日付けはもう六日になった。土曜日だ。あざらしは布団に横になり、後はもう眠るだけなのだが、なかなか寝付けない。

 頭の中では、今日のことを思い出していた。

 白熊と二人で過ごした昼休み。連れていかれたのは、校舎の端の、人気がない場所にある非常階段。用務員の方が頑張ってくれたのか、落ち葉一つなく綺麗だった。
 白熊と並んで階段に腰掛ける。あざらしは拳一個分空けるつもりだったが、白熊がすぐに距離を詰めてきた。

「ほら、寒いから」
「それもそうですね」

 それぞれおにぎりを取り出して、仲良く頬張っていく。白熊は枝豆を混ぜ込んだおにぎり、あざらしは鮭わかめのおにぎりだった。
 あざらしのおにぎりはコンビニで買ったものだが、やはり白熊と食べるとより美味しく感じる。あったかい。冷たい風も気にならなくなった。

「ここね、みーちゃんに教えてもらったんだ。恋人がいた時によく来てたんだって」
「恋人、ですか」
「わりと恋愛体質だからね、みーちゃん。あんまり長続きしないけど、そのわりに途切れなくて……まあ、受験勉強に集中するようになってからは、そういう人を作ってないみたいだけど」
「大人、ですね」

 そうかな、と首を傾げる白熊に、だと思いますよ、とあざらしは答える。

「僕、そういう人がいたことないですし、そういう意味で人を好きになったことがないので、なんか鮫島先輩すごいなって思います」
「……あざらし君的にはさ、これからもそんな感じ?」

 そんな感じ、か。
 あざらしはおにぎりを食べる手を止めて、白熊を見つめる。
 笑みが消えた真剣な顔。少し前にも見た表情。
 考えてみたが、それでも出る答えは、

「分かりません、今の所は」

 だった。

「……告白されたりしたら、どうする?」

 白熊から続けてされた質問。今日はいつもと様子が違う。あざらしの鼓動は何故だか速くなっていく。

「知らない人からされたら、断ると思います。ちょっと怖いですし」
「知ってる人からは?」
「……人に、依ります」
「……じゃあ、たとえばさ、」

 お、と白熊が口にした所で──最大音量の音楽が流れる。
 赤鯱連盟という、今流行りのロックバンドの曲だった。白熊と斑鳩、それに鮫島も好きだったはず。
 固まる白熊、音楽は止まらない。

「あの、出た方が」
「……うん」

 少し俯きがちにポケットからスマホを取り出し、電話に出る白熊。相手の声はあざらしには聴こえない。

「分かった、分かったけどさ……みーちゃん、今じゃない、今じゃないかな」

 そんな風に語る白熊の横で、あざらしはおにぎりを食べ進めていくが、あまり味に集中できなかった。
 何を、言いたかったのか。
 それに様子も、いつもと違う。
 白熊が電話を終える頃には食べ終わり、白熊が俵型のおにぎりを食べるのを見届けている内に、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。

「行こうか、あざらし君」

 いつも通りの白熊の微笑み。差し出された手は、きっとあざらしと繋ぐ為のもの。
 迷いながら、おずおずと手を伸ばせば、優しく掴まれた。そのまま、校舎の中に入り、あざらしの教室に戻る。

「また、月曜日に」
「はい、また」

 戻る際の会話が少なかった。何となく、そのことが気になるあざらし。
 白熊に関する色んなことが気になって、授業中は上の空になってしまい、ノートをちゃんと取れず、帰り際にぺんぎんに頼んで写真を撮らせてもらった。
 その際に言われた言葉も、白熊のことを余計に考えさせた。

「白熊先輩とのランデブー、どうだった?」
「……」

 白熊と、ランデブー。
 ランデブーってどういう意味だっけ?
 日本語に直すと、えっと、あれ?

「え、何でフリーズすんの、あざらし。平気? なんかごめん、センシティブに引っ掛かった? えっと……ごめん」

 今日はもう帰って休めと言われ、家に帰ったわけだが、上の空で歩いて、夕食を買って、食べて、風呂に入って、気付いた時には布団の上。

「……白熊先輩」

 誰かと付き合うなんて、まだまだ自分には早いはずで。だけど、もしもそんな相手ができたとしたら……。
 そこまで考えて、思い浮かぶ顔に、眠れない夜を過ごすのだった。