丸めた座布団を抱き締めて、右に左に揺れ動く白熊。そんな彼を本棚の陰からそっと見守る少年がいた。

「てふ、うっさい」
「みーちゃんが悪いんだよ」

 全体的に肩までの長さだが、左目を隠すほどに前髪を伸ばしている白熊と、尻を隠すほどに髪が長い少年──こと、鮫島壬琴(みこと)
 どちらも艶やかな黒髪であり、母同士が双子の姉妹とあって、顔立ちがよく似た従兄弟だ。
 日曜日の午後二時過ぎ、祖母が経営する『おにぎりの白熊堂』は休憩時間であり、エプロンを椅子に掛けて座布団とゴロゴロする白熊は、黒い長袖ティーシャツに黒いスウェットパンツ姿。鮫島は黒い無地のジャージ姿でいた。

「ワシが何したってんだよ」
「みーちゃんがとんでもないタイミングで電話してきたせいで、あざらし君に告白できなかったんだよ」
「ええっ! 悪いっ! ワシはなんて大罪を……」
「もう」

 白熊は座布団に顔を埋め、胎児のように丸まった。そんな彼の元に鮫島は近寄って、腹をぽんぽんと叩いていく。

「あざらしとそんないい感じになったんか? ちゅーとかしてたんか?」
「ちゅーは急ぎ過ぎだって。あざらし君にはあざらし君のペースがあるわけだしさ」
「お前としては?」
「すごいしたいよ?」

 当たり前じゃんと白熊が言えば、だよなと鮫島も頷く。
 のっそりと白熊は身体を起こし、鮫島と向き合った。自然と鮫島も正座になり、真面目な顔をしようとして、口元がにやけていた。

「……告白したら、付き合ってもらえると思う?」

 ほんのりと震える声で訊ねる白熊に、鮫島は破顔して答えた。

「思う。ぜってえ脈あるって。好きでもない男に日常的にベタベタ触られて、嫌な顔しないどころか嬉しそうな顔してんだぞ? これで脈ないなら何だってんだよ」
「ありがたいんだけど、なんか言葉に悪意を感じた……」
「気にすんな。取り敢えず押し倒せ」
「だから急ぎ過ぎだよ。それはちょっと、まだ高校生だし」
「卒業したら?」
「するよ?」

 絶対に離さないと、白熊にしては珍しく、力強い声で言えば、それでこそワシの従兄弟だと鮫島が肩を叩いてきた。どうやら痛かったらしく、白熊は労るように自身の肩を揉んでいく。

「明日、仕切り直してもう一度、告るのか?」
「……普通に学校なんだよね」
「連絡先知ってんだろ? 放課後に呼び出せ、人気のない所に。穴場教えてやるから」
「みーちゃん……今ほど、みーちゃんみたいな従兄弟がいて良かったと思うことはないよ」
「日常的に思えし」

 それからは、ここがいいぞと鮫島に教えてもらった場所から、あざらしが喜びそうな所を考えていき、一つに絞り込んでいく。

「そこでいいのか?」
「うん。ありがとう、みーちゃん」
「さっそく連絡しろ」
「もちろん。……あれ?」

 自分のスマホの画面を目にして、不思議そうな顔をする白熊。しばらくすると、その顔は不安そうなものに変わっていく。
 どうしたと鮫島が訊くと、不安そうな顔のまま、白熊はスマホを見せてきた。タイミングが良いのか、それは、あざらしから来たメッセージだった。

『すみません。熱が出てしまいまして、明日は学校お休みします』

 鮫島はスマホの画面をいくらか眺めた後、白熊の顔に視線を向けた。俯きがちな従兄弟に、鮫島はこう言ってやる。

「見舞いに行け」
「今から?」
「あー……それは迷惑だからやめとこうな。明日だ。明日。学校終わった後、すぐ行け。見舞いの品も忘れんなよ? 金なかったらちょっと貸してやる」
「お小遣いあるから大丈夫。……分かった、行くよ。行って、それで……」
「押し倒せ」
「だからまだ早いって。今は気持ちを伝えて、」
「ちゅーか、ちゅーなのか、ちゅーしちゃうか」
「……取り敢えず、明日お邪魔していいか訊いてみるよ」

 鮫島は何度もちゅーちゅー言っているが、白熊は取り合わず、あざらしに連絡を取り、無事に了承を得ると、小さくガッツポーズするのだった。

「絶対ちゅーしろよー、てふー」
「……もう、うるさいよ、みーちゃん」