おはよう、とスマホに送られてきたメッセージ。白熊からだ。脳内では彼の優しい声で再生される。アラームを止めるついでに目にした、恋人からの挨拶は、思った以上にあざらしの心を踊らせた。
 おはようございます、とメッセージを送り返して、あざらしは朝の支度を忙しなく始めた。
 いつも通りの一人きりの部屋。タイマーをセットしておいたおかげで暖かくなっており、身体を動かすのに不便はない。それでもいつもなら、この部屋に一人きりだと思うと、ほんの少しだけ淋しさがあったあざらしだが、今朝は白熊から──恋人から連絡があった。

 この世に、あざらしのことを気にしてくれる人がいる。
 あざらしの為に温もりをくれる人がいる。

 その事実があったかくて、白熊と恋人になれて良かったと、あざらしは心から思うのだった。

◆◆◆

 白熊の家では、朝から山盛りのおにぎりが食卓の上に置かれていた。積まれたおにぎりは全て、お赤飯だった。

「てふちゃんにもついに恋人ができたから、お祝いよ」
「ワシの時はやってくれんかったよな?」
「もう、みーちゃんの時はあっという間にお別れして、すぐに次の人をお迎えしちゃったでしょう? その人とも別れちゃうし。節操なしにはあげませんよ」
「たまたまご縁がなかっただけだし!」

 祖母と従兄弟が笑顔で喧しく会話しているのを聞き流しながら、白熊は黙々とおにぎりを口に運んでいき、スマホの画面を眺めていた。
 あざらしからのメッセージ、おはようございます。
 脳内ではあざらしの声や、浮かべるであろう表情まで想像し、一人にやけていた。そんな白熊の姿を目にして、祖母と従兄弟は顔を見合わせる。

「相当ぞっこんさんだね」
「虎視眈々と狙ってた相手を落としたからな。嬉しくてしょうがないんだろ」

 二人の声は聞こえない。白熊は画面を見ながら、ぽつりと、愛おしそうにあざらしの名を呟いていた。

◆◆◆

 白熊の家とあざらしの家は方向が違う。それ故に、一緒に通学や下校をすることはできそうにない。どちらかの家に遊びに行った後に帰ったり、そのまま泊まったりするなら別だが。
 昇降口でも二人は会うことなく、今はそれぞれの教室で、互いに恋人の話を聞き手に話していた。

「……付き合った?」

 ぺんぎんに問われ、あざらしは恥ずかしそうに頷く。

「昨日、家に来てくれて、その時に」
「やるな、白熊先輩」

 ぺんぎんがあざらしの席まで来た際に、あざらしの方からぺんぎんに話した。今日もいつも通りおにぎり同好会の活動が行われるだろう。その時に白熊との距離感が変わっていたら驚くだろうからと話せば、ぺんぎんは手を叩いて喜んでくれた。

「おめでとう、あざらし。白熊先輩が相手なら安心だわ」
「……ですよね。まさか、僕に恋人ができるなんてって、ちょっと信じられない気持ちがありますが」
「時間の問題だったと思うけど」
「そういうの、無縁だと思ってたから、その、疎いものでして……勉強した方がいいですかね?」
「白熊先輩がリードしてくれるから大丈夫。取り敢えず、安心して飛びつけって」
「飛びつくのは、さすがに重いんじゃないかと」

 一方その頃、白熊の斑鳩の教室では──斑鳩が机の上に突っ伏していた。

「あざらし君って何であんなに可愛いのかな。笑顔でいる時が一番可愛いんだけど、別れる間際のちょっと淋しそうな笑顔もクラッと来ちゃうんだよね。手が、そうあざらし君の手がね、俺に向けて伸ばそうとして、でも我慢しなきゃって引っ込める仕草がさ、いじらしくて可愛いんだよ。好き。ほんと好き。まだ今日あざらし君の顔を見てないよ、ちょっと見に行こうかな」
「授業に遅れるぞ」

 もうずっとこの調子。
 そもそもあざらしのことが好きだった白熊だが、晴れて彼と恋人となれてから、想いが爆発してしまっていた。
 斑鳩がうんざりするほどに、白熊は止まらない。本人がいない所で好きだと言いまくる。

「早く昼休みにならないかな」
「今日は、いや今日もか、二人で食うのか?」

 斑鳩が顔を上げぬままに訊ねると、思わず白熊は、へ? と返していた。白熊のそんな声を聞いて顔を上げた斑鳩は、三白眼を少し見開いて白熊を凝視する。

「恋人になったばかりで、そんな重い感情抱いてんだから、あざらしを独占したいとか思わねえのか?」
「すごい思うけどさ、それはそれというか、同好会での時間も大切にしたいんだよね。昼休みの活動のおかげで、あざらし君と出会えたわけだし」
「はーん」
「それに、いきなり二人っきりになったら、あざらし君もびっくりしちゃうかもしれないし」
「あざらしに対してすごい気ぃ回してるよな」
「好きだからね」

 斑鳩を真っ直ぐ見つめながら、あざらしへの想いを口にする白熊の表情に嘘はない。心からの幸せそうな笑顔。その感情に何よりも誇りを持っているようだった。
 照れたように自身の坊主頭を掻きながら、斑鳩はどうにか返事をする。

「……取り敢えず、お幸せに」
「もちろん。ありがとう、ベルーガ」

◆◆◆

 昼休み、いつもはぺんぎんと並んで廊下を歩くあざらしだが、今日はぺんぎんよりも速く歩いていた。

「あざらし、あざらし~」
「……っ!」

 あっという間に白熊達の教室に着くと、失礼しますと言って中に入り、白熊の席へ真っ直ぐに向かう。
 白熊も斑鳩も着席し、机の上には赤い俵おにぎりが山のように積まれていた。あざらしとぺんぎんが座る為の椅子も用意されている。

「白熊先輩」
「あざらし君、こっちこっち」

 手招きされるままに、白熊に近い椅子に腰掛けるあざらし。──瞬きの間に、白熊に抱き締められていた。

「やっと会えたね」
「……会えました」

 きゅっと、白熊の二の腕の辺りを掴み、白熊の想いに応えるあざらし。ちらほらと視線が集まったが、斑鳩が睨みつけ、ぺんぎんがお辞儀をすると、やがてなくなっていった。
 ぺんぎんが椅子に座りながら、斑鳩に話し掛ける。

「熱々ですねー」
「付き合って二日目だろ。じゃあ、仕方ない」
「え、あ、そういうもんなん!? ですか!?」

 斑鳩とぺんぎんの会話には入らず、白熊とあざらしは今日初めて言葉を交わす。

「今日はね、おばあちゃんがお祝いにお赤飯を作ってくれたんだよ」
「なんか申し訳ないです」
「それだけ喜んでくれてるってことだよ。ほら、一緒に食べよう」
「では、お言葉に甘えて」

 同じタイミングでおにぎりを手に取り、ラップを剥がして口に運ぶ。いつもとは違うおにぎりの味だが、温もりと優しさは、いつも通り、いやきっと、いつも以上に込められていた。

「美味しいですね」
「あざらし君と一緒だから、余計にね」

 微笑み合う二人の横で、斑鳩とぺんぎんは生暖かい目を向けるのであった。