思いがけないファーストキスに、心臓が爆発しそうなほど高鳴る。頬が熱くて、体のあちこちからぶわっと汗が滲んでくる。間接キスではあっても、キスはキスだ。僕は好きな人とキスをしてしまったこの唇を、いったいどうしたものかと頭を巡らせた。そうして、真宙さんに気付かれないように、そうっと唇を内側に折り込んで隠した。
「ここに水を入れればさ、バケツ代わりになるでしょ」
「そうですね……」
「俺って冴えてるよなぁ。天才かも」
真宙さんは嬉しそうに冗談めかして言って、公園の水場へ駆けていき、カラになったペットボトルに水を半分くらい入れて戻ってきた。それを地面の上に置き、花火セットの封を開ける。
「どれからやる?」
「ど、どれでも……」
「はい、だめー! どれでもはなし」
「え……」
「はい、葵くんが先に選んで」
真宙さんはそう言って、僕に花火セットを差し出した。僕は言われるまま、たくさんある花火の中から、適当に一本を取り出す。すると、真宙さんもその中から花火を取り出して、満足げに笑みを浮かべた。
「それじゃ、花火大会はじめ!」
真宙さんが宣言して、真宙さんの思いつきで花火大会が始まる。真宙さんは最初に僕の手持ち花火に火をつけてくれた。
「あっ、ついた」
「ついたね、キレイだなぁ」
手持ち花火は、先端から緑色の火花を噴き出して、やがてピンク色に変わり、最後は赤く燃えて消えていく。その様があまりに綺麗で、僕はそこから夢中になってしまった。
「もう一本やっていいですか」
「おっ、いいねぇ。ノってきたねぇ」
僕が自分で花火を取り出すと、真宙さんは手に持った花火を後回しにして、僕の花火にライターで火をつけてくれる。二本目の花火はオレンジ色の火花が噴き出し、一本目のそれよりも少し長めだった。三本目は一本目と同じ花火で、四本目は赤い色の火花が噴出した。どれもすごく綺麗だ。
「キレイ……」
「だねぇ。花火なんか、久しぶりにやったなぁ」
「僕もです」
そうして、しばらくふたりで花火を楽しんでいたが、真宙さんは最後にひときわ細い花火の束を取り出して言う。
「残りはこれだけだね」
「線香花火ですか」
「うん。勝負しようよ」
「いいですよ」
僕は久しぶりに遊んだ手持ち花火が楽しくて、真宙さんに好意を気付かれているかもしれないとか、彼が僕になにかを期待しているとか、そういうことをだんだんと忘れかけていた。だが――。
「葵くん、提案なんだけどさ」
「提案?」
「俺が勝ったら、夕方の話の続きをしない?」
「え……」
「葵くん、さっきなんか言いかけて終わっちゃったじゃん」
真宙さんは忘れてなどいなかった。もしかしたら、ずっとそれを考えていたのかもしれない。真宙さんが僕を夜の散歩に誘った理由は、夕方の話の続きが気になっていたからに違いないが、花火をやろうと思いついたのは、夕方からなんとなく続いていた緊張感を和らげるためだったのかもしれない。もちろん、僕だって花火をするまでは覚えていたが、真宙さんの誘いに乗り、思惑通りに夢中で遊んでしまったおかげで、すっかり抜け落ちてしまっていた。
「あの続き、知りたいから教えてほしいな」
真宙さんに言われて、僕はドキドキしながらも頷く。たぶん、真宙さんにこのまま気持ちを隠しておくことは難しいだろう。真宙さんに誤魔化されても、僕は彼を誤魔化せない。彼のほうが一枚も二枚も上手だ。ただ、僕だって真宙さんに教えてほしいことがある。
「わかりました。けど、もし僕が勝ったら……、真宙さんが、僕にどんな期待をしているのか、知りたいです」
そう答えると、真宙さんはふふっと笑って頷いた。
「言うようになったねぇ。いいよ、受けて立つ。勝負だ、葵くん」
