アドベントカレンダー2025  白熊君とあざらし君の日々

 今日のあざらしを一目見た時から、ぺんぎんは違和感を覚えていた。
 伏し目がちで遠慮がち、どことなく幸薄そうな雰囲気の友人。それがあざらしこと海豹丙吾なのだが、今日の彼はぺんぎんと話している時に、よく笑みを溢していた。
 目が合うことも多い、口数も自然と多い気がする。

「なんかあった?」

 思わず訊ねたけれど、あざらしは首を傾げ、特に何もと笑って言うだけだった。
 授業を受けて、短い休み時間に少し話す。それを繰り返している内に、昼休みになる。さてあざらしの元に行くかと片付けをしていると、あざらしの方からやってきた。

「行きましょうか、ぺんぎん君」

 笑みを浮かべて誘ってくるあざらしに、ぺんぎんの違和感は増していく。絶対何かあっただろ、と言いたいが、また同じことを繰り返すだけだろう。
 おにぎりの用意をし、白熊達の教室へ。あざらしの横顔を見ると、嬉しそうだ。そんなに白熊に会うのが楽しみなのだろうか。
 そういえば、金曜日に白熊の家に泊まると聞いた。それだ、絶対何かあったはずだが、友達にそういったことを突っ込んで訊ねる不躾さは、ぺんぎんにはない。
 あっという間に白熊達の教室に辿り着く。既に白熊と斑鳩は机と椅子のセッティングを済ませており、あざらし達は座るだけ。いつもの席順に腰を降ろすと──あざらしの方から、白熊と手を繋いだ。

「朝振りです」
「朝振りだね」

 二度見した。二度見して、それから斑鳩を見ると、三白眼が目一杯開いている。
 朝、朝に会った。
 朝に会っただけなのか、それとも、朝までは一緒にいたのか。そんな空気をぺんぎんは察する。
 あざらしは手を離し、二人はおにぎりの用意を始めるが、ぺんぎんも斑鳩も動けなかった。あざらしのおにぎりも俵型なのを見るに、これはやはり朝まで泊まっていたのではないかと、混乱する頭でぺんぎんは考える。

 朝帰り。
 同じおにぎり。
 雰囲気の変わった友人。

 ……これ、一線越えたのでは?
 そんな不埒なことを考える頭を、ぺんぎんは全力で振り、その横で斑鳩の顔や頭が真っ赤に茹だっていた。
 白熊とあざらしは彼らを不思議そうに眺めた後、仲良く笑い合って言うのだ。

「どうしたんでしょうね」
「変な二人だね」

 お前らのせいだけど?
 とは思っても、口にしないぺんぎんだった。

◆◆◆

 通常授業は今日まで、明日は全体集会があって、冬休みの宿題を配ると、午前中で終わり。そのまま下校だ。

「明日、学校が終わった後、お店に行ってもいいですか?」
「もちろんだよ、おいでおいで」

 図々しいかな、という思いはちらりとあったが、白熊が受け入れてくれたから、そんな思いは霧散する。
 あざらしは礼を言って、白熊の祖母が握ってくれたおにぎりを食べる。塩握りだ。白熊の祖母の優しさが込められていて、食べ進めるたびに頬が緩んでいく。

「明日と言わず、今日も来ていいよ?」

 白熊が嬉しいことを言ってくれたが、そこまで甘えられない。あざらしは首を横に振って、笑みを浮かべて断りの言葉を口にする。

「何日もお世話になったので、さすがに」
「気にしなくていいのに。あ、なら明日、泊まる?」
「うーん……クリスマスの準備がしたいので、帰ります」
「そっか。クリスマス、楽しみにしてくれてるんだね」
「はい!」

 元気に答えると、白熊が微笑ましそうに頭を撫でてくれた。あざらしとしては嬉しいので、笑顔が余計に増していく。

「……幸せそうだな」
「幸せ満点っすね」

 斑鳩とぺんぎんの声が耳に入り、そこでつい、二人の存在を忘れていたことに気付いたあざらしは、慌てて二人に弁明した。

「すっ、すみません、二人がいるのにその、見えてなくて!」
「いや、それは慣れてきたから気にすんな」
「斑鳩先輩、恋愛事にはウブなのに、二人には馴れてきたんすねー。さっきは赤くなってたけど」
「あ?」

 斑鳩が睨み付けると、すんません調子に乗りましたと慌てて頭を下げるぺんぎん。あわあわとまた慌てるあざらしの背中を、落ち着かせるように白熊が撫でた。

 いつも通りのお昼の風景。ちょっと変わりつつある予感を無意識に覚えながら、ゆっくりと時間は流れた。