「そ、そんなこと……」
「かっこよかったって。竜三さんだって、きっと同じこと思ったはずだよ」
「まさか。じいちゃんは……、たぶんブチ切れてると思います……」
僕は深いため息を吐く。本音を話せたことはよかったが、本当はもっと冷静に話したかった。けれど、長年本音を溜め込んでいた反動だろうか。感情的になった祖父に釣られてしまったのもあって、つい、僕まで感情的になって、涙までこぼれてしまった。だが、母は言う。
「おじいちゃん、おへそ曲げちゃったのはあるけど、ちょっと嬉しかったかもよ」
「え、なんで?」
「だって、さっき笑ってたような気がしたもの」
「うそだ」
僕は驚いてかぶりを振る。あの状況で、祖父が笑みを浮かべて出ていったなんて信じられない。言うことを聞かない孫の反抗に、怒り心頭で出ていったようにしか僕には思えなかったが、どうやら本当に母にはそう見えたようだった。
「嘘なんか言うもんですか。それよりね、葵。あれだけおじいちゃんに豪語したんだから、責任もって頑張りなさい。くれぐれも浪人なんかしないように!」
「わかってるよ……」
「大丈夫です、裕子さん。俺がしっかり葵くんのこと支えますから」
真宙さんがそう言って、僕の肩を抱き、距離が一気に近くなる。僕は思わぬスキンシップにドキッとして、照れくさいのを誤魔化そうと、慌てて食事に戻った。真宙さんの申し出に、母は声を高くして喜んでいる。
「あらぁ、真宙くんがいてくれるなら頼もしいわぁ。ねぇ、お父さん」
「それはそうだけど……。ふたりとも、本気で農業なんかやりたいのかよ?」
父はいつの間にかビールが進んでいたらしく、ほんのり赤い顔をして訊いた。とても信じられない、と言わんばかりだ。だが、それは僕らには愚問だった。
「はい!」
「うん!」
僕と真宙さんの声が思いがけず揃った。僕らは互いに目を見合わせ、笑みをこぼす。祖父のことは少し気がかりだったが、ヒデさんが一緒ならきっと大丈夫だろう。それに、祖父の気持ちが少しだけわかった今は、無理に言葉を交わさなくても、なんとなく安心している。ただ、僕はもっと強くならなければいけなかった。祖父に心配されなくても、祖父や父以上に、花の業界で、花農家の一員として活躍し、心配されなくてもいいくらいには立派にならないといけない。
「それにしても……、真宙くんがうちに来てくれてほんとによかった。うちのぶーたれ葵が、よく笑うようになったものね」
「……ゴフッ」
なにも知らない母の言葉は僕からすれば、少し照れくさくて、僕は動揺して咳き込んでしまった。だが、自覚はある。僕は真宙さんと知り合ってから、ずいぶん変わった。いつも本音を隠していたせいで、いつの間にか自分を見失い、特に祖父に対しては衝突するのを面倒がって、向き合うことをずっと避けていた。けれど、僕は今日、はじめて自分の意思を伝えられた。それもはっきりと。これは僕にとって大きな変化だった。それから、変わったことはもうひとつある。僕には生まれてはじめて、好きな人ができた。
「真宙さん」
「うん?」
「ありがとう……」
「俺はなにもしてないよ。頑張ったのは、葵くんだ」
「うん。でも、ありがとう……」
これまで敬遠していた祖父に本音を言えたのは、真宙さんがそばにいてくれたからだ。隣にいる彼が、味方でいてくれるとわかったから。だから僕は、ぶつかってみようと思えた。祖父に理解してもらえるまで、向き合うことから逃げずに、何度でもぶつかって、夢を追う。その覚悟ができた。もしかしたら、真宙さんの存在があって、僕は少しだけ強くなれたのかもしれない。
「……真宙さんのおかげです」
僕の初恋の人は、僕よりもちょっと大人で、いつも僕の少し先を歩いている。彼は三つ歳上で優しくて、穏やかで陽気で、それから芯が強くて、その上、誰とでも仲良くなれる、垣根のない男の人だ。内気でネガティブで、子どもっぽい僕とは正反対で、とても釣り合わない人。けれど、僕はもっと彼と仲良くなりたかった。彼をもっと知って、彼にも好きになってほしくなった。