真宙さんはそう言うと、丁寧に線香花火の束をばらばらにして、すうっとそのうちの一本を抜き、僕に渡してくれた。僕と真宙さんはその場にしゃがみ込み、体勢を整え、線香花火を持つ。火をつけてくれるのは、変わらず真宙さんだ。ただ、彼の優しさか偶然か。真宙さんはそれまでとは違い、先に自分の花火に火をつけ、そのあとに僕の花火に火をつけてくれた。
「先に落っこちたほうが負けだよ」
「はい」
これは、年上ゆえのハンデみたいなものだろうか。火をつけられた線香花火は、僕らの顔をぼんやりと照らしながら、地に垂れた先端で、オレンジ色の火の玉を少しずつ膨らませていく。火をつけた順番が僕の方が少し後だったので、わずかに僕の方が遅れている気がするが、やがてまん丸の玉になると、その差はあまり感じなくなった。
僕らはなにも話さなかった。息を殺して、じっと火の玉を見つめ、手指の先に集中を研ぎ澄ませ、意思を持たないそれに念を送っていた。――とはいえ、僕は勝っても負けてもいいと思っていた。僕が勝ったら、真宙さんの気持ちがわかる。彼の期待が、僕の思うそれと同じかどうかもわかる。そして、僕はおそらく失恋する。
負けたところで、同じだ。僕は真宙さんへの気持ちを告白して、いちご農家の人にヤキモチを焼いていたことを明かす。そうすれば、きっと真宙さんは僕を傷つけないように、とても上手に、優しく僕を振るはずだ。「嬉しい」とか「ありがとう」とか、そういう言葉と一緒に、僕の気持ちをそっと返すように断るのだろう。そんな展開が目に浮かぶようだった。
だが、せっかくなら真宙さんに勝って、ついでに彼の気持ちを聞いてみたい。今の僕に見込みはなくても、この先に可能性はあるのかどうか。好きな人はいるのか。好みはどんなタイプか。勝利をいいことに、洗いざらい聞いてみてもいいかもしれない。
やがて線香花火は、ぱんぱんに先端を膨らませたあと、パチパチパチ……と遠慮がちに音を立てながら、可愛らしい火花を散らし始める。火花は弾け飛ぶようにだんだんと広がって、あいかわらず可愛らしく燃え続けた。だが、ほどなくすると、火花の音は徐々に大人しくなっていく。
「ここに水を入れればさ、バケツ代わりになるでしょ」
「そうですね……」
「俺って冴えてるよなぁ。天才かも」
真宙さんは嬉しそうに冗談めかして言って、公園の水場へ駆けていき、カラになったペットボトルに水を半分くらい入れて戻ってきた。それを地面の上に置き、花火セットの封を開ける。
「どれからやる?」
「ど、どれでも……」
「はい、だめー! どれでもはなし」
「え……」
「はい、葵くんが先に選んで」
真宙さんはそう言って、僕に花火セットを差し出した。僕は言われるまま、たくさんある花火の中から、適当に一本を取り出す。すると、真宙さんもその中から花火を取り出して、満足げに笑みを浮かべた。
「それじゃ、花火大会はじめ!」
真宙さんが宣言して、真宙さんの思いつきで花火大会が始まる。真宙さんは最初に僕の手持ち花火に火をつけてくれた。
「あっ、ついた」
「ついたね、キレイだなぁ」
手持ち花火は、先端から緑色の火花を噴き出して、やがてピンク色に変わり、最後は赤く燃えて消えていく。その様があまりに綺麗で、僕はそこから夢中になってしまった。
「もう一本やっていいですか」
「おっ、いいねぇ。ノってきたねぇ」
僕が自分で花火を取り出すと、真宙さんは手に持った花火を後回しにして、僕の花火にライターで火をつけてくれる。二本目の花火はオレンジ色の火花が噴き出し、一本目のそれよりも少し長めだった。三本目は一本目と同じ花火で、四本目は赤い色の火花が噴出した。どれもすごく綺麗だ。
「キレイ……」
「だねぇ。花火なんか、久しぶりにやったなぁ」
「僕もです」
そうして、しばらくふたりで花火を楽しんでいたが、真宙さんは最後にひときわ細い花火の束を取り出して言う。
