閉店後の作業が終わり、夕食も風呂も済ませ、白熊とあざらしは寝室の布団の中でうつ伏せになり、くっつきながら、畳の上にタブレットを置いて映画の配信を観ていた。

「……かっこいいね」
「……かっこいいです」

 本日観ていたのは、やくざと少女の出会いから始まる、心抉る物語。
 やくざを演じた俳優は、甘いマスクの憑依型俳優として有名で、これまで演じてきた役にはそれぞれ彼独自の色を混ぜ合わせて、人々を何度も魅了してきた。そういった事前情報を持っていたとしても、映画を観ている最中は、彼がその俳優であるという事実をあっさり忘れてしまう。
 相手方の、歌舞伎役者の娘が演じる少女も、やくざに負けじと演技で魅せてくる。世間の不条理に涙をする少女。顔を手で覆ったりせず、わざとらしい嗚咽を溢すこともない。睨み付けるように、唇を噛み締め、怒りの涙を流す彼女にやくざはそっとハンカチを渡せば、少女はその手を振り払い、やくざの胸で泣き喚く。少女の頭を撫でるやくざは、ぞっとするほどの無表情で、彼が何を考えているのかと、こちらの想像力を駆り立てる。
 終わり方も見事なもので、全ての伏線を綺麗に回収し、少女の絶叫と共にエンドロールへ。映画が完全に終わるまで、白熊もあざらしもひとことも言葉を発せず、画面が次の映画に移りそうになった所で、白熊が操作して、画面を消した。そうしてようやく発した言葉が、それだった。

「関わっちゃいけない人だって、分かるんですけど……分かるんですけど、ねえ」
「あれはぐいぐい行っちゃうね。彼女には彼が必要だし、彼には彼女が必要だった」
「原作とかありましたっけ、これ」
「ちょっと調べてみるよ」

 白熊がタブレットで調べ物をする横で、あざらしは箱ティッシュを引き寄せて涙を拭い、鼻をかんだ。

「ノベライズはあるね。買おうか」
「そうしましょう。ノベライズではどうなっているのか気になります」

 返事をしながら、そっと、あざらしは白熊の横顔を覗き見る。
 いつも通りの微笑み。見ているだけで安心する表情。
 あの俳優も、いつもは人好きのする顔をしているが、映画の中では一切そんな顔をしなかった。

 ──たとえば、たとえばなんだけど……白熊さんだったら、どうなるんだろう。

 あのやくざみたいに、常に無表情で、冷たい声で、なんて特徴を並べると違う誰かを思い浮かべるが、そうじゃなくて、いつもと違う、やくざ味のある白熊さんは、どんな感じだろうと、あざらしは気になってきた。
 恋人の視線に敏感な白熊はすぐに気付いて、どうしたのと、あざらしに目を合わせてくる。

「あっ、いや、その……」
「ん……?」

 手を伸ばされ、頬に触れられる。案じるような触れ方に心地好さを覚えながら、あざらしは自然と説明していた。

「やくざな白熊さんって、どんな感じなんだろうと思いまして」
「……やくざな俺?」

 少し考え込む様子を見せた白熊に、変なこと言っちゃったなと妙に焦ってくるあざらし。頬に触れていた手は離れていき、その手は、あざらしの小指をつまんだ。

「──困るんですよ、約束を守って頂けないというのは」
「え、白熊さん?」

 あざらしが白熊の顔を見れば、いつの間にか白熊の顔からは微笑みが消えている。

「借りたら返す、これ、当たり前のことですよ? 返す当てもないとなると、こちらとしては誠意を感じられない。ケジメ、と言えば分かりますか?」

 見せてほしいんですよ……と掠れた声で言いながら、白熊はつまんだ小指を自分の口の中へと持っていき、

「んっ」

 軽く噛んだ。

「……エンコ、詰めさせてもらいましたわ」
「……エンコって何ですか?」
「何だろうね」

 へらりと笑う白熊はいつもの白熊で、愛おしさが込み上げてくる。

「やくざっぽい俺はどう?」
「素敵です。でもやっぱり、いつもの白熊さんがいいです」
「そうなんだ。……もうちょっと、エンコ、詰めていい?」
「だから何ですか、エンコって」

 秘密、と言いながら、白熊は再びあざらしの小指を噛み──それで止まらなくなるのだった。