南極の家に、気付けば二日も泊まっていた鮫島。勉強もそれなりに進み、置いてある漫画を読ませてもらったりと、かなり満喫できた。
あっちも楽しめただろうなと思いながら、鮫島は南極の家を出ることにした。
「また来るからな」
「分かった」
手短に返事をすると、南極はさっさと扉を閉めた。そういう奴だよなと笑い、家路を急ぐ。
南極の家から祖母の家までは近い。十分するかしないかの時間で着いた。ただいまと言って中に入ると、祖母が笑顔で出迎えてくれる。
「おかえり~、みーちゃん」
「ただいま、ばあちゃん。……なんかあった?」
祖母の笑顔はいつも通りだが、その笑顔が少し困っているようにも見える。祖母は頬に手を添えて、くふふ、と笑った。
「昨日、日替わりおにぎりをお赤飯にしたのだけど、てふちゃんにね、お赤飯じゃなくて大丈夫って言われたの」
「……お赤飯案件だったのか」
「あれは確実に、お赤飯案件だと思ったんだけどね」
「ばあちゃんが近くにいるのに! これはあれだな、お説教だな!」
「みーちゃんたら、そんなに笑って……お説教の顔じゃないわよ」
軽やかな足取りで階段を昇っていき、真っ直ぐに自分の部屋に──自分と白熊の部屋に向かう。
「おいごら浮かれ野郎共! いちゃこらはばあちゃんに聞こえ……な、い」
「──あざらしくーん、顔見せてー! ごめんねほら、あざらし君が可愛くてつい!」
「……」
情けない従兄弟の声と、重い沈黙。はて、と近付いてみれば、丸まった布団と布団にしがみつく従兄弟──白熊がいた。
「何やってんだ?」
「あざらし君が! 今朝からこんな感じで!」
「今朝から? 昨日からじゃなくて?」
「昨日は一日布団の中でぼんやりしていて、ずっとお世話していたんだけど、今朝意識を取り戻したと思ったら、丸まっちゃって!」
「……意識なくすほど激しかったのか。ばあちゃんが傍にいるのに」
「……その、一応最後まではしてないから。さすがに。うん」
そう口にする白熊の右目は、とても泳いでいた。
鮫島は面倒そうに長い黒髪を搔き乱し、丸まった布団の傍に腰を降ろす。
「てふが悪いな。今日も泊まっていくか? 学校から直接来たなら制服もあんだろ。ワシもばあちゃんも気にしないから、いいぞ」
「……ご迷惑じゃない、ですか?」
おや? と思いつつ、全然と答えると、亀のようにあざらしは布団から頭を出した。顔が真っ赤なのは、布団の中の熱さだけではないだろう。
いつものあざらしなら、悪いですそんな帰りますくらい言うと思ったのに、と考えながら、あざらしの返事を鮫島は待つ。横で白熊が何か言いたそうにしていたから、念の為に視線で制した。
あざらしは身体を起こし、はらりと布団を落としていく。若干潤んだ瞳で鮫島を見つめ、その口を開いた。
「また一晩、お世話になります」
「……おう」
鮫島のいなかった金曜の夜に、何か、変化のきっかけでもあったんだろうか。
あざらしは目を伏せながら、白熊に手を伸ばし、そっと手を重ねた。当たり前のように白熊がその手を優しく握ると、嬉しそうに微笑む。
空気が、柔らかくなった。
「わがまま、言っていいんですよね?」
「もちろんだよ、何でも言って」
「……今日は、手を繋いで寝ましょう。それ以上は駄目です」
「努力するよ」
「ワシも同じ部屋で寝ること、忘れんなよ」
言いながら、もしや、と鮫島は考える。
布団に丸まっていたのは、恥ずかしがっていたんじゃなくて、帰りたくなかったから、とかだろうか?
なんてな、と笑うと、恋人達が揃って不思議そうに鮫島を見てくる。
何でもない、と答えようとしたが、ふと、あることを思い出し、ちょっと待ってろと言って、入る時に適当に放り投げた荷物を漁った。
しばらくして目的の物を見つけると、二人にそれぞれ手渡す。
「南極にもらった、行ってこいよ」
遊園地のチケット二枚。
正確に言えば、南極の親が、南極の為にあげたチケットだ。南極の親もあざらしの親ほどではないが留守がちで、息子が淋しくしていないか、友達と仲良くやっているかと心配して、クリスマスプレゼントに渡したのだと。
だが、南極に渡されたのはペアチケット。一緒に行く相手はいないし、そもそも遊園地になんぞ興味のない男だ。
友達にあげてもいいかと親に訊いて、承諾をもらったから鮫島にくれたが、鮫島にも現在は相手がいない。
ということで、従兄弟とその恋人に譲ることにした。南極にも了承は得ている。
白熊もあざらしも、きらきらした目でチケットを見ていた。クリスマスに遊園地なんて、恋人達にとってはとんでもないイベントだろう。
「いいの?」
まずは白熊が訊いてきたから、もちろんと鮫島は頷く。
「本当に、いいんですか?」
次にあざらしが訊いてきたから、それにも頷いておいた。
「クリスマスに行ってこい」
白熊とあざらしは顔を見合わせる。最初はそれぞれびっくりしたような顔だが、白熊がへにゃりと笑うと、つられてあざらしも、幸せそうに笑った。
そんな様子を見ていると、鮫島も少し恋人が欲しくなってきたが、大学に行くまでは我慢だと自分に言い聞かせて、首を横に振り、両頬を叩く。幸せの渦中にいる恋人達に、鮫島の奇行は見えていないようだ。
「楽しみだね!」
