『恋愛とか興味ない。俺、そういうの迷惑だから』

源聖夜(みなもとせいや)

そいつは昨日、妹の告白をバッサリと断った。せめて、受け取って欲しいと渡された手作りクッキーさえも拒絶するという冷酷さ。

妹の一方的な片思いだったとは言え、あまりに酷いんじゃないか。

もうちょっと言い方ってもんがあるだろって話。

妹の美奈はショックのあまり夕食も喉を通らない様子で、部屋に閉じこもってしまい、可哀想に今日は学校を休んでしまった。

本来、明るくて能天気な性格の美奈にしては珍しい。

恋愛経験の乏しい俺はこんな時、かけてやる言葉が浮かばなくて歯噛みした。

こうなったら……。

源とかいうやつに一言ビシッと言ってやんねーと腹の虫が収まりそうに無い。

いや、ことと次第によっては鉄拳制裁もやむなしだ。

物騒なことを考えながら一年の廊下をずんずん進んでいると、周りから奇異な目で見られた。

たぶん、怒り狂った険しい顔をしているからだろうと思った。
が、どういうわけか予想外の囁きが耳朶を打つ。

「え……小川さんだよね?」

「違う違う、たぶんお兄さんだよ。ズボンだし」

「そっくりじゃん、ってか可愛いー」

うっ、と鉛を飲み込んだような暗い気分になった。

俺の名前は小川蓮(おがわ れん)

