翌朝四時。僕は早起きをして、約束通りに河川敷へ向かった。太陽がまだ昇りきっていない時間だというのに、案外と人がいる。ランニングやウォーキングを楽しむ人、犬の散歩をする人、体操をする人、土手の上の道を自転車で走っていく人。その中で一名。大きなゴミ袋を持ち、軍手を嵌めて、河川敷のゴミ拾いをしているように見えて、実はレトロな骨董品探しをするトレジャーハンターを発見し、僕は足を進めた。
「真宙さーん!」
声をかけて手を振ると、真宙さんはすぐに振り向き、手を振り返してくれる。真宙さんは昨日とほとんど同じような格好だった。Tシャツにカーゴパンツ。頭にはつばの大きな帽子を被り、首にタオルを巻いている。
「おはよう、葵くん! ちゃんと来てくれたんだ!」
「まぁ、はい……」
「サンキュー! あっ、軍手使う?」
真宙さんは僕の分の軍手まで持ってきてくれていたようで、ズボンの後ろポケットから、それを取り出した。僕はありがたくそれを使わせてもらうことにして、足下を注意深く見ながら、ゴミを見つけて拾っていく。
思っていたよりも、ゴミは落ちていた。缶ゴミ、紙ゴミ、マスクゴミ、なんだかわからないプラスチックの破片。
「意外と、落ちてるんですね……。ゴミって」
「そうだよ。まぁ、ここにはいろんな人が来るからね」
真宙さんはヒデさんの家へ居候するようになってから、毎日この河川敷でゴミを拾っていると話していた。僕は驚く。彼が毎日ここでゴミを拾う、その範囲に限界こそあっても、毎日拾ってもなお、またゴミは増えるわけだ。つまり、それだけ捨てている人がいるということになる。それでも真宙さんは笑って言った。「いろんな人がいるから、仕方ないんだ」――と。
ただ、そういう場所でコーミングをしてこそ、思わぬ宝に巡り会えることがあるという。
「戦前のインク瓶とかね、当時流行した、ガラス製の駄菓子の器とか、すごく綺麗なんだ」
「へえ……。駄菓子の器……」
「あとで見せてあげる。じいちゃんの宝もんみたいでさ、昔から集めてたのもあって、すごい数あるんだよ」
真宙さんはそれから、鼻歌を唄いはじめる。なんの歌なのか、僕はわからなかったけれど、すごく陽気な曲だった。ゴミを拾い、草むらをかき分け、歩いていく真宙さんの鼻歌を聴きながら、僕は彼のすぐあとについて歩いていく。ときどき、落ちているお菓子の袋とか、缶や瓶を拾っては、真宙さんの持つ袋の中に放った。しかし、ほどなくすると不意に。鼻歌が止んだ。
「葵くんさ……、昨日の話なんだけど」
それまでとは明らかに声色が変わって、僕は身構えた。おそらく、彼は真剣な話を僕にしようとするところだ。
「昨日の……、うちの家業の話ですか」
先回りするようにして、僕は彼の背中に訊ねる。なにを言われるのか、少しだけ緊張した。けれど、真宙さんの声色はすぐに明るく軽い口調になった。
「そうそう。葵くんが家業を継ぐかどうかはひとまず置いといてさ、好きな道はだいたい決まってるみたいなもんなんだから、素直にその道へ行ったらいいんじゃないかと思って」
「好きな道か……」
「花農家の仕事、やりたいんだろ」
「はい……。だとしたら、やっぱり農大とか……、農学部とか?」
咄嗟に思いついたのはそれくらいだった。今の自分の状況から、農大や農学部へ行く想像はこれっぽっちもできないが、花農家を継ぐのなら、当然ながら第一次産業である農業のことと、経済のことも併せて学ぶ必要があるのだろう。ただし――。
「そうだね。家の仕事に興味があるなら、家から通える大学を選べば、なおいいと思うけど……」
どこかの農業大学か、大学の農学部に通う。家業に触れるために、実家から通える大学を選ぶ。今の自分の状況を見れば、そうするべきだ。それくらいのことは僕にだってわかる。けれど、引っかかるのは、志望大学を決めたとして、家族にそれを反対されることだった。特に祖父だ。おそらく、祖父からは猛反対されるに違いない。僕はかぶりを振る。
「無理ですよ。そんなとこ行くなんて言っても、家族に許してもらえるかどうか、わからないんで……」
高校三年生にもなって、家族に反対されることが怖いわけじゃない。ただ、途方もなく寂しく、悲しい気持ちになるのだ。花農家である自分の家族を、僕は少なくとも誇りに思っている。生産者は、常に自然との戦いだ。暑いときも寒いときも、嵐のときも。泣き言なんか言ったところで、誰も聞いてくれなければ、慰めてもくれない。ひたすらに耐え忍び、淡々と仕事を熟すしかない、過酷な仕事だ。けれど、そんな仕事を一丸となって熟す家族が、僕は好きだった。だから、祖父はもちろん、家族の反対を受けると、僕はそれをすべて否定されたように思ってしまうのだ。
「まぁ……、わからないでもないけどねぇ。竜三さん、言い方とかどストレートだから、基本、キツいしな。怯んじゃうよねぇ。――まぁ、うちのじいさんも似たようなもんだけど」
「そうなんですか……」
「うん。でも、うちはキツくても、所詮は一対一だからさ。このガンコじじい! ……で終わるけどね。葵くんのところは、竜三さんが船長で、家族のみんなは右向け右の船員って感じじゃん。だからさ、きっと余計に圧力がかかるんだよ」
「よくわかりますね……」
「あー……、うん。まあね!」
