夜の十二時を少し過ぎた頃。
 瞼を閉じては開けて、時計を見て、また閉じて、そして開ける。あざらしはそれを何度も繰り返していた。
 瞼を閉じるたびに、白熊とのキスを思い出して、目が冴えてしまうのだ。
 触れ合った唇の感触、掴まれた手首の感触、押し倒された時の畳の感触、その全てを鮮明に思い出して、あざらしは両手で顔を覆う。
 白熊とは恋人同士、これから先だって何度もすることになるだろうし、それ以上のこともすることになるだろう。
 そのことに少したりとも嫌悪感が湧かないどころか、もっとしてほしいとすら思っている。いつの間に自分はそんな、すけべな人間になってしまったのかと、悶えずにはいられない。

「白熊先輩……白熊先輩の……」

 さて、何と言うべきか。
 変態? 馬鹿? そんな酷い言葉、言えるわけがない。
 白熊はあの後も普通に接していた。鮫島が南極と食べてくるからと、お夕飯もご馳走になった。その時に言われたのだ、うちに住めば毎日一緒に食べられるよと。
 白熊がいて、白熊の祖母がいて、鮫島……はどうだろう。大学に進学したら出ていくという話だったし、これまでも夕飯を一緒に食べたことはない。でも、彼がいたらいたで、賑やかだろう。
 家で一人で食べるよりも、ずっと楽しくて、温かくて、幸せだろう。

「……いいな」

 白熊と一緒に住む、なんと魅力的な未来か。
 実現したらいいなと思うが、その場合、この家はどうなるのだろう。
 母がたまに帰ってくる家。ここを出るとなったら、もう来る理由もなくなるから、この家を引き払うんだろうか。
 生まれた時からここで暮らしてきたんだ、良い思い出がなくても、生家がなくなるのは淋しい。

「でも、白熊先輩といられるなら」

 そんな淋しさも、どうでも良くなるのだろうか。

◆◆◆

 白熊は上機嫌だった。
 右に左に激しく揺れて、くふふふふふふふと笑い声を上げている。
 本棚で仕切られているだけなので、鮫島に丸聞こえ状態であり、勉強していた鮫島は立ち上がると、枕を手にして白熊の元に行き、思いっきり枕で白熊を叩いた。

「うっせぇぇぇぇぇ! 寝ろぉぉぉぉぉ!」
「だってさ、みーちゃん。俺ね、今日ね、くふふふふふふふ」
「あざらしといちゃこらしたんか、良かったな。ワシは南極と勉強勉強でしょっぱい青春したってのによ」
「あざらし君って本当に可愛いよね」
「おい、会話しろや」

 白熊もまた、あざらしとのことを思い出して、ハイテンションになっていた。
 自分を受け入れようと必死に応えるあざらし、掴んだ手首の細さ、離れた後に潤んだ瞳で見上げてきた時の顔、どれも思い出してしまうたびに、愛おしさが増していく。

「あー、好き」
「良かったな、じゃあ、勉強に戻らせてもらうからな」
「今日も本当はさ、泊まってもらいたかったんだけどさ、何も準備してないし悪いからって」
「泊めるならこの部屋だよな? ワシもいるって忘れてないよな?」
「たまにはおばあちゃんと寝たらどうかな」
「おばあちゃんの迷惑考えろ、孫と恋人のそういう声を聞かせるな」
「そこまでのことはさすがにしないよ、まだ高校生だし。そういうことは卒業してからさー」

 くふふふふふふふと笑いながら言う白熊を、疑わしそうな目で鮫島は見つめ、もういいやと呟いて、自分の机に戻ろうとする。
 だが、本棚の横を通り過ぎようとした辺りで、一度足を止めた。

「……てか、お前があざらしの家に泊まるってのは?」
「……」
「確かあいつの家、親が全然いないんだろう? なら」
「……みーちゃん」

 白熊は身体を起こし、真顔で鮫島を見つめてくる。その視線に一歩後ずさりながら、何だよと返せば、静かな口調で白熊は口を開いた。

「……付き合って一週間でそんな、ちょっと、早くないかな。据え膳食わぬは男の恥とは言うけど、その、早い早い」
「高校卒業するまで我慢するって言った口でよく言うぜ。ワシも人のことは言えんが」
「ストッパーいないんだよ、俺、抑えが効くか分かんないよ」
「ワシとばあちゃんにそんな大役任せんなや」
「それでも、うん、そうだね。ちょっと訊くだけ訊いてみるよ」
「頑張れー」

 適当にそう言うと、今度こそ鮫島は机に戻ってしまった。取り残された白熊は、尚もテンション高くあざらしのことを考える。
 明日直接会った時に言おう。そう心に誓って、頭の中でどういう風に言うか思い浮かべ、なかなか眠れないのだった。