「サンキュー、うわっうまそー。ほんとに買ってきてくれたんだな。大変だったろ?」

「ヨユーです。授業が終わってすぐダッシュしましたから俺が一番乗りでした」

白い手提げビニール袋には食堂で手作りされた人気のカレーパンやクリームパン、焼きそばパン等がたくさん入っていた。

どれも人気があって発売1分で売り切れてしまうから買えたためしがない。

この前ぽつりと「一度でいいから食堂の焼きたてパンを食べてみたいな」と俺が言ったのを覚えてくれていたみたいで。

なんと今日の昼休みに買ってきてくれたのだ。

「いっぱいあるし一緒に食べようぜ」

「いいんですか?」

「おう、もちろん」

上機嫌な俺はへらりと笑った後、ハッとして振り返る。

なぜか、背中に複数の視線が突き刺さったからだ。

「……」

廊下から教室を見ればクラス中の女子達が固唾を呑んでこちらの様子を見守っていたから、ビビってしまった。

もっと言うと彼女達は俺ではなくて源に熱い視線を送っていて……。

視線をさまよわせると親友2人と目が合った。

だけど、こちらは非難するような視線を向けてくる。

そりゃそうか、俺からさんざんこの後輩の文句を聞かされてきたんだし今更何やってんだって思われても仕方ないよな。

けど、俺はいちいち言い訳をする気にはなれず無視して源に向き直る。

「どっか、別のとこにいこうぜ。屋上でもいくか」

「はい」

源の笑顔に頷きかえして、その場から退散した。

戻ってきたらたぶん質問責めにあうんだろうけど、うまく答えられるだろうか。

俺自身にも説明できない事態になっているんだから。

あれから源はほんとに俺に会いにきていた。

と言っても、放課後のサッカー部での練習を少し見学にきたり教室にきて少し話したりする程度。

決して、迷惑がらせないような絶妙な時間とタイミングで3日とあけずに顔を見せている。

なぜか懐かれてしまっているようなんだけど、その理由がいまいち判然としない。

以前、源が言ってたように兄貴がいたらいいなって発言からすると、俺と擬似兄弟ごっこでもしたいのかな。

その程度しか俺に会いにくる理由が浮かばなかった。

まあ、ブームが終われば飽きてやめるだろうしそれまで付き合ってやるか。

実際のところ、先輩、先輩と慕われるのは嫌じゃなかった。

ただ、源はやたら目立つから一緒に並んで歩いているだけで妙に注目されてしまうんだよな。

ほら今だって、こちらを見て頬を赤らめながらヒソヒソ話している女子達とすれ違ったし。

「おまえ、なんでそんなにモテるんだろうな。顔がいいだけで」

ついつい毒を吐いても源は平気そうな顔で俺を見返す。

「そうですね、彼女達は俺の中身なんてどうだっていいんでしょうね」

「顔がいいのは自覚してるんだよな?」

「まあ言われ慣れてるんで」

「くっ、こいつはーっ」

源が薄く笑うのでむかついたフリをして、軽く肩と肩をぶつける。

「すみません、でも別にいい事ばかりじゃありませんよ」

「そうなのかー?」

「知らない間にいろんな人の
恨みを買うこともあるんで」

「ふーん」

あ、そうか。俺だってこいつのことを気に入らないって思ってたんだよな。

それなのに何がどうしてこうなったんだろう。

と思っていると源はハッとしたようにこう言った。

「小川先輩のことじゃないですよ。おかげでこうして出会えたことはラッキーだって思ってるんですから」

「ラッキー、なんだ?」

俺が怪訝そうに見つめると源は照れたように目を逸らす。

そういうところはちょっと可愛いかもって思うんだよな。

「おまえ変わってるよなー」

「そうですか?先輩こそあんまりいないタイプですよ。いい意味で」

「ふうん、そうかなー」

「意外と適当ですしね」

「適当かもな」

「おおらかってことにしときましょう」

そんなダラダラした会話をしながら屋上に到着した。

そこには誰もいなかった。

俺はうーんと大きく伸びをして、空一面に広がる気持ちのいい青空を見上げて叫んだ。

「よーし、パン食って昼からも頑張るぞっ」

振り返ると源は、真っ直ぐに俺を見ていた。何か不思議な生き物を見るような目つきで。

「おまえもやってみ」

「はあ」

源は気乗りしない様子だったけど、言われた通り両手を上げて伸びをした。

「ほら、おまえも何か空に向かって叫べ」

「はあ、先輩は相変わらず熱いっすね。
俺にはちょっと無理かな」

「何、恥ずかしがってんだ。なんでもいいから空に向かって大声だしてみろよ。気持ちいいから。

「でも、何を言えばいいか」

「なんでも、やりたいこととか。希望とか、あるだろ。そういうのは口に出したほうが叶いやすいんだ」

なかば強引に促すと、源は覚悟を決めたようにすうっと息を吸い込んだ。

そして、空に向かって大声で叫んだのは思いもよらない言葉で。

「もっと、小川先輩と仲良くなりたいっ」

「へ?」

それを聞いた俺は顔から火が出そうなくらい赤くなった。

「ちょ……」

「あー、ほんとだ。すっきりしますね。さあ、食べましょう先輩」

爽やかな顔でそう言って何事もなかったようにベンチの端に腰を下ろす後輩。

はあ、今のはなんだったんだろ。

けど、ここで照れまくるのはなんか負けた気がするし俺は平静を装おうことにする。

「はっはは、もう仲良くなってんじゃん」

だけど、失敗した。

口の端が不自然にプルプルしてしまうし、まともに顔を合わせられない。

「いただきまーす」

気持ちを切り替えるように、買ってきてもらったカレーパンにかぶりついた。

「う、うまっ」

外側の生地がカリッとしていて中身はジューシーなカレーがたっぷり。

それに出来たてでまだほんのりあったかい。

「よかった」

源は嬉しそうに微笑する。

「おまえも食えよ」

「でも俺は胸がいっぱいって言うか先輩の食べているのを見てるだけで充分です。たくさん食べてください」

「一緒に食おう、こういうのは同時に食いながら意見を言い合う方が何倍もうまく感じるんだから」

なぜか彼が遠慮しているように見えたので、俺は袋の中からもうひとつのカレーパンを取り出して手渡した。

「じゃあ、いただきます」

それでようやく源もカレーパンに口をつけた。

ゆっくり咀嚼しているが、だんだんと顔が明るくなる。

「な?うまいだろ?」

「はい、うまいです。カレーパンって初めて食べたけどこういう感じなんだ。揚げドーナツにカレーって合うんですね」

源は目を丸くしながらカレーパンを見つめる。

「は?おまえ、初めて食ったのかよ?嘘だろっ、やべっ、おまえもしかしてすっげーお坊ちゃんか?」

俺はケラケラ笑いながら、軽く源の肩を叩く。

源は困り顔で笑わないでくださいよ、なんて言うものだからますますおかしくなった。

それから一緒にメロンパン、焼きそばパンを食べながら、なんでもない会話をした。

面白いYouTube。
友達と行ったラーメン屋。
サッカー部のあるあるの話。

俺のどんなつまらない話しでも彼は興味深げに聞いている。

意外に聞き上手なのかもしれない。

そんな穏やかな時間はゆっくりと流れていった。