朝、時間がなかったのだろうか。昼休み、白熊は机の上で、おにぎりを作っていた。
弁当箱にいっぱい詰め込まれた白米。それを少しずつ広げたラップの上に運んでいっている。ある程度の量になると、ラップで米を包み込み、形を整えていった。
「白熊先輩、それ、どうしたんですか?」
ぺんぎんと共に椅子の用意をしながらあざらしが訊ねると、白熊はあざらしに視線を向け、微笑みを浮かべて答えてくれた。
「朝、皆寝坊しちゃってね。おにぎり作る暇なかったんだよね。俺とみーちゃんはご飯にふりかけ掛けて食べてたんだけど、その間におばあちゃんが、学校でおにぎり作れるようにって準備してくれたから、今、作ってる」
「そうなんですね……。足りますか?」
「大丈夫だと思うけど……購買に行った方がいいかな?」
お弁当箱の量的に、二個、もしくは三個目がかなり小さいサイズになりそうで、男子高校生の昼ご飯としては物足りなさを覚えそうだ。
あざらしが壁時計を確認すれば、昼休みが終わるまで、まだ時間がある。今から購買に行ったとしても、戻ってきてからゆっくり食べる時間がありそうだ。
「行った方がいいと思いますよ」
「……あざらし君がそう言うなら」
白熊はそう口にすると、握っていたおにぎりを机の端に置き、そのままスクールバッグから財布を取り出して、席を立つ。
白熊が戻ってくるまで待つのかなとあざらしは思ったが、斑鳩もぺんぎんも、自分のおにぎりを取り出して食べ始めたから、じゃあ、自分も……と机の上に置かせてもらっていたレジ袋に手を突っ込んだ、その時だった。
「ついでにあざらしも行ってきたら?」
「え?」
ぺんぎんが突然、そう言ってきたのだ。
思わずぺんぎんの顔を見たが、のんびりおにぎりを咀嚼している。
「いや、僕はこれで足りるので」
「いやいや、一緒に行きなよ。一人じゃ淋しいっしょ」
「白熊先輩は高校生ですよ? それに行くのは購買。淋しくなんか」
「あ、ちょっと淋しいかも」
「何言ってるんですか白熊先輩」
財布を胸元に押し付け、少し笑いながら、淋しい淋しいと呟く白熊。
戸惑いながら白熊とぺんぎんを見比べた後、ちらりと、あざらしが斑鳩を見れば──百円玉を二枚、差し出してきた。
あざらしの戸惑いが増したのは言うまでもない。
「あの、斑鳩先輩」
「牛乳飲みたくなってきたから、買ってきてくんね?」
「ご自分で行かれては……」
「体育の時間に足、軽く捻った気がする」
「保健室には」
「行くほどじゃねえな」
「……」
あざらしが動けないでいる内に、白熊が斑鳩の手から二百円を回収してしまった。
そしてあざらしに、蕩けるような笑みを浮かべるのだった。
「行こうよ、あざらし君」
「……は、はい」
断るという選択肢は、音もなく消えた。
◆◆◆
購買は一階にある。あざらしは白熊と並んで歩きながら、購買を目指す。
「一緒に来てくれてありがとね、あざらし君」
「いえ、そんな。斑鳩先輩に頼まれたので」
「……ベルーガが言わなかったら来てくれなかったんだ」
白熊は斑鳩をベルーガと呼んでいる。彼の下の名前が、鈴鹿だからだ。
いつもと変わらない優しい声音だが、ほんの少しだけ、拗ねているようにも聴こえる。その理由があざらしには分からず、首を傾げながら答えた。
「白熊先輩に言われても行きましたよ」
「本当に?」
「ちゃんと、一緒に来てって言ってくれたら、そりゃ」
「……じゃあさ、このまま教室に戻らないで、ちょっと別の所に行こうよ」
ふいに足を止めたかと思えば、声を低くして、白熊がそんなことを言ってくる。
あざらしも足を止め、白熊を見れば、いつもの微笑みは消えて、真面目な顔をしていた。
そんな顔、普段あまり見ないものだから、あざらしとしては少し緊張してしまう。
「別の所、ですか?」
「人のいない所、知ってるんだよね。どうかな? もちろん、授業の時間になったら帰すから」
「……購買は」
「行くよ。行ってから、そこに。……どうする?」
手に、温もりを感じた。
あざらしがその手を持ち上げると、誰かと手を繋いでいるようだった。
「来る? 来ない?」
手を繋いできた相手──白熊が、そう訊ねてくる。
だんだん、だんだんと、頬が熱くなり、鼓動が速くなってきたあざらし。
このまま頷いてしまいたい。そう思っている自分に内心驚くが、そうはできない事情もある。
「……斑鳩先輩に牛乳、届けないと」
「……あ、そうだった」
それはさすがにそうだね、と言って、白熊の手は離れていってしまった。
失っていく熱に淋しさを覚え、そのことにあれ? と思いながらも、あざらしの口は、自然と言葉を紡いでいた。
「明日は、どうですか?」
「明日? ……いいの?」
「別の所がどんな所か、気になるので」
あざらしの提案に、白熊は嬉しそうに笑って、じゃあ明日だね! と気持ち大きくなった声で言う。
あざらしも嬉しくなり、はいと答えた。明日への楽しみに、胸の辺りがぽかぽかと温かくなるのを感じるのだった。
