昨日から、あざらしは白熊と放課後学校に残り、一緒に勉強することになった。
白熊が迎えに来て、図書室に行く。昨日はそうだったから今日もそうなのだろうと思ったのだが、どうやら違うらしい。
「今日は俺の教室で勉強しようか」
「図書室じゃないんですか? ……っ」
自然と指を絡められ、あざらしは肩を跳ねさせた後、上目遣いに白熊を見つめる。
「図書室では、お静かに、だからね。話しながらしたくない? 勉強」
「……そうですね。小さな声でも、迷惑になってしまうかもしれませんし」
「じゃあ、探そうか」
断る理由もなかったので、恋人繋ぎになったまま校舎内を歩いていく白熊とあざらし。時折視線を向けられて少し恥ずかしくなったが、そんなあざらしの態度も楽しいのか、白熊の顔から笑みが消えない。
歩くこと数分、白熊の教室に着くと、残っている生徒は少なく、その内出ていきそうな雰囲気だった。
こっち、と手を引かれるまま、窓際の一番後ろにある白熊の席まで行き、一度白熊の手が離れていく。ちょっとごめんねと一言告げてからやんわりと離れていった白熊は、前の席を後ろの自分の席に向けてくっつけた。
いつものおにぎり同好会と同じ光景。違うのは、白熊の正面に座るのが斑鳩ではなく、あざらしだということ。
「あの、これ最初から僕が白熊先輩の教室に行けば良かったんじゃないですか?」
「俺が迎えに行きたいから、気にしないで。明日も、明後日も、迎えに行くから」
「……悪いで」
「気にしないよ」
ほら座ってと促されて椅子に腰を降ろし、持っていたスクールバッグから教科書やらノートやら、勉強に使うものを取り出していく。白熊も同じようにしていた。
「僕は日本史を勉強しようかと」
「俺は世界史。歴史って楽しいよね、誰かの人生を覗く感じがさ、物語を読んでるみたいで」
「名を残すほどのすごいこと、僕には到底真似できないです。それこそ、物語の主人公みたいで、かっこいいです」
「あざらし君は日本史勉強するから、身近に感じそうだよね」
「と言っても、平安時代の終わりら辺ですよ。ちょっと遠い気がします」
そう口にしながら控えめに笑うと、あざらしは教科書を開いていき、今日習った所を開く。ノートも開き、シャーペンを手に取って、いざ、という所で、まだ教科書を開いていない白熊の姿が目に入った。
「白熊先輩?」
「……平安時代ってことはさ、恋文が流行ってた頃だね」
「ああ、ですね」
「和歌って、作れる?」
「まさか。詞だって作れませんよ」
ぱたぱたと両手を振るあざらしに、嬉しそうに笑うと、白熊も教科書を開いていく。
「現代だし、じゃあ和歌はやめておいて、そのまま恋文とか書くのってどう?」
「恋文」
「俺からあざらし君に、あざらし君から俺にって」
横向きの封筒、便箋、白熊の顔。
脳裏にぽんぽんと浮かんでいき、あざらしの顔は赤くなる。
「手紙で気持ちを伝えるのって、なんか、口で言うよりも勇気が」
「そんなに肩肘張んないで。もっと気楽に、好きですの一言だけでもいいし、ここに行ってみたい、なんて要望でもいいし」
好きに書いて、と言われても、あざらしの顔の赤みは増していくばかり。
ノートを開き、シャーペンを手に持ちながら、尚も白熊は話し掛け続けてきた。
「この後、封筒と便箋を買いに行かない? 百円ショップで安くていい感じのもの売ってるだろうからさ」
「学校の傍にありますもんね、百円ショップ」
「勉強後の楽しみに、どうかな?」
白熊に想いを手紙で伝える。それは少し恥ずかしさを覚えてしまうが、一緒に買い物をするのは楽しそうだ。
あざらしが頷くと、白熊は本当に、心の底から嬉しそうに、笑みを浮かべる。
