ぺんぎんと共に、白熊と斑鳩の教室に向かうあざらし。何かトラブルに巻き込まれることなく無事に着いてみると、鮫島と南極の姿はいつも通りそこになく、白熊と斑鳩が何か話している様子だった。

「まだ早いからやめとけ」
「そう?」
「あざらしだって、色々と初めてだろう? あいつのペースを考えてやるべきだ」
「……そうだね、ちょっと浮かれていたかも」

 自分の名前が出たことで、歩いていた足を止めるあざらし。何の話をしているのかと途端に気になってしまったが、白熊があざらしの存在に気付いて手を振ってきた為に、それ以上話の続きを聞くことはできそうになかった。
 いつものように椅子を用意してそこに座る。あざらしはその間一言も発せず、ぺんぎんもあざらしの様子を横から窺ってから、二年生達に話し掛けた。

「何の話をしてたんすか?」
「こいつの先走った行動を注意していた」
「なんすか、それ」

 斑鳩とぺんぎんが会話する横で、こっそりと白熊があざらしの手を机の下から握ってくる。いつもなら握り返すが、何となく、今日は何もしなかった。
 自分のことで、何を話していたのか。
 自分に対する不満とかなら怖いと、そう考えて、自然とあざらしは俯いてしまう。

「……あのね、あざらし君。ベルーガには反対されたし、俺も浮かれすぎてたなって思ったんだけど」
「おい」
「話すだけ、話すだけでもさ。あのね──あざらし君家に泊まってみたいんだけど、やっぱりまだ早いかな?」
「……え、泊まり?」

 泊まり、と繰り返す白熊に、目を丸くするぺんぎんと、頭を押さえる斑鳩。

「だから、先走り過ぎだっての。あのな、あざらし、ただの先輩と後輩ならただの泊まりだが、お前らはもう、その、つ……つき……つきあっ……」

 だんだんと顔が赤くなっていく斑鳩に、慌てた様子でぺんぎんが手で風を送る。
 斑鳩が言いたかったことを、白熊が代弁した。

「ベルーガ曰く、俺とあざらし君は付き合っているから、ただのお泊まりで済むはずがないし、そういうのは、付き合って一週間じゃ早いんじゃないかってさ」
「……あ」

 泊まるくらいなら、と肯定しかけ、白熊の言葉にあざらしは黙る。
 何かと二人っきりになると、キスをしてくる白熊だ。自分もそれが嫌じゃない。完全に誰もいない状況に長くいれば、どうなるかまだ分からない。
 未知だ。
 交際をしたのは白熊が初めて、これから経験すること全部、白熊が初めて。それをサクサク進めていけるだけの心の強さを、あざらしは持ち合わせていない。
 白熊がどんなに安心する相手でも、きっとすごく緊張するだろうし、とんでもない醜態を晒す可能性だってある。ゆっくり、できればゆっくりと、進めていきたい。

「……ごめんね、あざらし君のこと、あんまり考えてあげられてなかったね」

 きゅっと手を掴み、静かな調子で白熊が告げてくる。

「もう少し、時間が経ってからそういう話をしていこう。あざらし君がいいって言ってくれたら、うちに泊まってほしいし、あざらし君家に泊まらせてほしい。どうかな?」
「……」

 白熊が、自分の家にいる。
 白熊と夜は一緒に寝て、一緒に朝を迎える。
 それだけ、それだけを考えると──とても、魅力的にあざらしには思えた。
 ようやくあざらしは、自分の手を握る白熊の手を、握り返すことができる。更に空いている手も上から重ねて、自分の想いを口にした。

「キ、キス以上のことは、まだ怖いですけど、お泊まりは、ちょっと、してみたいです」
「……いいの?」

 こくんとあざらしが頷けば、白熊も空いている手を重ねてきた。
 温もりが増していき、少し速くなっていた鼓動が落ち着いてくる。

「白熊先輩は、絶対に僕の嫌がることはしないって、信じていますから、その……いいです」
「……君の信頼を裏切るようなことは、絶対しないから」

 完全に二人の世界になっている横で、斑鳩は顔を両手で覆っていた。

「何で普通に言えんだよ、キ、キ、キ……ってよお」
「普通に言えますよー」
「慎みを持てよな」

 斑鳩の地獄の底から響くような、恥ずかしがる声は、二人の耳には入っていなかった。

「俺、いつでもいいから。泊まりに行くし、泊まりに来て。いや、どちらかって言ったら、泊まってくれた方が安心かもしれない」
「そう、ですか? ……そう、ですね。なら、泊まらせてもらえますか?」
「いいよ、おばあちゃんやみーちゃんにも相談しておく」
「……金曜日の放課後か、土曜日に」
「金曜日の放課後からおいで。一緒に下校しようよ」

 一緒に下校。そう耳にしただけで、あざらしの顔は綻んだ。

「金曜日の放課後に、じゃあ」
「今週、はさすがに早いよね」
「……むしろ、いいんですか?」
「全然いいよ」
「……なら、今週……」
「是非!」

 あっという間に恋人達の週末の予定が決まる。
 斑鳩の耳にも当然入っており、終始恥ずかしそうにしながら、持ってきたおにぎりを食べるのであった。