だが、もうこれ以上、こんな気持ちでいたくなかった。僕は真宙さんのように、自分の夢を貫いて、好きな人と一緒に、好きな仕事をして生きていきたい。自由に好きなように、自分が決めた道を歩きたいのだ。
そう思った時。やはり僕の脳裏には、真宙さんの顔が当然のように思い浮かんだ。目線は自然と、お隣の骨董屋「カザミ」の二階の窓へ向く。その窓は、真宙さんの部屋の窓だ。以前、僕はこうして窓の外を眺めていたとき、彼に声をかけられたことがあった。ほんの二週間ほど前のことだ。それを思い出し、僕の頬は緩んだ。
「会いたいな……」
静かなため息と一緒に、思いがこぼれていく。同時に胸の奥がキュッと苦しくなって、僕は自分の感情がおかしなことになっていることに気付かされる。
「あれ……」
おかしい。真宙さんのことは好きだし、彼と一緒にいると楽しいのも、なんだかホッとする。けれど、それは変なことじゃない。真宙さんが家族に反対されてもなお、自分の信じた道を突き進んでいることに、尊敬も憧れも抱いている。これも変じゃない。ただし――。
会いたくて……、真宙さんを思い出して、胸の奥がキュッて苦しくなるのは、ちょっと変かもしれない。だって……。
真宙さんは男の人だ。そう思った時だった。不意に、骨董屋「カザミ」の前に一台のミニバン車が停まり、助手席から誰かが降りてくる。真宙さんだった。
「あ……」
「ありがとうございました。じゃあ、また」
真宙さんがそう言って、丁寧に頭を下げる。すると、運転席で誰かが手を振ったのがちらりと見えた。きっと真宙さんの好きな人だ。いちご農家のオーナーで、奥さんがいる、男の人。
車はすぐに走り去っていくが、真宙さんはしばらくそのまま、去っていく車を見送っていたようだ。そんな彼の姿が、なんだか途方もなく切なげで、寂しそうに見えて、僕は胸の奥にチクリとした痛みを感じた。すぐに痛んだそこを拳でトントン、と叩く。それから、真宙さんに気付かれないように、そっと窓を閉めた。僕の心は絶望感で真っ暗だった。
「あぁ、もう……。なにやってるんだろ、僕……」
ベッドの上で頭を抱え、自分を責める。やっぱり真宙さんは、今も初恋の人を好いているのだ。そうでなければ、あんなに切なげに車を見送るはずがない。あるいは今日、彼は忘れていた初恋を思い出して、再び恋に落ちたのかもしれない。昼前に出ていったのに、こんな八時過ぎになるまで一緒にいたのだから、今日は相当楽しかったのだろう。それを想像した僕の胸は、やっぱりチクチクと痛くなる。
「ムカつく……」
苛立ちと焦り。言いようのない高揚感と激しい嫉妬心。他人に対して、こんなにたくさんの感情を一度に抱いたのは生まれて初めてだ。けれど、どうしてか、不思議なほどわかる。僕は真宙さんを好きになってしまったのかもしれない。好きになったところで、先も希望もない、成就する見込みもない人なのに、人生ではじめて恋愛感情を抱いているのかもしれない。
「バカじゃないか、ほんとに……」
相手は男の人だ。彼もまた同性愛者ではあるものの、僕なんか眼中にもない。彼は僕よりももっと大人で、カッコよくて、尊敬している男に恋をしているからだ。そもそも、僕も僕だ。同性に恋心を抱くなんて、まったくどうかしている。これが恋だとしたら、僕にとっては人生で初めての恋だというのに。
真宙さんは男の人……。男の人に恋するのなんか、おかしいってわかってる。だけど……。
今まで恋愛になんか興味すらなかったし、同性を恋愛対象で見たことも、一度もなかった。しかし、気付いてしまった以上、なかったことにはできない。どうやら僕は、どこまでも不器用で要領の悪い道を、知らずうちに選択してしまう運命のようだった。そうは言っても奇妙なもので、叶うはずもないと知りながら、初恋に気付いた今、心臓はトクトクトク……と、高鳴っている。まるで、真宙さんに恋をしたことを、喜んでいるみたいだ。
「はぁ……」
途方に暮れ、ため息ばかりが出ていく。けれど、僕はそのため息を吐くたび、感じていた。真宙さんへの気持ちが自分の心の中で、どんどんはっきりしてくること。それから、重いが強くなることも。
その日から、僕は進路の悩みに加えて、恋の悩みまで抱えることになり、暇さえあれば悶々とするようになった。真宙さんとの朝のリバーコーミングは、その翌日から行かなくなり、朝ごはんもひとりで、家で食べるようにした。そうして、彼と会うのを極力避けた。
どうしても恥ずかしかったのだ。真宙さんに会うとき、僕はもう以前のように、純粋な気持ちだけではいられない。尊敬や憧れのような、純粋な感情の枠を大きく超えた、もっと重くて、人前にはとても出せないような強い欲望を持っている。そんなものを抱きながら、ひた隠しにして、これまで通りの自分のフリをして会うなんて、そんな芸当はできる気がしない。だが、理由も告げずに、突然避けるようになった僕を、真宙さんが心配しないはずはなく、それから一週間ほどして、真宙さんは僕の部屋を訪ねてきた。
