僕と真宙さんは、まだ数えるくらいしかキスをしたことがない。頬のキスも合わせたって、十回を超えるかどうかというくらいだった。だが、何回キスしたって慣れる気がしないし、手を繋ぐのだけでもドキドキする。そのせいで、僕はもっと真宙さんに触れたいと思うのに、言葉が出なくなってしまうのだ。
僕は自分でも嫌になるくらい、まるっきり子どもだった。こんな調子では、今夜キスで我慢できなくなったところで、僕にはなにもできやしなかった。
ほどなくすると、真宙さんは立ち上がり、明かりをつける。それから、僕の隣に座り、そっと手を取って訊いた。
「嫌じゃなかった? 大丈夫?」
「嫌じゃない……、けど……」
「けど?」
ちょっとだけ恥ずかしい――と答えるだけなのに、ためらってしまう。手を繋いだり、キスをするだけで恥ずかしいなんて言ったら、真宙さんをがっかりさせるんじゃないだろうか、と心配になったのだ。けれど、真宙さんはなんだってお見通しで、そんな僕の手を優しく握り返して言った。
「恥ずかしかったよね。ごめん」
「どうしてわかったの……?」
「顔に書いてある。葵くんのほっぺた、真っ赤だもん」
それを言われて、余計に恥ずかしくなる。真宙さんは赤らんだ僕の頬を、指でからかうように突いてから、頭を撫でてくれた。だが、なんだか子ども扱いされているようで、おもしろくない。僕はムキになって言った。
「恥ずかしいけど、でも僕、真宙さんにもっと触りたいし、触ってほしいよ。キスだけじゃなくて、もっと――んっ」
僕の言葉を遮るように、真宙さんは僕の唇をふさいだ。ちゅ、と音が鳴って、温かい唇が離れていく。あいかわらず、僕は真宙さんがくれた触れるだけのキスにドキドキして、彼と目を合わせるのにも恥ずかしくてたまらなかった。けれど、そんな僕に真宙さんは言う。
「なにもそんなに急がなくても。ゆっくりで大丈夫だよ」
「でも、もうすぐ会えなくなるし……」
「俺たちはずっと離れるわけじゃないんだから。冬にはまた帰ってこれるんでしょ?」
真宙さんは優しくそう言って、微笑んだ。僕は頷く。もちろん、真宙さんとはこれきりじゃない。僕は冬休みに入ったら、すぐにまた実家へ戻ってこようと思っているし、来月のシルバーウィークだって、帰ってくるつもりでいる。だが、それをわかっていても、僕は焦りを感じていた。
真宙さんと比べて、自分があまりに子どもっぽいことも、背伸びをしたところで届かないことも、彼の隣を歩くのには、まだまだ至らないこともすべてわかっている。だからこそ真宙さんと過ごした、このひと夏の出来事は、僕にとっては本当に奇跡みたいな話だったのだ。
こうしている今も、僕はまるで都合のいい夢を見ているような感覚になる。そのせいか、少し不安にもなる。この夏が終わってしまって、僕が寮生活に戻ったら、この現実がみんな夢だったかのように、消えてしまうような気がして、早く彼と深い関係になりたい――と、焦ってしまっていた。
「夏が終わって、僕が寮に戻っても、真宙さんの気持ちは変わらない?」
「当たり前じゃん、そんなの」
「会えなくなって、気持ちが冷めたりもしないよね?」
「しない」
「ほかの人、好きになったりもしない? ずっと、僕を好きでいてくれる?」
そう訊ねた、次の瞬間。真宙さんは笑みを浮かべ、僕の体をぎゅうっと抱きしめた。
「真宙さん……」
「夏が終わろうが、冬になろうが、変わらないよ。俺は葵くんが好きだし、葵くんをずーっと待ってるから」
僕は頷き、真宙さんの体を抱きしめて返す。すると、真宙さんはまた、僕の髪を優しく撫でてくれた。このまま時間が止まってしまったらどんなにいいかと思う。いつまでもこうして、真宙さんの匂いと温もりに包まれていられたら。そうすれば、寮へ戻る日は永遠に来ない。真宙さんと、ずっと一緒にいられる。だが、困ったことに、それだと僕はいつまでも大人になれないわけだ。
「早く大人になりたい……」
真宙さんの腕の中でひとり言のようにそう呟くと、真宙さんはなにも言わず、僕の額にキスを落とす。
「ほんっとに可愛いんだから……」
そう言われるとたまらなく照れくさいが、相手が真宙さんなら悪い気はしない。僕は真宙さんの胸の中で思いっきり甘えたあと、真宙さんと順番で風呂に入り、寝る支度をした。
***
僕らが寝床へ入ったとき、時刻は十一時を過ぎていた。真宙さんは、僕の布団を自分の寝床の隣にぴったりとくっつけて敷き、僕らは寝転がったまま、手を繋いで、日付が変わるまでお喋りをした。お喋りの内容は、おもに明日のデートについてだ。「せっかくの初デートだし、ちょっと早起きして遠出してみようか」と真宙さんが提案して、僕は彼と行きたい場所を思いつくだけ挙げた。
夜更けまで続いたお喋りは大盛り上がりだった。けれど、そのうちにだんだんと真宙さんとの距離は近づいていく。距離が近づくたび、僕の心臓はうるさくなり、体は熱を持った。冷房が効いているはずなのに、Tシャツの下には汗が滲んでいた。
