授業と授業の合間の五分休みの際に、ぺんぎんがあざらしの元にやってきた。

「昨日のデートはどうだった?」
「デートじゃないですって。おうちに遊びに行かせてもらっただけですよ」
「……それがデートじゃねえかな……」

 あざらしの耳に最後の言葉は届かなかったようで、何か言いましたか? と訊ねたが、ぺんぎんには何でもないと返されてしまった。
 追及するほどのことでもないか、とスルーし、あざらしは次の授業の準備をしていく。

「ぺんぎん君はもう準備終わったんですか? 次は現代文ですよ」
「終わった終わった。すぐにでも受けられるよ」
「楽しみですよね、授業」

 今は中島敦の山月記についての授業が行われている。担当教師は作者の中島敦の人生についても解説してくれるので、あざらしは毎度楽しく授業を受けていた。
 あざらしの言葉に、おや? みたいな顔をするぺんぎん。

「あざらし的には中島敦がお気に入りな感じ? 坂口安吾じゃなくて?」
「坂口安吾についても色々知りたいですけど、一番好きな文豪はやっぱり、織田作之助ですかね」
「信長の親戚?」
「坂口安吾と仲良くお話した人ですよ」
「太宰治じゃなくて?」
「その太宰治も含め、三人で楽しく話されたそうで」
「ほーん。てか、昔の文豪の話はいいんだよ、白熊先輩とはどんな風に過ごしたわけ?」

 ああ、と呟いて、頬に手を添えながら、昨日のことを思い出すあざらし。
 ぺんぎんはどこかうきうきとした顔をし、あざらしの横に立って、彼が話すのを待っていた。

「言えないようなことでもした?」
「何ですか、それ。ただ単に、お互いに本を貸して読み合って、お夕飯ごちそうになっただけですよ」

 急遽、鮫島は南極と食べにいくことになり、鮫島の分の夕飯が余ったからと、白熊の祖母から食べてくれとお願いされたのだ。
 母は仕事で家にいない。帰ってくるのは土曜日。ご飯は自分で用意しなければいけないから、あざらしはありがたく食べさせてもらうことになり、白熊の部屋で、二人で食べることになったと。

「公認じゃん」
「どういうことですか……。おばあさんのお夕飯、たまにごちそうになることがありますが、本当に美味しいし、あったかくて、お袋の味とは何なのか、教わってます」
「あざらしってよく、美味しいものの感想にあったかいって言うよな」
「そうですか?」
「わりと」

 そんなに言っていたのかと思いつつ、まあ、そうだろうな、なんて感想も抱いた。
 まだそこまで生きてはいないが、母の手作り料理とは縁遠い人生だ。物心ついた時には、コンビニやスーパーの弁当、冷凍食品が食卓にはあり、それを一人で食べるように母からは言われていた。

『母さんは仕事で忙しいから、一人でできることはちゃんとして』

 小学生の時には食品を用意してくれていたわけだが、中学生になるとお金だけ渡されて、土曜日以外は不在になって、その土曜日も、母の顔をちゃんと見る暇はなく、お金を置いたらさっさと出ていってしまう。
 あざらしにとって食事とは、寒い中、一人でするものだった。

「……食べ物自体もあったかいですけど、誰かと食べると、なんか、あったかくなるんですよね」
「……そうか」

 ぺんぎんもそれなりに、あざらしの家庭事情については知っている。
 それ以上は突っ込まず、別のことに突っ込んだ。

「白熊先輩と食べる時はもうあっついくらいあったかいんじゃなーい?」
「……うーん」

 考え込むあざらしに、ぺんぎんは目を開かせる。

「いえいえそんなことは、って言うと思ったのに」
「あっつい、わけではないですけど、確かに、白熊先輩との食事は、他の誰よりもあったかく感じますね」
「……」
「変ですね、熱でもあるんでしょうか」

 あざらしは自分の額を手で押さえながら、ぺんぎんに視線を向けると、彼は何故だか、とても叫びたそうな顔をしていた。
 ぺんぎん君? と顔を近付けると、白熊先輩に悪いからと、後退してしまった。
 はて、と首を傾げるあざらし。──そこで、次の授業が始まるチャイムが鳴り響いた。

「戻るわ」
「ではまた、後で」

 今日もおにぎり同好会の活動は行われる。もちろん場所は白熊と斑鳩の教室。
 通学途中に寄ったコンビニで、チャーハンやチキンライスのおにぎりを買ってきたから、皆で食べるのを楽しみに、あざらしは頭を切り替え、授業に臨むことにした。
 教師が入ってくる。さあ、今日は中島敦の何を教わることになるのだろうか。