「そっか……」
たしかに、祖父はわかりやすい。感情が信号のように表情に出る人だから、なにを思っているか、言葉にされなくてもだいたいわかる。それなのに、しっかり感情を込めた声で、ものを言うのだ。きっと、隣近所にもその声が聞こえてしまうことがあるのだろう。
「竜三さんにも、それなりに思いがあるんだろうけどさ。でも、誰がどう言おうと、葵くんの人生は葵くんのものだよ。俺は葵くんが好きなように決めるべきだと思う。家族にどんなに反対されたって、誰かが葵くんに取って代われるわけじゃないんだから」
そう言いながら、真宙さんは足下に転がっている缶ゴミをビニール袋に入れていく。僕はただ、彼のあとを追うようにして歩き、やはり悶々と考えていた。だが、不意に。
「……真宙さん?」
真宙さんが立ち止まり、僕に振り向く。それから数歩近づいてきた。反射的に僕は身構える。彼は、これまでよりも一層、真剣な眼差しを僕に向けている。
「葵くん、あんまりいい子でいなくていいと思うよ。いい子でいるより、もっと葵くんの人生、葵くんの好きで埋め尽くしたほうがいいって」
「いい子に……してるつもりはなかった、ですけど……」
「でも、なってるもん。みんな将来とか未来とかえらそうに言うけどさ、そんなもんは今、この瞬間の延長線上にあるだけなんだから。もっと自由になっとかないと、この先で息詰まっちゃうよ」
自由に――。
その時。僕の頭の中にずっと滞っていた厚い雲が、さあっと晴れていくような心地がした。人生を、自分の好きで埋め尽くすなんて、聞こえはいいが現実的じゃない。自由に生きろなんて言ったって、世の中がそんなに生易しいものじゃないことくらい、なんとなくわかっている。けれど、どうしてなのか、真宙さんの言葉は、とても優しく僕に響いた。彼の言う「自由」というそれが、とても魅力的なものに思えてならなかった。
それだけ言うと、もう真宙さんはなにも言わなかった。再び歩きながら、足下に転がっている紙くずや缶や、ペットボトルのゴミを拾っては袋の中へ投げ入れる。僕も彼を真似るようにそうした。
そうして、しばらくゴミを拾いながら歩き続けているうちに、東から上がってきた太陽が、真宙さんの背に差し込んできた。すると、彼は足を止め、腕時計に目を落とす。
「あれ、もう一時間か。そろそろ暑くなってきたし、帰って朝ごはんにしよう」
真宙さんはそう言ってから、一度つばの大きな麦わら帽子を取り、額の汗を拭う。そうしてまた、帽子を被り、川を背にして、土手へ向かって歩き出す。僕もずいぶん汗を掻いていた。
「あっついな……」
「ほんとだね。今日も暑くなりそうだなぁ」
手の甲で汗を拭いながら、僕と真宙さんは並んで、来た道を戻る。リバーコーミングはあっという間だった。その朝、拾ったものはすべてゴミで、僕や真宙さんが目を輝かせて拾いたくなるようなものは、一切見つからなかった。
「今日はゴミばっかりでしたね……」
「そうだね。まぁ、そういう日もあるよ」
真宙さんに言われて、それもそうだな、と僕は思う。あちこちで簡単に見つかるようなものなら、それは価値のあるものだとしても、宝物らしくない気がした。やっぱり、たくさんのゴミの中に、ときどき見つかるくらいがそれらしい。そんなことを思いながら、僕は真宙さんの背を追って歩いた。すると、不意に。真宙さんが振り向いて訊く。
「今日、朝ごはんを食べたら、俺はバイトがあるんだけど。葵くんは予定ある?」
「僕は特に……。なにもありませんけど……」
「そっか。だったら、きっとびっくりさせちゃうなぁ」
真宙さんはそう言って、くくっと笑みをこぼしている。僕は眉をしかめた。どうして今日、予定のない僕がバイトに行く真宙さんにびっくりさせられるのか、まったく意味がわからない。
「びっくりって……、どういう意味ですか、それ」
「ナイショー」
真宙さんの声がいたずらを企んでいるように聞こえて、僕は口を尖らせた。真宙さんと出会ってまだ数日だが、彼は本当に変な人だ。彼の言葉は、ときに確信を突くようでありながら、その口調や態度はいつだって飄々としていて、なにを言われても、ただ、からかわれているような気分になったりもする。まるで、風のように捉えどころがない感覚があるのだ。けれど、僕はそんな彼といると、少しだけ自由になれる気がした。ずっと表に出せず、仕舞いこむしかなかった感情を吐き出してもいいのだと、彼といるときには、それが許されるようで、やはりたまらなく心地よかった。
