スマホの待ち受け、パスケースのポケット、お店や部屋にそれぞれ飾っている、白熊とあざらしのツーショット写真。
 白熊が不在の時、あざらしは白熊の写真を眺めながら、淋しさを紛らわせる。
 昨日から白熊はいない。白熊の叔父に引き取られた祖母に会いに、叔父の家に行っているのだ。

『お店も休みにしたし、あざらし君も一緒に行こうよ』

 そんな風に言ってもらい、一緒に行きたい気持ちが確かにあった。親よりも白熊と多くの時間を過ごしたと聞く、白熊の祖母だ。どんな人か気になるし、昔の白熊について話も聞きたい。
 だけどあざらしは断った。ほとんど無意識に、食い気味に、断っていた。

『家族団欒の場に部外者がいたら駄目ですよ』
『……あざらし君は、部外者じゃないよ』

 白熊の傷付いたような顔に、自分の発言を激しく悔いても、あざらしは撤回しない。
 行きたい、話してみたい、でも、見たくない。
 家族が仲良く過ごしている光景を見るのが──そこに自分は加われないのだと思い知るのが、何よりも怖い。

『泣かないで、あざらし君』

 自然と出ていた涙を、白熊が拭ってくれたが、涙は止まらなかった。今回はやめておこうかな、とまで言われ、それだけは回避しようと、涙混じりに行ってきてほしいとあざらしは告げた。

『僕のせいで、おばあさんと白熊さんが会えないのは、駄目です』

 何度も何度も駄目だと言った。白熊が分かったと言うまで、何度も。
 最終的に、白熊はあざらしの両手を優しく握り、あざらしの目を見つめながら、こう言ってきた。

『お祖母ちゃんにも叔父さんにも、あざらし君とのことは伝えてるし、反対されるどころか、会ってみたいって言ってもらってるから、ゆっくり、ゆっくりさ、考えてほしいな』
『……ごめんなさい』

「ごめんなさい」

 回想でも現実でも、あざらしは謝罪を口にする。そんな日が来るのかと、白熊の言葉でも信じられない。──あったかい家族、なんて無縁の人生だったから。
 白熊の布団の中で丸まって、自分と白熊のツーショット写真が入った写真立てを枕元に置いている。
 ──白熊さんがいればいい。
 そんな風に考える自分が嫌で、情けなくて、写真立てに爪を立てる。
 食べるのも忘れて眠った。ひたすら眠った。
 眠っている間は、淋しさを忘れられる。夢の世界に逃げられなくなったら、布団を頭から被って、白熊のいない現実から逃避した。
 そうして眠り続けた末に──白熊が帰ってくる。

◆◆◆

 あざらしの待つ家に帰る時、祖母がたくさん俵おにぎりを作って持たせてくれた。

『あざらし君と仲良く一緒に食べてね』

 あざらしとの写真や動画をいくつも見せながら、あざらしとの日々を語ったせいか、祖母は彼をもう一人の孫として受け入れてくれている。

『喧嘩するなよ?』

 叔父には終始苦笑されたが、軽い肩パンと共にそんな言葉をもらい、久し振りの祖母や叔父との温かな時間にすっかり癒された白熊だった。
 あざらしもいてくれたらと思わずにはいられないが、時間が掛かるんだろうなと、あざらしの様子を見ていれば分かる。あまり強くは言えないが、それでもつい望んでしまうのは、欲深いだろうか。
 帰路の途中でそんなことを考えながら、一個だけおにぎりを駅のベンチで食べる。ほんのり温もりが閉じ込められた、昔から変わらぬ優しい味に、思わず白熊に笑みが溢れた。
 早くあざらしにも食べさせてやりたいと、走れる所は走って、真っ直ぐ目的地に向かう。──だからだろうか、予定よりも三十分早く帰ってこれた。

「あざらし君!」

 一階の店の中を探した。二階の居間を探した。そして、寝室に足を踏み入れ、自分の布団が敷きっぱなしになっていることに気付く。
 中に何か入っているのか、こんもりと山ができていた。

「……あざらし君、ただいま」

 そう話し掛けながら、布団の山を抱き締める白熊。

「お祖母ちゃんがね、あざらし君の分も、たくさんおにぎりを作って持たせてくれたんだ。一緒に食べよう」
「……」
「屋上で食べる? 今日は星がよく見えるから、君と見たいんだよね」
「……しろくま、さん」
「うん、俺だよ」
「……帰ってきてくれて、その……」

 山が動きだし、やがて、ひょっこりとあざらしの顔が現れる。焦げ茶色の髪はぐしゃぐしゃになり、泣き腫らしたのか、顔は赤らんでいた。

「ありがとう、ございます」

 あざらしの瞳から、涙が一滴落ちる。
 白熊はあざらしの頬を撫でると、我慢ならないとばかりに彼を抱き寄せた。

「君が待ってくれる限り、必ず帰ってくるから」
「ずっと、待ってます。待ってますから……」

 あざらしが祖母と会えば、祖母はきっとあざらしを目に入れても痛くないほどに可愛がってくれるだろう。あざらしも最初は慣れないだろうが、だんだんと心開いてくれるはず。
 あざらしが叔父と会えば、叔父はきっとそれとなく優しく接してくれるだろう。男相手だと特に緊張するあざらしだが、時と共に、気負わずに話せるようになるはず。

 ああ、いつか四人でおにぎりを。
 実現する日を願いながら、今はあざらしとの再会を喜ぶ白熊だった。