その日、僕ははじめてリバーコーミングをしたあと、昨日と同じように、骨董品屋「カザミ」にお邪魔して、真宙さんの部屋で朝ごはんをごちそうになった。今日の朝ごはんは、白飯、豆腐とオクラの味噌汁、生姜の佃煮。それから、ししゃもを焼いたのと、きゅうりの浅漬けもついていた。
「昨日とおんなじようなので悪いね」
「いや、豪勢ですよ。うちなんか、白飯と味噌汁と、あっても佃煮くらいで。魚なんか出てきませんから」
「葵くんちは、みんな仕事で忙しいから仕方ないって。さぁ、食べよう」
僕は「いただきます」と言って、真宙さんの作ってくれた朝ごはんをごちそうになった。昨日と同じく、部屋の中は冷房が効いていて涼しかったが、だんだんと腹がいっぱいになってくると、体が熱くなってくる。僕がTシャツの胸元を摘まんで扇いでいると、真宙さんは「生姜の佃煮の効果だね」と、得意げに話した。
「夏場に生姜なんかって思うかもしれないけど、実は冬場より、夏場のほうが体の中は冷えてるんだって。夏って冷たい飲み物とかアイスとか食べるから、内臓が冷えてるらしいよ」
「あぁ、よくテレビで言ってますよね、それ」
なんだか、年寄りが話すような会話だなぁと思いながら、僕は相槌代わりにそう返す。すると、真宙さんはへらっと笑った。
「なーんだ、ちょっと大人ぶろうと思ったのに。知ってたか」
「聞いたことある程度ですよ……。知ってるってほどでは……」
「じゃあ、これはどう? 今日の献立の中に、実は葵くんが隠れています。さぁ、どこでしょう?」
真宙さんは声を弾ませ、僕になぞなぞを出す。僕は食べ途中のおかずや味噌汁、きゅうりの浅漬けに目をやり、少し考えてから味噌汁を指差した。
「ここ。オクラでしょ」
「正解、その通り! さすがだなぁ。オクラがアオイ科って知ってた?」
「まぁ、はい……」
「そっかぁ。オクラの花ってさぁ、目立たないけどすっごい可愛いんだよねぇ。俺、好きなんだ」
食事中も、真宙さんが食後のコーヒーを持ってきてくれたときも、そんなふうに他愛ない会話が続いていた。時々、真宙さんは冗談を言って、自分でツッコんで笑ったりする。そんな彼を見ていると、なんだかこっちまで頬が緩んできて、なんとも言えない温かい気持ちになった。心地がよくて気楽で、実家にいるよりも、余程のんびりできる。そのせいで、僕は彼がバイトへ行く時間ギリギリまで、真宙さんの部屋でおしゃべりをしていた。
真宙さんはとっておきの宝物を僕に見せてくれて、その宝物の説明を僕に詳しく話してくれた。ウランガラスの光る瓶や、戦前の時代に流通していた、大学目薬の容器。その他の薬瓶や化粧瓶。ガラス製のベーゴマに、古いおはじき。通称「ペロペロ」と呼ばれる、駄菓子の小さな容器。
古いガラス製品は、現代のものとは違って、同じ規格のものでもどこかしらがいびつで、透明度も低く、くすみがあったり、小さな気泡がランダムに入っている。どれもが完璧ではないのに、それがとても魅力的だった。美しかった。そして中でも、ウランガラスの瓶の美しさは、やはり別格だった。
「すごい綺麗でしょ。でも、これみーんなゴミだったんだよ」
「へえ……」
ゴミと呼ばれるには、どれもあまりにふさわしくない。だが、真宙さんは言うのだ。
「こんな綺麗なものでも、土と水を汚す原因になるから、農家にとっては困りものなんだって。農作物は土と水が命! ――って、これね、うちのじいちゃんの口グセなんだ」
「土と水……」
「そう。実をいうと、リバーコーミングを最初にやってたのは、うちのじいちゃんなんだよ。だけど、もういい加減に年齢考えろって、ちょっと前から俺が代わりにやるようになってね」
「そうだったんですか……」
