「羊は今日、バイトだっけ?」
「うん。大樹は今日も部活だよね? 頑張って!」
「おう。そんじゃあまた明日なー」
サッカー部の大樹は部活があるので、教室で別れる。
僕は週に三日ほどバイトをしていて、今日がちょうどその日だ。
リュックを背負って学校を出て、そのままの足でバイト先に向かう。
バイトがない日は校内をウロウロして、あわよくば大賀美くんと会えないかなって探しちゃうこともある。だけど今日は諦めるしかない。
「おい、そこのお前」
大賀美くんも帰宅部のはずだけど、放課後って何をしているんだろう。大賀美くんもバイトとかしてるのかな?
「おい、お前。ちょっと待て」
この前、放課後に偶然会った時は、頬っぺたが腫れていたし口の端も切れていた。どこかで喧嘩していたんだろうな。
大賀美くんの方から理由もなく喧嘩を仕掛けることはないと思うけど……危ないことはあまりしてほしくない。大賀美くんが強いことは知ってるけど、いつか大怪我をしちゃうんじゃないかって心配になる。
「おいコラァ! 待てって言ってんのが聞こえねーのか!」
「え? 僕ですか?」
後ろから肩をつかまれた。振り返れば、見覚えのない男子生徒が二人立っている。制服が違うから、他校の生徒だ。
頭髪は一人が銀色、もう一人がオレンジ色に染められていて、どちらも派手でいかつい雰囲気がある。ザ・不良って感じだ。
だけど、どうして僕に声をかけたんだろう? ……あ、もしかして。
「迷子ですか?」
「あぁ、実はそうなんだよ。コンビニに行きたくて……って、んなわけねーだろ!」
切れのいい一人ノリ突っ込みを披露してくれた銀髪男子は、コホンとわざとらしく咳払いをする。
「お前、大賀美遙の友達だな?」
「えっ。……そ、そう見えますか?」
僕って、周りからは大賀美くんの友達に見えるんだ。だとしたら嬉しいな。
「……と思って声をかけたが、お前みたいなひょろっちい奴が大賀美のダチなわけねーな。よくて舎弟かパシリってところか」
「ぱ、パシリなんかじゃありませんよ! 僕は大賀美くんの……!」
僕は大賀美くんの――何だろう。
僕は大賀美くんが好きだし、もっと仲良くなりたくて話しかけている。だけど友達と言っていい関係にはなれていない気がする。知人? それとも同じ高校に通う先輩と後輩? うーん、どれも当てはまるけど、何だかしっくりこない。
考えこんで入れば、後ろから足音が聞こえてきた。
「通行の邪魔」
「あ、大賀美くん」
噂をすれば何とやら。歩いてきたのは大賀美くんだった。
僕と他校の男子生徒二人の顔を順に見て、面倒くさそうに顔を顰めている。
「大賀美、ちょうどいいところに来たなぁ。この前のお礼をしにきたんだよ」
「……誰だ、お前」
大賀美くんの知り合いだと思っていたけど、大賀美くんは覚えがないらしい。
「覚えてない、だとぉ……? っ、先週、お前にボコボコにされた、鳴高の渡瀬だよ!」
「ふーん、あっそ」
二人は鳴高の生徒らしい。確か、隣町にある公立高校だ。
今にも大賀美くんに殴りかかりそうな雰囲気の銀髪さん――名前は渡瀬さんというらしい――を、オレンジ頭の男子が必死に抑えつけている。
「大賀美、俺と勝負しろ! 俺は鳴高で最強と言われている男だ。あの時は油断してたが、今日はそうはいかないからな!」
渡瀬さんが大声で言う。だけど大賀美くんは、それを無視して歩いていってしまった。
大賀美くんが喧嘩を買わなかったことに内心でホッとする。だけど無視された渡瀬さんは、ちょっと可哀想だ。
「おいコラ、ちょっと待て! 無視すんじゃねー! ……こ、コイツがどうなってもいいのか!? このひょろっちいのは、お前の舎弟なんだろ!?」
渡瀬さんに、突然腕を掴まれた。思いきり引っ張られて、体制を崩してしまう。