「かっこよかったって。竜三さんだって、きっと同じこと思ったはずだよ」
「まさか。じいちゃんは……、たぶんブチ切れてると思います……」
僕は深いため息を吐く。本音を話せたことはよかったが、本当はもっと冷静に話したかった。けれど、長年本音を溜め込んでいた反動だろうか。感情的になった祖父に釣られてしまったのもあって、つい、僕まで感情的になって、涙までこぼれてしまった。だが、母は言う。
「おじいちゃん、おへそ曲げちゃったのはあるけど、ちょっと嬉しかったかもよ」
「え、なんで?」
「だって、さっき笑ってたような気がしたもの」
「うそだ」
僕は驚いてかぶりを振る。あの状況で、祖父が笑みを浮かべて出ていったなんて信じられない。言うことを聞かない孫の反抗に、怒り心頭で出ていったようにしか僕には思えなかったが、どうやら本当に母にはそう見えたようだった。
「嘘なんか言うもんですか。それよりね、葵。あれだけおじいちゃんに豪語したんだから、責任もって頑張りなさい。くれぐれも浪人なんかしないように!」
「わかってるよ……」
「大丈夫です、裕子さん。俺がしっかり葵くんのこと支えますから」
真宙さんがそう言って、僕の肩を抱き、距離が一気に近くなる。僕は思わぬスキンシップにドキッとして、照れくさいのを誤魔化そうと、慌てて食事に戻った。真宙さんの申し出に、母は声を高くして喜んでいる。
「あらぁ、真宙くんがいてくれるなら頼もしいわぁ。ねぇ、お父さん」
「それはそうだけど……。ふたりとも、本気で農業なんかやりたいのかよ?」
父はいつの間にかビールが進んでいたらしく、ほんのり赤い顔をして訊いた。とても信じられない、と言わんばかりだ。だが、それは僕らには愚問だった。
「はい!」
「うん!」
僕と真宙さんの声が思いがけず揃った。僕らは互いに目を見合わせ、笑みをこぼす。祖父のことは少し気がかりだったが、ヒデさんが一緒ならきっと大丈夫だろう。それに、祖父の気持ちが少しだけわかった今は、無理に言葉を交わさなくても、なんとなく安心している。ただ、僕はもっと強くならなければいけなかった。祖父に心配されなくても、祖父や父以上に、花の業界で、花農家の一員として活躍し、心配されなくてもいいくらいには立派にならないといけない。
「それにしても……、真宙くんがうちに来てくれてほんとによかった。うちのぶーたれ葵が、よく笑うようになったものね」
「……ゴフッ」
なにも知らない母の言葉は僕からすれば、少し照れくさくて、僕は動揺して咳き込んでしまった。だが、自覚はある。僕は真宙さんと知り合ってから、ずいぶん変わった。いつも本音を隠していたせいで、いつの間にか自分を見失い、特に祖父に対しては衝突するのを面倒がって、向き合うことをずっと避けていた。けれど、僕は今日、はじめて自分の意思を伝えられた。それもはっきりと。これは僕にとって大きな変化だった。それから、変わったことはもうひとつある。僕には生まれてはじめて、好きな人ができた。
「真宙さん」
「うん?」
「ありがとう……」
「俺はなにもしてないよ。頑張ったのは、葵くんだ」
「うん。でも、ありがとう……」
これまで敬遠していた祖父に本音を言えたのは、真宙さんがそばにいてくれたからだ。隣にいる彼が、味方でいてくれるとわかったから。だから僕は、ぶつかってみようと思えた。祖父に理解してもらえるまで、向き合うことから逃げずに、何度でもぶつかって、夢を追う。その覚悟ができた。もしかしたら、真宙さんの存在があって、僕は少しだけ強くなれたのかもしれない。
「……真宙さんのおかげです」
僕の初恋の人は、僕よりもちょっと大人で、いつも僕の少し先を歩いている。彼は三つ歳上で優しくて、穏やかで陽気で、それから芯が強くて、その上、誰とでも仲良くなれる、垣根のない男の人だ。内気でネガティブで、子どもっぽい僕とは正反対で、とても釣り合わない人。けれど、僕はもっと彼と仲良くなりたかった。彼をもっと知って、彼にも好きになってほしくなった。