「じゃあ、下校時刻まで勉強、頑張りますか」
「はい!」
黙々と書き写したり、教科書に出てきた偉人について話したり、スマホで調べたりして、楽しい勉強時間を互いに過ごせた。
そうして、そろそろ下校時刻になる、という時に、白熊から話し掛けられる。
「……あざらし君」
「は、はい、何ですか?」
「今ね、教室に人いないよ」
言われて辺りを見回せば、確かに人がいない。
そうですね、とあざらしが返事をしようとした瞬間──また、指を絡め取られる。
思わず白熊の顔を見ると、蕩けるような笑みを浮かべて自分を見ていたものだから、自然とあざらしは唾を飲み込んでいた。
「そっちに行ってもいい?」
甘い白熊の声に、頷きそうになるが、ここは学校だ。きっと、手を繋ぐ以上のことをされるのだろう。
手を繋ぐ以上のことをして、誰かにうっかり見られるのは恥ずかしいし、そもそもこの場所はおにぎり同好会の活動場所。今後、白熊との時間をふいに思い出して、おにぎりが喉を通らなくなったら大変だ。
「こっ……これで、我慢、してください……」
絡めてくる指を受け入れるように、握り返すあざらし。
白熊は一瞬目を開いた後、またいつものように微笑んだ。
「学校を出たら、いい?」
「……っ!」
どれくらい、あざらしの気持ちは伝わっているんだろうか。
心落ち着く先輩だったのが、日増しに、共にいると鼓動が速まってしかたない恋人になっていく。
自覚してからの「好き」は刺激が強くて、だけど中毒性もある。もっと一緒にいたい、もっと欲しい。何でこんな気持ちを教えたんだとも思うし、教えてくれたのが白熊で良かったとも思える。
そんな感情がいつも身を焼いていた。
「……は、い」
白熊が好き。
それを伝えるのは緊張するが、どんな反応をされるのかと、期待する自分を感じながら、なかなか白熊の指を外せないあざらしであった。
白熊が迎えに来て、図書室に行く。昨日はそうだったから今日もそうなのだろうと思ったのだが、どうやら違うらしい。
「今日は俺の教室で勉強しようか」
「図書室じゃないんですか? ……っ」
自然と指を絡められ、あざらしは肩を跳ねさせた後、上目遣いに白熊を見つめる。
「図書室では、お静かに、だからね。話しながらしたくない? 勉強」
「……そうですね。小さな声でも、迷惑になってしまうかもしれませんし」
「じゃあ、探そうか」
断る理由もなかったので、恋人繋ぎになったまま校舎内を歩いていく白熊とあざらし。時折視線を向けられて少し恥ずかしくなったが、そんなあざらしの態度も楽しいのか、白熊の顔から笑みが消えない。
歩くこと数分、白熊の教室に着くと、残っている生徒は少なく、その内出ていきそうな雰囲気だった。
こっち、と手を引かれるまま、窓際の一番後ろにある白熊の席まで行き、一度白熊の手が離れていく。ちょっとごめんねと一言告げてからやんわりと離れていった白熊は、前の席を後ろの自分の席に向けてくっつけた。
いつものおにぎり同好会と同じ光景。違うのは、白熊の正面に座るのが斑鳩ではなく、あざらしだということ。
「あの、これ最初から僕が白熊先輩の教室に行けば良かったんじゃないですか?」
「俺が迎えに行きたいから、気にしないで。明日も、明後日も、迎えに行くから」
「……悪いで」
「気にしないよ」
ほら座ってと促されて椅子に腰を降ろし、持っていたスクールバッグから教科書やらノートやら、勉強に使うものを取り出していく。白熊も同じようにしていた。
「僕は日本史を勉強しようかと」
「俺は世界史。歴史って楽しいよね、誰かの人生を覗く感じがさ、物語を読んでるみたいで」
