骨董品屋「カザミ」は、外から見るよりも、意外と広さがある店だった。もみじ柄の昭和ガラスが嵌め込まれた引き戸を開けると、カラン、カランとドアベルの音が鳴る。店内には、壁に沿ってコの字型に棚が置かれ、その中には骨董品とみられる、くすみがかったガラス製品がずらりと並んでいる。奥のカウンター左端にレジ台があり、その後ろには暖簾がかかり、奥が少し高くなっていて、真っすぐ奥に伸びる廊下が見えた。真宙さんはレジ台の中に入り、靴を脱いでそこへあがり、僕に振り返り、手招きをする。
「こっちだよ」
「あ、あの……、僕はもう――」
「早く、早く」
真宙さんは、まったく僕の話を聞いてくれない。僕は眉を上げて、言われた通りにレジ台の奥へ入り、暖簾がかかった向こう側に上がる。するとまた、真宙さんは僕の手を取って、廊下を進み、まるではしごのような急な階段を上がっていく。そうして、二階の一番奥の和室へ僕を通した。
「ここ、俺の部屋なんだ。ちょっと座って待ってて」
「はあ……」
真宙さんはそう言うと、颯爽とどこかへ行ってしまった。僕はひとり、彼の部屋に残されて、言われるままに部屋の中央に置かれたちゃぶ台の前に置かれている座布団の上に腰を下ろす。部屋は六畳ほどの広さがあり、エアコンが効いていて、畳まれた布団が隅に置かれていた。彼はここで寝起きをしているようだが、なんというか、生活しているわりに、タンスや棚が置かれていない。押し入れがあるので、そこにみんな仕舞ってあるのかもしれない。
不意に、ピロンと音が鳴る。見れば、部屋の隅に充電されているスマホが見えた。きっと真宙さんのスマホだろう。――と思った時。僕は自分の家にスマホを置いてきたことを思い出した。おかげで暇を持て余し、悶々と考えごとをすることになってしまった。
――農業やりたいってのだけは決まってたんだけど、大学ってなにを基準に決めたらいいのか、全然わかんなくってさぁ。
さっき、真宙さんが言っていた言葉を思い出す。当たり前のように、やりたいことは決まっていたと話す彼に、今の僕の心の内を話して、わかってもらえるとは思えなかったが、話せば、多少はなにか変わることもあるだろうか。
夢って……、誰かに相談して見つかるようなもんなのかな。
僕は今、夢もやりたいことも、目標も見失っている。将来、大人になったときに就きたい職業を聞かれても答えられないし、それを選んでいいのかどうかもわからない。以前は、なんの疑いもなく想像していた将来の夢が、家族の期待を裏切ることになるとわかっているからだ。
しかも僕は、祖父が言う「勉強してえらくなる」ということが、どういうことかも、実はよくわかっていない。サラリーマンになって出世すればいいのか、事業を起こして社長になればいいのか、政治家とか医者とか、そういう「先生」と呼ばれるような職に就くのがいいのか、よくわからない。ただ、どれも僕は興味がないことは確かで、ただ勉強ができるという理由だけで、進路を決めることに違和感を持っていることもまた確かだった。
「お待たせ」
そんなことを考えているうちに、真宙さんは戻ってきた。手にはお盆を持ち、それをそのまま僕の前に置く。和定食だ。それまで空腹は感じていなかったはずだが、温かい白飯と、味噌汁から立ち上る湯気を同時に吸いこんだ僕の腹は、それを思い出したように、ぐうう、と情けない音を鳴らした。
「あ、今。お腹鳴ったでしょ」
「す、すみません……」
「謝らなくていいよ、俺ももうお腹ペコペコだもん。さぁ、食べよう!」
そう言って、真宙さんは僕の向かい側に座ると、手を合わせた。
「いただきます!」
「いただきます……」
白飯と玉ねぎの味噌汁、ゆでたまごと焼き鮭、昆布の佃煮と、きゅうりの浅漬け。実家も朝ごはんは和食が多いが、こんなにたくさんおかずがあるのは、正月明けくらいだ。真宙さんは急遽、僕のために、わざわざ豪勢な朝ごはんを用意してくれたのかもしれない。――と、僕は少し申し訳ない気持ちになった。
「すみません、急だったのに……」
「うん?」
「こんなにたくさん用意してくれて……」
そう言うと、真宙さんは笑みを浮かべ、かぶりを振る。
「いやいや。なにも特別に用意したわけじゃないよ。みんな作り置きだから」
「ごはん、真宙さんが作ってるんですか」
「うん。うち、じいちゃんが料理嫌いでね、放っとくとジャンクフードしか食べないから、俺が管理してるんだ。気にしないで食べて」
「あ、はい……」
どうやらそうらしい。僕は実家との違いに密かに驚かされながら、ありがたく朝食をごちそうになる。味噌汁をすすると、だしの味と、玉ねぎの甘さ、それに味噌の風味が体の奥にじわあっと染み入っていく心地がした。寮母さんの作る料理もおいしいが、真宙さんちの味噌汁はもっと実家の母の味に近い気がする。
「おいしい……」
思わず声に出た。すると、丸いちゃぶ台の向かい側で、真宙さんが嬉しそうに微笑む。
「よかった」
箸が茶碗に当たる音や、味噌汁をすする音だけが聞こえて、静かな朝食タイムが過ぎていく。だが、ほどなくして、僕はどうしても気になっていたことを、真宙さんに訊ねた。
「真宙さんは、なんで農業やりたいって思ったんですか? 野菜とか作ったりすんの、好きなんですか」
「うーん……、知りたい?」
「はい」
