青のバンドが終わってから、数組見たところで、帰る時間を気にし始めた猪村と、駅まで歩いているところ――不意にスマホが震えた。
『今抜け出せた、どこにいる?』
 青からだった。
 俺は駅を目の前にして、
「あー……ごめん、俺ちょっと戻るから先に帰ってて」
 と猪村に手を振って、その場を後にした。
「おー、もし入江に会うなら、サイコーだったって伝えといて!」
 俺はそれに手を振って応えると、来た道を戻りながら、
『今駅の近く』
 と青に連絡を返す。
 駅前は飲み会帰りだろう大人達と、次の店に向かう上機嫌な大人達で溢れていた。俺は無意識に速足になるのを止められないまま、ライブハウスへと足を向けた。
 ――会いたい。早く、会いたい。
「理都先輩!」
 声がして目を凝らすと、ちょうど目の前の横断歩道の向こう側に、大きく手を振ってる青がいた。その姿に、胸の奥が甘く締め付けられる。
 赤信号がもどかしい。
 往来する車に邪魔されながら、俺はひょろりと背の高い彼を見つめた。
 青になると、彼は走ってこちら側に向かってきてくれる。俺も足早に青の元に向かった。
「ばか、勝手に帰るなよ」
「ごめん、連絡ないから忙しいと思って」
 手首を掴まれ、信号を渡り切ると、隣に並んだ青はふっと浅く息を吐いた。
「どうだった? ライブ」
「すっごくかっこよかった! 一緒に来た友達も、最高だったって!」
 青は照れているのか、そ? と短い言葉で頷いてから、しっかりと俺の手を握る。
「すごいね、好きな事してるんだなって伝わってきたよ。青が楽しそうで、本当に嬉しかった」
 俺が同じ力で手を握り返すと、逸らされた視線が俺に戻ってくる。
「俺、普段音楽聞かないから、そんな俺が言っても説得力ないかもだけど、すっごくかっこよかったし、もっと聞きたい、青のやりたい音楽、もっと知りたいって思ったよ」
 伝えたい事を言葉にすると、青が唇を横に引き結んで、少し顔を歪めた。
「なんか、照れるからもういい」
 そう言うと、ビルとビルの狭い路地に引き込まれ、どうしたの? と声を掛ける瞬間に抱き締められた。驚いて名前を呼ぶと、
「俺、あんたに言いたい事ある」
 そう声を遮られた。大通りの街のネオンと、人のざわつきが視界の端で、煌めいている。
 心臓が青との間で、少しずつ大きく鳴り始める。
「先輩が好きです」
 その言葉は前触れもなく、鼓膜の奥まで落ちてくる。その音は俺の心臓や心に沁み込んで、じわりと喜びを湧き上がらせて、身体を満たしていく。
「先輩と一緒にいると安心するし、本音がなんか出せるし、先輩の言葉に救われる」
 ふと身体が離れると、真剣な眼差しで見つめられた。彼の瞳の奥に、街の微かな明かりが入り込み、ふつふつと燃えるような熱を見てせてくれる。
「拗ねる面倒なとこも、笑ってるところも、大人みたいな顔するとこも、全部好きです」
 俺はこの瞳も好きだと思う。
 言葉足らずで俺の事を振り回すところも、好きなものに打ち込む姿も、甘えてくるところも、こうやって、俺に真剣に向き合ってくれるところも――全部好きだ。
 まだ短い時間しか一緒に過ごせていないとは思うけれど、多分ここで迷ったら、俺は後悔する。それに対して、何か確証があるわけじゃないけれど、直感的にそう思う。
 俺は額を青の肩口に押し付けた。
 まだライブの熱を孕んだ身体が、熱い。雑音が遠退いて、青の心臓の音が聞こえてくる気がした。
「理都先輩……?」
 顔を上げると、不思議そうな顔で覗き込まれる。青の耳に連なる銀色のピアスが、鋭く光り、甘い毒を刺した。
「俺も、青が好き」
 すんなりと唇から言葉が零れると、青の表情がゆっくりと、とろけだす。
 俺は少し踵を上げると、自分よりも背の高い青の唇に、唇を重ねた。
 青の手が腰を抱いてくれる。俺もそれに応えたくて、彼の首に腕を回してその熱い身体を抱き締めた。
 温度と、心が、同じ熱量で動き出すのを感じた。