「ここからが勝負だ」
真宙さんが言った。僕は声を出さずに頷き、じっと手元の花火の先端、ちりちりと丸まっていく火の玉を見つめる。だが、ちょうどその時。少し強い風が吹いた。
「あ……っ」
一瞬にして、二つの火が地面に落ちて消える。まるで、ふたつのランプが同時に消されたみたいだった。僕と真宙さんは顔を見合わせる。だが、同時に笑みを浮かべていた。
「残念。引き分けだね」
真宙さんがそう言って、ペットボトルに刺さった花火のゴミをビニール袋へ放り込むと、そこへ火が消えた花火のゴミをそこへ差し入れる。僕も同じように、そこへ火が消えた花火を入れた。一本目は風が吹いたせいで引き分けになってしまったが、線香花火はまだ残っている。
「もう一回、勝負しますか?」
「いや、気が変わった。ねえ、僕が葵くんにどんな期待をしているのか話すから、葵くんがどうして俺の初恋を気にするのか教えてくれない?」
真宙さんがそう言うので、僕の心臓は再びドキドキしはじめたが、静かに頷いた。どこまで延ばしたって、どのみちこの気持ちを隠してなどおけない。僕はそんなに器用じゃないし、恋愛だって慣れていないのだから。
僕はゴミを入れたペットボトルを持ち、ベンチへ座った。真宙さんもその隣へ座る。すると、余計に胸の鼓動がうるさくなる。僕は自分の左胸をそっと押さえた。それから、深呼吸を何度かくり返した。
「緊張してる?」
「……そりゃあ、してますよ」
「そっか、よかった。俺もね、今すっごいドキドキしてる」
真宙さんが照れくさそうに笑う。その笑顔がいつもよりも少し可愛らしく見えたような気がして、僕も釣られて頬を緩めた。余裕たっぷりの、いつもの彼の笑顔とは少し違った雰囲気だが、はじめて見る表情に、僕の胸がきゅっと縮まったように苦しくなる。たまらなくこの人が好きだと思った。それから、もっと彼を知りたいと思った。
「あの、真宙さん」
「うん?」
「僕……、真宙さんのこと、好きになっちゃったみたいなんです」
自分で思っていたよりも、すごくあっさり告白してしまって、僕は少し拍子抜けしていた。僕がこの数日、悶々としながら抱えていた感情は、こんなにも簡単に言葉にできてしまうものだったのか――と。でも、それは真宙さんも同じだったかもしれない。真宙さんは目を丸くして、何度か瞬きをしてから、くくっと笑みをこぼした。僕は慌てて言い直す。
「あの……、好きって言っても、恋愛のほうの好きだと思います……。僕は今まで、あんまりこういうことなかったんですけど……」
あんまりどころではなく、まったくなかったし、相手が同性だということにも驚いている。けれど、思い違いではない。近頃、真宙さんと一緒にいると、僕はいつだってドキドキしているし、触ってもらえると嬉しい。間接キスで心臓は爆発しそうになる。それから、真宙さんの初恋相手である、いちご農家のオーナーさんにはヤキモチを焼いているし、その人に奥さんがいて、本当によかったとも思っている。
「正直な話、自分でもけっこう戸惑ってて……。だけど、なんか気のせいじゃなさそうなんです……」
僕がもう一度言うと、真宙さんはまた少し笑みをこぼし、頬を掻きながら言った。
「ありがとう。嬉しいな」
「本当に……?」
「うん。だって葵くん、可愛いもん。好きになってくれて、俺、すっごく嬉しい」
真宙さんは本当に嬉しそうに笑った。思っていた通りだ。真宙さんは僕の気持ちも告白も、なにひとつ否定しないでくれた。この人は本当に優しい。応えられるわけではなくても、僕を傷つけないように、気持ちを受け止めようとしてくれている。
「葵くんは、いつが誕生日?」
「誕生日? ……五月五日ですけど」
「へえ、すごいね。ゾロ目なんだ」
