「小川先輩お疲れ様です」
「……」
球技大会の第一試合が終わった後のことだった。
洗面所で顔を洗っていたら、意外な相手にタオルを差し出され驚きのあまり固まってしまった。
「お、おまえっ、なんだよ」
「お疲れ様です。いい試合でしたね」
「は?俺の試合、見てたのか?」
わけがわからなくて首を傾げる。
まてよ、そういえば俺さっきの試合であまり活躍できてなかったような気がする。
こんなことならもっと気合いをいれてやればよかったな。
目の前にいる後輩は運動神経も俺よりずっと優れている。
なんだかかっこ悪いとこを見られたような気がしてなんとなくバツが悪い。
そう思ったことを隠そうとして、ことさらイキリたって抗議する羽目に。
「なんで俺のこと見てんだよ。なんか企んでるんじゃないだろうな」
すると源は驚いたように目を見開いた後、小さく嘆息した。
「何もたくらんでなんかいません」
「どうだかな」
俺はプイッと横を向く。
自分でも子供っぽい態度をしてるような気がするけど仕方ない。
こいつに媚びなきゃいけない理由は俺には無いのだから。
そんな俺に源は小さく笑って目を細める。
「先輩、凄い大きな声がでてましたね。点は入れてなかったけど1番元気でみんなを引っ張って行ってたじゃないですか。ムードメーカーとして完璧でした」
「……」
褒められてるのか貶されてるのかわからなくて眉を寄せたけど、源はなおも口を開く。
「いつのまにか先輩の姿から目が離せなくなってました。自分でもよくわからないけど……とにかく俺は先輩が1番かっこよく見えました」
「……っ」
そう言った源の視線は真剣だったから嘘をついているようではなかった。
俺は思わず息を呑んだ。
かっこいい?可愛い、じゃなくて?
そんなことを言われ慣れていないから背中がこそばゆくなってしまい困った。
さっきのサッカーの試合を思い出してみる。
俺は得点源になれるタイプじゃ無いがやる気だけは有り余っていて人一倍がむしゃらに走り回っていたっけ。
ウザがられるくらいやかましく声かけをしていたことも事実だけど。
かっこいい……なんでこいつにはそう見えたんだろうか。
俺は昔から女の子みたいに可愛いなどと言われ続けてきたせいか、その言葉に絶妙にプライドをくすぐられたのかもしれない。
「じゃ、じゃあな」
けど次の瞬間、今すぐ逃げ出したいような衝動にかられてくるりと背を向けぎこちなく歩き出す。
こいつと関わる必要なんてもう俺には無いはずなんだ。
だから、これが正解のはず。
「どうして無視するんですか?」
だけど、奴はしつこく追いかけてきた。
「いや、無視するだろ普通」
振り返って背の高い後輩を睨み上げた。
「もう話しかけてくんなよ」
ひどい言い方だけど、そもそも俺はこいつをまだ許しちゃいない。
「冷たいなー」
源は頭の後ろで指を組み合わせながら、唇を尖らせる。
拗ねたような表情が意外に子供っぽくておかしかった。
「俺、一人っ子なんですよ」
って唐突にそんなこと言われてもしらない。
興味なさげに無視を決め込んで早足で歩いたけど、源はおかまいなしに続けた。
「だからってわけじゃないけど、あの時、先輩の妹さんのことをいいなって羨ましく思ったんです」
意外にも真面目な声色で言う源。
「……」
「俺にもこんな兄貴がいたらよかったのにって」
「……そう、なのかな」
俺は不覚にも足を止めて振り返ってしまう。
妹のことだから、つい話にのってしまったのかもしれない。
「妹からはウザがられてるけどな。いつも構いすぎだからほっといてくれって」
ついこの間も源に文句を言いいに行ったら余計なことはするなと叱られたんだよな。
兄の気持ち、妹知らず……。
「俺はあんまりいい兄貴じゃないから」
源にこんな愚痴めいたことを言うのは、おかしな状況だってことにその時の俺は気づかない。
「そんなことはないと思います。きっと妹さんはお兄さんが大好きですよ」
「大好きって……。いや、まさかそこまでは無いだろうけど。まあ嫌われてなければそれでいいんだけどさ」
「俺がもし妹さんだったら嫌ったりなんかしないと思います」
と、源はやけに確信めいた口調。
「そうか」
気づいたら俺は顔をほころばせ、頭の後ろに手をやっていた。
「先輩を見てたらきっといいお兄さんなんだろうなってわかります」
「そ、そうだったらいいけど」
あれ、俺っていいように乗せられてるんだろうか?
