「じいちゃん、仲直りしにきてくれたんだと思う。さっきのはごめんってことだよ」
「え……? そうなの?」
真宙さんは、とてもそういうふうには見えなかった、と言わんばかりだ。だが、僕は笑みをこぼし、答える。
「背中に書いてあったから、たぶんね」
「へえ」
しかし、珍しい。気が強くて強情な祖父は、一度へそを曲げると、なかなか自分から声をかけるようなことはなく、こっちから謝らなければ、長く冷戦状態が続くのに。ひょっとして、先日の「お疲れ会」の大ゲンカで、祖父は声を荒らげてはいたが、実はそんなに怒っていたわけではなかったのだろうか。母が「おじいちゃん、ちょっと笑ってた気がした」というのも、あながち気のせいではないのかもしれない――と思いかけて、僕はあの日の祖父の顔を思い出す。しかし、そんなはずはないか――と、かぶりを振った。
どう考えても、あのときのじいちゃん……、ブチ切れてたもんな……。
「行こうか、葵くん」
「あぁ、うん……」
真宙さんに促され、僕は実家をあとにして、お隣の骨董品屋「カザミ」へ向かった。祖父の行動を不思議に思ったものの、同時に安堵もする。思いのほか、祖父とは早く仲直りができそうだった。
***
「ただいまー」
骨董品屋「カザミ」のガラス戸を開け、真宙さんが言う。僕はレジ台の向こう側へぺこりと頭を下げた。そこではいつものようにべっこう柄の眼鏡をかけ、座って新聞を読むヒデさんがいる。ヒデさんは僕がいることに気付くと、すぐに立ち上がった。
「おう、いらっしゃい」
「ヒデさん、今日はお世話になります」
「はいよ。布団干しといたからね」
「ありがとうございます……!」
ヒデさんとは、このところよく顔を合わせている。僕が真宙さんの家によくお邪魔するせいだ。しかし、今日は心なしか機嫌がよくない気がして、僕は少し気になった。だが、その理由はすぐに明らかになった。
「じいちゃん、お昼はちゃんと食べたんだろうね?」
「あぁ。食べたよ……」
ヒデさんはげんなりして、ため息を吐いている。その様子から、ヒデさんの機嫌がよくないのは、どうやら昼ごはんのせいだと勘づいた。もしかしたら、真宙さんは今日のお昼ごはんにヒデさんの苦手なものを作ったのかもしれない。
「俺はこれから晩メシを作るよ。葵くん、ゴーヤ苦手じゃない?」
「うん、平気」
「よかった。昨日、パートさんからおすそ分けしてもらったんだ。今日は沖縄風のごはんにしよう」
「うん!」
沖縄風のごはん、と聞いて、たちまち心が躍る。正直なところ、沖縄風がどんなものもあまりよくわかっていない僕だが、聞き慣れない言葉の響きに、洒落た雰囲気を感じたのだ。ところが、ヒデさんは口を尖らせる。
「なーにが沖縄風だよ、まったく。なにもあんなにいっぱいもらってくることなかったんだ」
なるほど――と、僕は察した。ヒデさんはきっと、ゴーヤが苦手なのだろう。しかめっ面をしたまま、レジ台の点検をはじめたヒデさんを見て、真宙さんはくくっと笑みをこぼした。
「じいちゃんは好き嫌いが多すぎるんだよ。でも、今夜はゴーヤが苦くない料理にするつもりだから」
「ちゃんとあく抜きしろよ」
「昨日だってあく抜きはしたってば。葵くん、ちょっと部屋でくつろいでてもらえる? すぐ晩メシの準備するからさ」
「僕も手伝うよ」
僕は真宙さんの料理の手伝いをすることにした。ゴーヤはヒデさんちの冷蔵庫の中で、すでにあく抜きを済ませ、輪切りにしたものがボウルに入れられていて、真宙さんはそれを取り出すと、ゴーヤの内側に片栗粉を振った。それから、ひき肉に玉ねぎのみじん切りを混ぜて、ハンバーグのたねのようなものを作ると、それを輪切りのゴーヤの中にたっぷり入れて、形を整えていく。
「これでよしっと。おんなじようにできる?」
「うん」
僕は真宙さんの真似をするように、同じものを作り、大きな平皿の上に並べて乗せていく。それを真宙さんはフライパンの上で焼いたあと、蒸し焼きにした。
「本当にハンバーグみたい。真宙さん、料理上手だよね」
「これはパートさんが教えてくれたんだよ。ゴーヤはこうやって蒸したり、煮込んだりすると、少し苦みが和らぐんだって」
「へえ」
「実は、じいちゃんがゴーヤ嫌いなのを忘れててさ。昨夜はうっかりしててゴーヤチャンプルーを出しちゃったんで、じいちゃんちょっと剥れてるんだ」
