「バカだなー、それは美奈ちゃんに叱られても仕方がないだろ」
友人の上杉拓はメガネの端を持ち上げて、呆れたように言った。
「けど、気持ちはわかる。兄としては黙ってらんなかったんだろ。バカだとは思うけど、正直なバカなんだよ」
と、これでもたぶん擁護してくれているのは安住日向。
2人は中学生の時からの腐れ縁で俺の親友たち。
先日、俺が1年の教室へカチコミにいった件が話題にあがっていた。
昼休みの教室は騒がしかったけど、周りを気にしながら、おずおずと抗議した。
「バカバカ言うなよ、俺だってんなことわかってるよ。
美奈にもこっぴどく怒られたし」
そう、俺が源に会いに行ったことをクラスメイトから聞いた妹の怒りようは今思い出しても凄まじかった。
『お兄ちゃん、余計なことしないでよ。
私、恥ずかしくて死んじゃうよ』
『で、でも俺はだな』
『源くんにひどいこと言ったんでしょ」
『いや、ひどいのはあいつの方だろ』
『お兄ちゃんなんて嫌い、金輪際、口きかないから。出てってよ』
言い訳したかったけど、問答無用とばかりに部屋から追い出されドアを閉められた。
確かに、冷静になって考えると結構ヤバいことしたかなとは思うしちょっとは反省もしている。
成功しなかったとはいえ、手を挙げるのはやりすぎだったか。
相手は図体はデカくても下級生だしな。
まあ結局はあんなことになったわけなんだけど……。
思い出しかけて慌てて思考を停止する。
あのこと、についてはあんまり深く考えるのはやめよう。
「あれ、どうした?蓮、顔が赤いよ」
「え?いや、俺はなにも、そんなんじゃない」
「何が、そんなんじゃないの?」
「あ、いや」
突然、挙動不審になった俺を日向は怪訝そうに覗きこんできた。
顔を逸らそうとして窓の外に目をやった。
校庭ではサッカーをしている男子達の集団がいて活気がある。
そう言えばさ来週から球技大会があるんだったな。おそらくその練習だろう。
うちのクラスも、優勝を狙うなら今のうちから準備しとかないとな。
などと思いつつ何げなく見ているとあることに気がついて息を呑んだ。
「あいつ」
俺の視線の先には今さっき話にあがっていた、あの生意気な後輩がサッカーをしていた。
華麗な足さばきで、ボールを操りゴールを目指して駆けていくところだった。
チッ、運動神経もいいのかよ。
ほんと、なーまいき。
心の中で毒づいていたその時。
ゴール直前で数名と競り合っていた源。
しばらく器用に相手をあしらう。
余裕そうなその顔は悔しいが誰よりもカッコいい。
その光景にいつのまにか引きこまれていた俺が思わず身を乗りだしたその瞬間、源は突然後ろにパスを送った。
パスをもらった奴はうまくさばききれずに、あさっての方へボールを蹴ってしまう。
「なんだよ、あれ自分1人で十分ゴールできそうだったのに」
俺は口の中でモゴモゴと不平をならす。
「本気だせっつーの」
その時、俺は気づいてしまった。
源の全然、本気出してません、まあ適当にこのくらいでいいだろ、みたいな舐めた態度に。
ほんとはもっと上手いだろうことは明白だ。あいつは運動神経がすごくいい。
昼休みのたかが遊びなんだろうけどさ。
だけど、あいつのつまらなそうな顔がなぜか気になってしまった。
「俺、彼のことちょっと知ってるんだよな」
拓がため息混じりにそう言ったので、俺はすぐに反応した。
「どういう知り合い?」
「知り合いってほどでも無いけど、彼が図書室によく来てて本の貸し出しでたまに雑談する程度だよ」
そう言えば、拓は図書委員だっけ。
「確かにちょっと生意気そうだけど、そこまで悪いやつにも思えないけどな」
「なんでそんなことがわかるんだよ?」
「貸し出した本はきちんと期限内に返すし、彼のファンの女子達が騒いでいた時にはわざわざ俺に謝ってくれたんだよ。騒がしくしてすみませんって」
「そ、そのくらい」
「だけど、女の子達に騒がれすぎて困ってる感じだったよ」
「……」
そんなの知るかよって言葉はグッと飲み込んだ。
だからと言って、俺の中の源の評価が変わるものでは無かったのだった。