高校2年生、身長161センチ、痩せ型、色白の女顔、おまけに染めてもいないのに栗色の髪。

子供の頃から容姿でイジられまくったせいか、自分の見た目はあんまり好きじゃない。

それにどうやら他人から見たら俺と美奈は双子レベルで似ているらしい。

チッ、可愛い、なんて俺にとっては褒め言葉じゃないっつーの。

しかし、いちいち気にしていてもキリが無い。

目指す1年2組の教室の前までたどり着いた俺は大きく深呼吸してから、勢いよくドアを開けた。

肩を怒らせ大股で教室に入っていく。

「源っている?」

1番前の席にいた男子生徒に声をかける。

「あ、いるよ。あの1番後ろの背の高いやつ」

「ありがとう」

教えてもらった源という生徒は窓際の後ろの席で頬杖をつき、曇天の空を見上げていた。

俺は一瞬息を呑んだ。

どこか気だるげなその横顔は、それだけで一流の絵画を思わせる。

そいつの前までくると、拳をぐっと握り憮然として声をかけた。

「源、ちょっと顔貸してくんない」

「……」

「昨日のことで、話したいんだけど」

「……」

源は怪訝そうにこちらに向き直り、スッと立ち上がる。

背が高い、俺より20センチ以上はあるな。手足が長くてモデル並みの均整が取れたしなやかそうな体躯。

漆黒の髪に、彫刻のように整った目鼻立ちは大人びていはいるがどこか冷たい雰囲気だった。

極め付けはその印象的な瞳。

一見涼しげだが、鷹のように鋭い光を放つ。

こいつは、ただのイケメンってカテゴリで片付けられない気がする。

これでまだほんとに16歳かよ?って疑いたくなるような色香も漂い始めてるから始末におえない。

妹よ、お前かなり手強そうな奴に惚れたんじゃないか。

悔しいが源の容姿に圧倒された俺は一瞬二の句も告げなくなってしまう。

すると、形のいい眉を顰めながら見下ろしていた源がようやく口を開く。

「あんた、誰?」

「俺は小川美奈の兄貴だ。そう言えば何の要件かだいたいわかるよな?」

精一杯、胸をそらして睨み上げた。

が、さして動じる風もなく源はとんでもないことをのたまった。

「小川って誰?」

「はあ?」

怒りを通り越して呆れてしまう。

2学期の今、クラスメイトの名前も知らないのかよ。しかも昨日、告白された相手だろうが。

俺だったら、告白されたら一ヶ月くらいはそいつのことなにかしら意識してしまうぞ。

ちなみに、俺の過去の告られ歴は2対1の割合で男からの方がなぜか多い。

あまり嬉しいことじゃ無いので誰にも言わない、いや言えないが。

「わかった、外で話そう」

胸の前で腕を組み、クイッと顎で廊下を示した。

これに対して源は浅く息を吐いて小さく首を横に振る。

「どうしてもついていかないと、ダメですか?先輩」

面倒だと言わんばかりの態度に、キレそうになるが美奈のためあまり悪目立ちは出来ない。

それにも増してムカつくのが最後に先輩と言った時のこいつの表情。

明らかに見下してやがる。

「ああ、源くん。出来ればお願いできるかな」

はらわたが煮えくり帰りそうになりながら、かろうじて笑顔をつくった。

しかし、表情筋は正直なのでプルプルと震えている。

すると、源は口元に薄い笑みを浮かべた後、いいですよと言って俺の後についてきた。


どうやらこいつは人を怒らせる天才らしい。この後、心してかからなければいけないな。

そっと決意した俺は、一年生の教室前の廊下づたいに移動した。

正門から遠い方の階段は人通りも少ないためちょうどいい。

3階から2階へと降りる階段の踊り場までいくと、黙ってついてきていた源に振り返る。

思った通りあたりに誰もいない。ここなら思う存分、こいつをシメられる。

否、話し合えるだろう。

「ずいぶんでかい態度とってくれたな」

町のチンピラみたいな話し方でからんだら、源は口の端を上げて肩をすくめる。

まあ、俺が怒り狂ったところで怖くも何とも無いんだろう。

おとなしそうに見えるんだろうが、中身はちょっと違う。

「この落とし前どうつけるつもりだ?」

「……」

「妹は泣いてたんだぞ。
おまえみたいなクソに身も心もズタズタにされて」

「いや、大袈裟でしょ。身も心もって。
それに先輩、口が悪く無いですか」

「口が悪くもなるだろ。おまえみたいな生意気な奴にわからせないといけないんだから」

「そうっすか。
ところで一旦、話を整理させてもらっていいですか?」

「はあ?何をだよ」

「そんな喧嘩ごしにならないでください」

源は口調は柔らかく聞こえるが、目は笑っていない。

どこまでも底が見えない相手だ。

「つまり、小川さんの妹に俺が何かしたと思って怒ってるんですよね?」

「そうだよ、それにお前が忘れてるから余計に腹が立つんだ」

そこで源は顎に手をあてて考えるように天井を見上げてこう言った。

「あれかな、あの小さい子。俺、なんて言ったんだっけ」

「忘れてるのかよ。おまえほんとにクソクズだな」

口角泡を飛ばさんばかりに怒鳴る。

が、相変わらず生意気な後輩は動じない。

「お前が言ったことなんて、繰り返したくも無いが妹を傷つけたことは事実だ」

「ああ、そうですね。小川さんがそう言うなら」

見るからに適当に同意する源の顔を見ていると、火星人かなにかと話しているような変な気分になってきた。

反省とかを感じられたわけじゃないが、こいつには何を言ってもムダだという気がした。

きっと、こいつは吐くほど女が寄ってくる人生を歩んできたのだろう。

妹よ、こんな奴と付き合わなくてかえってラッキーだったと兄は思うぞ。

だがしかし、話はまだ終わらない。

「で、結局、小川さんは何がしたいんですか?俺に謝ってほしいんですか?」

「……」

「にしたって、妹のためにここまでする人って今時珍しいですね」

「う、うるせーよ」

「怒らないでください、なんか凄いなって感心したんです」

真面目くさった顔で言われてもからかわれているようにしか感じられない。

「誰かのためにそんなに熱くなれるなんてちょっと羨ましい」

「んなもん、当たり前だろ。妹のことなんだから黙ってられっかよ」

「当たり前か……」

ポツリと呟いたそのうつろな目はどこか寂しげだったから、俺は思わず魅入ってしまいそうになる。

ダメだ、こいつのペースに乗せられたらいけない。

慌てて首を横に振る。

動揺しつつも、俺は話を元に戻した。

「おまえ、すり替えんなよ。
俺はな、謝ってほしくて来たわけじゃねーよ」

「じゃあ、どうすれば納得するんです?
あ、そうだ、一発殴ります?」

軽い調子で言って、自分の頬を指差す源。

「おまえが、それでいいんなら遠慮なくやらせてもらう」

そうだ、俺はこいつにひどくムカついていた。一発殴ってやらないと気がすまないくらいに。

その気持ちは、実際に会ってみてますます大きく膨らんでいた。

暴力はいけないかもしれない、けど昨日からの俺の怒りは理屈じゃ片付かない。

はっきり言って可愛い妹を泣かせた奴は許せないんだ。

俺は拳を握りゴクリと唾を飲む。

「いくぞ、歯を食いしばれ」

間髪入れずに繰り出したパンチを、しかし。

「……っ」

いとも簡単によけられた。

「は?なんで避けるんだよっ」

「いや、避けなきゃあたりますから」

カッとなってすぐさま抗議したら、涼しい顔で返された。

「おまえがさっき殴っていいみたいに言ったんだろうが」

まったく、この男は。どこまでも人の神経を逆撫でしてきやがる。

「なんで、そんなに凶暴なんすか?見た目は天使みたいなのに」

「……っ」

完全に煽られたと思った俺は頭に血がのぼる。

「ああっ?見た目いじりやめろ」

「いや、いじってません。ほんとにそう思うから」

「このっ」

次の瞬間、長身のやつの胸ぐらに掴みかかった。

はず、だった。

なんと、またもやしなやかに身をよじった源に簡単にかわされてしまう。

「うわっ」

「せんぱいっ……」

そればかりか、つんのめった勢いで階段下に真っ逆さまに落ちていく。

踏みしめる地面が無いことに背筋が冷たくなり……。

身体が宙に浮く感覚におもわず、ギュっと目を閉じる。

その時、何かに強い力で引き寄せられた

ドスっと鈍い音と軽くはない衝撃。だが、不思議とそれほど痛みは感じない。

どうやら温かいゴツゴツした何かの上に身体をあずけているようだ。 

いい匂いがする……それに。

口元に柔らかい感触がして、恐る恐る目を開ける。

これは一体どういうことなんだろう。

至近距離には今さっきまで毛嫌いしていた男の顔。

ハッとするほど美しく魅力的な。

源聖夜、今日初めて会ったばかりの尊大な後輩。

俺はこの男に文句を言いにきたはずだったよな。

それなのに、なんだって俺はこいつと今この瞬間キスなんてしているんだ?

どうかお願いだだから。

誰か、嘘だと言ってくれ。