僕は頷く。彼がどんなふうに夢を見つけたのか、それを知って参考になるとも思わなかったが、単純に気になったのだ。それに農業といっても、その種類は実に多様にある。米農家に、野菜農家。果物農家に鶏卵農家、酪農に、それから――花農家。
きっと得意げに教えてくれるのだろうと思ったが、僕が頷いた途端、彼は急に真面目な表情になって、話し出した。
「こっちだよ」
「あ、あの……、僕はもう――」
「早く、早く」
真宙さんは、まったく僕の話を聞いてくれない。僕は眉を上げて、言われた通りにレジ台の奥へ入り、暖簾がかかった向こう側に上がる。するとまた、真宙さんは僕の手を取って、廊下を進み、まるではしごのような急な階段を上がっていく。そうして、二階の一番奥の和室へ僕を通した。
「ここ、俺の部屋なんだ。ちょっと座って待ってて」
「はあ……」
真宙さんはそう言うと、颯爽とどこかへ行ってしまった。僕はひとり、彼の部屋に残されて、言われるままに部屋の中央に置かれたちゃぶ台の前に置かれている座布団の上に腰を下ろす。部屋は六畳ほどの広さがあり、エアコンが効いていて、畳まれた布団が隅に置かれていた。彼はここで寝起きをしているようだが、なんというか、生活しているわりに、タンスや棚が置かれていない。押し入れがあるので、そこにみんな仕舞ってあるのかもしれない。
不意に、ピロンと音が鳴る。見れば、部屋の隅に充電されているスマホが見えた。きっと真宙さんのスマホだろう。――と思った時。僕は自分の家にスマホを置いてきたことを思い出した。おかげで暇を持て余し、悶々と考えごとをすることになってしまった。
――農業やりたいってのだけは決まってたんだけど、大学ってなにを基準に決めたらいいのか、全然わかんなくってさぁ。
さっき、真宙さんが言っていた言葉を思い出す。当たり前のように、やりたいことは決まっていたと話す彼に、今の僕の心の内を話して、わかってもらえるとは思えなかったが、話せば、多少はなにか変わることもあるだろうか。
夢って……、誰かに相談して見つかるようなもんなのかな。
僕は今、夢もやりたいことも、目標も見失っている。将来、大人になったときに就きたい職業を聞かれても答えられないし、それを選んでいいのかどうかもわからない。以前は、なんの疑いもなく想像していた将来の夢が、家族の期待を裏切ることになるとわかっているからだ。
しかも僕は、祖父が言う「勉強してえらくなる」ということが、どういうことかも、実はよくわかっていない。サラリーマンになって出世すればいいのか、事業を起こして社長になればいいのか、政治家とか医者とか、そういう「先生」と呼ばれるような職に就くのがいいのか、よくわからない。ただ、どれも僕は興味がないことは確かで、ただ勉強ができるという理由だけで、進路を決めることに違和感を持っていることもまた確かだった。
「お待たせ」
そんなことを考えているうちに、真宙さんは戻ってきた。手にはお盆を持ち、それをそのまま僕の前に置く。和定食だ。それまで空腹は感じていなかったはずだが、温かい白飯と、味噌汁から立ち上る湯気を同時に吸いこんだ僕の腹は、それを思い出したように、ぐうう、と情けない音を鳴らした。
「あ、今。お腹鳴ったでしょ」
「す、すみません……」
「謝らなくていいよ、俺ももうお腹ペコペコだもん。さぁ、食べよう!」
そう言って、真宙さんは僕の向かい側に座ると、手を合わせた。
「いただきます!」
「いただきます……」
白飯と玉ねぎの味噌汁、ゆでたまごと焼き鮭、昆布の佃煮と、きゅうりの浅漬け。実家も朝ごはんは和食が多いが、こんなにたくさんおかずがあるのは、正月明けくらいだ。真宙さんは急遽、僕のために、わざわざ豪勢な朝ごはんを用意してくれたのかもしれない。――と、僕は少し申し訳ない気持ちになった。
「すみません、急だったのに……」
「うん?」
「こんなにたくさん用意してくれて……」
そう言うと、真宙さんは笑みを浮かべ、かぶりを振る。
「いやいや。なにも特別に用意したわけじゃないよ。みんな作り置きだから」
「ごはん、真宙さんが作ってるんですか」
「うん。うち、じいちゃんが料理嫌いでね、放っとくとジャンクフードしか食べないから、俺が管理してるんだ。気にしないで食べて」
「あ、はい……」
どうやらそうらしい。僕は実家との違いに密かに驚かされながら、ありがたく朝食をごちそうになる。味噌汁をすすると、だしの味と、玉ねぎの甘さ、それに味噌の風味が体の奥にじわあっと染み入っていく心地がした。寮母さんの作る料理もおいしいが、真宙さんちの味噌汁はもっと実家の母の味に近い気がする。
「おいしい……」
思わず声に出た。すると、丸いちゃぶ台の向かい側で、真宙さんが嬉しそうに微笑む。
「よかった」
箸が茶碗に当たる音や、味噌汁をすする音だけが聞こえて、静かな朝食タイムが過ぎていく。だが、ほどなくして、僕はどうしても気になっていたことを、真宙さんに訊ねた。
「真宙さんは、なんで農業やりたいって思ったんですか? 野菜とか作ったりすんの、好きなんですか」
「うーん……、知りたい?」
「はい」
僕は頷く。彼がどんなふうに夢を見つけたのか、それを知って参考になるとも思わなかったが、単純に気になったのだ。それに農業といっても、その種類は実に多様にある。米農家に、野菜農家。果物農家に鶏卵農家、酪農に、それから――花農家。
きっと得意げに教えてくれるのだろうと思ったが、僕が頷いた途端、彼は急に真面目な表情になって、話し出した。
