アドベントカレンダー2025  白熊君とあざらし君の日々

 浮かれすぎだろうか、と思いながら、あざらしは読んでいた本の表紙を見る。『■■遊園地殺人事件』と書かれたタイトルと、楽しそうに手を繋ぐ少年少女が描かれた表紙。
 遊園地にデートに行くからって、遊園地が舞台の小説を読むのは、やはり浮かれているとしか言えないんじゃないかと、一人頬を赤く染めて首を横に振るあざらし。彼の蔵書の中で、遊園地が舞台のものはそれしかなかった。
 駅前のベンチに座り、本を読みながら白熊が来るのを待っているあざらし。待ち合わせの時間まではまだ十分もあった。
 ダークブラウンのダッフルコートの下には、黒い無地のティーシャツとデニムパンツを身に纏っている。それだけでは寒いので、マフラーも首に巻いていた。白熊柄のマフラーを。マフラーにそっと手を添えて、白熊のことを考えた。
 今日は一緒に遊園地に行き、帰りはあざらしの家に泊まる。
 ケーキは昨日、スーパーで食べやすいサイズにカットされたものを買っておいた。だが、遊園地内の店で食べるのもいいな、なんて思ったりもしていた。レストランにあるかもしれない、クリスマスらしくデコレーションされたケーキとか。
 それを美味しいねと言い合いながら食べられたら、どれだけ幸せだろうか。
 所持金もそれなりにある。日頃から無駄遣いをしなくて良かったと、白い吐息を溢し、本に視線を戻した。話の中でも、少年と少女が待ち合わせをして、これから遊園地に向かう所だった。
 読み進め、何度か頁をめくっている内に、声を掛けられる。

「──お待たせ、あざらし君!」
「白熊先輩!」

 本から顔を上げれば、そこには愛しい待ち人の姿が。
 赤いコートに身を包んだ白熊。赤色もよく似合っていた。本をカバンに仕舞い、立ち上がると、あざらしは笑顔で白熊に抱き着く。白熊も嬉しそうに受け止めてくれた。

「積極的だね、あざらし君」

 そのように言われ、あざらしは笑って、白熊の胸元に頬擦りした。

「そんなに楽しみにしてくれて、ほんと、なんと言ったらいいか」
「鮫島先輩と南極先輩に改めて感謝です」
「本当にそれだね。顔合わせる機会があったらお礼言わないと」

 五分くらい抱き合った後、ようやく二人は駅へ足を動かした。
 本来はここからが長いのだが、二人のことだ、話している内にあっという間に着くのだろう。

◆◆◆

 無事に遊園地に着くと、さっそく二人はアトラクションに乗り込んだ。
 平日の昼だが、クリスマスということで、人がそれなりにいる。少し待ちながら、まずはメリーゴーランド。横並びに馬に跨がって、回っていく。

「わっ、上下に動く!」
「楽しいね! あざらし君!」

 次は近くにあったローラーコースター。かなりの高所から落ちるタイプのものではないので大丈夫だとあざらしは思ったが、かなりの速度で進むので、けっこう声を上げてしまった。

「速い速い速い!」
「わー!」

 降りた後のあざらしは、少し脚が震えてしまっていた。

「ちょっとそこで休もうか」
「は、はい……」

 白熊に言われてベンチに座ることにした。近くに自動販売機があるから、落ち着いたら何かお茶でも買おうか、と思っていたら、横からお茶のペットボトルを差し出される。
 え? と隣を見たら、笑顔でペットボトルを持つ白熊と目が合った。

「二人分買っておいたんだ。このお茶、好きだったよね」
「好きなお茶です。わあ、ありがとうございます!」

 自分の好きなものを覚えていて、それを用意してくれたことに感謝を覚えながら、あざらしはありがたくペットボトルを受け取り、中のお茶を飲んでいく。

「子供も乗ってるから大丈夫だと思ったよね、今の」

 白熊に話し掛けられ、あざらしは何度も頷いた。

「あの速さは想定外です」
「もうちょっと速度がゆっくりめのやつに今度は乗ろうか」
「そうですね」

 なんて話し合っていると、園内放送が流れる。どうやら、アシカのショーがそろそろ始まるらしい。

「見る?」
「見ましょうか」
「お手をどうぞ」

 あざらしが立ち上がると、すかさず白熊が手を差し出してきたので、ありがたくその手を取って、二人はショーを見に行った。
 専用の建物に入ると、かなりの人数がいたが、まだ座席に空きはあった。一番後ろの席に座り、二人はその時を待つ。
 建物内では有線放送が流れ、流行りの曲が流れていた。

「この曲知ってる?」
「あのアニメの主題歌じゃないですか?」
「ああ、そうかも。よく知ってたね」

 そんな風に話している内に、ステージにアシカが出てきて、水の中に素早く潜り、ジャンプした。二人は揃って声を上げた後、顔を見合わせて、笑った。
 アシカショーはクリスマスに添った演目を披露していて、最後の方になると、アシカが観客に向けて、プレゼントを配るというものがあった。
 司会の人がアシカに箱を投げて、ジャンプしたアシカが客席に向けてヘッドアタックする。そうして、箱を受け取った人は、プレゼントをもらえるというもの。
 最初は親子連れ、次に老夫婦。三回目で最後らしい。

