、進んで苦労しようなんて思っていないし、家族を見ていれば、花農家の仕事が過酷なこともわかる。ただ、僕は楽をして生きたいのではなく、できれば仕事は、興味のあることに携わりたいとは思っているのだ。
「そもそも、えらくなるって……、なんなんだろうな……」
僕がそう呟いたあと、真宙さんはなにも言わなかった。しばらくの間、沈黙が続いたが、やがて真宙さんはなにか思いついたかのように「あっ」と声を上げる。
「ねぇ、提案なんだけどさ」
「提案?」
「葵くんがこっちにいる間、朝のコーミング、一緒にやらない?」
「コーミング……?」
僕は眉をしかめる。コーミング。通常、それは櫛で髪を梳かすことをいうはずだ。しかし、まさか今、真宙さんが「こっちにいる間、毎朝髪を梳かしてほしい」――なんて、僕に言うはずがないし、彼の提案は、僕が期待していたものと大きく違っていた。怪訝に思っていると、真宙さんはそんな僕を察したようで、慌てて説明を始めた。
「あぁ、ごめん、ごめん。リバーコーミングっていってね、俺、毎朝、ここの河川敷で宝探ししてるんだ」
「宝探し……?」
「そう。さっきのウランガラスとか、戦前の頃のビー玉とかインク瓶とか、あとは元祖食玩のガラス容器とか……。河川敷だと、いろんなレトロ雑貨が見つけられることがあってね。そのついでにゴミを拾ってるってわけ」
ようやく話が見えてきて、納得する。彼はただ、ゴミ拾いをしているのではなく、宝探しをしていたらしい。
「なんだ……。真宙さん、ボランティア活動でゴミ拾いしてたわけじゃなかったんですね……」
「ゴミも、ついでに拾うんだよ」
ゴミも、を強調して、真宙さんは言う。どうやら、河川敷でお宝を探すことをリバーコーミングというらしかった。はじめて聞く言葉だが、骨董品が好きな人にとってはそう珍しいことでもないのかもしれない。ただ、僕は気が進まなかった。問題はリバーコーミングではない。朝四時に毎朝、河川敷に出るということだ。
「どう? コーミングしながら、俺は葵くんの進路相談に乗る。ついでに朝ごはんと……、食後のコーヒーもセットでつける!」
「いや……。相談に乗ってくれるのはありがたいんですけど……。なんで僕が、一緒にそんなことしなくちゃならないんです? しかも、早朝四時から」
「俺は日中、バイトを入れてるし、オフの日もここの店番でなかなか時間取れないんだよ。朝じゃないと葵くんに会えないじゃん」
「べつに夕方とか、夜にでも会えばいいんじゃないですか? どうせ、僕らは隣同士にいるわけだし……」
「だーめだって。夜はよくないんだって」
そう言われて、僕はハッとする。途端に、かあっと頬が火照っていくのを感じた。さっき、真宙さんは「好きな子を誘うなら、夜ごはん」と話していたばかりだ。つまり、夜に誘うということは、彼にとってはそういうことなのだから、恋愛対象外の僕を夜には誘えない、と言いたいのだろう。僕は火照った頬を掻きながら、この提案にはすでに選択肢がなかったことを悟った。
「……わかりました。起きられる自信ないけど、起きたら行くようにします」
「やったぁ、決まりね!」
そんなに緩い約束でいいのか、と驚いたが、この人のこういうところは、僕は好きだと思った。僕らはその日、本当に口約束だけだった。スマホの番号を知りたいとか、SNSのアカウントを共有しようとか、そういうことはなにもなく、ただ「毎朝、河川敷で会おう」と言っただけだった。そういう約束の仕方を、僕は一度もしたことがなかったが、これまでに感じたことのない自由な感覚に、心地よさを感じていた。
真宙さんはその日、食べ終わった朝食を下げてから、約束通りにアイスコーヒーを入れてくれた。ここまでが真宙さんと僕の朝のルーチン。思いがけず、僕は真宙さんに進路相談に乗ってもらうことになったが――ただし。真宙さんは僕にとんでもない秘密事をしていて、この時の僕はまだ、なにも知る由がなかった。
