昼休み。昼食を持った僕は、騒がしい教室を出て、ひとりで屋上に向かっていた。
本来なら、無許可での屋上の立ち入りは禁止されている。
だけど僕の捜し人は、今日も平然と屋上に侵入して、授業をサボっているんだろうな。

「あ、いた! 大賀美くん、やっぱりここにいたんだね」
「……今、何時」
「もうお昼の時間だよ」

大賀美くんは、堂々と地面に寝転んでいた。僕の予想通り、授業をサボってここで寝ていたみたいだ。
大賀美くんがここをサボり場としていることは周知されているようで、他の生徒はほとんど立ち入らないらしい。
大賀美くんと二人きりになれるから、僕としては嬉しいって思っちゃうんだけどね。

サボってばかりいて、授業についていけるのかなって心配にはなるけど、大賀美くん、実は頭がものすごくいいらしいんだ。入学試験でトップの成績だったというのは、大樹から聞いた話だ。
大賀美くん本人に聞いてみたら「さあな」って興味なさげに返されたけど。

「今日もいい天気だね。空がすっごく綺麗だよ。あ、飛行機雲だ!」

柵を両手でつかんで、屋上からの眺めを堪能する。見慣れた校庭のはずだけど、大賀美くんと一緒にいるだけで、目に映る景色がすごく綺麗に見える。
階下の開いている窓からは、生徒の賑やかな声が聞こえてくる。だけどこの屋上には、僕と大賀美くんの二人だけだ。

――大賀美くんの時間を独り占めしている。それが嬉しくて、頬が勝手に緩んでしまう。

「何ニヤニヤしてんだよ」
「大賀美くんと一緒にいられて嬉しいなぁって思ってただけだよ」
「……クソ能天気な奴」

上体を起こした大賀美くんは、ひとりでにやついていた僕を怪訝な目で見つめてくる。そして僕の返答を聞くと、形のいい眉をもっと顰めて、ため息を漏らした。

「大賀美くん。ここでお昼ご飯、食べてもいい?」
「……俺が返事する前に、もう座ってんじゃねーか」

眠たそうな顔をした大賀美くんが、ボソリと呟いた。
ここでお昼を一緒にするのはこれが初めてじゃない。文句を言われることはよくあるけど、大賀美くんに出ていけと言われたことは今まで一度もない。
これは大賀美くんなりの“いいよ”の言葉なんだと、僕は勝手に解釈している。

「……お前のそのパン」

僕がビニール袋からパンを取りだせば、大賀美くんが反応を示した。

「大賀美くんも好き? 美味しいよね、幸福本堂(こうふくほんどう)のパン」
「……まぁ」

大神くんが、同意するように小さく頷く。

「大賀美くん、よかったら一緒に食べよう」
「……いいのかよ」
「うん。選びきれなくて、たくさん買っちゃったからさ」

――なんて言ってみたけど。
実は大賀美くんがここのパンが好きだって知っていて、あえて多めに持ってきたんだよね。

「それじゃあ、もらうぞ」

大賀美くんはウィンナーロールを選んだ。一つだけじゃ足りないだろうと思って、一緒にクリームパンも手渡す。
ウィンナーロールをあっという間に食べ終えてしまった大賀美くんは、今度はクリームパンの包みに手を掛ける。気持ちのいい食べっぷりだ。

「大賀美くんは、手が大きいよね」
「……そうか?」
「うん。指も長いし、すごく綺麗な手で羨ましいな」

大賀美くんが手にすると、普通サイズのクリームパンが、何だかすごく小さく見える。

「お前の手はちっせえな」

大賀美くんが、クリームパンを持っていない方の手で僕の手に触れた。手のひらを合わせてから、指を絡めるようにぎゅっと握りしめられる。

「お、大賀美くん!?」
「何だよ」
「てっ、手、てて、が……!」
「ふっ、どもり過ぎだろ」

僕の顔を見た大賀美くんは、息を漏らすように小さく笑った。
……どうやら、僕の反応を見て面白がっているらしい。ひどい。純情な男心を弄ぶなんて。でも手を握られたことは嬉しいから、文句を言うのはやめておいた。

「大賀美くんの手は冷たいんだね」
「そうか?」
「うん。僕は子ども体温ってよく言われるんだ」
「……お前は見た目も中身もお子ちゃまだろ」
「そ、そんなことないよ!」

そりゃあ、大賀美くんと比べたら、僕なんてちんちくりんにしか見えないだろうけどさ。こう見えても、大賀美くんより一つ年上なんだから。……といっても僕は三月生まれで、大賀美くんは四月生まれだから、一か月しか違いはないんだけど。

あと一か月遅く生まれていたら、大賀美くんと同い年だったってことだ。同じクラスなら、一緒に過ごせる時間も多かっただろうな。体育祭や文化祭、それに修学旅行といった行事にも一緒に行けただろうし。
同い年の大賀美くんとの学校生活を想像していれば、大賀美くんが口を開いた。

「……まぁ、手が冷たい奴は、心も冷たい奴だって言うしな」
「そうなの? 僕は手が冷たい人は、心があったかい人だって聞いたことがあるけど」
「はっ。お前には俺の心があったかく見えるのかよ」
「うん、見えるよ」

即答すれば、大賀美くんは目を瞬いた。どうしてそんなに驚いた顔をするんだろう。

「だって大賀美くんが優しい人だってこと、僕は知ってるから」
「……もういいから、黙ってこれでも食ってろ」

口に突っ込まれたのは、大賀美くんの食べかけのクリームパンだ。

「むごむごっ」
「ふっ、何言ってんのか分かんねーし」
「むぐっ……うん、クリームパンも美味しいね!」

口に入れられたクリームパンを飲み込み、笑ってそう言えば、大賀美くんの手が伸びてきた。すらりとした指先が、僕の口許に触れる。

「ガキかよ」

あきれ顔の大賀美くんが、自分の指についたクリームをぺろりと舐めた。
――どうやら、僕の口許についていたクリームをとってくれたらしい。

「お、大賀美くんが、急に口に押し込んできたからだからね!?」

大賀美くんは、真っ赤になった僕の顔を見て、意地悪な顔で笑った。

「……クソ甘ったるいな」