弁当箱にいっぱい詰め込まれた白米。それを少しずつ広げたラップの上に運んでいっている。ある程度の量になると、ラップで米を包み込み、形を整えていった。
「白熊先輩、それ、どうしたんですか?」
ぺんぎんと共に椅子の用意をしながらあざらしが訊ねると、白熊はあざらしに視線を向け、微笑みを浮かべて答えてくれた。
「朝、皆寝坊しちゃってね。おにぎり作る暇なかったんだよね。俺とみーちゃんはご飯にふりかけ掛けて食べてたんだけど、その間におばあちゃんが、学校でおにぎり作れるようにって準備してくれたから、今、作ってる」
「そうなんですね……。足りますか?」
「大丈夫だと思うけど……購買に行った方がいいかな?」
お弁当箱の量的に、二個、もしくは三個目がかなり小さいサイズになりそうで、男子高校生の昼ご飯としては物足りなさを覚えそうだ。
あざらしが壁時計を確認すれば、昼休みが終わるまで、まだ時間がある。今から購買に行ったとしても、戻ってきてからゆっくり食べる時間がありそうだ。
「行った方がいいと思いますよ」
「……あざらし君がそう言うなら」
白熊はそう口にすると、握っていたおにぎりを机の端に置き、そのままスクールバッグから財布を取り出して、席を立つ。
白熊が戻ってくるまで待つのかなとあざらしは思ったが、斑鳩もぺんぎんも、自分のおにぎりを取り出して食べ始めたから、じゃあ、自分も……と机の上に置かせてもらっていたレジ袋に手を突っ込んだ、その時だった。
「ついでにあざらしも行ってきたら?」
「え?」
ぺんぎんが突然、そう言ってきたのだ。
思わずぺんぎんの顔を見たが、のんびりおにぎりを咀嚼している。
「いや、僕はこれで足りるので」
「いやいや、一緒に行きなよ。一人じゃ淋しいっしょ」
「白熊先輩は高校生ですよ? それに行くのは購買。淋しくなんか」
「あ、ちょっと淋しいかも」
「何言ってるんですか白熊先輩」
財布を胸元に押し付け、少し笑いながら、淋しい淋しいと呟く白熊。
戸惑いながら白熊とぺんぎんを見比べた後、ちらりと、あざらしが斑鳩を見れば──百円玉を二枚、差し出してきた。
あざらしの戸惑いが増したのは言うまでもない。
「あの、斑鳩先輩」
「牛乳飲みたくなってきたから、買ってきてくんね?」
「ご自分で行かれては……」
「体育の時間に足、軽く捻った気がする」
「保健室には」
「行くほどじゃねえな」
「……」
あざらしが動けないでいる内に、白熊が斑鳩の手から二百円を回収してしまった。
そしてあざらしに、蕩けるような笑みを浮かべるのだった。
「行こうよ、あざらし君」
「……は、はい」
断るという選択肢は、音もなく消えた。
◆◆◆
購買は一階にある。あざらしは白熊と並んで歩きながら、購買を目指す。
「一緒に来てくれてありがとね、あざらし君」
「いえ、そんな。斑鳩先輩に頼まれたので」
「……ベルーガが言わなかったら来てくれなかったんだ」
白熊は斑鳩をベルーガと呼んでいる。彼の下の名前が、鈴鹿だからだ。
いつもと変わらない優しい声音だが、ほんの少しだけ、拗ねているようにも聴こえる。その理由があざらしには分からず、首を傾げながら答えた。
「白熊先輩に言われても行きましたよ」
「本当に?」
「ちゃんと、一緒に来てって言ってくれたら、そりゃ」
「……じゃあさ、このまま教室に戻らないで、ちょっと別の所に行こうよ」
ふいに足を止めたかと思えば、声を低くして、白熊がそんなことを言ってくる。
あざらしも足を止め、白熊を見れば、いつもの微笑みは消えて、真面目な顔をしていた。
そんな顔、普段あまり見ないものだから、あざらしとしては少し緊張してしまう。
「別の所、ですか?」
「人のいない所、知ってるんだよね。どうかな? もちろん、授業の時間になったら帰すから」
「……購買は」
「行くよ。行ってから、そこに。……どうする?」
手に、温もりを感じた。
あざらしがその手を持ち上げると、誰かと手を繋いでいるようだった。
「来る? 来ない?」
手を繋いできた相手──白熊が、そう訊ねてくる。
だんだん、だんだんと、頬が熱くなり、鼓動が速くなってきたあざらし。
このまま頷いてしまいたい。そう思っている自分に内心驚くが、そうはできない事情もある。
「……斑鳩先輩に牛乳、届けないと」
「……あ、そうだった」
それはさすがにそうだね、と言って、白熊の手は離れていってしまった。
失っていく熱に淋しさを覚え、そのことにあれ? と思いながらも、あざらしの口は、自然と言葉を紡いでいた。
「明日は、どうですか?」
「明日? ……いいの?」
「別の所がどんな所か、気になるので」
あざらしの提案に、白熊は嬉しそうに笑って、じゃあ明日だね! と気持ち大きくなった声で言う。
あざらしも嬉しくなり、はいと答えた。明日への楽しみに、胸の辺りがぽかぽかと温かくなるのを感じるのだった。



