「秋兄、大丈夫? もしかして疲れてるの?」

「つ、疲れてなんか……って、お、お前一体ッ! 本当に遼太郎なのか?」

 俺は改めて、目の前にいる遼太郎と思われる人物を、頭のてっぺんから足のつま先まで何度も見返した。

 色素の薄い茶色のサラサラヘアーに、目鼻立ちがはっきりとして整った顔。

 細身でありつつも、ほどよく筋肉を感じさせる体形で、清潔感バツグン。

 高身長で手足は長く、誰もが認めるイケメンだった。

(う、嘘だろ……)

 やはり何度見ても、俺の記憶に残る遼太郎とは、似ても似つかない見た目だった。

「やだなー、秋兄。毎日メールしてたじゃん。あ、わかった! 久々の再会だから、忘れたフリして僕にかまって欲しいんだね。もう! なんて可愛いの!」

「は? 何言って……って、うわっ!」

 目の前の男は、俺のことをまるで包み込むように、ギュッと抱き締めてきた。

「うわー! 本物の秋兄だ! この日をどんなに楽しみにしてきたか!」

「お、おい! バカ、離せって!」

 花束と一緒に俺を抱き締めながら、子どものように飛び跳ねられると、バラの甘く華やかな香りと一緒に懐かしさが過った。

「秋兄、大好きだよ!」

『秋兄、大好きだよ!』

(あっ……)

 昔、満面な笑顔で俺に力いっぱい抱きついて、顔を見上げながら飛び跳ねていた遼太郎。

 俺の名前を呼ぶ声は変わってしまったが、抱き締めてくる力や仕草は、記憶に残る遼太郎そのものだった。

(そっか。本当にコイツが遼太郎なんだ)

 俺はやっと、目の前の男が遼太郎なんだと理解した。

「ほ、本当に遼太郎なんだな……」

(はぁー……)

 肩を落として、俺は心の中で溜め息をついた。

 こんなにも、残念だと思うのはなぜだろう。

 背は大幅に抜かされて、俺よりも大きくなってしまっていたからなのか。

 それとも、昔の可愛かったころの面影が微塵も感じないからか。

 結婚してくれと、わけのわからないことを口走っているからか。

(でも、まあ……)

 俺はとりあえず心の中で息をそっと吐きだし、状況を受け入れて落ち着くことにした。

「お、おかえり……遼太郎。その……遠かった、よな」

「うん、うん。もう、大変だったんだよ! 母さんがなかなか離してくれなくてさー。フライト変更してたら、こんなギリギリで来ることになっちゃったんだ」

「そ、そうだったのか……」

「そうだよ! 夜中に到着していたんだけど、さすがに秋兄も寝ているかと思って、朝まで我慢したんだ。ね、ね? 僕、偉い?」

 俺を抱き締めたまま、首を傾げて俺の顔を覗き込んでくる整った顔。

 そんな顔に、俺は思わず見惚れてしまい、目が離せなくなってしまう。

「秋兄はずっと変わらないね。可愛い、可愛い、僕の秋兄……」

(うわぁ……)

 愛おしそうに笑う整った顔があまりに綺麗で、俺は近づいてくる遼太郎の目を見つめ続けてしまう。

「って、う、うわっ!」

 だが、顔が重なるまであと数センチのところで、俺は正気を取り戻し、慌てて遼太郎の胸元を手で押し返した。

「な、なにしょうとしてんだ! 離せ!」

「なにって、キスだよ。挨拶なんだから、別にいいでしょ?」

「バカにするな! 俺だって挨拶で唇にしないことくらい知ってるわ!」

「へー。物知りなんだね、秋兄は。じゃあ、ほっぺにならいい?」

 可愛く首を傾げ、甘えるように抱き締める腕へ力を込めてくる遼太郎に、俺は逃げ出そうと身体を捩じった。

「じゃあってなんだ! だいたい、ここは日本だ! 男同士でチューなんかしない!」

「もう。秋兄は頭が固いんだから」

「いいから、はーなーせー!」

 俺は遼太郎の胸元をもう一度手で押して身体を離そうとするが、遼太郎の体はびくともしなかった。

「やだよ、せっかく久々に会えたのに。もう少しだけ、このまま……」

「い、いい加減にしろ!」

「アンタたち、いつまで玄関で騒いでるの!」

(えっ……!)

 リビングから母さんの怒鳴る声が聞こえ、俺はサッと血の気が引いた。

(ま、まずい! こんな姿、母さんに見られたら……!)

「遼太郎! 話は後だ! とりあえず離せ! こんなとこ母さんに見られたら……」

「あらあら……」

「ワッ! か、母さん!」

 背後から母さんの声が聞こえ、俺は身体を捩じるようにして後ろを振り向くと、そこには驚いた表情のまま、俺たちを見つめる母さんの姿があった。

「こッ! これは! 違うんだっ! コイツが勝手に!」

 息子が男に抱き締められている姿なんてショックを受けただろうと、俺は必死に身体を捩じて、遼太郎の腕から脱出しようとする。

「お久しぶりです。ただいま戻りました」

 だが、遼太郎はそんな俺をお構いなしに抱き締めたまま、母さんに挨拶を始めた。

「えっ? 遼太郎君なの? あらー、大きくなったのねー。昔と逆転しちゃってるじゃない。しかも、よく見たらイケメンじゃない!」

「イケメンはお好きですか?」

「ええ、もちろん」

(か、母さん!)

「じゃあ、僕をぜひ息子にしてください」

「あらあら、いいわねーそれ。そういえば昔、そんなこと言ってたわね。うちの秋と結婚する?」

 笑いながら揶揄うように話す母さんに、遼太郎も満面な笑みで返す。

「はい! そのつもりで戻ってきました!」

「おいおいおい! 待て! ダーッ! 二人ともストップ! 俺を置いて勝手に話を進めるな!」