そう思った時。やはり僕の脳裏には、真宙さんの顔が当然のように思い浮かんだ。目線は自然と、お隣の骨董屋「カザミ」の二階の窓へ向く。その窓は、真宙さんの部屋の窓だ。以前、僕はこうして窓の外を眺めていたとき、彼に声をかけられたことがあった。ほんの二週間ほど前のことだ。それを思い出し、僕の頬は緩んだ。
「会いたいな……」
静かなため息と一緒に、思いがこぼれていく。同時に胸の奥がキュッと苦しくなって、僕は自分の感情がおかしなことになっていることに気付かされる。
「あれ……」
おかしい。真宙さんのことは好きだし、彼と一緒にいると楽しいのも、なんだかホッとする。けれど、それは変なことじゃない。真宙さんが家族に反対されてもなお、自分の信じた道を突き進んでいることに、尊敬も憧れも抱いている。これも変じゃない。ただし――。
会いたくて……、真宙さんを思い出して、胸の奥がキュッて苦しくなるのは、ちょっと変かもしれない。だって……。
真宙さんは男の人だ。そう思った時だった。不意に、骨董屋「カザミ」の前に一台のミニバン車が停まり、助手席から誰かが降りてくる。真宙さんだった。
「あ……」
「ありがとうございました。じゃあ、また」
真宙さんがそう言って、丁寧に頭を下げる。すると、運転席で誰かが手を振ったのがちらりと見えた。きっと真宙さんの好きな人だ。いちご農家のオーナーで、奥さんがいる、男の人。
車はすぐに走り去っていくが、真宙さんはしばらくそのまま、去っていく車を見送っていたようだ。そんな彼の姿が、なんだか途方もなく切なげで、寂しそうに見えて、僕は胸の奥にチクリとした痛みを感じた。すぐに痛んだそこを拳でトントン、と叩く。それから、真宙さんに気付かれないように、そっと窓を閉めた。僕の心は絶望感で真っ暗だった。
「あぁ、もう……。なにやってるんだろ、僕……」
ベッドの上で頭を抱え、自分を責める。やっぱり真宙さんは、今も初恋の人を好いているのだ。そうでなければ、あんなに切なげに車を見送るはずがない。あるいは今日、彼は忘れていた初恋を思い出して、再び恋に落ちたのかもしれない。昼前に出ていったのに、こんな八時過ぎになるまで一緒にいたのだから、今日は相当楽しかったのだろう。それを想像した僕の胸は、やっぱりチクチクと痛くなる。
「ムカつく……」
苛立ちと焦り。言いようのない高揚感と激しい嫉妬心。他人に対して、こんなにたくさんの感情を一度に抱いたのは生まれて初めてだ。けれど、どうしてか、不思議なほどわかる。僕は真宙さんを好きになってしまったのかもしれない。好きになったところで、先も希望もない、成就する見込みもない人なのに、人生ではじめて恋愛感情を抱いているのかもしれない。
「バカじゃないか、ほんとに……」
相手は男の人だ。彼もまた同性愛者ではあるものの、僕なんか眼中にもない。彼は僕よりももっと大人で、カッコよくて、尊敬している男に恋をしているからだ。そもそも、僕も僕だ。同性に恋心を抱くなんて、まったくどうかしている。これが恋だとしたら、僕にとっては人生で初めての恋だというのに。
真宙さんは男の人……。男の人に恋するのなんか、おかしいってわかってる。だけど……。
今まで恋愛になんか興味すらなかったし、同性を恋愛対象で見たことも、一度もなかった。しかし、気付いてしまった以上、なかったことにはできない。どうやら僕は、どこまでも不器用で要領の悪い道を、知らずうちに選択してしまう運命のようだった。そうは言っても奇妙なもので、叶うはずもないと知りながら、初恋に気付いた今、心臓はトクトクトク……と、高鳴っている。まるで、真宙さんに恋をしたことを、喜んでいるみたいだ。
「はぁ……」
途方に暮れ、ため息ばかりが出ていく。けれど、僕はそのため息を吐くたび、感じていた。真宙さんへの気持ちが自分の心の中で、どんどんはっきりしてくること。それから、重いが強くなることも。
その日から、僕は進路の悩みに加えて、恋の悩みまで抱えることになり、暇さえあれば悶々とするようになった。真宙さんとの朝のリバーコーミングは、その翌日から行かなくなり、朝ごはんもひとりで、家で食べるようにした。そうして、彼と会うのを極力避けた。
どうしても恥ずかしかったのだ。真宙さんに会うとき、僕はもう以前のように、純粋な気持ちだけではいられない。尊敬や憧れのような、純粋な感情の枠を大きく超えた、もっと重くて、人前にはとても出せないような強い欲望を持っている。そんなものを抱きながら、ひた隠しにして、これまで通りの自分のフリをして会うなんて、そんな芸当はできる気がしない。だが、理由も告げずに、突然避けるようになった僕を、真宙さんが心配しないはずはなく、それから一週間ほどして、真宙さんは僕の部屋を訪ねてきた。