「はい!」
そんな風に笑い合って、幸せそうに手を繋いでいた。
あっちも楽しめただろうなと思いながら、鮫島は南極の家を出ることにした。
「また来るからな」
「分かった」
手短に返事をすると、南極はさっさと扉を閉めた。そういう奴だよなと笑い、家路を急ぐ。
南極の家から祖母の家までは近い。十分するかしないかの時間で着いた。ただいまと言って中に入ると、祖母が笑顔で出迎えてくれる。
「おかえり~、みーちゃん」
「ただいま、ばあちゃん。……なんかあった?」
祖母の笑顔はいつも通りだが、その笑顔が少し困っているようにも見える。祖母は頬に手を添えて、くふふ、と笑った。
「昨日、日替わりおにぎりをお赤飯にしたのだけど、てふちゃんにね、お赤飯じゃなくて大丈夫って言われたの」
「……お赤飯案件だったのか」
「あれは確実に、お赤飯案件だと思ったんだけどね」
「ばあちゃんが近くにいるのに! これはあれだな、お説教だな!」
「みーちゃんたら、そんなに笑って……お説教の顔じゃないわよ」
軽やかな足取りで階段を昇っていき、真っ直ぐに自分の部屋に──自分と白熊の部屋に向かう。
「おいごら浮かれ野郎共! いちゃこらはばあちゃんに聞こえ……な、い」
「──あざらしくーん、顔見せてー! ごめんねほら、あざらし君が可愛くてつい!」
「……」
情けない従兄弟の声と、重い沈黙。はて、と近付いてみれば、丸まった布団と布団にしがみつく従兄弟──白熊がいた。
「何やってんだ?」
「あざらし君が! 今朝からこんな感じで!」
「今朝から? 昨日からじゃなくて?」
「昨日は一日布団の中でぼんやりしていて、ずっとお世話していたんだけど、今朝意識を取り戻したと思ったら、丸まっちゃって!」
「……意識なくすほど激しかったのか。ばあちゃんが傍にいるのに」
「……その、一応最後まではしてないから。さすがに。うん」
そう口にする白熊の右目は、とても泳いでいた。
鮫島は面倒そうに長い黒髪を搔き乱し、丸まった布団の傍に腰を降ろす。
「てふが悪いな。今日も泊まっていくか? 学校から直接来たなら制服もあんだろ。ワシもばあちゃんも気にしないから、いいぞ」
「……ご迷惑じゃない、ですか?」
おや? と思いつつ、全然と答えると、亀のようにあざらしは布団から頭を出した。顔が真っ赤なのは、布団の中の熱さだけではないだろう。
いつものあざらしなら、悪いですそんな帰りますくらい言うと思ったのに、と考えながら、あざらしの返事を鮫島は待つ。横で白熊が何か言いたそうにしていたから、念の為に視線で制した。
あざらしは身体を起こし、はらりと布団を落としていく。若干潤んだ瞳で鮫島を見つめ、その口を開いた。
「また一晩、お世話になります」
「……おう」
鮫島のいなかった金曜の夜に、何か、変化のきっかけでもあったんだろうか。
あざらしは目を伏せながら、白熊に手を伸ばし、そっと手を重ねた。当たり前のように白熊がその手を優しく握ると、嬉しそうに微笑む。
空気が、柔らかくなった。
「わがまま、言っていいんですよね?」
「もちろんだよ、何でも言って」
「……今日は、手を繋いで寝ましょう。それ以上は駄目です」
「努力するよ」
「ワシも同じ部屋で寝ること、忘れんなよ」
言いながら、もしや、と鮫島は考える。
布団に丸まっていたのは、恥ずかしがっていたんじゃなくて、帰りたくなかったから、とかだろうか?
なんてな、と笑うと、恋人達が揃って不思議そうに鮫島を見てくる。
何でもない、と答えようとしたが、ふと、あることを思い出し、ちょっと待ってろと言って、入る時に適当に放り投げた荷物を漁った。
しばらくして目的の物を見つけると、二人にそれぞれ手渡す。
「南極にもらった、行ってこいよ」
遊園地のチケット二枚。
正確に言えば、南極の親が、南極の為にあげたチケットだ。南極の親もあざらしの親ほどではないが留守がちで、息子が淋しくしていないか、友達と仲良くやっているかと心配して、クリスマスプレゼントに渡したのだと。
だが、南極に渡されたのはペアチケット。一緒に行く相手はいないし、そもそも遊園地になんぞ興味のない男だ。
友達にあげてもいいかと親に訊いて、承諾をもらったから鮫島にくれたが、鮫島にも現在は相手がいない。
ということで、従兄弟とその恋人に譲ることにした。南極にも了承は得ている。
白熊もあざらしも、きらきらした目でチケットを見ていた。クリスマスに遊園地なんて、恋人達にとってはとんでもないイベントだろう。
「いいの?」
まずは白熊が訊いてきたから、もちろんと鮫島は頷く。
「本当に、いいんですか?」
次にあざらしが訊いてきたから、それにも頷いておいた。
「クリスマスに行ってこい」
白熊とあざらしは顔を見合わせる。最初はそれぞれびっくりしたような顔だが、白熊がへにゃりと笑うと、つられてあざらしも、幸せそうに笑った。
そんな様子を見ていると、鮫島も少し恋人が欲しくなってきたが、大学に行くまでは我慢だと自分に言い聞かせて、首を横に振り、両頬を叩く。幸せの渦中にいる恋人達に、鮫島の奇行は見えていないようだ。
「楽しみだね!」
「はい!」
そんな風に笑い合って、幸せそうに手を繋いでいた。