まあ、いいか。
源が俺をおだてたところで何も得しないもんな。
実際、一人っ子だから兄弟がいたらいいなと思う気持ちは自然なのかもしれないし。
そんな風に思いながら傍らの後輩の整った顔を見上げた。
目が合うとなぜか彼は目線をはずした。
「あの、また会いに行ってもいいですか?ご迷惑じゃなければ」
こっちを見ないで早口になるのはどうしてだろう。
ひょっとして照れているんだろうか、まさか……。
だけどその時、背が高くて態度もでかいこの後輩がなぜだか小さくて繊細な小動物のように思えた。
この時ばかりはいつもの調子で邪険にしたらいけない気がした。
「別にいいけど」
俺は、真面目な声で返事をして俯いた。
なんだろう、この胸の奥がむず痒くなるような感覚は。
俺は頭をひねって考えたけど、いまいちその感情の正体がつかめなかったんだ。
「……」
球技大会の第一試合が終わった後のことだった。
洗面所で顔を洗っていたら、意外な相手にタオルを差し出され驚きのあまり固まってしまった。
「お、おまえっ、なんだよ」
「お疲れ様です。いい試合でしたね」
「は?俺の試合、見てたのか?」
わけがわからなくて首を傾げる。
まてよ、そういえば俺さっきの試合であまり活躍できてなかったような気がする。
こんなことならもっと気合いをいれてやればよかったな。
目の前にいる後輩は運動神経も俺よりずっと優れている。
なんだかかっこ悪いとこを見られたような気がしてなんとなくバツが悪い。
そう思ったことを隠そうとして、ことさらイキリたって抗議する羽目に。
「なんで俺のこと見てんだよ。なんか企んでるんじゃないだろうな」
すると源は驚いたように目を見開いた後、小さく嘆息した。
「何もたくらんでなんかいません」
「どうだかな」
俺はプイッと横を向く。
自分でも子供っぽい態度をしてるような気がするけど仕方ない。
こいつに媚びなきゃいけない理由は俺には無いのだから。
そんな俺に源は小さく笑って目を細める。
「先輩、凄い大きな声がでてましたね。点は入れてなかったけど1番元気でみんなを引っ張って行ってたじゃないですか。ムードメーカーとして完璧でした」
「……」
褒められてるのか貶されてるのかわからなくて眉を寄せたけど、源はなおも口を開く。
「いつのまにか先輩の姿から目が離せなくなってました。自分でもよくわからないけど……とにかく俺は先輩が1番かっこよく見えました」
「……っ」
そう言った源の視線は真剣だったから嘘をついているようではなかった。
俺は思わず息を呑んだ。
かっこいい?可愛い、じゃなくて?
そんなことを言われ慣れていないから背中がこそばゆくなってしまい困った。
さっきのサッカーの試合を思い出してみる。
俺は得点源になれるタイプじゃ無いがやる気だけは有り余っていて人一倍がむしゃらに走り回っていたっけ。
ウザがられるくらいやかましく声かけをしていたことも事実だけど。
かっこいい……なんでこいつにはそう見えたんだろうか。
俺は昔から女の子みたいに可愛いなどと言われ続けてきたせいか、その言葉に絶妙にプライドをくすぐられたのかもしれない。
「じゃ、じゃあな」
けど次の瞬間、今すぐ逃げ出したいような衝動にかられてくるりと背を向けぎこちなく歩き出す。
こいつと関わる必要なんてもう俺には無いはずなんだ。
だから、これが正解のはず。
「どうして無視するんですか?」
だけど、奴はしつこく追いかけてきた。
「いや、無視するだろ普通」
振り返って背の高い後輩を睨み上げた。
「もう話しかけてくんなよ」
ひどい言い方だけど、そもそも俺はこいつをまだ許しちゃいない。
「冷たいなー」
源は頭の後ろで指を組み合わせながら、唇を尖らせる。
拗ねたような表情が意外に子供っぽくておかしかった。
「俺、一人っ子なんですよ」
って唐突にそんなこと言われてもしらない。
興味なさげに無視を決め込んで早足で歩いたけど、源はおかまいなしに続けた。
「だからってわけじゃないけど、あの時、先輩の妹さんのことをいいなって羨ましく思ったんです」
意外にも真面目な声色で言う源。
「……」
「俺にもこんな兄貴がいたらよかったのにって」
「……そう、なのかな」
俺は不覚にも足を止めて振り返ってしまう。
妹のことだから、つい話にのってしまったのかもしれない。
「妹からはウザがられてるけどな。いつも構いすぎだからほっといてくれって」
ついこの間も源に文句を言いいに行ったら余計なことはするなと叱られたんだよな。
兄の気持ち、妹知らず……。
「俺はあんまりいい兄貴じゃないから」
源にこんな愚痴めいたことを言うのは、おかしな状況だってことにその時の俺は気づかない。
「そんなことはないと思います。きっと妹さんはお兄さんが大好きですよ」
「大好きって……。いや、まさかそこまでは無いだろうけど。まあ嫌われてなければそれでいいんだけどさ」
「俺がもし妹さんだったら嫌ったりなんかしないと思います」
と、源はやけに確信めいた口調。
「そうか」
気づいたら俺は顔をほころばせ、頭の後ろに手をやっていた。
「先輩を見てたらきっといいお兄さんなんだろうなってわかります」
「そ、そうだったらいいけど」
あれ、俺っていいように乗せられてるんだろうか?
まあ、いいか。
源が俺をおだてたところで何も得しないもんな。
実際、一人っ子だから兄弟がいたらいいなと思う気持ちは自然なのかもしれないし。
そんな風に思いながら傍らの後輩の整った顔を見上げた。
目が合うとなぜか彼は目線をはずした。
「あの、また会いに行ってもいいですか?ご迷惑じゃなければ」
こっちを見ないで早口になるのはどうしてだろう。
ひょっとして照れているんだろうか、まさか……。
だけどその時、背が高くて態度もでかいこの後輩がなぜだか小さくて繊細な小動物のように思えた。
この時ばかりはいつもの調子で邪険にしたらいけない気がした。
「別にいいけど」
俺は、真面目な声で返事をして俯いた。
なんだろう、この胸の奥がむず痒くなるような感覚は。
俺は頭をひねって考えたけど、いまいちその感情の正体がつかめなかったんだ。