「名を残すほどのすごいこと、僕には到底真似できないです。それこそ、物語の主人公みたいで、かっこいいです」
「あざらし君は日本史勉強するから、身近に感じそうだよね」
「と言っても、平安時代の終わりら辺ですよ。ちょっと遠い気がします」
そう口にしながら控えめに笑うと、あざらしは教科書を開いていき、今日習った所を開く。ノートも開き、シャーペンを手に取って、いざ、という所で、まだ教科書を開いていない白熊の姿が目に入った。
「白熊先輩?」
「……平安時代ってことはさ、恋文が流行ってた頃だね」
「ああ、ですね」
「和歌って、作れる?」
「まさか。詞だって作れませんよ」
ぱたぱたと両手を振るあざらしに、嬉しそうに笑うと、白熊も教科書を開いていく。
「現代だし、じゃあ和歌はやめておいて、そのまま恋文とか書くのってどう?」
「恋文」
「俺からあざらし君に、あざらし君から俺にって」
横向きの封筒、便箋、白熊の顔。
脳裏にぽんぽんと浮かんでいき、あざらしの顔は赤くなる。
「手紙で気持ちを伝えるのって、なんか、口で言うよりも勇気が」
「そんなに肩肘張んないで。もっと気楽に、好きですの一言だけでもいいし、ここに行ってみたい、なんて要望でもいいし」
好きに書いて、と言われても、あざらしの顔の赤みは増していくばかり。
ノートを開き、シャーペンを手に持ちながら、尚も白熊は話し掛け続けてきた。
「この後、封筒と便箋を買いに行かない? 百円ショップで安くていい感じのもの売ってるだろうからさ」
「学校の傍にありますもんね、百円ショップ」
「勉強後の楽しみに、どうかな?」
白熊に想いを手紙で伝える。それは少し恥ずかしさを覚えてしまうが、一緒に買い物をするのは楽しそうだ。
あざらしが頷くと、白熊は本当に、心の底から嬉しそうに、笑みを浮かべる。
「じゃあ、下校時刻まで勉強、頑張りますか」
「はい!」
黙々と書き写したり、教科書に出てきた偉人について話したり、スマホで調べたりして、楽しい勉強時間を互いに過ごせた。
そうして、そろそろ下校時刻になる、という時に、白熊から話し掛けられる。
「……あざらし君」
「は、はい、何ですか?」
「今ね、教室に人いないよ」
言われて辺りを見回せば、確かに人がいない。
そうですね、とあざらしが返事をしようとした瞬間──また、指を絡め取られる。
思わず白熊の顔を見ると、蕩けるような笑みを浮かべて自分を見ていたものだから、自然とあざらしは唾を飲み込んでいた。
「そっちに行ってもいい?」
甘い白熊の声に、頷きそうになるが、ここは学校だ。きっと、手を繋ぐ以上のことをされるのだろう。
手を繋ぐ以上のことをして、誰かにうっかり見られるのは恥ずかしいし、そもそもこの場所はおにぎり同好会の活動場所。今後、白熊との時間をふいに思い出して、おにぎりが喉を通らなくなったら大変だ。
「こっ……これで、我慢、してください……」
絡めてくる指を受け入れるように、握り返すあざらし。
白熊は一瞬目を開いた後、またいつものように微笑んだ。
「学校を出たら、いい?」
「……っ!」
どれくらい、あざらしの気持ちは伝わっているんだろうか。
心落ち着く先輩だったのが、日増しに、共にいると鼓動が速まってしかたない恋人になっていく。
自覚してからの「好き」は刺激が強くて、だけど中毒性もある。もっと一緒にいたい、もっと欲しい。何でこんな気持ちを教えたんだとも思うし、教えてくれたのが白熊で良かったとも思える。
そんな感情がいつも身を焼いていた。
「……は、い」
白熊が好き。
それを伝えるのは緊張するが、どんな反応をされるのかと、期待する自分を感じながら、なかなか白熊の指を外せないあざらしであった。