どっちが先だったんだろう、と僕は思う。ヒデさんは農家さんたちを思い、土と水を汚すゴミを拾っていて、その一部が骨董品だと気付いたのか。それとも、元々骨董品が好きで探していて、ついでにゴミを拾って、土と水をきれいにできたらいいと思ったのか。どちらでも同じことだが、ヒデさんは祖父と昔から仲がよかったから、祖父の話をたくさん聞いていただろうし、きっと前者だったんじゃないか、と僕は思わずにいられなかった。
「さぁ、もう行こう。バイトに遅れちゃう」
朝、八時前。僕は真宙さんに促されて、骨董屋「カザミ」を出た。真宙さんとの朝ごはんの時間が思いのほか楽しかったせいだろうか。僕はもう少しここにいて、彼と骨董品を見たり、おしゃべりをしていたい気持ちになったが、真宙さんはバイトの時間が迫っているようだったし、わがままは言えなかった。
しかし、本当に久しぶりだった。いや、はじめてだったかもしれない。誰かと話して、こんなにも心穏やかだったことも、過ぎていく時間が惜しかったことも、僕にはほとんどそんな経験はなかった。そのせいか、真宙さんとはまたすぐ会えるというのに、僕は少しの寂しさを感じていた。
「それじゃ、また明日……」
「うん、明日ね」
ところが、奇妙なことに骨董屋の前であいさつをしたのに、真宙さんは僕のあとからついてくる。僕は振り返って、眉をしかめた。
「……真宙さん?」
「なに?」
「なんで……、ついてくるんですか?」
「俺はバイトに行くだけだよ」
「ふざけないでください。もうさっさと行ったほうがいいんじゃ……」
「ふざけてなんかないって。ここが俺のバイト先だもん」
「え……? なに言って――」
訊き返そうとして、ハッと気付き、頭が真っ白になった。ここがバイト先だと真宙さんは言うが、何度見返しても、僕が立っているのは野々川家の門の前。僕の実家だ。そして、真宙さんは農大に通っている。将来は農業をやりたいと話していた。つまり――。
「真宙さんは、じゃあ……」
どうして、僕は気付かなかったのだろう。真宙さんのバイト先は、僕の実家だったのだ。
「昨日とおんなじようなので悪いね」
「いや、豪勢ですよ。うちなんか、白飯と味噌汁と、あっても佃煮くらいで。魚なんか出てきませんから」
「葵くんちは、みんな仕事で忙しいから仕方ないって。さぁ、食べよう」
僕は「いただきます」と言って、真宙さんの作ってくれた朝ごはんをごちそうになった。昨日と同じく、部屋の中は冷房が効いていて涼しかったが、だんだんと腹がいっぱいになってくると、体が熱くなってくる。僕がTシャツの胸元を摘まんで扇いでいると、真宙さんは「生姜の佃煮の効果だね」と、得意げに話した。
「夏場に生姜なんかって思うかもしれないけど、実は冬場より、夏場のほうが体の中は冷えてるんだって。夏って冷たい飲み物とかアイスとか食べるから、内臓が冷えてるらしいよ」
「あぁ、よくテレビで言ってますよね、それ」
なんだか、年寄りが話すような会話だなぁと思いながら、僕は相槌代わりにそう返す。すると、真宙さんはへらっと笑った。
「なーんだ、ちょっと大人ぶろうと思ったのに。知ってたか」
「聞いたことある程度ですよ……。知ってるってほどでは……」
「じゃあ、これはどう? 今日の献立の中に、実は葵くんが隠れています。さぁ、どこでしょう?」
真宙さんは声を弾ませ、僕になぞなぞを出す。僕は食べ途中のおかずや味噌汁、きゅうりの浅漬けに目をやり、少し考えてから味噌汁を指差した。
「ここ。オクラでしょ」
「正解、その通り! さすがだなぁ。オクラがアオイ科って知ってた?」
「まぁ、はい……」
「そっかぁ。オクラの花ってさぁ、目立たないけどすっごい可愛いんだよねぇ。俺、好きなんだ」