「そんなことだろうと思った。それで、今日の真宙さんは、残りのゴーヤでリベンジしてるってわけだ」
「そういうこと」
晩ごはんの支度を手伝って、僕らはヒデさんと一緒に居間で晩ごはんを食べた。メイン料理はもちろん、ゴーヤの肉詰め。副菜には「ニンジンしりしり」というらしい、細切りにしたニンジンと卵の炒め物と、冷奴。それに小松菜の味噌汁が並んだ。
ヒデさんは食卓に並んだゴーヤ料理を見た途端、渋い顔をしていたが、真宙さんに促されて食べ始めてからはずいぶん箸が進んでいたから、きっと気に入ったのだろう。真宙さんが作ったゴーヤの肉詰めは、甘じょっぱい照り焼きソースがかかっていて、とてもおいしかったし、「ニンジンしりしり」は、ニンジンがおやつのように甘く感じるのに、白飯にもピッタリのしょうゆ味で、僕は白飯を二回もおかわりしてしまった。
***
晩ごはんを済ませたあと、ヒデさんは庭先へ出てタバコを吸い始めた。真宙さんはヒデさんの許可を取り、僕を骨董屋へ誘い、ウランガラス製のグラスを棚から取り出す。そうして、そのグラスにウランガラス製のビー玉をたっぷり入れた。
「部屋へ行こう。これにブラックライトを当てるとすごく綺麗なんだよ」
真宙さんはそう言って、僕を部屋に促すと、押し入れからブラックライトを取り出してきて、部屋の明かりを消した。それから真っ暗になった部屋の中でブラックライトを点けて、ビー玉とグラスに当ててみせてくれた。
「うわぁ……、すごい綺麗だ……」
「でしょ」
ウランガラスは暗闇の中で、黄色と緑色が混ざったような蛍光色を帯びて、まるで魔法のランプのように光っていた。その光り方や色はまったく独特で、ほかに類がないものだ。とても幻想的で綺麗だった。
「すごいね……。これがゴミみたいに、川べりに転がってたなんて、とても思えないな」
真宙さんは、暗がりの中で光るビー玉入りのグラスを見つめていたが、不意に僕の頬にキスをして微笑んだ。まるで「そうだね」と返事をするようなキスだ。僕はたちまちドキドキして、それからなにも言えなくなってしまった。頬が熱くて、頭までぽうっとしてきそうだ。
「え……? そうなの?」
真宙さんは、とてもそういうふうには見えなかった、と言わんばかりだ。だが、僕は笑みをこぼし、答える。
「背中に書いてあったから、たぶんね」
「へえ」
しかし、珍しい。気が強くて強情な祖父は、一度へそを曲げると、なかなか自分から声をかけるようなことはなく、こっちから謝らなければ、長く冷戦状態が続くのに。ひょっとして、先日の「お疲れ会」の大ゲンカで、祖父は声を荒らげてはいたが、実はそんなに怒っていたわけではなかったのだろうか。母が「おじいちゃん、ちょっと笑ってた気がした」というのも、あながち気のせいではないのかもしれない――と思いかけて、僕はあの日の祖父の顔を思い出す。しかし、そんなはずはないか――と、かぶりを振った。
どう考えても、あのときのじいちゃん……、ブチ切れてたもんな……。
「行こうか、葵くん」
「あぁ、うん……」
真宙さんに促され、僕は実家をあとにして、お隣の骨董品屋「カザミ」へ向かった。祖父の行動を不思議に思ったものの、同時に安堵もする。思いのほか、祖父とは早く仲直りができそうだった。
***
「ただいまー」
骨董品屋「カザミ」のガラス戸を開け、真宙さんが言う。僕はレジ台の向こう側へぺこりと頭を下げた。そこではいつものようにべっこう柄の眼鏡をかけ、座って新聞を読むヒデさんがいる。ヒデさんは僕がいることに気付くと、すぐに立ち上がった。
「おう、いらっしゃい」
「ヒデさん、今日はお世話になります」
「はいよ。布団干しといたからね」
「ありがとうございます……!」
ヒデさんとは、このところよく顔を合わせている。僕が真宙さんの家によくお邪魔するせいだ。しかし、今日は心なしか機嫌がよくない気がして、僕は少し気になった。だが、その理由はすぐに明らかになった。
「じいちゃん、お昼はちゃんと食べたんだろうね?」
「あぁ。食べたよ……」
ヒデさんはげんなりして、ため息を吐いている。その様子から、ヒデさんの機嫌がよくないのは、どうやら昼ごはんのせいだと勘づいた。もしかしたら、真宙さんは今日のお昼ごはんにヒデさんの苦手なものを作ったのかもしれない。
