「ねぇ、ねえ秋兄。日本にはどうしてスクールバスがないの? みんな、電車で通うの?」
「ああ、普通はそうだな。みんながバスに乗ったら、渋滞が起きて困るからじゃないのか?」
「たしかに、日本の道路は狭いから効率も悪いよね。さすが秋兄! 頭いい!」
「ハハッ……ありがとう」
(はぁー……)
玄関でのやりとりで大幅に時間をロスしてしまった俺と遼太郎は、電車の到着待ちで人がごった返す駅のホームに並んでいた。
(遼太郎って、たしか今日の入学式で新入生代表やるって言ってたよな? ということは、首席入学のはずだろ? 優秀なはずなのに、どうしてこんなにもコイツの会話は力が抜けるんだ?)
真新しい制服に身を包んだ遼太郎は、二つ年下なはずなのに、俺と並ぶと一緒、いや年上に見えてくる。
それは、デカいだけでなく、どことなく落ち着いた雰囲気を醸し出しているせいかもしれない。
だが、口を開ければ子どもっぽさが残っているせいか、不思議と話していると肩の力が抜けてしまう。
(まあ、図体はでかくなっても、遼太郎は遼太郎ってことか)
俺はそう納得しようとしたが、すぐに先程の玄関でのやりとりを思い出し、俺は首を横に振った。
『秋兄が大好き! 結婚すれば、ボクたちずっと一緒にいられるよね! だから、ボクが帰ってきたら結婚しようね! 約束だよ!』
『約束通り、僕と結婚してください』
(まさか子どものときの約束が、今になって俺を悩ませるとは……はぁー……)
心の中で深い溜め息をついていると、ホームに電車が入ってきた。
電光掲示板の時刻通りの到着だったが、ゆっくりと速度を落として止まり始めた電車の車内を見ると、どの車両も満員だった。
「あ、秋兄……。これに乗るの? って、こんなに人が乗ってて、まだ乗れるの?」
「仕方ないだろ。俺だって普段はもう少し早く出て、満員電車を避けてるんだ。それをお前が……」
『ねえ、ねぇ? 見て、見て。すごくカッコよくない?』
『ほんとだー! いつもこの時間なのかな? 今日は一本遅れちゃったけど、明日もこの時間にしとく?』
『さんせーい。せっかくだし、明日は声かけてみようよ!』
「……」
少し離れた場所から女子高生と思われる会話が微かに聞こえてきて、きっと遼太郎のことを話しているのだろうと、俺の胸が騒めいた。
「……遼太郎。明日は、もう少し早く出るぞ」
(なっ……! おいおい。これじゃあまるで、女子高生に俺が嫉妬としたみたいじゃないか!)
無意識なまま飛び出した言葉に俺は驚き、慌てて口元を片手で覆い隠した。
「えっ! 明日も一緒に行ってくれるの! やったー!」
だが、遼太郎はそんなことにも気付かない様子で、長い手を大きく上げ、その場で万歳を始めた。
「わっ、わっ! やめっ、遼太郎! 恥ずかしいだろ!」
俺は慌てて遼太郎の腕を引っ張って下ろさせると、そのまま何もさせまいと、二の腕を必死に掴んだ。
列の一番後ろだったため、同じ列に並んでいた人には気付かれなかったものの、周りからの視線は確実に集めていた。
(勘弁してくれよ、もう!)
「ほら、電車乗るぞ!」
「はーい……」
叱られて耳としっぽを下げる大型犬のように、しょんぼりとした遼太郎は、二の腕を俺に掴まれたまま電車へ乗った。
発車ベルが鳴り、人を押し込むようにしながら、なんとか扉が閉まる。
すぐに電車は発車すると、俺は遼太郎の二の腕を掴んでいた手を離して、扉を背にした状態で遼太郎の顔を見つめた。
「大丈夫か、遼太郎?」
「あ、うん……」
初めての満員電車に戸惑っていないか、俺は心配して遼太郎に声をかけるが、遼太郎はまだ俺に怒られたことを気にしている様子で、顔を俯かせたままだった。
そんな遼太郎の姿に、俺はなんだか居たたまれない気持ちになる。
(ああ、もう……)
俺は少し背伸びをして遼太郎に顔を近づけると、耳元で囁いた。
「その……おっきい声出して悪かったな。でも、外ではお互い気をつけような」
「……! うん!」
遼太郎は俯いていた顔を上げると、目を輝かせた満面の笑みで俺を見つめてきた。
(うっ、可愛……って、待て待て!)
俺よりもデカくなった男を、一瞬でも可愛いと思ってしまった自分に、俺は慌てて心の中で首を横に振って制止した。
「うわっ!」
そのとき、電車が軽く急ブレーキを踏んだため、俺は踏ん張りが足らずにバランスを崩し、隣の人に肩がぶつかりそうになる。
だが、遼太郎が咄嗟に伸ばした手が、扉についたおかげで俺の身体は止められ、なんとか隣の人へぶつからずに済んだ。
(ん……? この状況は……)
ドアに置かれた遼太郎の手。
すぐ近くにある、遼太郎の顔。
今、自分が置かれている状況を客観的に顧みると、これは世間でいう壁ドンという状況なのではと気付く。
「大丈夫、秋兄?」
(うわっ! 近いって! これ以上、顔を近づけてくるな!)
心配そうな表情で顔を近づけてくる遼太郎に、俺はどうしていいかわからず顔を俯かせてしまう。
すると、さっきの俺と同じように、遼太郎が俺の耳元に顔を近づけてきた。
「僕のこと、意識してくれてるの? だったら、嬉しいな」
(なっ……!)