「もらえるといいね」
「欲しがってる人が選ばれた方がいいですよ」

 なんて言っていたあざらしの元に、箱が飛んでくる。
 危ない、と言って、白熊がキャッチした。

「あ、ありがとうございます」
「あ、俺が取っちゃった」

 おめでとうございますと言って、司会の女性が箱を受け取りに来て、代わりにラッピングされた小さな袋を白熊に渡し、ステージに戻っていく。
 何だろうねと言って中を覗くと──アシカの携帯ストラップが入っていた。

「可愛いね」
「はい。スマホに付けたらどうです?」
「そうしようかな」

 話し合っている内に、アシカとはお別れの時間。
 あざらしがアシカに手を振っている横で、白熊は自分のスマホにストラップを付けた。

「可愛い?」
「可愛いです」

 微笑み合いながら、手を繋いで次の所へ。
 ゴーカート、フライングカーペット、コーヒーカップ、フロッグホッパー、空中ブランコと、乗れる限りたくさん乗った後、そろそろご飯を食べようかと歩いている時だった。

「あざらし君、あれ」
「え? ……あ」

 白熊が指差す先には輪投げコーナーがあり、そこには、白熊のぬいぐるみとあざらしのぬいぐるみがあった。

「ちょっと行こうか」
「行きましょう」

 二人で係員の元に行くと、お金を払い、それぞれの位置に立つ。係員から説明を聞いて、あざらしは目の前の棒に意識を集中させた。
 始め、の声に合わせ、輪投げを投げていく。一回目は外したが、二回目、三回目と四回目は入る。五回中三回入ったら景品がもらえるというルールだった。
 白熊もどうやら四回入ったらしく、一緒に景品交換に向かう。二人が選ぶのはもちろん、白熊とあざらしのぬいぐるみ。
 二人は自分の名前のぬいぐるみを係員から受け取ると、示し合わせたように、それを相手に渡した。

「お互いのことを思い出せるもの、もらえて良かったね」
「はい! 大切にします!」

 ねーと言って、あざらしが白熊のぬいぐるみに頬擦りをすると、白熊に抱き寄せられた。

「こっちの白熊も可愛がって」
「もちろんですよ。……こっちのあざらしもお願いします」

 そう告げると、頬にキスをされて、照れるあざらしだった。

◆◆◆

 ご飯を食べて、他のアトラクションにも乗っていると、日が暮れて、園内のイルミネーションが点灯する。
 赤からオレンジ、ピンクに黄色と色が変わっていくイルミネーションに、しばし、二人は見惚れた。

「これ、もっと暗くなったら、すごく綺麗かもしれませんね」
「……ねえ、上から見ない?」

 白熊を見ると、どこかを指差していた。指差す先を見ると、そこには大きな観覧車がある。
 行きましょうかと行って、乗り込み口まで行くと、かなり並んでいるようだった。

「いっぱいいますね」
「お喋りしていたらあっという間だよ」
「ですね」

 最後尾に並ぶと、手を繋ぎながら、色々と語り合う。

「今年ももう終わりますね」
「早いよね、こないだ十二月が始まったような気がするよ」
「僕もです。今年の十二月は、今までよりも濃い十二月だった気がします」
「……俺といたから?」
「白熊先輩と付き合えたから、ですかね」

 ゆっくり、ゆっくりと列が進んでいく。
 冷たい風が肌を撫で、辺りも暗くなってきた。
 絡めた指の温もりが、寒さをしばし忘れさせる。

「あのさ、あざらし君」
「何でしょう」
「……俺のこと、てふって、呼んでくれない?」
「……!」
「家族にはそう呼ばれているからさ、あざらし君にも、てふって呼んでほしい」
「……いいんですか?」
「もちろんだよ。あ、観覧車に乗ってから呼んでほしいかも。ここだと、人目があるから」

 絡めた指に、力が入る。
 ゆっくりと進んだ列は、やがて、最前列へと二人を導き、係員に誘導されるまま、ゴンドラの中に二人は乗り込んだ。
 扉が閉められる。向かい合って座れるが、二人は並んで座った。
 そっと、上目遣いに白熊を見ると、白熊は欲の孕んだ瞳で自分のことを見ていた。
 自分の言葉が、引き金になるだろう。そう思いながら、あざらしはその名を口にした。

「──てふさん」
「……もう一回」
「てふ、さん」
「もう一回」
「てふさ」

 唇を塞がれてしまった。
 外の景色を見る余裕がない。きっと、今の時間はイルミネーションがかなり綺麗なはずなのに。

「……頂上に着いたら、教えるから」

 そう言って、また唇を塞がれる。
 それならいいかと、白熊と熱を分け合うのに集中した。
 今はこの場に二人だけ、二人だけのクリスマス。

 来年も、再来年も、その先も、ずっと、白熊とクリスマスを過ごせればいいのにと願いながら、あざらしは白熊の背に腕を回して、より深く口付けを交わしていった。

 ──メリークリスマス。