「俺はこれから晩メシを作るよ。葵くん、ゴーヤ苦手じゃない?」
「うん、平気」
「よかった。昨日、パートさんからおすそ分けしてもらったんだ。今日は沖縄風のごはんにしよう」
「うん!」
沖縄風のごはん、と聞いて、たちまち心が躍る。正直なところ、沖縄風がどんなものもあまりよくわかっていない僕だが、聞き慣れない言葉の響きに、洒落た雰囲気を感じたのだ。ところが、ヒデさんは口を尖らせる。
「なーにが沖縄風だよ、まったく。なにもあんなにいっぱいもらってくることなかったんだ」
なるほど――と、僕は察した。ヒデさんはきっと、ゴーヤが苦手なのだろう。しかめっ面をしたまま、レジ台の点検をはじめたヒデさんを見て、真宙さんはくくっと笑みをこぼした。
「じいちゃんは好き嫌いが多すぎるんだよ。でも、今夜はゴーヤが苦くない料理にするつもりだから」
「ちゃんとあく抜きしろよ」
「昨日だってあく抜きはしたってば。葵くん、ちょっと部屋でくつろいでてもらえる? すぐ晩メシの準備するからさ」
「僕も手伝うよ」
僕は真宙さんの料理の手伝いをすることにした。ゴーヤはヒデさんちの冷蔵庫の中で、すでにあく抜きを済ませ、輪切りにしたものがボウルに入れられていて、真宙さんはそれを取り出すと、ゴーヤの内側に片栗粉を振った。それから、ひき肉に玉ねぎのみじん切りを混ぜて、ハンバーグのたねのようなものを作ると、それを輪切りのゴーヤの中にたっぷり入れて、形を整えていく。
「これでよしっと。おんなじようにできる?」
「うん」
僕は真宙さんの真似をするように、同じものを作り、大きな平皿の上に並べて乗せていく。それを真宙さんはフライパンの上で焼いたあと、蒸し焼きにした。
「本当にハンバーグみたい。真宙さん、料理上手だよね」
「これはパートさんが教えてくれたんだよ。ゴーヤはこうやって蒸したり、煮込んだりすると、少し苦みが和らぐんだって」
「へえ」
「実は、じいちゃんがゴーヤ嫌いなのを忘れててさ。昨夜はうっかりしててゴーヤチャンプルーを出しちゃったんで、じいちゃんちょっと剥れてるんだ」
「そんなことだろうと思った。それで、今日の真宙さんは、残りのゴーヤでリベンジしてるってわけだ」
「そういうこと」
晩ごはんの支度を手伝って、僕らはヒデさんと一緒に居間で晩ごはんを食べた。メイン料理はもちろん、ゴーヤの肉詰め。副菜には「ニンジンしりしり」というらしい、細切りにしたニンジンと卵の炒め物と、冷奴。それに小松菜の味噌汁が並んだ。
ヒデさんは食卓に並んだゴーヤ料理を見た途端、渋い顔をしていたが、真宙さんに促されて食べ始めてからはずいぶん箸が進んでいたから、きっと気に入ったのだろう。真宙さんが作ったゴーヤの肉詰めは、甘じょっぱい照り焼きソースがかかっていて、とてもおいしかったし、「ニンジンしりしり」は、ニンジンがおやつのように甘く感じるのに、白飯にもピッタリのしょうゆ味で、僕は白飯を二回もおかわりしてしまった。
***
晩ごはんを済ませたあと、ヒデさんは庭先へ出てタバコを吸い始めた。真宙さんはヒデさんの許可を取り、僕を骨董屋へ誘い、ウランガラス製のグラスを棚から取り出す。そうして、そのグラスにウランガラス製のビー玉をたっぷり入れた。
「部屋へ行こう。これにブラックライトを当てるとすごく綺麗なんだよ」
真宙さんはそう言って、僕を部屋に促すと、押し入れからブラックライトを取り出してきて、部屋の明かりを消した。それから真っ暗になった部屋の中でブラックライトを点けて、ビー玉とグラスに当ててみせてくれた。
「うわぁ……、すごい綺麗だ……」
「でしょ」
ウランガラスは暗闇の中で、黄色と緑色が混ざったような蛍光色を帯びて、まるで魔法のランプのように光っていた。その光り方や色はまったく独特で、ほかに類がないものだ。とても幻想的で綺麗だった。
「すごいね……。これがゴミみたいに、川べりに転がってたなんて、とても思えないな」
真宙さんは、暗がりの中で光るビー玉入りのグラスを見つめていたが、不意に僕の頬にキスをして微笑んだ。まるで「そうだね」と返事をするようなキスだ。僕はたちまちドキドキして、それからなにも言えなくなってしまった。頬が熱くて、頭までぽうっとしてきそうだ。