たしかに、祖父はわかりやすい。感情が信号のように表情に出る人だから、なにを思っているか、言葉にされなくてもだいたいわかる。それなのに、しっかり感情を込めた声で、ものを言うのだ。きっと、隣近所にもその声が聞こえてしまうことがあるのだろう。
「竜三さんにも、それなりに思いがあるんだろうけどさ。でも、誰がどう言おうと、葵くんの人生は葵くんのものだよ。俺は葵くんが好きなように決めるべきだと思う。家族にどんなに反対されたって、誰かが葵くんに取って代われるわけじゃないんだから」
そう言いながら、真宙さんは足下に転がっている缶ゴミをビニール袋に入れていく。僕はただ、彼のあとを追うようにして歩き、やはり悶々と考えていた。だが、不意に。
「……真宙さん?」
真宙さんが立ち止まり、僕に振り向く。それから数歩近づいてきた。反射的に僕は身構える。彼は、これまでよりも一層、真剣な眼差しを僕に向けている。
「葵くん、あんまりいい子でいなくていいと思うよ。いい子でいるより、もっと葵くんの人生、葵くんの好きで埋め尽くしたほうがいいって」
「いい子に……してるつもりはなかった、ですけど……」
「でも、なってるもん。みんな将来とか未来とかえらそうに言うけどさ、そんなもんは今、この瞬間の延長線上にあるだけなんだから。もっと自由になっとかないと、この先で息詰まっちゃうよ」
自由に――。
その時。僕の頭の中にずっと滞っていた厚い雲が、さあっと晴れていくような心地がした。人生を、自分の好きで埋め尽くすなんて、聞こえはいいが現実的じゃない。自由に生きろなんて言ったって、世の中がそんなに生易しいものじゃないことくらい、なんとなくわかっている。けれど、どうしてなのか、真宙さんの言葉は、とても優しく僕に響いた。彼の言う「自由」というそれが、とても魅力的なものに思えてならなかった。
それだけ言うと、もう真宙さんはなにも言わなかった。再び歩きながら、足下に転がっている紙くずや缶や、ペットボトルのゴミを拾っては袋の中へ投げ入れる。僕も彼を真似るようにそうした。
そうして、しばらくゴミを拾いながら歩き続けているうちに、東から上がってきた太陽が、真宙さんの背に差し込んできた。すると、彼は足を止め、腕時計に目を落とす。
「あれ、もう一時間か。そろそろ暑くなってきたし、帰って朝ごはんにしよう」
真宙さんはそう言ってから、一度つばの大きな麦わら帽子を取り、額の汗を拭う。そうしてまた、帽子を被り、川を背にして、土手へ向かって歩き出す。僕もずいぶん汗を掻いていた。
「あっついな……」
「ほんとだね。今日も暑くなりそうだなぁ」
手の甲で汗を拭いながら、僕と真宙さんは並んで、来た道を戻る。リバーコーミングはあっという間だった。その朝、拾ったものはすべてゴミで、僕や真宙さんが目を輝かせて拾いたくなるようなものは、一切見つからなかった。
「今日はゴミばっかりでしたね……」
「そうだね。まぁ、そういう日もあるよ」
真宙さんに言われて、それもそうだな、と僕は思う。あちこちで簡単に見つかるようなものなら、それは価値のあるものだとしても、宝物らしくない気がした。やっぱり、たくさんのゴミの中に、ときどき見つかるくらいがそれらしい。そんなことを思いながら、僕は真宙さんの背を追って歩いた。すると、不意に。真宙さんが振り向いて訊く。
「今日、朝ごはんを食べたら、俺はバイトがあるんだけど。葵くんは予定ある?」
「僕は特に……。なにもありませんけど……」
「そっか。だったら、きっとびっくりさせちゃうなぁ」
真宙さんはそう言って、くくっと笑みをこぼしている。僕は眉をしかめた。どうして今日、予定のない僕がバイトに行く真宙さんにびっくりさせられるのか、まったく意味がわからない。
「びっくりって……、どういう意味ですか、それ」
「ナイショー」
真宙さんの声がいたずらを企んでいるように聞こえて、僕は口を尖らせた。真宙さんと出会ってまだ数日だが、彼は本当に変な人だ。彼の言葉は、ときに確信を突くようでありながら、その口調や態度はいつだって飄々としていて、なにを言われても、ただ、からかわれているような気分になったりもする。まるで、風のように捉えどころがない感覚があるのだ。けれど、僕はそんな彼といると、少しだけ自由になれる気がした。ずっと表に出せず、仕舞いこむしかなかった感情を吐き出してもいいのだと、彼といるときには、それが許されるようで、やはりたまらなく心地よかった。
