「もうっ、お兄ちゃんったらいきなり教室に来るからビックリするじゃない。
みんなに注目されて超恥ずかしかったよぅ」

美奈は柔らかそうな頬をぷうっと膨らませている。

俺を見たクラスメイト達に、「そっくりー」「お兄さん可愛い」「美人姉妹」などと茶化されたので、嫌だったのだろう。

美奈を教室から連れ出して、今は廊下の端の目立たない階段あたりで話している。

この場所は俺が源に殴りかかった場所でもある。

「わるいっ、でも少しでも早く伝えたかったんだ」

「ふーん、何を?」

「えっと、実は」

俺はゴクリと唾を飲み込む。

「美奈に謝らないといけないことがある」

「ん?」

美奈は可愛く小首を傾げた。

「ごめんなさい」

「へー、とうとうあらいざらいゲロ吐く気になったみたいだね。源くんとのこと」

「へ?いや、ゲロ吐くっておまえ」

しかし、なんて汚い言葉遣いをするんだと、叱ってる場合ではない。

「え、お、俺と源のこと知ってたの?

「バレてないと思ってたんだね」

美奈は腰に両手を当てて軽く睨んできた。

「や、で、でもなんで?」

「だって源くんは一年女子達のスターなんだよ。あちこちに彼を好きな女子達がいるの。源くんがお兄ちゃんに会いに行ってることくらい伝わってきてたよ」

「そ、そうなのか」

じゃあとっくにバレてたってことか。

驚きのあまり心臓がバクバクしてきた。

しかし、源ってどこにいても注目を浴びてこれじゃあさぞ窮屈だろうな、って心底同情してしまう。

「それに、この前なんてなんか親密そうな雰囲気だったくせに、私に気づいて隠れちゃって。バレバレだよ」

「うぇっ、す、すまん」

トドメを刺されて変な声が出た。

「あれはだな……」

あの時のことも気づかれていたとわかって汗がとまらない。

さすがにどう説明したらいいのかわからない。

すると、美奈がズイッと顔を寄せて詰め寄ってきた。

「お兄ちゃん、正直に答えてよ」

「う、うん」

「源くんのこと好きなんでしょ?」

「……」

「どうなの?答えてよ」

「美奈、俺は」

「私に謝りに来たってそういうことでしょ?」

「……」

「私ね、源くんに告白を断られたことよりもお兄ちゃんに隠し事をされたことの方がずっとショックだったんだからね」

一気に捲し立てると両手で顔を覆ってしまった。

「美奈、ごめん、泣かないでくれ、ごめん」

オロオロしながら美奈の背中をさすり謝った。

俺はなんてバカな兄貴なんだ。

妹を泣かせてしまうなんて。

「ほんとのこと、言ってくれたら許してあげる。
お兄ちゃんのほんとの気持ち」

「わかったよ、言うよ」

少しでも美奈の気持ちが和らぐなら、打ち明けるしかないと思った。

「し、正直言うとよくわからないんだ。でも、源にちゃんと胸を張って会いたいって思って、それには美奈にちゃんと謝ってからじゃないとって」

「じゃやっぱり私に対して、やましい気持ちがあったんだね」

「うっ、そう、なのかな。そうかもしれない。これ以上、近いづいちゃいけないような気もしてたし。罪悪感ってのもあって」

「それで気持ちをセーブしてたわけ?それ、完全に恋してんじゃん」

美奈は顔からパッと手を離してまじまじと俺を見る。

「お兄ちゃん、顔真っ赤だよ」

「は?てか、おまえ嘘泣きかよっ」

見れば美奈はイタズラっぽく舌を出している。

「このくらい、いいじゃん、私を騙したおしおきだよ」

「面目ない」

「じゃあ、さっさと行きなよ。休み時間が終わっちゃうよ」

「へ、いいの?」

「いいも悪いもないよ。だって私もう、源くんのことなんとも思ってないし。まあ、顔は好きだから推しって感じかな」

「推しって好きとは違うのか?」

「推しは推しよ、好きとは違うの」

美奈はきっぱりと断言する。

「そ、そうなのか?」

「当たり前じゃん。私って切り替え早いんだから。
それに、憎んでもないよ。源くんね、お兄ちゃんが文句を言いに来た翌日にちゃんと謝ってくれたんだよ」

俺はなんにも知らなかった。

美奈のことも、源のことも。

「美奈、ほんとにごめん」

「もうっ、そんないつまでも腫れ物扱いされる方が傷つくよ。謝るのはこれで終わりにして」

美奈は晴れやかな顔でニコッと笑う。

「うん」

身体の力が抜けて、瞳の奥が熱くなったけど、なんとか泣くのは我慢した。

「美奈、行ってくる」

「オッケー、応援してるねお兄ちゃん」