そう囁いてきた俺を見つめ直す遼太郎の口元は、俺には少し、不敵に笑っているように見えた。
「ああ、普通はそうだな。みんながバスに乗ったら、渋滞が起きて困るからじゃないのか?」
「たしかに、日本の道路は狭いから効率も悪いよね。さすが秋兄! 頭いい!」
「ハハッ……ありがとう」
(はぁー……)
玄関でのやりとりで大幅に時間をロスしてしまった俺と遼太郎は、電車の到着待ちで人がごった返す駅のホームに並んでいた。
(遼太郎って、たしか今日の入学式で新入生代表やるって言ってたよな? ということは、首席入学のはずだろ? 優秀なはずなのに、どうしてこんなにもコイツの会話は力が抜けるんだ?)
真新しい制服に身を包んだ遼太郎は、二つ年下なはずなのに、俺と並ぶと一緒、いや年上に見えてくる。
それは、デカいだけでなく、どことなく落ち着いた雰囲気を醸し出しているせいかもしれない。
だが、口を開ければ子どもっぽさが残っているせいか、不思議と話していると肩の力が抜けてしまう。
(まあ、図体はでかくなっても、遼太郎は遼太郎ってことか)
俺はそう納得しようとしたが、すぐに先程の玄関でのやりとりを思い出し、俺は首を横に振った。
『秋兄が大好き! 結婚すれば、ボクたちずっと一緒にいられるよね! だから、ボクが帰ってきたら結婚しようね! 約束だよ!』
『約束通り、僕と結婚してください』
(まさか子どものときの約束が、今になって俺を悩ませるとは……はぁー……)
心の中で深い溜め息をついていると、ホームに電車が入ってきた。
電光掲示板の時刻通りの到着だったが、ゆっくりと速度を落として止まり始めた電車の車内を見ると、どの車両も満員だった。
「あ、秋兄……。これに乗るの? って、こんなに人が乗ってて、まだ乗れるの?」
「仕方ないだろ。俺だって普段はもう少し早く出て、満員電車を避けてるんだ。それをお前が……」
『ねえ、ねぇ? 見て、見て。すごくカッコよくない?』
『ほんとだー! いつもこの時間なのかな? 今日は一本遅れちゃったけど、明日もこの時間にしとく?』
『さんせーい。せっかくだし、明日は声かけてみようよ!』
「……」
少し離れた場所から女子高生と思われる会話が微かに聞こえてきて、きっと遼太郎のことを話しているのだろうと、俺の胸が騒めいた。
「……遼太郎。明日は、もう少し早く出るぞ」
(なっ……! おいおい。これじゃあまるで、女子高生に俺が嫉妬としたみたいじゃないか!)
無意識なまま飛び出した言葉に俺は驚き、慌てて口元を片手で覆い隠した。
「えっ! 明日も一緒に行ってくれるの! やったー!」
だが、遼太郎はそんなことにも気付かない様子で、長い手を大きく上げ、その場で万歳を始めた。
「わっ、わっ! やめっ、遼太郎! 恥ずかしいだろ!」
俺は慌てて遼太郎の腕を引っ張って下ろさせると、そのまま何もさせまいと、二の腕を必死に掴んだ。
列の一番後ろだったため、同じ列に並んでいた人には気付かれなかったものの、周りからの視線は確実に集めていた。
(勘弁してくれよ、もう!)
「ほら、電車乗るぞ!」
「はーい……」
叱られて耳としっぽを下げる大型犬のように、しょんぼりとした遼太郎は、二の腕を俺に掴まれたまま電車へ乗った。
発車ベルが鳴り、人を押し込むようにしながら、なんとか扉が閉まる。
すぐに電車は発車すると、俺は遼太郎の二の腕を掴んでいた手を離して、扉を背にした状態で遼太郎の顔を見つめた。
「大丈夫か、遼太郎?」
「あ、うん……」
初めての満員電車に戸惑っていないか、俺は心配して遼太郎に声をかけるが、遼太郎はまだ俺に怒られたことを気にしている様子で、顔を俯かせたままだった。
そんな遼太郎の姿に、俺はなんだか居たたまれない気持ちになる。
(ああ、もう……)
俺は少し背伸びをして遼太郎に顔を近づけると、耳元で囁いた。
「その……おっきい声出して悪かったな。でも、外ではお互い気をつけような」
「……! うん!」
遼太郎は俯いていた顔を上げると、目を輝かせた満面の笑みで俺を見つめてきた。
(うっ、可愛……って、待て待て!)
俺よりもデカくなった男を、一瞬でも可愛いと思ってしまった自分に、俺は慌てて心の中で首を横に振って制止した。
「うわっ!」
そのとき、電車が軽く急ブレーキを踏んだため、俺は踏ん張りが足らずにバランスを崩し、隣の人に肩がぶつかりそうになる。
だが、遼太郎が咄嗟に伸ばした手が、扉についたおかげで俺の身体は止められ、なんとか隣の人へぶつからずに済んだ。
(ん……? この状況は……)
ドアに置かれた遼太郎の手。
すぐ近くにある、遼太郎の顔。
今、自分が置かれている状況を客観的に顧みると、これは世間でいう壁ドンという状況なのではと気付く。
「大丈夫、秋兄?」
(うわっ! 近いって! これ以上、顔を近づけてくるな!)
心配そうな表情で顔を近づけてくる遼太郎に、俺はどうしていいかわからず顔を俯かせてしまう。
すると、さっきの俺と同じように、遼太郎が俺の耳元に顔を近づけてきた。
「僕のこと、意識してくれてるの? だったら、嬉しいな」
(なっ……!)
そう囁いてきた俺を見つめ直す遼太郎の口元は、俺には少し、不敵に笑っているように見えた。

