昼休みになる。いつもならぺんぎんと共に白熊達の教室に行くのだが、今日は四時間目の授業で使った筆記用具やノートを片付け、のんびり座っていた。
昨日の内に、白熊からあざらしの元に迎えに行くこと、ぺんぎんは斑鳩とおにぎりを食べることが、ざっくりと決められた。
「じゃあ、おれ行くわ」
「斑鳩先輩によろしくお願いします」
遠ざかっていくぺんぎんに手を振り、あざらしはスクールバッグからおにぎりの入ったレジ袋を取り出して、いつでも行けるように準備を済ませた。
今日の外は少し暖かい。いつもはマフラーをしているあざらしだが、通学途中に外した。朝でそれなら、昼はブレザーだけで大丈夫かもしれない。
白熊はどこに連れていってくれるのか。そんなことをぼんやりと考えていると、前の席の男子が戻ってきたらしい。あざらしが着席しているのを目にして、驚いた顔をしている。
「あれ、今日は教室で食うの? 海豹」
「いえ、人を待ってまして」
白熊達からのあざらし呼びに慣れてしまったせいか、クラスメイトからの海豹呼びは少し慣れない。これが大人相手なら何も思わないのに。
男子は椅子を反対にして、あざらしに向き合う。その顔には人好きのする笑みが浮かべられていた。
「あんまり話したことないよな」
「そういえばそうですね」
「てか、敬語じゃなくていいよ、クラスメイトなんだからさ」
「この話し方で慣れてしまいまして」
「変わってんな」
白熊達からそんなことを言われたことがないので、あざらしは少し驚いてしまった。男子は気付いていないようで、あざらしの机に頬杖をついて、まだ話し掛けてくる。
「いつも昼休みってどこに行ってんの?」
「二年生の教室に行ってます。先輩とお昼をご一緒させてもらって」
「うへぇ、先輩と?」
途端に嫌そうな顔と声になった男子に、あざらしは首を傾げた。
「先輩、いい方ですよ?」
「先輩なんてろくでもねえよ、一年か二年早く生まれたくらいで偉そうにしてよ。怒鳴ってくるわ、暴力振るわれるわ、くそだな、くそ」
「先生に相談されては」
「先生の前では大人しいんだよ、裏では好き勝手……どうせ海豹も、強制されて一緒に食べてんだろ?」
そんなことない、と答えたが、いいからいいからと、男子は首を横に振る。
「ここにその先輩はいないんだから、好きに言えよ。本当は困ってんだろ?」
「むしろ助けられてます。白熊先輩と食べるご飯は美味しくて」
「誰と食べたって味なんか変わんねえよ。あ、ならさ、月曜から一緒に食べね? 先輩なんかより、同級生と食べた方が楽しいって。話も弾むしよ」
「僕は、白熊先輩と食べたいんです!」
ちょっと彼とは分かり合えないなと思い始めたあざらし。そんなあざらしの方へ、男子は身を乗り出してきたが、
「──ごめんね、あざらし君は渡せないな」
そんな声と共に、あざらしは誰かに後ろから抱き締められた。
ふわりと包まれる温もり、安心する声。
ああ、やっと来てくれた。無意識にそう思っていた。
抱き締める腕にそっと手で触れたくなったが、さすがにそれは一後輩としてどうなのかと、あざらしはやめておいた。
「話し相手になってくれてありがとう、もういいよね」
「あ、え」
「行こう、あざらし君」
「はい」
温もりが去っていき、一抹の淋しさを覚えながら、レジ袋を手に立ち上がる。それでは、と男子に言ったが、返事はなかった。
「仲良いの、彼と」
そう訊ねてくる白熊の声が、ほんのり固い。
教室を出たタイミングであざらしは答えた。
「ちょっと、分かり合えないかもしれません」
「……そっか。あざらし君とおにぎりが食べられなくなるのは嫌だから、諦めてくれるといいな」
そう語る白熊の声は弾んでおり、足取りも軽やか。