「そもそも、えらくなるって……、なんなんだろうな……」
僕がそう呟いたあと、真宙さんはなにも言わなかった。しばらくの間、沈黙が続いたが、やがて真宙さんはなにか思いついたかのように「あっ」と声を上げる。
「ねぇ、提案なんだけどさ」
「提案?」
「葵くんがこっちにいる間、朝のコーミング、一緒にやらない?」
「コーミング……?」
僕は眉をしかめる。コーミング。通常、それは櫛で髪を梳かすことをいうはずだ。しかし、まさか今、真宙さんが「こっちにいる間、毎朝髪を梳かしてほしい」――なんて、僕に言うはずがないし、彼の提案は、僕が期待していたものと大きく違っていた。怪訝に思っていると、真宙さんはそんな僕を察したようで、慌てて説明を始めた。
「あぁ、ごめん、ごめん。リバーコーミングっていってね、俺、毎朝、ここの河川敷で宝探ししてるんだ」
「宝探し……?」
「そう。さっきのウランガラスとか、戦前の頃のビー玉とかインク瓶とか、あとは元祖食玩のガラス容器とか……。河川敷だと、いろんなレトロ雑貨が見つけられることがあってね。そのついでにゴミを拾ってるってわけ」
ようやく話が見えてきて、納得する。彼はただ、ゴミ拾いをしているのではなく、宝探しをしていたらしい。
「なんだ……。真宙さん、ボランティア活動でゴミ拾いしてたわけじゃなかったんですね……」
「ゴミも、ついでに拾うんだよ」
ゴミも、を強調して、真宙さんは言う。どうやら、河川敷でお宝を探すことをリバーコーミングというらしかった。はじめて聞く言葉だが、骨董品が好きな人にとってはそう珍しいことでもないのかもしれない。ただ、僕は気が進まなかった。問題はリバーコーミングではない。朝四時に毎朝、河川敷に出るということだ。
「どう? コーミングしながら、俺は葵くんの進路相談に乗る。ついでに朝ごはんと……、食後のコーヒーもセットでつける!」
「いや……。相談に乗ってくれるのはありがたいんですけど……。なんで僕が、一緒にそんなことしなくちゃならないんです? しかも、早朝四時から」
「俺は日中、バイトを入れてるし、オフの日もここの店番でなかなか時間取れないんだよ。朝じゃないと葵くんに会えないじゃん」
「べつに夕方とか、夜にでも会えばいいんじゃないですか? どうせ、僕らは隣同士にいるわけだし……」
「だーめだって。夜はよくないんだって」
そう言われて、僕はハッとする。途端に、かあっと頬が火照っていくのを感じた。さっき、真宙さんは「好きな子を誘うなら、夜ごはん」と話していたばかりだ。つまり、夜に誘うということは、彼にとってはそういうことなのだから、恋愛対象外の僕を夜には誘えない、と言いたいのだろう。僕は火照った頬を掻きながら、この提案にはすでに選択肢がなかったことを悟った。
「……わかりました。起きられる自信ないけど、起きたら行くようにします」
「やったぁ、決まりね!」
そんなに緩い約束でいいのか、と驚いたが、この人のこういうところは、僕は好きだと思った。僕らはその日、本当に口約束だけだった。スマホの番号を知りたいとか、SNSのアカウントを共有しようとか、そういうことはなにもなく、ただ「毎朝、河川敷で会おう」と言っただけだった。そういう約束の仕方を、僕は一度もしたことがなかったが、これまでに感じたことのない自由な感覚に、心地よさを感じていた。
真宙さんはその日、食べ終わった朝食を下げてから、約束通りにアイスコーヒーを入れてくれた。ここまでが真宙さんと僕の朝のルーチン。思いがけず、僕は真宙さんに進路相談に乗ってもらうことになったが――ただし。真宙さんは僕にとんでもない秘密事をしていて、この時の僕はまだ、なにも知る由がなかった。
