「あれ、またあの後輩くん、見に来てる」
日向が怪訝そうにグラウンドの隅を見やりながらそう言ってきた。
俺を含めたサッカー部員達が準備運動に勤しんでいた時のこと。
「あ、ああ。みたいだな」
さして気にもとめていないフリをしてたけど、ちゃんと気がついていた。
「サッカーに興味があるのかな?部活に入るように誘ってあけたら?」
「うーん、そういうわけじゃ無いらしい」
「そうなの?じゃあなんでちょくちょく練習を見に来てるんだろ。にしても彼が来だしてから女子のギャラリーが増えた気がする」
そっと目を向けると、源はぼんやりした表情で練習を見学している。
いつもそんな感じだ。以前、何が面白くて来ているのか聞いてみたことがある。
「部活に行けば小川先輩が見られるから、行ってます」
「俺はパンダじゃねーぞ」
「パンダに失礼っすよ、先輩」
「そりゃそうか」
咄嗟に冗談ぽく流したのだが、どうして俺なんかを見たいのかよくわからないままだ。
それにあいつはこうも言っていた。
「でもあまり迷惑になるといけないから少し見たら帰ります」
「あー、だな。おまえが来たら女子がやたら集まるから」
「なんか……すみません」
「別にいいけどな。おまえのせいだけど、おまえが悪い訳じゃ無いし」
「はは、なんすかそれ」
事実、源がサッカー部に見学に来ていることを聞きつけた女子達がやたらと来るようになった。
初めは、サッカー部の男子どもは歓喜していたけど、やがてすぐに落胆に変わった。
彼女達はあくまであの爆イケメンにしか興味がないからだ。
今だって、源の周りを少し距離を置いて女子達が横並びに並んでキャピキャピはしゃいでいるがサッカーなんて全く見ちゃいねーし。
「でもあいつ大変なんだよな。モテすぎるのも考えもんだ」
ため息混じりに言ったら日向が不平を鳴らしてきた。
「そんなの贅沢だ。イケメン、むかつくー」
おどけた口調で本音を吐く日向に、なぜか一緒に笑う気になれない。
「源は騒がれたりするのが苦手なんだよ。顔だけで興味持たれたり勝手にガッカリされたり。そのほかにも結構嫌な目にあってるらしいから」
「へ?なんだよそれ」
「まあ、俺たちにゃわからない悩みだけど」
「いやだから、なんで蓮が彼の良き理解者みたいなポジションになってるんだ?
それっておかしくない?」
「……」
「妹ちゃんのことで怒り狂ってたのは一体誰だったっけ?」
意地の悪いツッコミだが、すぐに反論できない。
ちょっと考えてから苦し紛れにでたのは安っぽい言い訳。
「そ、それはそれ、これはこれだよ。あいつそんなに悪いやつじゃないみたいだし。たまに口が悪いだけで」
なんで俺はこんな必死になって源を庇っているんだか。
恨みがましく源を見たら、俺にだけわかるように目を細めて小さく頷いている。
そして源は背中を向けると校舎の方へスタスタと歩き出した。
まるでなんの未練も無いみたいに。
え、もう帰るのかよ。
今日はやけに早いじゃん。
「おーい、源」
気がつけばその背中に向かって俺は走り出していた。
体が勝手に動くってこういう時のことを言うのかもしれない。
けど、源はなぜか立ち止まらない。俺はなおも呼びかけた。
「待てって、聖夜(せいや)」
源って名字が呼びにくいって言ったら名前で呼んでくれていいとのことだったから最近は名前呼びだ。
ただし、なるべく2人きりの時だけ。のはずがこの時は思わず口からこぼれてしまった。
源はようやく立ち止まりゆっくりと振り返った。
目が合うと俺は不満げに唇を尖らせ、足早に近づく。
そして軽く飛び上がって彼の肩に腕をまわした。
ギュッと身体を寄せる、まるで逃がさないぞとばかりにヘッドロック。
「なんだよ、もう帰るのか?」
「いや、先輩が友達に何か言われて困っているみたいだったから。俺のことかなって思って」
「は?何だそんなことで」
俺はフンと鼻を鳴らすが、彼はなぜかうかない顔。
「迷惑かけたくないから」
「迷惑なんて思ってねーし」
「……」
「そんなに気をつかわなくていいんだって。見学したいだけしろよ」
「優しいですね、先輩は。けど、俺をあんまり甘やかさないでください」
「このくらい甘やかしたうちに入るかよっ」
「……」
彼は困ったように眉を寄せる。
そして口を開いて何か言おうとしてやめ、俺の腕から逃れた。