「残りはこれだけだね」
「線香花火ですか」
「うん。勝負しようよ」
「いいですよ」
僕は久しぶりに遊んだ手持ち花火が楽しくて、真宙さんに好意を気付かれているかもしれないとか、彼が僕になにかを期待しているとか、そういうことをだんだんと忘れかけていた。だが――。
「葵くん、提案なんだけどさ」
「提案?」
「俺が勝ったら、夕方の話の続きをしない?」
「え……」
「葵くん、さっきなんか言いかけて終わっちゃったじゃん」
真宙さんは忘れてなどいなかった。もしかしたら、ずっとそれを考えていたのかもしれない。真宙さんが僕を夜の散歩に誘った理由は、夕方の話の続きが気になっていたからに違いないが、花火をやろうと思いついたのは、夕方からなんとなく続いていた緊張感を和らげるためだったのかもしれない。もちろん、僕だって花火をするまでは覚えていたが、真宙さんの誘いに乗り、思惑通りに夢中で遊んでしまったおかげで、すっかり抜け落ちてしまっていた。
「あの続き、知りたいから教えてほしいな」
真宙さんに言われて、僕はドキドキしながらも頷く。たぶん、真宙さんにこのまま気持ちを隠しておくことは難しいだろう。真宙さんに誤魔化されても、僕は彼を誤魔化せない。彼のほうが一枚も二枚も上手だ。ただ、僕だって真宙さんに教えてほしいことがある。
「わかりました。けど、もし僕が勝ったら……、真宙さんが、僕にどんな期待をしているのか、知りたいです」
そう答えると、真宙さんはふふっと笑って頷いた。
「言うようになったねぇ。いいよ、受けて立つ。勝負だ、葵くん」
真宙さんはそう言うと、丁寧に線香花火の束をばらばらにして、すうっとそのうちの一本を抜き、僕に渡してくれた。僕と真宙さんはその場にしゃがみ込み、体勢を整え、線香花火を持つ。火をつけてくれるのは、変わらず真宙さんだ。ただ、彼の優しさか偶然か。真宙さんはそれまでとは違い、先に自分の花火に火をつけ、そのあとに僕の花火に火をつけてくれた。
「先に落っこちたほうが負けだよ」
「はい」
これは、年上ゆえのハンデみたいなものだろうか。火をつけられた線香花火は、僕らの顔をぼんやりと照らしながら、地に垂れた先端で、オレンジ色の火の玉を少しずつ膨らませていく。火をつけた順番が僕の方が少し後だったので、わずかに僕の方が遅れている気がするが、やがてまん丸の玉になると、その差はあまり感じなくなった。
僕らはなにも話さなかった。息を殺して、じっと火の玉を見つめ、手指の先に集中を研ぎ澄ませ、意思を持たないそれに念を送っていた。――とはいえ、僕は勝っても負けてもいいと思っていた。僕が勝ったら、真宙さんの気持ちがわかる。彼の期待が、僕の思うそれと同じかどうかもわかる。そして、僕はおそらく失恋する。
負けたところで、同じだ。僕は真宙さんへの気持ちを告白して、いちご農家の人にヤキモチを焼いていたことを明かす。そうすれば、きっと真宙さんは僕を傷つけないように、とても上手に、優しく僕を振るはずだ。「嬉しい」とか「ありがとう」とか、そういう言葉と一緒に、僕の気持ちをそっと返すように断るのだろう。そんな展開が目に浮かぶようだった。
だが、せっかくなら真宙さんに勝って、ついでに彼の気持ちを聞いてみたい。今の僕に見込みはなくても、この先に可能性はあるのかどうか。好きな人はいるのか。好みはどんなタイプか。勝利をいいことに、洗いざらい聞いてみてもいいかもしれない。
やがて線香花火は、ぱんぱんに先端を膨らませたあと、パチパチパチ……と遠慮がちに音を立てながら、可愛らしい火花を散らし始める。火花は弾け飛ぶようにだんだんと広がって、あいかわらず可愛らしく燃え続けた。だが、ほどなくすると、火花の音は徐々に大人しくなっていく。