「べつに……、数字が揃ってるってだけです。これといって役立つことはないですよ」
そう言うと、真宙さんはまた少し笑う。それから「覚えやすいってことだけは得じゃん」と言って、また笑った。僕は彼の横顔を眺めながら、あいかわらず胸を高鳴らせ、だが、少し落胆する。
僕が告白をしたら、真宙さんはちょうどこんなふうに優しく笑って聞いてくれて、「嬉しい」と言いながら、きっと僕を傷つけないように、うまくはぐらかしてくれるのだろうと思っていた。思った通りの展開なのだが、ほんのわずか、両想いになれる可能性もあるかもしれない――と、奇跡を期待する気持ちもなかったわけではない。だが、やっぱりそう簡単に奇跡は起こらないようだ。
「そんなことより、真宙さんは?」
僕は気を取り直して訊ねる。僕の方は話したのだから、次は真宙さんの番だ。――とはいえ、彼が期待していたのは、おそらく単純に僕からの好意だろうと、すでに予想はついているわけだが、ちゃんと話してくれなければ、フェアじゃない。それなのに、真宙さんはきょとんとした顔で訊き返すのだ。
「俺の誕生日? 十二月一日だけど」
「違いますって。ねぇ、ふざけてないで。僕は話したんですから、真宙さんも話してください」
十二月一日。真宙さんは冬生まれなのか――と、僕は彼の誕生日を頭の片隅にメモをしながら、気を逸らせて詰め寄った。だが、次の瞬間。真宙さんは僕の手を取り、ぎゅっと握る。それから、ほんの数秒間、僕を見つめたあと、柔らかく微笑んで言った。
「わかってるって。ちゃんと話すよ。幸い、君はもう子どもじゃないみたいだしね」
「え?」
「いやぁ、ラッキーだったなぁ。あと一年出会うのが早かったら、俺はずいぶん君を待たなきゃいけなかった」
「どういうこと? なにを言ってるんですか?」
首を傾げて、僕は訊ねる。すると、真宙さんはなにがおかしいのか、くすくす笑って、僕の手をそっと握り直した。
真宙さんが言った。僕は声を出さずに頷き、じっと手元の花火の先端、ちりちりと丸まっていく火の玉を見つめる。だが、ちょうどその時。少し強い風が吹いた。
「あ……っ」
一瞬にして、二つの火が地面に落ちて消える。まるで、ふたつのランプが同時に消されたみたいだった。僕と真宙さんは顔を見合わせる。だが、同時に笑みを浮かべていた。
「残念。引き分けだね」
真宙さんがそう言って、ペットボトルに刺さった花火のゴミをビニール袋へ放り込むと、そこへ火が消えた花火のゴミをそこへ差し入れる。僕も同じように、そこへ火が消えた花火を入れた。一本目は風が吹いたせいで引き分けになってしまったが、線香花火はまだ残っている。
「もう一回、勝負しますか?」
「いや、気が変わった。ねえ、僕が葵くんにどんな期待をしているのか話すから、葵くんがどうして俺の初恋を気にするのか教えてくれない?」
真宙さんがそう言うので、僕の心臓は再びドキドキしはじめたが、静かに頷いた。どこまで延ばしたって、どのみちこの気持ちを隠してなどおけない。僕はそんなに器用じゃないし、恋愛だって慣れていないのだから。
僕はゴミを入れたペットボトルを持ち、ベンチへ座った。真宙さんもその隣へ座る。すると、余計に胸の鼓動がうるさくなる。僕は自分の左胸をそっと押さえた。それから、深呼吸を何度かくり返した。
「緊張してる?」
「……そりゃあ、してますよ」
「そっか、よかった。俺もね、今すっごいドキドキしてる」
真宙さんが照れくさそうに笑う。その笑顔がいつもよりも少し可愛らしく見えたような気がして、僕も釣られて頬を緩めた。余裕たっぷりの、いつもの彼の笑顔とは少し違った雰囲気だが、はじめて見る表情に、僕の胸がきゅっと縮まったように苦しくなる。たまらなくこの人が好きだと思った。それから、もっと彼を知りたいと思った。