「先輩、相変わらず距離感バグッてますね」
「そうか?」
「俺にだったらいいけど、他の人にはたぶんしない方がいいですよ」
あれ、どうしたんだろ。
ちょっと拗ねたような口ぶりだったから
気になってしまい、俺はこんな提案をしてみる。
「今日、この後時間ある?もう少し待っててくれたら終わるからこの前言ってたラーメン食いにいこーぜ」
「行きたいけど。でも、いいんですか?」
「だって昨日も今日もあんまり話せてなかったじゃん。
今日だってすぐに帰ろうとするし」
どうにか源を引き留めようと一生懸命なあまりついつい愚痴ってしまう。
「学年が違うんだからさ、普通にしてたら会う機会無いじゃん。おまえの教室に行くわけにもいかないし」
源のクラスにこちらから会いに行けないのは主に俺個人の事情があるから。
実はいまだに美奈は俺が源と仲良くなってることを知らないんだよな。
だからちょっと気まずいと言うか後ろめたいと言うか。
「先輩が俺に会いたくなる時なんてあるんですか?」
「そりゃ普通にあるけど」
「待ってください。そんなになんでも無いことみたいに言わないでください」
うっすらと赤くなっていく耳たぶ。
やっぱりこういう時の子供っぽい表情が可愛いんだよな。
「どうして先輩はそう言うこと簡単に……。ほんと天然のタラシですよね」
「タラシじゃねーし。俺はほんとに思ったことしか言わねーよ」
すると源は大きなため息をついた。
「わかってます。先輩がそう言う人だってこと。変に期待したり誤解したりしませんから」
期待とか誤解とか源が何を言っているのか分からなかったけど、そろそろ部活に戻らないとマズそうだったから深く考えるのはやめた。
「じゃあな、これからまた図書室に行くんだろ?終わったら迎えにいくから」
源はサッカー見学の後もたいてい図書室に寄って自習をしているんだ。
「わかりました。じゃあまた後で。あ、先輩、部活頑張ってください」
「おー、サンキュ」
意味も無く拳を高くあげて応じたら、源は眩しそうに瞳を細めて笑っていた。
日向が怪訝そうにグラウンドの隅を見やりながらそう言ってきた。
俺を含めたサッカー部員達が準備運動に勤しんでいた時のこと。
「あ、ああ。みたいだな」
さして気にもとめていないフリをしてたけど、ちゃんと気がついていた。
「サッカーに興味があるのかな?部活に入るように誘ってあけたら?」
「うーん、そういうわけじゃ無いらしい」
「そうなの?じゃあなんでちょくちょく練習を見に来てるんだろ。にしても彼が来だしてから女子のギャラリーが増えた気がする」
そっと目を向けると、源はぼんやりした表情で練習を見学している。
いつもそんな感じだ。以前、何が面白くて来ているのか聞いてみたことがある。
「部活に行けば小川先輩が見られるから、行ってます」
「俺はパンダじゃねーぞ」
「パンダに失礼っすよ、先輩」
「そりゃそうか」
咄嗟に冗談ぽく流したのだが、どうして俺なんかを見たいのかよくわからないままだ。
それにあいつはこうも言っていた。
「でもあまり迷惑になるといけないから少し見たら帰ります」
「あー、だな。おまえが来たら女子がやたら集まるから」
「なんか……すみません」
「別にいいけどな。おまえのせいだけど、おまえが悪い訳じゃ無いし」
「はは、なんすかそれ」
事実、源がサッカー部に見学に来ていることを聞きつけた女子達がやたらと来るようになった。
初めは、サッカー部の男子どもは歓喜していたけど、やがてすぐに落胆に変わった。
彼女達はあくまであの爆イケメンにしか興味がないからだ。
今だって、源の周りを少し距離を置いて女子達が横並びに並んでキャピキャピはしゃいでいるがサッカーなんて全く見ちゃいねーし。
「でもあいつ大変なんだよな。モテすぎるのも考えもんだ」
ため息混じりに言ったら日向が不平を鳴らしてきた。
「そんなの贅沢だ。イケメン、むかつくー」
おどけた口調で本音を吐く日向に、なぜか一緒に笑う気になれない。
「源は騒がれたりするのが苦手なんだよ。顔だけで興味持たれたり勝手にガッカリされたり。そのほかにも結構嫌な目にあってるらしいから」
「へ?なんだよそれ」
「まあ、俺たちにゃわからない悩みだけど」
「いやだから、なんで蓮が彼の良き理解者みたいなポジションになってるんだ?