なんか機嫌良さそうだなと思いながら、あざらしは白熊の後をついていった。
昨日の内に、白熊からあざらしの元に迎えに行くこと、ぺんぎんは斑鳩とおにぎりを食べることが、ざっくりと決められた。
「じゃあ、おれ行くわ」
「斑鳩先輩によろしくお願いします」
遠ざかっていくぺんぎんに手を振り、あざらしはスクールバッグからおにぎりの入ったレジ袋を取り出して、いつでも行けるように準備を済ませた。
今日の外は少し暖かい。いつもはマフラーをしているあざらしだが、通学途中に外した。朝でそれなら、昼はブレザーだけで大丈夫かもしれない。
白熊はどこに連れていってくれるのか。そんなことをぼんやりと考えていると、前の席の男子が戻ってきたらしい。あざらしが着席しているのを目にして、驚いた顔をしている。
「あれ、今日は教室で食うの? 海豹」
「いえ、人を待ってまして」
白熊達からのあざらし呼びに慣れてしまったせいか、クラスメイトからの海豹呼びは少し慣れない。これが大人相手なら何も思わないのに。
男子は椅子を反対にして、あざらしに向き合う。その顔には人好きのする笑みが浮かべられていた。
「あんまり話したことないよな」
「そういえばそうですね」
「てか、敬語じゃなくていいよ、クラスメイトなんだからさ」
「この話し方で慣れてしまいまして」
「変わってんな」
白熊達からそんなことを言われたことがないので、あざらしは少し驚いてしまった。男子は気付いていないようで、あざらしの机に頬杖をついて、まだ話し掛けてくる。
「いつも昼休みってどこに行ってんの?」
「二年生の教室に行ってます。先輩とお昼をご一緒させてもらって」
「うへぇ、先輩と?」
途端に嫌そうな顔と声になった男子に、あざらしは首を傾げた。
「先輩、いい方ですよ?」
「先輩なんてろくでもねえよ、一年か二年早く生まれたくらいで偉そうにしてよ。怒鳴ってくるわ、暴力振るわれるわ、くそだな、くそ」
「先生に相談されては」
「先生の前では大人しいんだよ、裏では好き勝手……どうせ海豹も、強制されて一緒に食べてんだろ?」
そんなことない、と答えたが、いいからいいからと、男子は首を横に振る。
「ここにその先輩はいないんだから、好きに言えよ。本当は困ってんだろ?」
「むしろ助けられてます。白熊先輩と食べるご飯は美味しくて」
「誰と食べたって味なんか変わんねえよ。あ、ならさ、月曜から一緒に食べね? 先輩なんかより、同級生と食べた方が楽しいって。話も弾むしよ」
「僕は、白熊先輩と食べたいんです!」
ちょっと彼とは分かり合えないなと思い始めたあざらし。そんなあざらしの方へ、男子は身を乗り出してきたが、
「──ごめんね、あざらし君は渡せないな」
そんな声と共に、あざらしは誰かに後ろから抱き締められた。
ふわりと包まれる温もり、安心する声。
ああ、やっと来てくれた。無意識にそう思っていた。
抱き締める腕にそっと手で触れたくなったが、さすがにそれは一後輩としてどうなのかと、あざらしはやめておいた。
「話し相手になってくれてありがとう、もういいよね」
「あ、え」
「行こう、あざらし君」
「はい」
温もりが去っていき、一抹の淋しさを覚えながら、レジ袋を手に立ち上がる。それでは、と男子に言ったが、返事はなかった。
「仲良いの、彼と」
そう訊ねてくる白熊の声が、ほんのり固い。
教室を出たタイミングであざらしは答えた。
「ちょっと、分かり合えないかもしれません」
「……そっか。あざらし君とおにぎりが食べられなくなるのは嫌だから、諦めてくれるといいな」
そう語る白熊の声は弾んでおり、足取りも軽やか。
なんか機嫌良さそうだなと思いながら、あざらしは白熊の後をついていった。