「あの、真宙さん」
「うん?」
「僕……、真宙さんのこと、好きになっちゃったみたいなんです」
自分で思っていたよりも、すごくあっさり告白してしまって、僕は少し拍子抜けしていた。僕がこの数日、悶々としながら抱えていた感情は、こんなにも簡単に言葉にできてしまうものだったのか――と。でも、それは真宙さんも同じだったかもしれない。真宙さんは目を丸くして、何度か瞬きをしてから、くくっと笑みをこぼした。僕は慌てて言い直す。
「あの……、好きって言っても、恋愛のほうの好きだと思います……。僕は今まで、あんまりこういうことなかったんですけど……」
あんまりどころではなく、まったくなかったし、相手が同性だということにも驚いている。けれど、思い違いではない。近頃、真宙さんと一緒にいると、僕はいつだってドキドキしているし、触ってもらえると嬉しい。間接キスで心臓は爆発しそうになる。それから、真宙さんの初恋相手である、いちご農家のオーナーさんにはヤキモチを焼いているし、その人に奥さんがいて、本当によかったとも思っている。
「正直な話、自分でもけっこう戸惑ってて……。だけど、なんか気のせいじゃなさそうなんです……」
僕がもう一度言うと、真宙さんはまた少し笑みをこぼし、頬を掻きながら言った。
「ありがとう。嬉しいな」
「本当に……?」
「うん。だって葵くん、可愛いもん。好きになってくれて、俺、すっごく嬉しい」
真宙さんは本当に嬉しそうに笑った。思っていた通りだ。真宙さんは僕の気持ちも告白も、なにひとつ否定しないでくれた。この人は本当に優しい。応えられるわけではなくても、僕を傷つけないように、気持ちを受け止めようとしてくれている。
「葵くんは、いつが誕生日?」
「誕生日? ……五月五日ですけど」
「へえ、すごいね。ゾロ目なんだ」
「べつに……、数字が揃ってるってだけです。これといって役立つことはないですよ」
そう言うと、真宙さんはまた少し笑う。それから「覚えやすいってことだけは得じゃん」と言って、また笑った。僕は彼の横顔を眺めながら、あいかわらず胸を高鳴らせ、だが、少し落胆する。
僕が告白をしたら、真宙さんはちょうどこんなふうに優しく笑って聞いてくれて、「嬉しい」と言いながら、きっと僕を傷つけないように、うまくはぐらかしてくれるのだろうと思っていた。思った通りの展開なのだが、ほんのわずか、両想いになれる可能性もあるかもしれない――と、奇跡を期待する気持ちもなかったわけではない。だが、やっぱりそう簡単に奇跡は起こらないようだ。
「そんなことより、真宙さんは?」
僕は気を取り直して訊ねる。僕の方は話したのだから、次は真宙さんの番だ。――とはいえ、彼が期待していたのは、おそらく単純に僕からの好意だろうと、すでに予想はついているわけだが、ちゃんと話してくれなければ、フェアじゃない。それなのに、真宙さんはきょとんとした顔で訊き返すのだ。
「俺の誕生日? 十二月一日だけど」
「違いますって。ねぇ、ふざけてないで。僕は話したんですから、真宙さんも話してください」
十二月一日。真宙さんは冬生まれなのか――と、僕は彼の誕生日を頭の片隅にメモをしながら、気を逸らせて詰め寄った。だが、次の瞬間。真宙さんは僕の手を取り、ぎゅっと握る。それから、ほんの数秒間、僕を見つめたあと、柔らかく微笑んで言った。
「わかってるって。ちゃんと話すよ。幸い、君はもう子どもじゃないみたいだしね」
「え?」
「いやぁ、ラッキーだったなぁ。あと一年出会うのが早かったら、俺はずいぶん君を待たなきゃいけなかった」
「どういうこと? なにを言ってるんですか?」
首を傾げて、僕は訊ねる。すると、真宙さんはなにがおかしいのか、くすくす笑って、僕の手をそっと握り直した。
