「あ、あの……?」
指と指がからみ合う握り方は、まるで恋人同士のようで、ひどく照れくさい。そうやって、戸惑う僕をからかっているのだろうが、僕は急激に速くなっていく心臓の鼓動にめまいがしてきそうだった。ところが、真宙さんは追い打ちをかけるように、僕に言う。
「ほんと鈍いんだから。俺も葵くんが好きだってことだよ」
そう言われて、僕は思わず目を見開き、固まってしまった。今、真宙さんが言った言葉が聞こえはしたものの、自分が正常に理解できているか、自信がなかった。だって、そんな奇跡が起こるはずがない。僕はしばらく固まったまま真宙さんを見つめ、ほどなくしてから、おそるおそる訊ねる。
「それは……、じょ、冗談とか、ですかね……?」
「冗談なんか言うわけないじゃん」
「じゃあ、その……、真宙さんの言う好きっていうのは、恋愛じゃなくて、なんていうか、こう……。僕を人間として好いてくれてるってことか……、あるいは僕への憐みか……。そうじゃなくちゃ単純な優しさとか、同情みたいなもの――」
「葵くーん……?」
真宙さんは呆れ顔で、僕をジトっと見つめているが、いくらなんでも、こんな奇跡が起こるはずない。僕は信じられないあまりに混乱し、真宙さんが告げてくれた気持ちを必死に否定していた。そうでないと、興奮して舞い上がって、目を回してしまいそうだった。それほど、真宙さんが好きだと言ってくれたことが嬉しかったのだ。だが、真宙さんはそんな僕の手を口元まで近づけ、僕の手の甲にちゅ、とキスをした。
「へぁ……!」
思わず変な声が出てしまって、口を噤む。もう心臓は今にもオーバーヒートしそうで、体じゅう熱くてたまらなかった。
「ま、まままま真宙さ……」
「これでも、まだわからない?」
「わ、わ……、わ……」
ここまでされて、やっと僕は奇跡を信じはじめていた。これは真宙さんの冗談ではなく、僕への同情でもなく、恋愛感情なのだということ。僕と真宙さんは、奇跡的に両想いなのだということ。
「わかりました……」
僕が答えると、真宙さんはにこっと微笑み、もう一度、僕の手を握り直す。互いの手の平は、すでに大汗を掻いて湿っていて、どっちがどのくらい汗を掻いているのか、わからないほどだった。けれど、僕はもう知っている。少なくともこの汗が僕だけではないということも、真宙さんが余裕ありげに見えて、実はすごくドキドキしていたのだということも。
「だけど、信じられないです……。僕なんか、まだ高校生だし。絶対、相手にしてもらえないと思った……」
「そう? 俺は最初から葵くんのこと狙ってたよ」
「え……!」
「だって、さっきも言ったけど、葵くん可愛いもん。最初に会ったとき、真っ赤な顔してみりんちゃんのキーホルダー、大事そうにポッケに仕舞ってたの見てさ、俺、すっげえキュンとしちゃった!」
「みりんちゃん……」
それを聞いて、僕は真宙さんと一番最初に出会ったときのことを思い出していた。私鉄の駅で、鍵を拾ってもらったときのことだ。真宙さんに鍵を拾ってもらったことも、彼が隣人だったのも偶然だが、あの夜、窓から声をかけられたのには、どうやらそういうわけがあったようだ。僕が驚いたのは言うまでもない。
「――ってことは、やっぱり真宙さん、最初からそのつもりで僕のこと誘ってたんですか!」
「いやいや、下心ばっかりじゃないよ。可愛いなって思ったのはホントだけど……、君が竜三さんちの子だってわかって、ちゃんと諦めようとしてたんだから」
そう言って、真宙さんは困ったように笑みを浮かべる。その顔がどこか寂しげに見えて、僕は想わず彼の手をぎゅっと握り直した。
「なんで、諦めようとしたんですか……」
「だって……、バイト先のオーナーのお孫さんだよ? お隣さんで、そもそも俺も君も男だし。手なんか出したら、絶対、竜三さんにぶっ飛ばされるじゃん。ただ、葵くん……、なんか抱え込んでる感じだったからさ。朝ごはんに誘ったときは、なんか力になれたらいいなって、本当に純粋にそう思ったんだ。けど……」
「けど?」
「やっぱ、だめだった。葵くんの家族を思ってる純粋さとか、一途さとか、繊細なところとか……。知れば知るほど、気持ちがでっかくなっちゃってさ。必死に強がってるのとか、すぐ顔赤くするところとか、もう可愛くてしょうがなくって」
可愛いと言われて、また心臓の鼓動が速くなるが、僕は疑いようもなく男だ。「可愛い」なんて、ほかの誰に言われても嬉しいと思ったことなんかなかった。それなのに、真宙さんに言われると、途方もなく嬉しくなる。だが――。
「俺、ずっとね……、葵くんのこと、ぎゅーってしたいなぁって思ってたよ」
「ぎゅー……?」
「抱きしめたいってこと」
「だ……っ」
抱きしめたい――……?