ちなみに僕は運動神経が悪い。おかしな体制でよろけた僕に、渡瀬さんは驚いたらしい。手を離されてしまった。
……多分、このまま転ぶだろう。そう思ったけど、僕が地面とご対面することはなかった。
「コイツに触んな」
僕の手を引いて助けてくれたのは、離れた場所にいたはずの大賀美くんだった。肩を引き寄せられれば、大賀美くんの爽やかな匂いが、ふわりと香ってくる。
「行くぞ」
「……あ、うん。あの、さようなら!」
大賀美くんは僕の手をつかんだまま歩き出す。振り返れば、鳴高の二人は何故か顔を蒼くして固まっていた。
不思議に思いながらも別れの挨拶をして、大賀美くんの後をついていく。歩き始めて十秒も経たないうちに、繋がれていた手は離れていった。……ちょっと残念だ。
「さっきの人たち、大賀美くんの友達かと思ってたけど、違ったんだね」
「……お前って、本当に能天気な奴だな」
「え?」
「お前は、俺のせいでアイツらに絡まれたんだろ」
大賀美くんの声は固くて、どこか元気がない。
「……だから、俺なんかに構うなって言ったんだ」
そう言う大賀美くんは、気のせいかもしれないけど……何だか、寂しそうだ。
大賀美くんに突き放すような言葉をぶつけられたことは、何度もあった。だけどそれは、僕を心配してくれていたからなのかもしれない。
「僕が絡まれたのは、大賀美くんのせいじゃないよ」
「はぁ? アイツらは、俺に用があったって言ってただろ」
「だけど僕は、僕の意思で大賀美くんに構ってるんだから。大賀美くんが気にすることなんて何一つないでしょ?」
「……それでまた変な連中に絡まれてもいいのかよ」
「うん、別にいいよ。それでも僕は大賀美くんと一緒にいたいんだ。僕ね、大賀美くんともっと仲良くなりたい」
大賀美くんに届くようにって。
目を見て、ありのままの正直な気持ちを伝える。
「……勝手にしろ」
黙り込んでいた大賀美くんは、小さな声でそう言った。
返ってきた言葉が嬉しくて、顔が緩む。笑顔の僕を見た大賀美くんは、すぐに視線を逸らすと、歩く速度を上げてしまった。
置いていかれないように、僕も足を速めて大賀美くんの隣に並ぶ。
「僕、これからバイトなんだ。大賀美くんは家に帰るの?」
「……あぁ」
「それじゃあ途中まで一緒に帰ろう! ……あ、そうだ。でもやっぱりね、喧嘩はよくないと思うんだ。さっきの人たちも、それで知り合ったんでしょ? 大賀美くんに怪我はしてほしくないから、ほどほどにしてね」
「……余計なお世話だ。子ども扱いすんじゃねーよ」
「別に子ども扱いしているわけじゃないんだけど……でも、僕は大賀美くんよりはお兄さんだからね! 何かあったらいつでも頼ってよ」
といっても、僕は喧嘩ができない。そもそも運動は苦手だし力だって強いわけでもないから、そういったことで助太刀することはできそうにないんだけど。
「あの、喧嘩は専門外なので、他のことで……勉強とか、悩み相談とか? 何でも言ってよ! いつでも甘えてくれていいからね!」
「……じゃあ、撫でろ」
「えっ」
「甘やかしてくれんだろ?」
大賀美くんに手をつかまれたかと思ったら、その手を誘導された。
――腰を折った大賀美くんの、頭の上に。
「……え、えっと、それじゃあ……失礼します……」
金色の髪をそっと撫でれば、想像していたよりも柔らかい。屋上でサボっている時、寝癖がついていることがよくあるし、大賀美くんは猫っ毛なのかもしれない。
「……もういい」
頭を撫でながらそんな風に分析していれば、手をつかまれて止められてしまった。大賀美くんはまた歩く速度を上げて、僕の数歩前を歩いていく。
――金髪からのぞく耳が、赤く色づいているのが分かる。
つられて僕の顔も赤くなった。