それっておかしくない?」
「……」
「妹ちゃんのことで怒り狂ってたのは一体誰だったっけ?」
意地の悪いツッコミだが、すぐに反論できない。
ちょっと考えてから苦し紛れにでたのは安っぽい言い訳。
「そ、それはそれ、これはこれだよ。あいつそんなに悪いやつじゃないみたいだし。たまに口が悪いだけで」
なんで俺はこんな必死になって源を庇っているんだか。
恨みがましく源を見たら、俺にだけわかるように目を細めて小さく頷いている。
そして源は背中を向けると校舎の方へスタスタと歩き出した。
まるでなんの未練も無いみたいに。
え、もう帰るのかよ。
今日はやけに早いじゃん。
「おーい、源」
気がつけばその背中に向かって俺は走り出していた。
体が勝手に動くってこういう時のことを言うのかもしれない。
けど、源はなぜか立ち止まらない。俺はなおも呼びかけた。
「待てって、聖夜(せいや)」
源って名字が呼びにくいって言ったら名前で呼んでくれていいとのことだったから最近は名前呼びだ。
ただし、なるべく2人きりの時だけ。のはずがこの時は思わず口からこぼれてしまった。
源はようやく立ち止まりゆっくりと振り返った。
目が合うと俺は不満げに唇を尖らせ、足早に近づく。
そして軽く飛び上がって彼の肩に腕をまわした。
ギュッと身体を寄せる、まるで逃がさないぞとばかりにヘッドロック。
「なんだよ、もう帰るのか?」
「いや、先輩が友達に何か言われて困っているみたいだったから。俺のことかなって思って」
「は?何だそんなことで」
俺はフンと鼻を鳴らすが、彼はなぜかうかない顔。
「迷惑かけたくないから」
「迷惑なんて思ってねーし」
「……」
「そんなに気をつかわなくていいんだって。見学したいだけしろよ」
「優しいですね、先輩は。けど、俺をあんまり甘やかさないでください」
「このくらい甘やかしたうちに入るかよっ」
「……」
彼は困ったように眉を寄せる。
そして口を開いて何か言おうとしてやめ、俺の腕から逃れた。
「先輩、相変わらず距離感バグッてますね」
「そうか?」
「俺にだったらいいけど、他の人にはたぶんしない方がいいですよ」
あれ、どうしたんだろ。
ちょっと拗ねたような口ぶりだったから
気になってしまい、俺はこんな提案をしてみる。
「今日、この後時間ある?もう少し待っててくれたら終わるからこの前言ってたラーメン食いにいこーぜ」
「行きたいけど。でも、いいんですか?」
「だって昨日も今日もあんまり話せてなかったじゃん。
今日だってすぐに帰ろうとするし」
どうにか源を引き留めようと一生懸命なあまりついつい愚痴ってしまう。
「学年が違うんだからさ、普通にしてたら会う機会無いじゃん。おまえの教室に行くわけにもいかないし」
源のクラスにこちらから会いに行けないのは主に俺個人の事情があるから。
実はいまだに美奈は俺が源と仲良くなってることを知らないんだよな。
だからちょっと気まずいと言うか後ろめたいと言うか。
「先輩が俺に会いたくなる時なんてあるんですか?」
「そりゃ普通にあるけど」
「待ってください。そんなになんでも無いことみたいに言わないでください」
うっすらと赤くなっていく耳たぶ。
やっぱりこういう時の子供っぽい表情が可愛いんだよな。
「どうして先輩はそう言うこと簡単に……。ほんと天然のタラシですよね」
「タラシじゃねーし。俺はほんとに思ったことしか言わねーよ」
すると源は大きなため息をついた。
「わかってます。先輩がそう言う人だってこと。変に期待したり誤解したりしませんから」
期待とか誤解とか源が何を言っているのか分からなかったけど、そろそろ部活に戻らないとマズそうだったから深く考えるのはやめた。
「じゃあな、これからまた図書室に行くんだろ?終わったら迎えにいくから」
源はサッカー見学の後もたいてい図書室に寄って自習をしているんだ。
「わかりました。じゃあまた後で。あ、先輩、部活頑張ってください」
「おー、サンキュ」
意味も無く拳を高くあげて応じたら、源は眩しそうに瞳を細めて笑っていた。


