「ハニーミルク・ラテ、シロップ追加で」
午後七時三十分。
大体この時間にやってくる、男子高校生の集団の中――少し冷たい表情をした彼は、いつも甘い飲み物を頼む。
「ホットでよろしいですか?」
ハニーミルク・ラテ。彼はいつもその顔に似合いそうな、ブラックコーヒーは頼まない。
「はい。あと、……これも」
そう言いながらレジ横にある小さなフィナンシェを摘まみ上げて置くと、スマホを操作し、タッチ決済でと呟く。
俺は言われるままに手早く会計を済ませると、
「全員御一緒ですよね、できたらブザーでお知らせしますね」
とブザーを渡し、オーダーをカウンターに流し、去って行く彼らを見送った。
俺と同じ高校の制服を着た彼等四人組は、にぎやかにレジ前を去って行き、いつもと同じ、大通りに面した壁際の四人席を陣取った。各々が肩に掛けている通学鞄やらを下ろしていると、彼等の隣で勉強しているだろう高校生や、パソコンを開いたサラリーマンらしい中年男性が、迷惑そうに、静かに彼等を睨みつける。
「悪い子たちじゃないけど、目立つよね」
ひっそりとドリンクのオーダーを受けた店長が、小声でそう言った。俺は「まあ」と彼らを眺めながら頷く。
確かに四人も集まれば、嫌でも目立つ。彼らの話に終わりはないように、延々と話しているから、あの集団のそばで勉強や仕事は不向きだろう。
だが、カフェに談笑禁止なんてルールはないし、大きな声で話しているわけでもないから、注意のしようもない。俺も彼等には関しては、目立つなぁ、くらいの認識だ。
「あの、いつも甘いの頼む子。めちゃめちゃダントツかっこいいよね」
「店長の好みですか?」
「好みっていうか、一般的に?」
そう軽く首を傾げなら、店長はオーダーされている「ハニーミルク・ラテ」を作っていた。
「あれ、背ぇ高いですけど、高一ですよ」
「え、じゃあ十五・六? やっば、好みとか言ったらヤバいじゃん」
店長はそう言いながら小さく笑うと、最近の子は発育が良いのね、なんて、俺と十も変わらないくせに、年寄りみたいな事を呟く。俺は四人組へと視線を投げた。
ハニーミルク・ラテの彼――入江青は、ガラス張りの向こう側を流れる大通りに視線を投げながら、周りの話題に相槌を打っているようだった。
「理都くん、できたからブザー鳴らして」
店長に言われて、俺は彼等に渡したブザーのボタンを押した。彼らを眺めていれば、一番最初に振動に気付いたのか、入江青が席を立つ。彼は真っ直ぐ受け取りカウンターへと来ると、トレイに乗せた四人分のドリンクを、蚊の鳴くような小さな声で「ども」と呟いて受け取る。
そのまま帰って行くのかと眺めていると、彼は何故かトレイを手に、こちらへと歩いてくる。何だろう、と彼を伺っていると、俺の前まで着て、
「俺達って、うるさいですか?」
と真っ直ぐ聞かれてしまった。
内心どきりと心臓が鳴る。もしかして、さっき店長と話していた声が聞こえてしまったのだろうか。でも、席は店内の端と端だから、聞こえるはずがない。
「えっと……?」
クレームを入れられると思うと、掌がじんわりと汗を掻く。どうしても言葉が続かなくて、ぐるぐると一人で頭の中で言葉を探していると、
「あんた、こっちずっと見てたから」
そう入江青は言葉を続ける。
どうやら、店長との会話は聞かれていないようだ。
「あ、……すみません。いつも来てくれるなって思ってただけです。座る場所も一緒だし……」
思わず頭に浮かんだ言葉を引っ掴むように口にすると、彼はこちらをじっと見つめてくる双眸の奥をふ、と緩めて、視線を落とした。
「……そか。うっせーのかと思って……俺達四人でいるし」
「いえ、不快な思いさせてすみません。いつもご来店下さって、嬉しく思ってます」
少なくとも店員の俺は、迷惑なんてしてないし、今の言葉に嘘もない。いつも高いドリンクを定期的に飲みに来てくれる彼は、間違いなく良客だ。しかも彼等の滞在時間はそれ程長くもないし、来るのは決まって客が引き始める頃なので、迷惑だと思っているのは、彼の傍に座っている勉強や仕事をしている人達くらいだろう。
「甘い物、お好きなんですか? シロップいつも追加されてますよね」
「あー……覚えてくれてるんですね」
話を逸らしたくて、にこやかに伝えてみると、思った以上に初々しい反応が返ってくる。おや、と思っていれば、彼は照れているのか少し視線を斜めに落としてから、
「……ありがと、おにーさん」
それだけを呟き、三人の待つ席へと戻って行ってしまった。そのあっさりとした態度に、ほっとしながら、俺は細く長い息を吐いた。
「ごめん、話聞かれたのかと思ったァ……」
「俺も。でも……いい子たちですね、きっと」
ほっとする店長の横で、俺もまだ胸の内側でとっと、と落ち着かない胸を抑えて、安堵の息を漏らす。
「そう言えば、なんで理都くん、あの子の年齢知ってるの?」
「俺の通ってる高校で、ちょっとした有名人なんですよ」
俺は彼等へと視線を投げた。
バカ騒ぎとまでは言わないけれど、それでも楽しそうな彼らの周りの人達は、あからさまに迷惑そうな顔をしている。
「チックトックってショート動画サイトあるじゃないですか」
「ああ、私はあんま見ないけど」
「それで、あの子のドラムのショート動画バズったんです。確か三十万回再生とかで」
「やっば……」
はぁ~、と感心したように店長が息を漏らした。
「俺も見てないんですけど、それで俺の学校だと有名人なんです」
ドラムの技術とか俺には分からないけれど、それでもその短い動画は、彼の顔面込みでバスり散らかした。噂ではそのショート動画を見て、色々なバンドから声を掛けられているとか、いないとか……。
「かっこいいもんね、あの子」
「まあ、……高一らしかぬ落ち着きがありますね」
楽しそうな三人に囲まれながらも、必要以上に開かれる事のない唇、静かな眼差し、通りを過ぎていく車のヘッドライトに照らされる白い肌。少し癖のある明るすぎる金髪に近い茶色の髪。端正な顔立ちやその細そうな体躯は、一見ひ弱で大人しそうに見えるけど……。
――あれで、どんな演奏をするんだろう。
純粋な興味が、ふっと湧き上がってくる。
「すみません、ホットコーヒー下さい」
いつの間にか目の前にいた客の声にはっとして、俺は「いらっしゃいませ」と慌てて笑顔を作った。
入江青とは、それ以降目が合うことも、話す事もなかった。