それにはさすがに参ってしまった。嬉しいやら、恥ずかしいやらで体が火照って、あちこちから汗が噴き出してくる。さっき、間接キスで有頂天になっていた自分を思い出すと、あまりに子どもで情けなくなってくる。
「けど、必死で理性保ってたの。どうせ、この夏だけだって」
「この夏だけ……。なんで?」
「夏休みが終わったら、葵くんはまた寮生活に戻るわけだし、どのみち俺たちはすぐ会えなくなるからね。君は大学受験で忙しくなるし、俺のことなんか、忘れちゃうだろうと思ってさ。この気持ちは、ひと夏の思い出にして、あとはみーんな忘れちゃおうって思ってたんだ」
「そっか……。夏休みが終わったら……」
「だから、スマホの番号もあえて聞かなかった。知りたかったけど、そんなもんで繋がっちゃったら最後、余計に諦めきれなくなるからね。よくないだろ」
指と指がからみ合う握り方は、まるで恋人同士のようで、ひどく照れくさい。そうやって、戸惑う僕をからかっているのだろうが、僕は急激に速くなっていく心臓の鼓動にめまいがしてきそうだった。ところが、真宙さんは追い打ちをかけるように、僕に言う。
「ほんと鈍いんだから。俺も葵くんが好きだってことだよ」
そう言われて、僕は思わず目を見開き、固まってしまった。今、真宙さんが言った言葉が聞こえはしたものの、自分が正常に理解できているか、自信がなかった。だって、そんな奇跡が起こるはずがない。僕はしばらく固まったまま真宙さんを見つめ、ほどなくしてから、おそるおそる訊ねる。
「それは……、じょ、冗談とか、ですかね……?」
「冗談なんか言うわけないじゃん」
「じゃあ、その……、真宙さんの言う好きっていうのは、恋愛じゃなくて、なんていうか、こう……。僕を人間として好いてくれてるってことか……、あるいは僕への憐みか……。そうじゃなくちゃ単純な優しさとか、同情みたいなもの――」
「葵くーん……?」
真宙さんは呆れ顔で、僕をジトっと見つめているが、いくらなんでも、こんな奇跡が起こるはずない。僕は信じられないあまりに混乱し、真宙さんが告げてくれた気持ちを必死に否定していた。そうでないと、興奮して舞い上がって、目を回してしまいそうだった。それほど、真宙さんが好きだと言ってくれたことが嬉しかったのだ。だが、真宙さんはそんな僕の手を口元まで近づけ、僕の手の甲にちゅ、とキスをした。
「へぁ……!」
思わず変な声が出てしまって、口を噤む。もう心臓は今にもオーバーヒートしそうで、体じゅう熱くてたまらなかった。
「ま、まままま真宙さ……」
「これでも、まだわからない?」
「わ、わ……、わ……」
ここまでされて、やっと僕は奇跡を信じはじめていた。これは真宙さんの冗談ではなく、僕への同情でもなく、恋愛感情なのだということ。僕と真宙さんは、奇跡的に両想いなのだということ。
「わかりました……」
僕が答えると、真宙さんはにこっと微笑み、もう一度、僕の手を握り直す。互いの手の平は、すでに大汗を掻いて湿っていて、どっちがどのくらい汗を掻いているのか、わからないほどだった。けれど、僕はもう知っている。少なくともこの汗が僕だけではないということも、真宙さんが余裕ありげに見えて、実はすごくドキドキしていたのだということも。