食事中も、真宙さんが食後のコーヒーを持ってきてくれたときも、そんなふうに他愛ない会話が続いていた。時々、真宙さんは冗談を言って、自分でツッコんで笑ったりする。そんな彼を見ていると、なんだかこっちまで頬が緩んできて、なんとも言えない温かい気持ちになった。心地がよくて気楽で、実家にいるよりも、余程のんびりできる。そのせいで、僕は彼がバイトへ行く時間ギリギリまで、真宙さんの部屋でおしゃべりをしていた。
真宙さんはとっておきの宝物を僕に見せてくれて、その宝物の説明を僕に詳しく話してくれた。ウランガラスの光る瓶や、戦前の時代に流通していた、大学目薬の容器。その他の薬瓶や化粧瓶。ガラス製のベーゴマに、古いおはじき。通称「ペロペロ」と呼ばれる、駄菓子の小さな容器。
古いガラス製品は、現代のものとは違って、同じ規格のものでもどこかしらがいびつで、透明度も低く、くすみがあったり、小さな気泡がランダムに入っている。どれもが完璧ではないのに、それがとても魅力的だった。美しかった。そして中でも、ウランガラスの瓶の美しさは、やはり別格だった。
「すごい綺麗でしょ。でも、これみーんなゴミだったんだよ」
「へえ……」
ゴミと呼ばれるには、どれもあまりにふさわしくない。だが、真宙さんは言うのだ。
「こんな綺麗なものでも、土と水を汚す原因になるから、農家にとっては困りものなんだって。農作物は土と水が命! ――って、これね、うちのじいちゃんの口グセなんだ」
「土と水……」
「そう。実をいうと、リバーコーミングを最初にやってたのは、うちのじいちゃんなんだよ。だけど、もういい加減に年齢考えろって、ちょっと前から俺が代わりにやるようになってね」
「そうだったんですか……」
どっちが先だったんだろう、と僕は思う。ヒデさんは農家さんたちを思い、土と水を汚すゴミを拾っていて、その一部が骨董品だと気付いたのか。それとも、元々骨董品が好きで探していて、ついでにゴミを拾って、土と水をきれいにできたらいいと思ったのか。どちらでも同じことだが、ヒデさんは祖父と昔から仲がよかったから、祖父の話をたくさん聞いていただろうし、きっと前者だったんじゃないか、と僕は思わずにいられなかった。
「さぁ、もう行こう。バイトに遅れちゃう」
朝、八時前。僕は真宙さんに促されて、骨董屋「カザミ」を出た。真宙さんとの朝ごはんの時間が思いのほか楽しかったせいだろうか。僕はもう少しここにいて、彼と骨董品を見たり、おしゃべりをしていたい気持ちになったが、真宙さんはバイトの時間が迫っているようだったし、わがままは言えなかった。
しかし、本当に久しぶりだった。いや、はじめてだったかもしれない。誰かと話して、こんなにも心穏やかだったことも、過ぎていく時間が惜しかったことも、僕にはほとんどそんな経験はなかった。そのせいか、真宙さんとはまたすぐ会えるというのに、僕は少しの寂しさを感じていた。
「それじゃ、また明日……」
「うん、明日ね」
ところが、奇妙なことに骨董屋の前であいさつをしたのに、真宙さんは僕のあとからついてくる。僕は振り返って、眉をしかめた。
「……真宙さん?」
「なに?」
「なんで……、ついてくるんですか?」
「俺はバイトに行くだけだよ」
「ふざけないでください。もうさっさと行ったほうがいいんじゃ……」
「ふざけてなんかないって。ここが俺のバイト先だもん」
「え……? なに言って――」
訊き返そうとして、ハッと気付き、頭が真っ白になった。ここがバイト先だと真宙さんは言うが、何度見返しても、僕が立っているのは野々川家の門の前。僕の実家だ。そして、真宙さんは農大に通っている。将来は農業をやりたいと話していた。つまり――。
「真宙さんは、じゃあ……」
どうして、僕は気付かなかったのだろう。真宙さんのバイト先は、僕の実家だったのだ。