僕は驚かされる。たかが隣人というだけで、こんなにも家族間のパワーバランスがわかってしまうものだろうか。もしかすると、真宙さんはすごくカンの鋭い人なのかもしれない。だが、真宙さんは言う。
「竜三さんは、わかりやすいからねぇ」
「真宙さーん!」
声をかけて手を振ると、真宙さんはすぐに振り向き、手を振り返してくれる。真宙さんは昨日とほとんど同じような格好だった。Tシャツにカーゴパンツ。頭にはつばの大きな帽子を被り、首にタオルを巻いている。
「おはよう、葵くん! ちゃんと来てくれたんだ!」
「まぁ、はい……」
「サンキュー! あっ、軍手使う?」
真宙さんは僕の分の軍手まで持ってきてくれていたようで、ズボンの後ろポケットから、それを取り出した。僕はありがたくそれを使わせてもらうことにして、足下を注意深く見ながら、ゴミを見つけて拾っていく。
思っていたよりも、ゴミは落ちていた。缶ゴミ、紙ゴミ、マスクゴミ、なんだかわからないプラスチックの破片。
「意外と、落ちてるんですね……。ゴミって」
「そうだよ。まぁ、ここにはいろんな人が来るからね」
真宙さんはヒデさんの家へ居候するようになってから、毎日この河川敷でゴミを拾っていると話していた。僕は驚く。彼が毎日ここでゴミを拾う、その範囲に限界こそあっても、毎日拾ってもなお、またゴミは増えるわけだ。つまり、それだけ捨てている人がいるということになる。それでも真宙さんは笑って言った。「いろんな人がいるから、仕方ないんだ」――と。
ただ、そういう場所でコーミングをしてこそ、思わぬ宝に巡り会えることがあるという。
「戦前のインク瓶とかね、当時流行した、ガラス製の駄菓子の器とか、すごく綺麗なんだ」
「へえ……。駄菓子の器……」
「あとで見せてあげる。じいちゃんの宝もんみたいでさ、昔から集めてたのもあって、すごい数あるんだよ」
真宙さんはそれから、鼻歌を唄いはじめる。なんの歌なのか、僕はわからなかったけれど、すごく陽気な曲だった。ゴミを拾い、草むらをかき分け、歩いていく真宙さんの鼻歌を聴きながら、僕は彼のすぐあとについて歩いていく。ときどき、落ちているお菓子の袋とか、缶や瓶を拾っては、真宙さんの持つ袋の中に放った。しかし、ほどなくすると不意に。鼻歌が止んだ。
「葵くんさ……、昨日の話なんだけど」
それまでとは明らかに声色が変わって、僕は身構えた。おそらく、彼は真剣な話を僕にしようとするところだ。
「昨日の……、うちの家業の話ですか」
先回りするようにして、僕は彼の背中に訊ねる。なにを言われるのか、少しだけ緊張した。けれど、真宙さんの声色はすぐに明るく軽い口調になった。
「そうそう。葵くんが家業を継ぐかどうかはひとまず置いといてさ、好きな道はだいたい決まってるみたいなもんなんだから、素直にその道へ行ったらいいんじゃないかと思って」
「好きな道か……」
「花農家の仕事、やりたいんだろ」
「はい……。だとしたら、やっぱり農大とか……、農学部とか?」
咄嗟に思いついたのはそれくらいだった。今の自分の状況から、農大や農学部へ行く想像はこれっぽっちもできないが、花農家を継ぐのなら、当然ながら第一次産業である農業のことと、経済のことも併せて学ぶ必要があるのだろう。ただし――。
「そうだね。家の仕事に興味があるなら、家から通える大学を選べば、なおいいと思うけど……」
どこかの農業大学か、大学の農学部に通う。家業に触れるために、実家から通える大学を選ぶ。今の自分の状況を見れば、そうするべきだ。それくらいのことは僕にだってわかる。けれど、引っかかるのは、志望大学を決めたとして、家族にそれを反対されることだった。特に祖父だ。おそらく、祖父からは猛反対されるに違いない。僕はかぶりを振る。
「無理ですよ。そんなとこ行くなんて言っても、家族に許してもらえるかどうか、わからないんで……」
高校三年生にもなって、家族に反対されることが怖いわけじゃない。ただ、途方もなく寂しく、悲しい気持ちになるのだ。花農家である自分の家族を、僕は少なくとも誇りに思っている。生産者は、常に自然との戦いだ。暑いときも寒いときも、嵐のときも。泣き言なんか言ったところで、誰も聞いてくれなければ、慰めてもくれない。ひたすらに耐え忍び、淡々と仕事を熟すしかない、過酷な仕事だ。けれど、そんな仕事を一丸となって熟す家族が、僕は好きだった。だから、祖父はもちろん、家族の反対を受けると、僕はそれをすべて否定されたように思ってしまうのだ。
「まぁ……、わからないでもないけどねぇ。竜三さん、言い方とかどストレートだから、基本、キツいしな。怯んじゃうよねぇ。――まぁ、うちのじいさんも似たようなもんだけど」
「そうなんですか……」
「うん。でも、うちはキツくても、所詮は一対一だからさ。このガンコじじい! ……で終わるけどね。葵くんのところは、竜三さんが船長で、家族のみんなは右向け右の船員って感じじゃん。だからさ、きっと余計に圧力がかかるんだよ」
「よくわかりますね……」
「あー……、うん。まあね!」
僕は驚かされる。たかが隣人というだけで、こんなにも家族間のパワーバランスがわかってしまうものだろうか。もしかすると、真宙さんはすごくカンの鋭い人なのかもしれない。だが、真宙さんは言う。
「竜三さんは、わかりやすいからねぇ」