僕の手の熱が移っているせいもあったのだろうか。真宙さんの手がとても熱かった。おしゃべりをしながら、僕の手指と真宙さんの手指は何度も手遊びをするようにからみ合っていたが、やがて、彼の親指が僕の手の甲を優しく撫ではじめる。その優しい手つきに、僕はたちまち恍惚としてしまった。
僕は自分でも嫌になるくらい、まるっきり子どもだった。こんな調子では、今夜キスで我慢できなくなったところで、僕にはなにもできやしなかった。
ほどなくすると、真宙さんは立ち上がり、明かりをつける。それから、僕の隣に座り、そっと手を取って訊いた。
「嫌じゃなかった? 大丈夫?」
「嫌じゃない……、けど……」
「けど?」
ちょっとだけ恥ずかしい――と答えるだけなのに、ためらってしまう。手を繋いだり、キスをするだけで恥ずかしいなんて言ったら、真宙さんをがっかりさせるんじゃないだろうか、と心配になったのだ。けれど、真宙さんはなんだってお見通しで、そんな僕の手を優しく握り返して言った。
「恥ずかしかったよね。ごめん」
「どうしてわかったの……?」
「顔に書いてある。葵くんのほっぺた、真っ赤だもん」
それを言われて、余計に恥ずかしくなる。真宙さんは赤らんだ僕の頬を、指でからかうように突いてから、頭を撫でてくれた。だが、なんだか子ども扱いされているようで、おもしろくない。僕はムキになって言った。
「恥ずかしいけど、でも僕、真宙さんにもっと触りたいし、触ってほしいよ。キスだけじゃなくて、もっと――んっ」
僕の言葉を遮るように、真宙さんは僕の唇をふさいだ。ちゅ、と音が鳴って、温かい唇が離れていく。あいかわらず、僕は真宙さんがくれた触れるだけのキスにドキドキして、彼と目を合わせるのにも恥ずかしくてたまらなかった。けれど、そんな僕に真宙さんは言う。
「なにもそんなに急がなくても。ゆっくりで大丈夫だよ」
「でも、もうすぐ会えなくなるし……」
「俺たちはずっと離れるわけじゃないんだから。冬にはまた帰ってこれるんでしょ?」
真宙さんは優しくそう言って、微笑んだ。僕は頷く。もちろん、真宙さんとはこれきりじゃない。僕は冬休みに入ったら、すぐにまた実家へ戻ってこようと思っているし、来月のシルバーウィークだって、帰ってくるつもりでいる。だが、それをわかっていても、僕は焦りを感じていた。
真宙さんと比べて、自分があまりに子どもっぽいことも、背伸びをしたところで届かないことも、彼の隣を歩くのには、まだまだ至らないこともすべてわかっている。だからこそ真宙さんと過ごした、このひと夏の出来事は、僕にとっては本当に奇跡みたいな話だったのだ。
こうしている今も、僕はまるで都合のいい夢を見ているような感覚になる。そのせいか、少し不安にもなる。この夏が終わってしまって、僕が寮生活に戻ったら、この現実がみんな夢だったかのように、消えてしまうような気がして、早く彼と深い関係になりたい――と、焦ってしまっていた。
「夏が終わって、僕が寮に戻っても、真宙さんの気持ちは変わらない?」
「当たり前じゃん、そんなの」
「会えなくなって、気持ちが冷めたりもしないよね?」
「しない」
「ほかの人、好きになったりもしない? ずっと、僕を好きでいてくれる?」
そう訊ねた、次の瞬間。真宙さんは笑みを浮かべ、僕の体をぎゅうっと抱きしめた。
「真宙さん……」
「夏が終わろうが、冬になろうが、変わらないよ。俺は葵くんが好きだし、葵くんをずーっと待ってるから」
僕は頷き、真宙さんの体を抱きしめて返す。すると、真宙さんはまた、僕の髪を優しく撫でてくれた。このまま時間が止まってしまったらどんなにいいかと思う。いつまでもこうして、真宙さんの匂いと温もりに包まれていられたら。そうすれば、寮へ戻る日は永遠に来ない。真宙さんと、ずっと一緒にいられる。だが、困ったことに、それだと僕はいつまでも大人になれないわけだ。
「早く大人になりたい……」
真宙さんの腕の中でひとり言のようにそう呟くと、真宙さんはなにも言わず、僕の額にキスを落とす。
「ほんっとに可愛いんだから……」
そう言われるとたまらなく照れくさいが、相手が真宙さんなら悪い気はしない。僕は真宙さんの胸の中で思いっきり甘えたあと、真宙さんと順番で風呂に入り、寝る支度をした。
***
僕らが寝床へ入ったとき、時刻は十一時を過ぎていた。真宙さんは、僕の布団を自分の寝床の隣にぴったりとくっつけて敷き、僕らは寝転がったまま、手を繋いで、日付が変わるまでお喋りをした。お喋りの内容は、おもに明日のデートについてだ。「せっかくの初デートだし、ちょっと早起きして遠出してみようか」と真宙さんが提案して、僕は彼と行きたい場所を思いつくだけ挙げた。
夜更けまで続いたお喋りは大盛り上がりだった。けれど、そのうちにだんだんと真宙さんとの距離は近づいていく。距離が近づくたび、僕の心臓はうるさくなり、体は熱を持った。冷房が効いているはずなのに、Tシャツの下には汗が滲んでいた。
僕の手の熱が移っているせいもあったのだろうか。真宙さんの手がとても熱かった。おしゃべりをしながら、僕の手指と真宙さんの手指は何度も手遊びをするようにからみ合っていたが、やがて、彼の親指が僕の手の甲を優しく撫ではじめる。その優しい手つきに、僕はたちまち恍惚としてしまった。