「だけど、信じられないです……。僕なんか、まだ高校生だし。絶対、相手にしてもらえないと思った……」
「そう? 俺は最初から葵くんのこと狙ってたよ」
「え……!」
「だって、さっきも言ったけど、葵くん可愛いもん。最初に会ったとき、真っ赤な顔してみりんちゃんのキーホルダー、大事そうにポッケに仕舞ってたの見てさ、俺、すっげえキュンとしちゃった!」
「みりんちゃん……」
それを聞いて、僕は真宙さんと一番最初に出会ったときのことを思い出していた。私鉄の駅で、鍵を拾ってもらったときのことだ。真宙さんに鍵を拾ってもらったことも、彼が隣人だったのも偶然だが、あの夜、窓から声をかけられたのには、どうやらそういうわけがあったようだ。僕が驚いたのは言うまでもない。
「――ってことは、やっぱり真宙さん、最初からそのつもりで僕のこと誘ってたんですか!」
「いやいや、下心ばっかりじゃないよ。可愛いなって思ったのはホントだけど……、君が竜三さんちの子だってわかって、ちゃんと諦めようとしてたんだから」
そう言って、真宙さんは困ったように笑みを浮かべる。その顔がどこか寂しげに見えて、僕は想わず彼の手をぎゅっと握り直した。
「なんで、諦めようとしたんですか……」
「だって……、バイト先のオーナーのお孫さんだよ? お隣さんで、そもそも俺も君も男だし。手なんか出したら、絶対、竜三さんにぶっ飛ばされるじゃん。ただ、葵くん……、なんか抱え込んでる感じだったからさ。朝ごはんに誘ったときは、なんか力になれたらいいなって、本当に純粋にそう思ったんだ。けど……」
「けど?」
「やっぱ、だめだった。葵くんの家族を思ってる純粋さとか、一途さとか、繊細なところとか……。知れば知るほど、気持ちがでっかくなっちゃってさ。必死に強がってるのとか、すぐ顔赤くするところとか、もう可愛くてしょうがなくって」
可愛いと言われて、また心臓の鼓動が速くなるが、僕は疑いようもなく男だ。「可愛い」なんて、ほかの誰に言われても嬉しいと思ったことなんかなかった。それなのに、真宙さんに言われると、途方もなく嬉しくなる。だが――。
「俺、ずっとね……、葵くんのこと、ぎゅーってしたいなぁって思ってたよ」
「ぎゅー……?」
「抱きしめたいってこと」
「だ……っ」
抱きしめたい――……?
それにはさすがに参ってしまった。嬉しいやら、恥ずかしいやらで体が火照って、あちこちから汗が噴き出してくる。さっき、間接キスで有頂天になっていた自分を思い出すと、あまりに子どもで情けなくなってくる。
「けど、必死で理性保ってたの。どうせ、この夏だけだって」
「この夏だけ……。なんで?」
「夏休みが終わったら、葵くんはまた寮生活に戻るわけだし、どのみち俺たちはすぐ会えなくなるからね。君は大学受験で忙しくなるし、俺のことなんか、忘れちゃうだろうと思ってさ。この気持ちは、ひと夏の思い出にして、あとはみーんな忘れちゃおうって思ってたんだ」
「そっか……。夏休みが終わったら……」
「だから、スマホの番号もあえて聞かなかった。知りたかったけど、そんなもんで繋がっちゃったら最後、余計に諦めきれなくなるからね。よくないだろ」
